樹木子の剪定①
幹は肌のようだった。
白く滑らかな樹皮に、青筋が薄く浮いている。
地面に着いた枝が左右に揺れて、葉が地面を掃いている。
ただ一本だけ、天を衝くように、新緑の中から飛び出したその尖った枝が、自身を鬼だと宣言するように伸びていた。
「あれが樹木子……?」
七大十がぽかんと、街路樹ほどしかない木を指差した。
蔦の触手もなければ、顔のようなものもない。
(剪定っていうから、植物型だろうとは思ってたけど……ちょっと植物すぎないか?)
七大十は内心、拍子抜けだった。
「前回の剪定は、三ヶ月前だったか?」
と江弥華が視線を寄越した。
七大十が依頼書を開く。
剪定日を書く空欄の横に日付が記されていた。
「六月十七日……だって」
「そうか」
江弥華が頷き、金網の扉に手を掛けていた。
油が切れた蝶番から金切り音が上がる。
——ザバァ!
金網の向こうで、葉擦れの音が爆ぜた。
樹木子が枝を広げて静止する。
孔雀が羽を広げたように、枝を全方向へ均等に伸ばして球形を成していた。
「……え?」
突然の動物的な動きに、七大十が困惑する。
「探してるんだ、私たちを」
そして、まるで犬を呼ぶように、江弥華がパンと手を叩いた。
――ザアッ!
一斉に動いた枝が束になり、無数の枝先が二人に向けられる。
七大十は、無意識に半歩後ろに下がっていた。
「前に出ろ」
と江弥華が背中を押してくる。
「そこの線までは届かない」
と江弥華が指差した先の地面にロープが張られていた。
首を伸ばせば枝に届くほどの距離だ。
樹木子が何度も反動をつけて、こちらに枝を伸ばしてくる。
まるで手を一生懸命に伸ばしているみたいだった。
「おい」
江弥華に呼ばれて七大十が振り返る。
「最初はトウモロコシからだ」
江弥華が投げて寄越した黄色い団子が、弧を描いて七大十の手に落ちる。
「食え」
命令した江弥華が観察するように、じっと七大十を見つめていた。
七大十が視線を落とす。手のひらで団子を転がす。
(これ……昨日、オレが作ったヤツだろ)
焼きトウモロコシの香りが唾液腺を刺激する。
七大十の脳裏を掠める、異形と化した同郷の姿。彼らの生気のない目が浮かんでは消える。
「さっさとしろ。コイツに殺された式神は一人もいない」
江弥華のズレた慰めが、円ら屋の一件を呼び起こした。
団子を握る。
(——ここで食べれば、オレの評価が上がるはず)
七大十が団子を口に放り込んだ。
噛むより早く団子が溶けた。
唾液に、優しい甘さとほのかな塩気が混ざり、嚥下の間際に喉を焼く。
「んぐッ!!?」
七大十が慌てて口を押さえた。
急に腫れ上がった歯茎が口内を圧迫する。
——カタカタカタカタ!。
口の中から漏れる異音。
舌で触れた歯が振動していた。
(ヤバイ! なんかヤバイ!)
額に脂汗が噴き出した。
(座ろう! 一旦、座ろう!)
と身を屈めた七大十の体を、
「くどい」
江弥華が蹴り飛ばした。
七大十の体がロープの線を越える。
目の前で樹木子が枝をしならせて——。
鞭と化した枝が七大十を襲った。
「ま——」
待って、そう言おうと口を開いた瞬間、
「アガガガガガガガ!!?」
口腔から黄ばんだ歯が撃ち放たれた。
散弾と化した歯が、襲い来る枝葉を食い破る。
枝がバリバリと弾け飛び、無数の葉が舞い上がった。
樹木子が慌てて枝を引き返す。
木の葉を頭から浴びながら、七大十は呆然と立ち尽くしていた。
(何が……起こった?)
視線を落とす。離れた場所にいくつもの歯が散らばっていた。明らかに三十本は落ちている。
「——え!? 嘘だろ!?」
七大十が慌てて舌を動かした。
固い感触が舌先に触れて七大十は胸を撫で下ろした。
念のため、と指で歯を揺らしてみるが、しっかりと歯の根っこが歯茎の中に埋まっている。
「良かった……」
呟いた七大十の脇を、
「退け」
と江弥華が通り抜けた。
右手に札。
札に書かれた「斬」と「火」の文字が、すっと青く染まった。
「斬・灯刀」
江弥華が札を振り下ろした。
札が炎を纏ったように見えた。
江弥華の足許に黒く焦げた線が煙を上げている。
「ふむ」
と投げ捨てられた札が空中で灰となって崩れた。
七大十が「何やってるんだ」と聞くより早く、江弥華が再び、新しい札を右手に構えた。
「斬・灯刀」
「斬・灯刀」
「斬・灯刀」
地面に4本の黒い線を作って、江弥華の手が止まる。
「……初級が四回……八割か」
江弥華が呟いて、
「……まあまあだな」
と振り返った。
「何が? 少しは説明してくれよ」
七大十が江弥華に詰め寄った。
自分の体に関わることだ。さすがに説明なしは我慢できなかった。
「ああ、そうだな」
と江弥華が言葉を探すように視線を彷徨わせるが、
「……お前の鬼素代謝が、八割を超えていた」
返ってきたのは、意味不明な答えだった。
「……は?」
首を傾げると、江弥華はあからさまに面倒臭そう眉間に皺を寄せた。
青髪の頭に爪を立てて、怠そうに鼻から息を吐いた。
「つまりだ。団子の鬼素量を百とするだろ。初級呪術の消費呪素量が最低で二十だ。これを四回撃てた。ということは、お前は百の鬼素から八十の呪素を生成したことになるだろ」
七大十は頭を捻った。
分かりそうで分からない。
「えっと……つまり……酸素を吸って二酸化炭素を出すみたいに……団子の中の鬼素を取り込んで……呪素を作った……ってこと?」
「そんな感じだ」
「……ん? でもオレが作った呪素をどうして江弥華が使えたんだ?」
七大十が尋ねると、グイグイと江弥華が鎖をひった。
「この鎖を通して……?」と七大十が自身の胸から伸びた鎖を持ち上げた。
「ああ」と苛立ちの籠った低い声が返ってくる。
江弥華から顔を背けるように、足元に目を落とした。
「八割でまあまあなんだ……」
江弥華の評価は下がってはいないが、上がってもいないらしい。
「式神全員で見れば上位だが、二十歳前後なら平均だ」
江弥華が単なる事実を告げた。
けれど七大十は現実を突きつけられた。
「……そっか……そうなのか」
爪先で地面を蹴る。
未だに心のどこかで、異世界に期待していたことが恥ずかしい。
沈み込む心を救い上げるように、七大十が空を見上げて息を吐く。
「あと、海老と山芋だっけ?」
と七大十が聞いた。
「煙草もだ」
「ああ、それもやんのね。了解」
そして次の団子が投げ渡される。




