できないこと
できることが増えていく一方で、
どうしても越えられないものがあると知る瞬間は、
大人でも、子供でも、同じくらい痛い。
この話は、
「できない」と突きつけられたレオンと、
それを否定せず、抱きとめる公爵の話です。
派手な展開はありませんが、
心が少し静かになる時間になれば嬉しいです。
言葉は、思っていたよりも簡単に増えていった。
最初は単語だけだったのが、やがて短い文になる。名詞と動詞を繋げるだけで、伝えたいことの半分は届いた。前世の記憶があるせいか、理解だけはやたらと早い。
問題は、体がそれについてこないことだった。
「れおん、まほう、みる」
ある日の昼下がり、俺は公爵の服の裾を掴んでそう言った。
庭の奥では、獣人の子供たちが集まっていた。貴族の縁者だろう。彼らは手のひらに小さな光を灯したり、風を渦にしたりして遊んでいる。
魔法。
この世界では、ごく当たり前の能力だった。
公爵は一瞬だけ視線を庭へ向け、それから俺を見下ろす。
「……見たいか」
「うん」
短く頷く。
彼は俺を抱き上げ、庭の縁まで連れて行った。結界の外には出ない。必ず守れる距離を保つ。それが彼のやり方だった。
子供たちがこちらに気づく。
一瞬、動きが止まった。
視線が集まる。
耳も尾もない存在。人族。異物。
さっきまでの楽しげな空気が、ほんのわずかに硬くなるのを感じた。
「……やってみろ」
誰かがそう言った。
年上の獣人の子が、俺を見て顎をしゃくる。
意味は分かった。
やってみせろ、と。
俺は小さく息を吸った。
手を前に出す。
真似をする。集中する。魔力を引き出す――はずだった。
何も起きない。
もう一度、強く意識する。
それでも、空気は動かない。光も生まれない。
沈黙が落ちる。
誰かが鼻で笑った。
「……やっぱりな」
「人族は使えないんだ」
胸の奥が、ひどく冷えた。
分かっていたはずだった。魔法を使えない可能性は、何度も聞かされていた。それでも、どこかで期待していた。
自分は違うかもしれない、と。
「レオン」
公爵の声が落ちる。
その声は低く、静かで、しかしはっきりと怒りを含んでいた。
「戻るぞ」
俺は何も言えなかった。
抱き上げられる。視界が高くなる。庭が遠ざかる。獣人の子供たちの姿も、声も。
屋敷へ戻る道中、俺はずっと黙っていた。
悔しかった。
できない。
努力ではどうにもならない壁が、はっきりと見えた瞬間だった。
部屋に入ると、公爵は俺を椅子に座らせ、正面にしゃがみ込んだ。巨大な体が目線を合わせるために屈む。その仕草だけで、胸が詰まる。
「レオン」
名前を呼ばれる。
逃げ場のない距離。
俺は俯いた。
「……れおん、できない」
声が震えた。
「まほう、ない」
言葉は拙い。それでも必死だった。
公爵は少し黙ったあと、俺の両頬に手を添え、顔を上げさせる。その指は温かく、力がない。
「できなくていい」
即答だった。
迷いも、慰めの色もない。
「お前の価値は、魔法の有無で決まらない」
その言葉が、ゆっくり胸に染み込んでいく。
「この国は、できる者を崇めすぎる。だから奪い合い、壊れる」
金色の瞳が、まっすぐ俺を映す。
「だが私は違う」
静かな断言。
「お前は、できないままでいい」
頭を抱き寄せられる。
胸に顔を埋めると、心臓の音が聞こえた。生まれたときから変わらない、あの安心するリズム。
涙が出た。
理由は分からない。ただ、溜まっていたものが溢れた。
公爵は何も言わず、背中を撫で続ける。
泣き止むまで。
世界は不公平だ。
常識は違う。価値観も違う。
それでも俺は、この人の隣で生きていける。
そう思えた日だった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この話では、
「努力ではどうにもならないこと」と
「それでも否定されない居場所」を描きたくて書きました。
この世界では魔法が当たり前で、
できないことは欠陥のように扱われます。
けれど公爵だけは、
最初からレオンを“できる・できない”で見ていません。
この一度の経験が、
レオンの中に小さな傷として残り、
同時に“守られている記憶”としても残っていきます。
この先、彼がどう成長していくのか、
よければ引き続き見守ってもらえたら嬉しいです。
感想なども、そっとで構いませんのでいただけたら励みになります。




