誘引餌
鵺の背に揺られながら、七大十は自問を繰り返していた。だが、一度として答えは浮かばなかった。
呪術による速度上昇はなかった。
変わらぬ田園風景を眺めるうち、どうでも良くなっていた。
根寝占村に着いた頃には、日が暮れていた。
村全体がずんと暗く感じられた。
山の影に入ったからだけではないと思う。
出迎えた地主の目元に隈が出来ていた。
地主邸の納屋へ帰っていく孤児たちに覇気がなかった。
奥の間に通されて、江弥華が荷物を置いている。
七大十は、なんとなく座るのも憚られて、部屋の端に突っ立っていた。
江弥華が食卓に置かれた湯呑みに手を伸ばす。
コクリという喉の音がはっきり聞こえるほど静かだ。
七大十も喉が渇いている。けれども飲む気になれなかった。
「……太鼓が鳴らないね」
代わりに呟いて、
「もう鳴らした……」
と部屋に入ってきた地主が答えた。
地主が不安げな顔を江弥華に向けた。
「陰陽庁はなんと?」
「特に何も。そちらは何かあったか?」
「いえ」
地主が首を振った。
「これから山に入る」
江弥華の宣言に、地主が目を見開いた。
「鬼の正体が分かったんですか?」
「いや。だか一晩山に居れば、向こうからやって来るだろう」
江弥華は確信があるのか、ニヤリと笑った。
「さて、どんな素材が手に入るか」
と。
地主はいまいち納得できない様子で頷いた。
地主の見送りつきで村を出た。
「お気をつけて」と頭を下げる地主。納屋や物陰から孤児たちの顔が見切れていた。
江弥華が後ろ手を上げて歩き出す。
七大十も後に続く。塀を抜ける間際に振り返る。
物陰からこちらを見つめる子供たち。
七大十は彼らの顔を目に焼き付けて、踵を返した。
足が重い。
山の斜面がやたら急に感じる。まだ数メートル進んだだけで息が上がる。
微かに吹き下ろす風が冷たく頬を撫でた。
相変わらず餌が散乱した罠を避けて進む。
腐臭が鼻を刺激した。あの落とし穴が近い。
臭いはますますと強まり、江弥華と倒した猩々から虫が湧いていた。
鼻を抑えて落とし穴の横を通り過ぎる。横目に見た穴の底には、まだ10体の猩々が串刺しのままだった。
江弥華の足が止まらない。
振り返って見れば、村の焚き火が米粒よりも小さくなっていた。
「江弥華、どこまで行く気だよ?」
声が震えないように七大十は語気を強めた。
江弥華が振り返り、腕を組む。
「そうだなぁ……もう少し先まで行こうか」
その返答はどこか芝居がかっていた。七大十にだけ届けばいいはずが、少し声が大き過ぎる気がする。
(誰かついて来てるのか……?)
七大十は周囲を警戒した。耳にだけ意識を集中させる。相手に気取られないようにしたつもりだったが、責めるように鎖が引かれた。
江弥華が踵を返す。振り向きざまに見えた瞳が冷たく七大十を睨んでいた。
落とし穴を過ぎても江弥華の足は止まらなかった。入山から右にも左にも曲がっていない。目的地があるかのような足取りだった。
どこまで行くんだ、と聞きたい気持ちを、無駄に情報を与えない方が良い気がする、と飲み込んだ。
パキ、と枝が折れた音が響いた。
後ろからだった。
近くはない。けれど遠過ぎない距離だ。
七大十が口を閉じて、荒れた呼吸を押し殺す。
ザザ、ザザ、と葉が擦れるような音が同じ方向から聞こえた。
背後に気を配りながら、江弥華について行くこと暫く、森が開けた。サラサラと水が流れる音がする。
溜池だ。
江弥華と七大十が池を迂回するように歩いた。
小さな関門。そこを流れた水が用水路に続いている。関に引っかかった落ち葉に紛れて、褐色に染まった桶が浮いている。
「江弥華!」
と思わず呼び止めた。
「誰か捨てたんだろう」
そう答えた江弥華が何故か、池と反対の茂みに視線を飛ばした。
追うと、茂みに隠れて包丁が落ちている。
「疲れたな」
江弥華が振り返った。
「今日はここまでにしよう」
言って、江弥華が腰を下ろした。
「背嚢を寄越せ」
そして、毛布を取り出した。
「何してるの?」
そう聞いた七大十の声は震えていた。答えが予想できて首を振る。
その姿を見上げて、江弥華が何でもないように言った。
「寝るんだ」
ザー、ザー、ザーー。
茂みの奥から音がした。
七大十が出所を探る。
茂みの中に落ちていた、あの包丁がなくなっていた。




