表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/9

同じ高さの視線

この話は、

強くなる話ではありません。


勝つでも、学ぶでも、ざまあでもなく、

ただ「同じ高さで誰かと向き合う」話です。


守られるだけだった少年が、

初めて“並ぶ”経験をする。


それはとても小さくて、

けれど確かな変化でした。


ゆっくり読んでもらえたら嬉しいです。


五歳になる頃には、屋敷の中を一人で歩き回れるようになっていた。


もちろん完全な自由ではない。必ず誰かが視界に入る距離にいて、見えなくなればすぐに気配が近づく。それでも、以前のように常に抱き上げられている状態とは違う。


自分の足で進める範囲が、少しずつ広がっていく。


その日、公爵は珍しく俺を庭の奥へ連れて行った。

普段は来ない区画だ。結界の強度も一段階上で、警備の獣人たちの数も多い。何かあるのだと、子供なりに察した。


「今日は、客が来る」


公爵はそう言って、俺の手を取った。


大きな手に包まれると、自然と歩調が合う。相変わらず無言が多い人だが、説明が必要なときはきちんと話してくれる。


庭の中央に、小さな獣人の子供が立っていた。

狼の耳と、ふさふさした灰色の尾。俺と同じくらいの背丈で、きょろきょろと落ち着かない様子で周囲を見回している。


「……こわい?」


思わずそう聞くと、その子はびくっと肩を跳ねさせ、俺を見た。


目が合う。


一瞬の沈黙。


それから、ゆっくり首を振った。

「ちょっと」


声は小さいが、正直だった。


「ぼくも」


そう返すと、その子の表情がほんの少し緩んだ。


公爵が紹介する。


「こちらはアルト。辺境伯家の嫡男だ」


次に、その子の後ろに立つ大人が軽く頭を下げる。


「息子の社交訓練を兼ねて、ご挨拶に」

訓練、という言葉が少しだけ引っかかった。


でも俺は、目の前の同年代の存在に意識を奪われていた。


同じ高さの視線。


同じ速さの動き。


それが、こんなにも新鮮だとは思わなかった。


「……れおん」


自分の名前を名乗る。


「あると」


アルトも名乗り返す。

それだけで、会話は成立した。


二人で庭を歩く。花を見て、虫を見て、石を拾う。特別なことは何もない。ただ並んで歩くだけなのに、胸が少し浮ついていた。


「れおん、まほう、できない?」


唐突に聞かれる。


俺は一瞬だけ迷ってから、頷いた。


「できない」


アルトは少し考えるように黙り込み、それから言った。

「ぼく、できる。でも、むずかしい」


そう言って、小さな風を起こしてみせる。葉がふわりと舞い、すぐに落ちた。


「でもね」


アルトは続ける。


「れおん、ほん、よめる」


それは、事実だった。


俺はもう簡単な文章なら読める。歴史も条約も、意味は完全じゃなくても理解できる。


「すごい?」

思わず聞くと、アルトは大きく頷いた。


「すごい」


即答だった。


疑いのない声。


その一言で、胸の奥がじんわり温かくなった。


公爵は少し離れた場所で、その様子を静かに見ていた。


何も言わない。


介入もしない。


ただ、俺が世界と繋がる瞬間を見守っている。

帰り際、アルトは少し名残惜しそうにした。


「また、くる?」


「くる」


約束でも何でもない、ただの返事。


それでもアルトは嬉しそうに笑った。


その夜、公爵は珍しく言葉を多く発した。


「同じ年頃の存在は、必要だ」


独り言のような口調だったが、確かな決意が滲んでいる。

「世界は、私だけでは足りない」


俺はその意味を完全には理解できなかった。


けれど、胸の奥で何かが静かに動いた気がした。


この世界には、敵も偏見もある。


でも、同じ高さで笑ってくれる存在もいる。


それだけで、世界は少しだけ優しく見えた。


この話は、

主人公にとって初めての「対等な出会い」を描きました。


魔法ができる・できない。

強い・弱い。

そういった価値基準の外で、

ただ「すごい」と言ってもらえること。


それがどれほど救いになるかを、

この章では大切にしています。


そして、公爵にとっても転機の章でした。

守るだけでは足りない。

世界を与えなければならない。


まだ言葉にはならない決意が、

静かに芽生えています。


この先、

この小さな出会いがどう繋がっていくのか。

見届けてもらえたら嬉しいです。


感想や応援、とても励みになります。

ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ