表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/27

供物団子

 坂もなければ、カーブもない。ひたすらに真っ直ぐな道だった。

 江弥華は、振り返りもせずに歩き続ける。

 いつの間にか道の様相が変わった。

 圧迫感のある高い塀が延々と続いて、燭台が門の表札を照らす。お屋敷と呼ぶには十分すぎるほどの豪邸が立ち並ぶ、その一画。

 屋敷と屋敷の間の、細い家の前で江弥華は立ち止まった。

 目隠し用の笹の生垣が、長細い土地を囲んでいた。

「着いたぞ」

 呟いて、江弥華が竹の門を開けた。

 まず、葉が黄色く色付き始めたモミジの木が、目に入った。

 その下を、地面に埋まった飛び石が玄関へと誘導している。

 そして奥には、空色の一軒家がでんと構えていた。

 カーテンを閉め切ったガラス張りの円形ホールへ、江弥華が進む。

 カチャリ、カチャリ、と上下二か所の鍵を開けて、「準備中」と札が下がった扉を開けた。

「暗いな」

 江弥華がカーテンを開ける。ハッとした七大十も、急いでカーテンを開けた。

「おぉ……」

 ホールに月明かりが差し込んで、七大十は感嘆の息を漏らした。

 ホールの真ん中に、琥珀色に透き通った木のオブジェが植わっていた。枝にはネックレスやキーホルダーが掛けられ、小鳥の剝製や巣もあった。木の根元には靴や鞄。

「え……何これ?」

 七大十は、恐る恐る手近なネックレスへ手を伸ばした。

「触るな。売り物だ」

「あ、ごめん……!」

 七大十は慌てて手を引っ込めた。叱責が飛んできた先に目を向ける。

 ホールの先、開けっぱなしの扉からカンテラの明かりが漏れた。

「袋」

 と江弥華の声が扉の先から飛んでくる。

「はい!」

 七大十が速足で持っていく。

 壁一面を埋め尽くした引き出し。床に積もった削りカス。

 部屋をぐるりと囲った作業台は、物の置き場もないほど散らかっていた。

(……工房だ)

 作業台から、江弥華がこちらを睨み上げている。

「袋」

「あ、はい……」

 七大十が両手で差し出すと、江弥華がひったくり、作業台の上に中の供物を乱暴に広げた。

 三種の供物を三つのバケツに放り込んで、七大十に押し付ける。

「粉にしろ」

「あ、おう……」

 頷いて見せたが、道具がない。

 バケツを抱えたまま、キョロキョロと工房を見渡す。

「庭の粉砕機を使え」

 と、江弥華がホールとは反対の扉を指差した。

 七大十が工房を出て、左手の玄関扉から庭に出る。

 殺風景な庭だった。チラホラと雑草が生えている。

 古びたベンチが捨て置かれ、小さな納屋が敷地の端に追いやられている。

 その納屋の影に隠れるように黒い布を被った粉砕機があった。

 布を取り払うと、粉が舞い上がり、供物市場と同じ異臭が鼻をつく。

 手作り感満載の粉砕機だった。

 鉄パイプが溶接された四本足のドラム缶。側面にハンドルが取り付けられ、天板を切り取られた粉砕機が、空に口を開けて仕事を待っている。

(あ、使い方を聞きそびれた)

 七大十が家を振り返る。しかし江弥華は工房の中だった。

(――多分、こうかな)

 七大十が、ドラム缶にトウモロコシを入れてハンドルを握った。

 ガリゴリと、つっかえるハンドルを無理やり回す。次第にハンドルが軽くなり、サラサラという音に変わった。

 バケツをドラム缶の下に置いて、底の蓋を外すと赤黒い粉が出てきた。

「オッケー、完璧」

 七大十が小さく親指を立てた。

 残り二つの供物も粉にする。

 赤黒い、トウモロコシの粉末。

 銀色の、エビのペースト。

 乳白色の、すりおろした山芋。

「よしっ」

 七大十は、3色のバケツを見下ろして、満足げに頷いた。

 工房に戻ろうと、バケツを抱える。

 ぼとりと、粉砕機から糸を引いて落ちた山芋が目に入った。

(もし江弥華が使う時、粉砕機の掃除から始めるの、いやだよな……)

 七大十が逡巡して、水道を探す。

 粉砕機のすぐそばに投げ捨てられたホースを辿り、蛇口を捻った。粉砕機の中を丁寧にゆすいで、七大十は小走りで工房へ駆けて行った。

「江弥華!」

 七大十が言った。思いの外弾んだ声に、内心恥じる。

 パチンと爪を切るような音がして、江弥華が振り返った。

「使い方か……教えてなかったな」

 面倒くさそうに腰を上げた江弥華に、七大十はバケツの中身を見せた。

「終わったぞ」

 七大十の声が不自然に低かった。鼻の穴が、ピクと膨らんでいる。

「ほう」と江弥華がバケツを覗き込んでから、七大十を見やる。

「……やるな」

 その言葉が七大十の胸に温かく沁みた。自分でも頬が吊り上がっていくのが分かる。

 七大十が抱えたバケツが微かに、ベコと歪んだ。

「団子にするから水を汲んでこい」

 江弥華が振り返りざま、指示を飛ばした。

 そして、江弥華は作業台の上の、花火の絵が描かれた紺色の板に手を伸ばす。

「よしっ」

 と七大十が水を汲みに行こうとした時、「フッ」という笑い声を聞いた。

「莉里は、全然ダメだったな」

 七大十が振り返る。

 江弥華は慈しむような顔で、板にヤスリをかけていた。

(……莉里って誰だ)

 水をくむ間、七大十の頭の中で同じ問いがぐるぐる回っていた。

 問いただしたい気持ちが積もる。しかし嫉妬深い彼氏みたいで嫌だった。

(莉里って女だろうし、そもそも彼氏以前に——)

 七大十は鎖を握って首を振る。

 水を汲んで工房に戻ると、江弥華がバケツに片栗粉を投入していた。

「混ぜろ」

 と江弥華がゴム手袋を寄越した。

 七大十が混ぜて、江弥華がちょろちょろと水を注ぐ。

 もうそろそろ良いかな、という頃合いで、江弥華がバケツの中にインクのようなものを垂らした。

「色が均一になるまで混ぜろ」

 と言って江弥華が作業台に戻る。

 混ぜる作業はなかなかに骨の折れる作業だった。

 いつしか七大十の息が切れ、手首の疲労が痛みに変わる。

「——これくらいでいいでしょ」

 七大十が切り上げたときには、黄色、赤、青の生地がバケツを満たしていた。

 黄色がトウモロコシで、赤がエビ、青が山芋だ。

「十分だ」

 と江弥華の合格も貰えた。

 一息つく暇もなく次の指示が飛んでくる。

「丸めて、これに包め」

 江弥華が正方形の箱を、七大十に投げた。

 手書きでオブラートと書かれている。

 七大十が大きく息を吐いて気合いを入れ直し、赤く着色したトウモロコシの生地を掬って丸め、オブラートに包んだ。

 この作業を延々と繰り返す。

 ねちゃねちゃ、という生地の音。シャッシャッというやすりの音。

 異世界転生初日。疲れが溜まった七大十には子守唄だった。

 七大十は重い瞼をこじ開けて、団子を作る。

 心が折れるだろうから、バケツの中は極力見ないようにした。

 睡魔と戦いながら、団子を作る。

 眠気を飛ばそうと、ちょっとでも声を発しようものなら「黙れ」と一喝が飛んでくる。

 しかし、そのおかげで七大十の目の前には60個近い団子が完成した。

 達成感が眠気を吹き飛ばす。

「終わったー!」

 と江弥華を見れば、いつの間にか木を削っていた。

「上出来だな。寝ていいぞ」

 顔だけ向けた江弥華が言った。

 急に突き放されて、七大十は困惑した。

 作業台から落とされた木くずを見ながら、おっかなびっくり七大十が口を開いた。

「何、作ってるの?」

「護符だ」

「……護符?」

 七大十がおうむ返しに尋ねると、江弥華は背中を向けたまま答えた。

「鬼の素材で作ったお守りだ。身に付けてると、勝手に鬼素を吸って空気を浄化するんだ」

「へー、護符作りか。陰陽師の嗜みみたいな?」

 江弥華がニヤリと振り返った。

「いや、私の本職だ。陰陽業は素材集めのついでだな。副業というわりにはしがらみが多いが」

 江弥華が小さく笑った。

「手伝うことある?」と訊くが、

「要らん」

 と言って作業に没入する。

 人が仕事している横で寛ぐのも気が引けて、七大十はできることを探した。

(……床の木くずでも集めておこうかな)

 と、静かに江弥華の足許に近づくが、

「邪魔するな」

 手元を見ながら江弥華が一喝する。

「片付けを……」

 と弁明しても

「座ってろ」

 と言われるばかり。

 七大十は諦めて胡座をかいた。

 壁にもたれると、強烈な睡魔が襲ってくる。

 重い瞼をこじ開けるも、江弥華の作業音が心地良く、すぐに深い眠りに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ