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帰還

 朝。

 七大十は村の門前で体を大きく反らした。そして大きく息を吐く。

「よし」

 朝靄が降りた一本道を睨みつける。

 昨日は寝れた。いや、寝れてしまった。

 頭の片隅に子供の死体が横たわっている。

「よし!」

 顔を張った。

 寝れた自分への嫌悪感と申し訳無さを、眠気も一緒に吹き飛ばす。

 地主が二体の鵺を連れて来た。

「お待たせしました」

 半分しか開いていない瞼のまま、手綱を手渡し、「お気を付けて」と江弥華に頭を下げる。

「お戻りをお待ちしております」

「孤児には集団行動を徹底させろ」

「はい」

 と地主がフラフラと眠そうに帰っていく。

「行くか……」

 と江弥華が怠そうに手綱を握った。

 見れば、眉間に皺を寄せて、辛そうに胃のあたりを抑えている。

「大丈夫か?」

 七大十が問えば、

「呪素を溜め込みすぎて、胃がムカついてるだけだ」

 と江弥華が鵺に跨り、七大十の鵺を顎で示した。

 七大十が自分の鵺に跨って、もう一度江弥華を見た。

 江弥華が腰嚢から札を出す。

 札の文字が青く染まるにつれ、江弥華の表情が和らぎ、札の文字が青白く輝く頃には、いつもの冷静な江弥華に戻っていた。。

「急ぐぞ」

 と江弥華が札を飛ばした。

 七大十が跨る鵺の首元に張り付いた札。

「纏・肩掛け風三郎」

 江弥華が唱えた瞬間、七大十の服が膨らんだ。

 鵺の体から微かに風が吹き上がってきたような——。

「え、何?」

 七大十が、走り出した鵺の足許を覗き込んだ瞬間、鵺が高速で走り出した。

「うおおぉぉぉ!?」

 強風が七大十の横っ面を叩く。

 七大十は慌てて鵺にしがみ付き、飛び上がりそうにある体を必死に抑えた。

 しだいに体が速度に慣れ、景色を見る余裕ができてきた。

 両脇を流れる田園風景は、稲の輪郭が潰れて、文字通りの黄金色の絨毯に変わっていた。振り返れば、根寝占村も豆粒ほどだった。

 そして前方に見えてきた半矢村。もう中間地点が見えてきた。

「早……!」

 思わず緩んだ頬を、七大十が唇を食んで引き締める。

 だがこの呪術の効果時間は唐突に終わりを迎えた。

 だんだんと走行速度が落ちて、終いには鵺に張り付いていた札が灰になった。

 七大十の鵺が、不思議そうにキョロキョロと足を止めた。

「食え。朝食だ」

 と江弥華が団子を二つ、七大十に投げ渡した。

「了解」

 七大十は、江弥華が用意している札を見やって団子を食べた。

 七大十の両腕が肉紐と化す。それを鵺の体に絡ませて、準備できたと江弥華に視線を送った。

「纏・肩掛け風三郎」

 鵺が走り出す。

「~~!」

 七大十は、内から湧き上がってくる歓声をかみ殺すように、歯を食いしばって鵺の背に絡みついた。

 鵺が羨ましいほど、アホ面で走っている。嘴の端から舌を出して、涎が糸を引いている。

 そして、微かに加牟豆美桃の甘ったるい香りが漂ってきた。

 体感一時間も経っていない。

 七大十の遠い視線の先に、赤レンガの円形ドームの屋根が見えた。

 鵺から降りた瞬間、七大十は膝から崩れ落ちるように四つん這いになった。両足が激しく痺れ、両腕がプルプルと震えている。

「立て」

 平気な顔で鎖を引っ張る江弥華を、七大十は化け物を見るような目で見上げた。

 江弥華の舌打ちが降ってくる。

「私が戻るまでに回復しろ」

 無理難題を押し付けて、江弥華は二体の鵺を関所に返しに行った。

 チャリチャリと胸から鎖が伸びていく。

(どういう仕組みやねん。気色悪い!)

 という鎖への八つ当たりをバネにして、七大十は立ち上がった。

 一歩一歩、痺れる足を引き摺って、江弥華を追いかける。

 江弥華が関所から出てきた。七大十がドヤ顔を向ける。

 微かに「フッ」と鼻を鳴らした音が聞こえた気がしたが、すでに踵を返していた。

 鎖が引かれる。

 江弥華が市街地を突き進む。全く歩調を合わせてくれない。

 七大十は足の痺れが収まるまで、江弥華との距離が開くたび、気合を入れて歩調を早めた。門を全開にした陰陽庁から喧騒が聞こえてくる。

 しかし江弥華が庁舎に踏み入った瞬間、しんと中が静まり返った。

 ちらほらと江弥華に見惚れたような吐息が聞こえ、思い出したように喧騒が戻る。

 そんな陰陽師たちの一連の反応に気付いていないのか、はたまた気にも留めないのか、江弥華が一級陰陽師専用の受付に足を向けた。

 人が次々と避けて、勝手に道が出来ていく。

 その先に、受付嬢も営業スマイルを貼り付けて待ち構えていた。

「お待ちしておりました」と受付嬢が頭を下げる。

「報告をしにきてやったぞ」

 江弥華がぶっきらぼうに言った。

「206会議室にてお聞きいたします」

「ここでいいだろう」

 低い声。

 江弥華がカウンターに肘を置いた。

「ダメです」と受付嬢が首を振る。そして悪い笑みを浮かべた。

「上の者が待ってますから、チャチャっと報告しちゃって下さい。ついでに素材の取り分も決めてきちゃったらいかがですか?」

 受付嬢が悪知恵を囁いた。

「ふむ」と少し考えてから「悪くない提案だ」と踵を返した。

 階段から2階へ。そして206会議室の前に。

 江弥華はノックもなしに、ノブを捻った。

「昨日の午後16時頃、根寝占村に到着した我々はーー」

 江弥華が扉を開けながら、いきなり報告を始めた。

 目を丸くした2人の役人。

「待って、待って! ちょっと待ってください!」と中年役人。

「一旦、座りましょう! ね?!」

 お姉さん役人が椅子を勧めるが、江弥華は扉の真ん前で仁王立ちだった。

 冷たく役人たちを見下ろしながら報告を続ける。

「――今年は山から降りてくる猩々がいないという話を受け、17時頃、事実確認のために入山した。山中に設置した罠にーー」

 慌ててふためく役人2人。

「ちょっと、全然止めてくれないんですけど!?」

 とお姉さん役人がおじさん役人に助けを求め、

「調書! 調書! いいから調書書け!」

 おじさん役人が八つ当たり気味に指示を出した。

 お姉さん役人が紙面にペンを走らせるが、

「あ、あの! 何時頃に何村でしたっけぇ……?!」

 絶望した顔を江弥華に向けた。しかし

「致命傷は顔に突き刺さった逆鉾だと思われる」

 江弥華に止まる気はないようだ。

 半べそ状態で、調書を書き殴るお姉さん役人。おじさん役人は一言一句聞き漏らすまいと江弥華を睨みつけて耳に意識を集中させていた。

 その様子を七大十は、鎖が挟んだ扉の隙間から見ていた。

 人の往来のたびに白い目で見られ、居心地が悪い。しかし、江弥華が邪魔で会議室の中に入れないでいた。

「――流民が1人亡くなったが、同一鬼の仕業かは断定できない。今後も根寝占村と連携して鬼の討伐に当たる」

 言い切るや役人に背を向ける。そして扉を開けながら、

「素材は私の方で回収しよう。何か進展があれば、燕を飛ばす。以上だ」

 と、会議室を後にした。

 最後に素材を全部、自分が持っていく宣言をして、会議室を飛び出した。

(――マジか)

 と七大十が見下ろした視線の下を、江弥華が颯爽と通り過ぎ——。

 視線に気付いた江弥華が、こっそり唇に人差しを立てた。

 会議室から飛んでくる悲痛の声。

「何点か質問って、いない!!」

「ああ、もう! 何なんですか! どうして一級ってみんなあーなんですか!?」

 江弥華と七大十が、逃げるように、早歩きで廊下を突き進んだ。

「次は、札と供物の補充に行く」

 階段に差し掛かり、江弥華が言った。

「お、おう!」

 返事が一拍遅れる。

 階段を駆け下りる、七大十の口元が無意識に緩んでいた。

 その拳は、嬉しさを噛み締めるように握り締められていた。

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