ヒヨコ柄の継ぎ接ぎ
「ぉわっ!?」
団子を追って七大十が手を伸ばした。
輪郭がぼやけた足を踏み出した、瞬間、七大十の体が煙と化した。
暗転した視界、しかし全身を押し返す風圧が突進していることを知らせる。
ドン、と肩に衝撃が走った。
同時に、視界を薄汚れた布地が埋め尽くした。
「ギィ……!?」
頭上から声が降る。
見上げた先で、山姥の表情が驚愕から自虐に変わる。
ぐんと鎖が、七大十の体を引き戻した。
目と鼻の先を山姥の爪が切り裂く。
地面を転がる七大十。
江弥華は山姥から目を離さずに言った。
「口で取れ。その方が手を取って食べるより早いだろ」
と。
(できるか!)
反射的に浮かんだ言葉を飲み込んで、七大十は「……やってみる」と立ち上がる。
「もう一度だ」
と手を出した江弥華に黄色い団子を投げ返し、江弥華がふうと吐いた煙を飲み込んだ。
江弥華が山姥に向かって団子を投げる。
警戒した山姥が爪を振り上げた。
七大十が一歩踏み出して、煙と化す。
肉体が戻る。
目の前を落ちる団子。
大きく開いた口に団子が入った。
噛んだ瞬間、歯が振動する。
七大十の横っ面に迫る山姥の掌底。
七大十がとっさに構えた腕に衝撃が走る。
山姥が腕を振り抜く。
七大十の体が傾いた。足が浮く。
(外して、堪るか!)
七大十が根性で向けた顎先。
引き結んだ口が決壊する
「あぁがががががが——ッ!!」
七大十の口から撃ち出された歯弾が山姥を襲う。
「ギュイィ!!」
七大十は吹き飛ばされながら、その悲鳴を聞いた。
地面を転がり顔を上げれば、左足から横腹までを地に染めた山姥が痛そうに眉間に皺を寄せて七大十を睨んでいた。
山姥の形相が怒りに染まる。
ザザッと髪を慣らして、手をついた前傾姿勢。
そして地面を蹴った。
突進。
「ギヤアァァ!」
咆哮。
反射的に七大十が体を強張らせる。
迫る巨躯。
——パン!
突然、山姥の進路上に札が飛来した。
「隆・忍待亀涙」
江弥華の声に呼応して、地面がぬかるんだ。
足を取られた山姥が顔から泥をかぶる。
「私を常に視界に入れてろ」
と江弥華の声と共に赤い団子が投げられた。
団子は、体勢を立て直している山姥へと向かっている。
七大十は慌てて走り出したが、いつの間にか煙化の能力が切れていて、盛大に躓いた。
江弥華の舌打ちが聞こえて、鎖が七大十の体を引き戻す。
「ごめん!」
という七大十の謝罪を無視して、江弥華は札を構える。
投げた先を目で追うと、逃げようとする山姥の背中があった。
「発・閻魔火爪」
青字の札を江弥華が指で弾く。
札から射出された炎の針が、血で染まった山姥の横腹に突き刺さった。
「ギュアアアア!?」
山姥が横腹を押さえて、よろめき倒れた。
肩越しに睨む瞳に、怒りと怯えが内包している。
「行け」
江弥華が煙草を吹かして命令する。
七大十が走り出した。
煙化した肉体。
初めてこの鬼態術が発動した時、江弥華が言った「三〇秒」。それを思い出した七大十が暗転した視界の中で
(一……二……)
と秒数を数えた。
視界が晴れる。
青い供物団子が七大十の頭上を通り越した。
喰らう。指先が割れて鍵爪が伸びる。
「ギアアッ!」
と飛び掛かる山姥を、七大十は横に跳んで煙化する。
(……四……五……)
十メートル先で肉体が戻る。視線の先で、爪を地面に突き刺して固まる山姥と目が合った。
煙化。
(八……九……)
そして、晴れた視界に飛び込んだ山姥の太腿。
「十ぅ!」
七大十は鍵爪を振り上げた。
血しぶきが上がる。
「ギ——」
と悲鳴を聞く前に、七大十は煙化して離脱。
(十一……十二……)
今度は、山姥の真後ろ方向で体が戻った。
七大十を見失った山姥が、ザッザッザと髪を振り乱して辺りを見渡しているのを確認して、
「煙化!」
と七大十が山姥の背中を目指して踏み出した。
(十三……十四……)
戻った視界にガラ空きの背中が飛び込んだ。
「十五ぉ!」
七大十が両手の鉤骨を袈裟斬りに振り下ろした。
「ギュィイイ!!」
大きく反らした山姥の背中に、赤い切り傷が交差する。
山姥の悲鳴が七大十の口角を吊り上げる。
「十六ッ!」
七大十が離脱して
「十七―!」
山姥に声を飛ばした。
「ギッ!?」
七大十を見つけた山姥の顔が怯えきっていた。
山姥が背中を向けて逃亡を図る。
(オレの方がーー)
七大十が踏み出し、
「――速い!」
煙化した。
暗転する視界。体を叩く風圧。
視界が戻るが、あと少し、山姥に届かない。
七大十が二歩目を踏み出した。
(殺れる……! 殺れる……!)
しかし、煙化が切れた。
山姥は目と鼻の先。
だが、届かない。
後ろを確認した山姥と目が合った。
逃げ切れると山姥が速度を上げる。
人の足では到底追いつけない速度。
如実に差が開く。
懸命に追いかける七大十の視界を札が横切った。
青地に染まった札が山姥の足元に張り付く。
「隆・狸堕陥穽」
ボゴッと陥没した地面に、山姥の足が取られた。
「しゃぁ!」
七大十が地面を蹴る。腕を振り上げた。
しかし引っ込もうとする鉤骨。
「江弥華!」
振り返った時には団子が投げられていた。
黄色い団子が、七大十と山姥の間に割り込み——七大十が喰らい付いた。
(殺れ! 殺るんだ!!)
口を押さえて走った。
歯茎が膨らむ。歯が疼く。
絶対に外さない距離まで、接近する。
頭から転んだ山姥が顔を上げる。
切り刻まれた土色の着物。
継ぎ接ぎだらけの、その着物の肩越しに怯えた表現が見えた。
そして、肩に縫い合わされた切れ端を、七大十は見てしまった。
丸っこいヒヨコが並んだ継ぎ接ぎを。
七大十の足が止まった。
歯の震動が強くなった。
なのに、ヒヨコの絵柄から目が離せない。
瞼がじんと痛んだ。
「殺せ!」
江弥華の怒声が、歯根を押し出した。
弾丸と化し、七大十の口をこじ開ける。
間際。
七大十が顔を逸らした。
「アガガガガーー!!」
歯弾が足元の地面を捲り上げ、
「できない!」
江弥華に叫んだ。
瞬間、鎖が強く引かれた。
「ギィシャァ!」
七大十の体が、江弥華の遥か後方まで引き戻される。
その最中、自分がいた場所に山姥が爪を突き刺しているのを、七大十は見ていた。
地面を転がり、幹にぶつかり、七大十がすぐに顔を上げる。
振り向いたまま固まる山姥。
江弥華が歩み寄る。その右手には札が光っていた。
「待って!」
震えた声で叫んだ先、江弥華が札を薙いだ。
「斬・励輪瀑布」
飛沫をあげた水刃が、山姥の首を切り落とした。
怯えたまま固まった山姥の首が斜面を転がって、江弥華のそれを拾い上げた。
江弥華が無言で振り返る。
何を考えてるのか分からないほど、瞳が青く染まっていた。




