供物団子
坂もなければ、カーブもない。ひたすらに真っ直ぐな道だった。
江弥華は、振り返りもせずに歩き続ける。
いつの間にか道の様相が変わった。
圧迫感のある高い塀が延々と続いて、燭台が門の表札を照らす。お屋敷と呼ぶには十分すぎるほどの豪邸が立ち並ぶ、その一画。
屋敷と屋敷の間の、細い家の前で江弥華は立ち止まった。
目隠し用の笹の生垣が、長細い土地を囲んでいた。
「着いたぞ」
呟いて、江弥華が竹の門を開けた。
まず、葉が黄色く色付き始めたモミジの木が、目に入った。
その下を、地面に埋まった飛び石が玄関へと誘導している。
そして奥には、空色の一軒家がでんと構えていた。
カーテンを閉め切ったガラス張りの円形ホールへ、江弥華が進む。
カチャリ、カチャリ、と上下二か所の鍵を開けて、「準備中」と札が下がった扉を開けた。
「暗いな」
江弥華がカーテンを開ける。ハッとした七大十も、急いでカーテンを開けた。
「おぉ……」
ホールに月明かりが差し込んで、七大十は感嘆の息を漏らした。
ホールの真ん中に、琥珀色に透き通った木のオブジェが植わっていた。枝にはネックレスやキーホルダーが掛けられ、小鳥の剝製や巣もあった。木の根元には靴や鞄。
「え……何これ?」
七大十は、恐る恐る手近なネックレスへ手を伸ばした。
「触るな。売り物だ」
「あ、ごめん……!」
七大十は慌てて手を引っ込めた。叱責が飛んできた先に目を向ける。
ホールの先、開けっぱなしの扉からカンテラの明かりが漏れた。
「袋」
と江弥華の声が扉の先から飛んでくる。
「はい!」
七大十が速足で持っていく。
壁一面を埋め尽くした引き出し。床に積もった削りカス。
部屋をぐるりと囲った作業台は、物の置き場もないほど散らかっていた。
(……工房だ)
作業台から、江弥華がこちらを睨み上げている。
「袋」
「あ、はい……」
七大十が両手で差し出すと、江弥華がひったくり、作業台の上に中の供物を乱暴に広げた。
三種の供物を三つのバケツに放り込んで、七大十に押し付ける。
「粉にしろ」
「あ、おう……」
頷いて見せたが、道具がない。
バケツを抱えたまま、キョロキョロと工房を見渡す。
「庭の粉砕機を使え」
と、江弥華がホールとは反対の扉を指差した。
七大十が工房を出て、左手の玄関扉から庭に出る。
殺風景な庭だった。チラホラと雑草が生えている。
古びたベンチが捨て置かれ、小さな納屋が敷地の端に追いやられている。
その納屋の影に隠れるように黒い布を被った粉砕機があった。
布を取り払うと、粉が舞い上がり、供物市場と同じ異臭が鼻をつく。
手作り感満載の粉砕機だった。
鉄パイプが溶接された四本足のドラム缶。側面にハンドルが取り付けられ、天板を切り取られた粉砕機が、空に口を開けて仕事を待っている。
(あ、使い方を聞きそびれた)
七大十が家を振り返る。しかし江弥華は工房の中だった。
(――多分、こうかな)
七大十が、ドラム缶にトウモロコシを入れてハンドルを握った。
ガリゴリと、つっかえるハンドルを無理やり回す。次第にハンドルが軽くなり、サラサラという音に変わった。
バケツをドラム缶の下に置いて、底の蓋を外すと赤黒い粉が出てきた。
「オッケー、完璧」
七大十が小さく親指を立てた。
残り二つの供物も粉にする。
赤黒い、トウモロコシの粉末。
銀色の、エビのペースト。
乳白色の、すりおろした山芋。
「よしっ」
七大十は、3色のバケツを見下ろして、満足げに頷いた。
工房に戻ろうと、バケツを抱える。
ぼとりと、粉砕機から糸を引いて落ちた山芋が目に入った。
(もし江弥華が使う時、粉砕機の掃除から始めるの、いやだよな……)
七大十が逡巡して、水道を探す。
粉砕機のすぐそばに投げ捨てられたホースを辿り、蛇口を捻った。粉砕機の中を丁寧にゆすいで、七大十は小走りで工房へ駆けて行った。
「江弥華!」
七大十が言った。思いの外弾んだ声に、内心恥じる。
パチンと爪を切るような音がして、江弥華が振り返った。
「使い方か……教えてなかったな」
面倒くさそうに腰を上げた江弥華に、七大十はバケツの中身を見せた。
「終わったぞ」
七大十の声が不自然に低かった。鼻の穴が、ピクと膨らんでいる。
「ほう」と江弥華がバケツを覗き込んでから、七大十を見やる。
「……やるな」
その言葉が七大十の胸に温かく沁みた。自分でも頬が吊り上がっていくのが分かる。
七大十が抱えたバケツが微かに、ベコと歪んだ。
「団子にするから水を汲んでこい」
江弥華が振り返りざま、指示を飛ばした。
そして、江弥華は作業台の上の、花火の絵が描かれた紺色の板に手を伸ばす。
「よしっ」
と七大十が水を汲みに行こうとした時、「フッ」という笑い声を聞いた。
「莉里は、全然ダメだったな」
七大十が振り返る。
江弥華は慈しむような顔で、板にヤスリをかけていた。
(……莉里って誰だ)
水をくむ間、七大十の頭の中で同じ問いがぐるぐる回っていた。
問いただしたい気持ちが積もる。しかし嫉妬深い彼氏みたいで嫌だった。
(莉里って女だろうし、そもそも彼氏以前に——)
七大十は鎖を握って首を振る。
水を汲んで工房に戻ると、江弥華がバケツに片栗粉を投入していた。
「混ぜろ」
と江弥華がゴム手袋を寄越した。
七大十が混ぜて、江弥華がちょろちょろと水を注ぐ。
もうそろそろ良いかな、という頃合いで、江弥華がバケツの中にインクのようなものを垂らした。
「色が均一になるまで混ぜろ」
と言って江弥華が作業台に戻る。
混ぜる作業はなかなかに骨の折れる作業だった。
いつしか七大十の息が切れ、手首の疲労が痛みに変わる。
「——これくらいでいいでしょ」
七大十が切り上げたときには、黄色、赤、青の生地がバケツを満たしていた。
黄色がトウモロコシで、赤がエビ、青が山芋だ。
「十分だ」
と江弥華の合格も貰えた。
一息つく暇もなく次の指示が飛んでくる。
「丸めて、これに包め」
江弥華が正方形の箱を、七大十に投げた。
手書きでオブラートと書かれている。
七大十が大きく息を吐いて気合いを入れ直し、赤く着色したトウモロコシの生地を掬って丸め、オブラートに包んだ。
この作業を延々と繰り返す。
ねちゃねちゃ、という生地の音。シャッシャッというやすりの音。
異世界転生初日。疲れが溜まった七大十には子守唄だった。
七大十は重い瞼をこじ開けて、団子を作る。
心が折れるだろうから、バケツの中は極力見ないようにした。
睡魔と戦いながら、団子を作る。
眠気を飛ばそうと、ちょっとでも声を発しようものなら「黙れ」と一喝が飛んでくる。
しかし、そのおかげで七大十の目の前には60個近い団子が完成した。
達成感が眠気を吹き飛ばす。
「終わったー!」
と江弥華を見れば、いつの間にか木を削っていた。
「上出来だな。寝ていいぞ」
顔だけ向けた江弥華が言った。
急に突き放されて、七大十は困惑した。
作業台から落とされた木くずを見ながら、おっかなびっくり七大十が口を開いた。
「何、作ってるの?」
「護符だ」
「……護符?」
七大十がおうむ返しに尋ねると、江弥華は背中を向けたまま答えた。
「鬼の素材で作ったお守りだ。身に付けてると、勝手に鬼素を吸って空気を浄化するんだ」
「へー、護符作りか。陰陽師の嗜みみたいな?」
江弥華がニヤリと振り返った。
「いや、私の本職だ。陰陽業は素材集めのついでだな。副業というわりにはしがらみが多いが」
江弥華が小さく笑った。
「手伝うことある?」と訊くが、
「要らん」
と言って作業に没入する。
人が仕事している横で寛ぐのも気が引けて、七大十はできることを探した。
(……床の木くずでも集めておこうかな)
と、静かに江弥華の足許に近づくが、
「邪魔するな」
手元を見ながら江弥華が一喝する。
「片付けを……」
と弁明しても
「座ってろ」
と言われるばかり。
七大十は諦めて胡座をかいた。
壁にもたれると、強烈な睡魔が襲ってくる。
重い瞼をこじ開けるも、江弥華の作業音が心地良く、すぐに深い眠りに落ちていった。




