学ぶという武器
この話は、
魔法が力とされる世界で、
それを持たない少年が「学ぶこと」を武器にしていく話です。
派手な戦闘や劇的な逆転はありません。
代わりにあるのは、言葉、記録、理解、そして守られる時間。
小さな積み重ねが、
やがて確かな足場になる――
そんな静かな成長を、
少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
俺の教育が本格的に始まったのは、三歳を過ぎた頃だった。
といっても、いきなり机に向かって文字を書くようなものではない。最初は絵本だった。厚手の紙に大きな文字、色鮮やかな挿絵。獣人の子供向けに作られたそれは、耳や尾のある登場人物ばかりで、俺と同じ姿の者は一人もいなかった。
「……これ、だれ」
俺がページを指差すと、教師役の老獣人が一瞬だけ言葉に詰まった。
公爵はその様子を見逃さない。
「答えろ」
短い命令。
老獣人は背筋を正す。
「獣人の祖を描いたものです。人族は、基本的に登場しません」
「なぜだ」
「……数が少なく、また――」
「不要だと?」
空気が張りつめる。
老獣人はすぐに首を振った。
「いいえ。教材が古いだけです」
その日のうちに、人族史の書物が追加された。
俺は後から知ったが、それは王都の書庫から取り寄せた貴重な写本だったらしい。三歳児の教材としては、どう考えても過剰だ。
でも公爵は気にしない。
「知らないことが弱さになる」
そう言って、俺の隣で同じ本を読んだ。
読み聞かせというより、共有だった。
文字を追い、挿絵を指し、分からない単語があれば止まる。俺が理解するまで、次へは進まない。
急がせない。
できないことを責めない。
ただ、積み重ねる。
それがこの人のやり方だった。
やがて俺は気づく。
この世界の貴族社会は、魔法だけで回っているわけではない。
血筋、土地、契約、婚姻、歴史。
言葉と記録が、力として機能している。
「……これ、つよい?」
ある日、古い条約文を指して俺が尋ねると、公爵は頷いた。
「強い。剣よりもな」
その言葉は、妙に心に残った。
魔法が使えなくても、言葉は使える。
知識は奪われにくい。
それは、俺にとって希望だった。
初めての“ざまあ”は、四歳の春に起きた。
遠縁の貴族が屋敷を訪れたのだ。豹の獣人で、上等な服を着てはいたが、視線の動きが落ち着かない。
「それで、公爵。こちらが例の人族の子ですか」
俺を見下ろす視線に、好奇心と侮りが混ざっている。
「魔法も使えないとか。教育は無駄では?」
空気が凍る。
俺は何も言わなかった。
代わりに、公爵が口を開く。
「では問おう」
静かな声だった。
「お前の領地で結ばれている灌漑契約の第三条を答えろ」
豹の獣人が目を瞬かせる。
「……第三条?」
「内容だ」
沈黙。
公爵は俺を見る。
「レオン」
「はい」
俺は一度息を吸い、覚えていた通りに言った。
「第三条。水利は共同管理。違反した場合、収穫の三割を賠償」
完璧ではないが、意味は合っている。
豹の獣人の顔色が変わった。
「ば、馬鹿な……」
公爵は淡々と言った。
「魔法がなくとも、学べば答えられる」
視線が鋭くなる。
豹の獣人は何も言えなくなり、早々に帰っていった。
俺は胸がどきどきしていた。
勝った、というより――守られた。
公爵は俺の頭に手を置く。
「よく覚えていたな」
「……がんばった」
正直な言葉だった。
その夜、俺はいつもより長く抱きしめられて眠った。
世界の常識は、相変わらず俺には厳しい。
獣人社会、貴族社会、人族への偏見。
それでも、学ぶことで立てる場所がある。
俺は少しずつ、自分の足場を作っている。
まだ小さくて、脆いけれど。
確かに、前へ進んでいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この話は「ざまあ回」ではありますが、
主人公が誰かを打ち負かしたというより、
学ぶことが、彼自身を守った回になりました。
公爵の教育は、厳しくも優しく、
急がせず、否定せず、ただ積み重ねる。
それが彼のやり方であり、
この物語の軸でもあります。
まだ幼く、まだ弱い主人公ですが、
確実に「立てる場所」を増やしています。
この先、
その知識がどう使われ、
どう奪われそうになり、
どう守られていくのか。
引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
感想や応援、とても励みになります。
ありがとうございました。




