知らない言葉
この話には、
「違い」を向けられる視線と、
それでも守ろうとする大人の強さが描かれています。
派手な出来事はありません。
けれど、六歳の少年にとっては、
世界の輪郭が少しだけ冷たく見えた日のお話です。
静かな時間として、読んでいただけたら嬉しいです。
六歳になった。
背丈は少し伸び、文字を読む速度も上がった。魔力の制御は相変わらず難しいが、暴走することはなくなり、体の中に「流れ」があることを意識できるようになっている。
俺はまだ子供だけど、確実に「幼児」ではなくなりつつあった。
アルトは月に一度、必ず屋敷を訪れるようになった。
最初は庭だけだった遊びも、今では温室や図書室の一角まで広がっている。もちろん監視はついているが、距離は少しずつ遠くなった。
「れおん、これ」
アルトが差し出したのは、魔力感知用の簡易石だった。
獣人の子供が初等教育で使うものらしい。
「さわると、いろ、でる」
言われた通り触れると、石は淡く光った。
色は――白に近い、薄い金。
一瞬、空気が変わった。
周囲にいた護衛の獣人が、はっきりと息を呑むのが分かった。
「……きれいだね」
そう言ったのはアルトだった。
純粋な感想。
それで、場は一応保たれた。
けれど、その日の夜、公爵は俺を抱いたまま、長い沈黙の後に言った。
「……あまり、人前で魔力を測るな」
叱る声ではない。
心配と、警戒が混じった低い声。
「どうして?」
そう聞くと、公爵は少しだけ目を伏せた。
「世界には、“違う”ことを恐れる者がいる」
その言い方は、どこか経験に裏打ちされていた。
数日後、初めて“外”の子供と会った。
公爵家主催の小さな茶会だ。貴族の子息が数名、形式だけの交流として集められた。
年は俺より一つ二つ上。
獣の種類も様々で、角や翼を持つ者もいた。
最初は、問題なかった。
挨拶をして、菓子を食べて、当たり障りのない会話をする。
でも、誰かが囁いた。
「……あれ、人族?」
その声は小さかったが、確かに聞こえた。
視線が集まる。
興味、警戒、好奇心――そして、ほんの少しの嫌悪。
「耳、ないね」
「尾も……」
「ほんとだ」
言葉自体は、ただの事実だった。
でも、その響きは違った。
胸の奥が、ひゅっと冷える。
何かを間違えたわけじゃないのに、ここにいてはいけないような気がした。
「……れおん」
アルトが小さく名前を呼ぶ。
俺は笑おうとした。
大丈夫だと、思わせたかった。
そのときだった。
「でもさ」
一人の少年が、首を傾げて言った。
「人族って、数減らすべきって聞いた」
場が凍った。
次の瞬間、空気が――重く、鋭く変わる。
「誰が、そんなことを言った」
低く、抑えた声。
公爵だった。
音もなく現れ、少年を見下ろすその姿に、獣人の大人たちが一斉に背筋を伸ばす。
「……王都の、話です」
少年は怯えながら答えた。
「昔、問題を起こしたって……」
それ以上は、言わせなかった。
公爵は静かに、だが確実に怒っていた。
「この屋敷にいるのは、“私の息子”だ」
一語一語が、重い。
「血も、種も、関係ない」
「彼を侮辱することは、この家を侮辱することと同義だ」
誰も反論しなかった。
できなかった。
その後、茶会は早々にお開きになった。
部屋に戻った俺は、ようやく震えに気づいた。
公爵は何も言わず、ただ俺を抱き上げる。
大きな胸に顔を埋めると、鼓動がゆっくり伝わってきた。
「……ごめんなさい」
何に対してか分からないまま、そう言うと、
「謝る必要はない」
即座に返ってきた。
「世界の方が、未熟だ」
その言葉は、慰めではなく、断言だった。
その夜、アルトから短い手紙が届いた。
拙い字で、こう書かれていた。
――れおんは、へんじゃない
――ぼくは、また あそびたい
それを読んで、ようやく涙が出た。
世界は、優しいだけじゃない。
でも、全部が敵でもない。
俺は、この世界で生きていく。
そう、静かに決めた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今回は、レオンが初めて
**「優しさだけではない世界」**に触れる回でした。
誰かの悪意というより、
無自覚な言葉や噂が、どれほど鋭くなるのか。
それを、あえて子供の目線で描いています。
それでもこの話が暗くなりすぎないのは、
アルトの一言と、公爵の断言があったからです。
「守る」という行為は、
感情ではなく、選択なのだと書きたかった部分でもあります。
世界は残酷ですが、
全部が敵ではない。
レオンがそう思えたことが、
この物語の小さな希望です。
次もまた、彼の歩みを見守っていただけたら嬉しいです。




