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捜索要請

 地主に案内された裏庭には、納屋があった。

 納屋の壁に鍬や鎌が立て掛けられ、稲穂を取るための道具が乱雑に置かれている。

(すげー、現役の千歯扱きじゃん……!)

 千歯扱きの刃に挟まった稲を見て、七大十は身を乗り出した。

 納屋の扉が静かに開いた。

 子供の不安げな顔が、いくつもこちらを覗いている。

「……ずいぶんと、子沢山だな」

 江弥華が言えば、

「流民の孤児どもです」

 と地主が照れながら答えた。

(……へえ、自分家の敷地に流民の孤児を住まわせてんのか……。かなり凄いことしてんな)

 と横で聞いていた七大十が地主の見る目を改めた。

 地主が庭の角を指差した。

「厠はあちらです」

 七大十が目を向ける。

 塀の影に隠れた薄暗い空間に、橙色の小さな明かりが浮かんでいた。

 電話ボックス程度の小さな厠だった。

 換気用の格子窓が開いており、そこから橙色の明かりが漏れているようだ。周りには雑草が茂り、絶えず虫の声が聞こえる。

 地主が横にずれて道を譲った。

 江弥華も体を横にずらして立ち止まり、視線を七大十に向ける。

(え、何?)

 七大十が目で問いかけると、江弥華が鎖を厠の方向へ引っ張った。

「あー、行けってことね」

 七大十が踏み出すと、虫の声がしんと静まり返った。

 厠の扉を開く。

 きい、という音とともに、糞尿の臭いが漏れ出した。

「臭っ」と呟くが、猩々の死骸ほどではないと思い直して、厠の中に顔を入れた。

 壁に提灯が吊るされている。床板に開いた穴。その周りに、揉み解した藁が散らばって、厠の隅に、藁束を詰め込んだ竹筒が転がっていた。

(え、待って……藁でケツ拭いてんの……)

 思わず身を引いた七大十を、江弥華が押しのける。

 江弥華がぐるりと厠の中を見渡して、「草履はここか」と穴の中に声を落とした。

「争った形跡はない。床の汚れもないところからして、攫われたのは用を済ませた後だろう」

 そして江弥華が地主を振り返る。

「そろそろ村の連中は集まったころか?」

「……恐らく」

 と地主が身を翻した。

 後ろを江弥華がついていく。

「侵入経路とか、調べなくていいの?」

 七大十は慌てた声を上げた。

「相手は鬼だぞ。塀なんて簡単に乗り越えられるだろ」

 と、江弥華が瓦の乗った塀を顎で示した。

「……そういうもんなの……?」

 そんな七大十の呟きを無視して、江弥華が踵を返す。

 七大十は塀を見上げる。

「そういうもんなんだ……」

 と、七大十は妙に納得した。

 鎖が引かれる。

 七大十は急いで江弥華を追いかけた。

 地主邸の門前に人集りが出来ていた。

 不機嫌に腕を組んで欠伸を噛み殺した、浴衣姿の人たち。

 そして、俯き加減に肩を寄せ合った、青い貫頭衣で体を覆った人たち。

 両者の間に何となく距離があり、二つの集団に分かれている。

 七大十は青い集団を見て、彼らが流民だろうと思った。

 地主が偉そうに肩で風を切って前に出た。村人たちの視線が集まるが、さらに注目を集めたいのか、地主が「皆の者、聞けぇ!」と声を張り上げた。

「孤児の一人が消息を断った!」

 村人たちの騒めいた。地主が手を叩く。

「皆にはこれから、その子供を捜索していただきたい! ではッ!」

 急に言葉を切った地主が、さあ行け、さあ散れ、と言わんばかりに両手を広げた。

「うわ……」

 七大十が思わず声を漏らした。

 案の定、誰も動かなかった。大人たちは眉を顰め、子供たちは行って良いのか、悪いのか、互いの顔を見合わせている。

 浴衣の集団から野次が上がった。

「闇雲に探したってしょうがねえだろ。その孤児の行きそうなところとか、心当たりくらいねえのかい?」

 気怠げに、はだけた胸元を掻きながら男が言った。「そうだ、そうだ」と他の村人からも声が上がる。

 地主が額の汗を拭いながら、江弥華に目線で助けを求めた。しかし、江弥華は無視。何やら、札の裏に筆を走らせている。それを横目に、七大十も首を振って返した。

 地主の視線が、孤児に向く。

「どうなんだ、お前ら」

 地主の責める口調に孤児は首を捻って、互いを見合った。

「飯も食わずに行くところなんてないよな?」

「うん……ないと思う。ていうか誘拐だよ? 優二の行きそうなところなんか関係ないよ!」

 その言葉に、地主がハッと顔を村人に向けた。

「そう! 誘拐の線が濃厚なのだ!」

 地主が声を張り上げ、猩々の死骸の件や厠の状況を捲し立てた。だんだんと、村人の顔が緊張に塗り替わっていく。

 突然、鎖が真下に引かれた。

 江弥華の顔がグッと近づき、耳元で囁かれる。

「不審な動きをする奴を探せ」

「……例えばどんな?」

 と七大十は顔を前に向けたまま、囁き声で尋ねた。

「一人で行動する奴は基本怪しい。その上で、同じ所をウロウロしてる奴、真っ直ぐどこかに離れて行く奴。あとは……そうだな、虚な目で私たちを見ている奴だ」

「———え?」

 七大十が隣を振り向くと、江弥華は流民の集団に目を向けていた。

 視線を追う。

 そして目が合った。

 体を覆った貫頭衣。白髪交じりの前髪が、顔を横断するそばかすまで伸びて、流民の女が感情のない瞳でこちらを見ていた。

(ボロい長屋で見た人じゃない……?)

 七大十が顎を撫でて首を傾げると、女がすっと視線を下ろした。

 相当疲れているのか、舟を漕ぐようにふらふらと揺れている。

「……あの、そばかすの?」

 と七大十が聞くと江弥華が首肯する。

 もう一度目、七大十が向けるが、とことん疲れた幸薄い女の人にしか見えなかった。

「……よし」

 と江弥華の声がした。見れば、江弥華の手に札が一枚あった。文字が数行書かれている。

「何それ?」

 と訊く前に、その文字が青く変色した。

 江弥華が札を口元に持っていき、「ふっ」と息を吹きかけた。

 瞬間、札の中から青い何かが抜け出した。江弥華の手の中で、札が灰に変わる。

 ———ピィー!

 空から鳥の声が響いた。

 見上げると、青白く発光したツバメが一直線に街へ飛んで消えた。

「え、何!? 何あれ!?」

 七大十が目を輝かせて、ツバメが消えた空と江弥華を交互に見る。

 江弥華は鬱陶しそうに「黙れ」と七大十を押しのけた。

(えん)を飛ばした」

 と江弥華が言う。

「はあ。それで……?」

 地主が不安げな顔で、胸の前で両手を握る。

 江弥華が悪い顔で答える。

「安心しろ、内容は先の通りだ」

 その言葉に地主が胸を撫で下ろし、江弥華に「うん」と大きく頷き返した。

「では、捜索開始!」

 どこか嬉しそうに地主が声を張り、

 パン! 

 と柏手を打つ。

 村人たちが方々に散る。

 孤児たちは「優二―!」と叫びながら走り出し、流民も「おーい!」とそれぞれめぼしい場所へ散る。一方で根寝占の村人は、「さっきのツバメ、凄かったなぁ」「綺麗だったなぁ」と浴衣姿も相まって、花火大会の帰りみたいにゆったりと歩いて方々に散っていく。

 七大十は聞かずにはいられなかった。

「さっきのツバメのやつ、何あれ! 遠くの人と情報共有できる感じの呪術?」

 と上ずった声で江弥華に詰め寄る。

 全体を俯瞰していた江弥華が「そんなところだ」と七大十に視線もくれずに答えた。

「めっちゃ便利じゃん!」と七大十が言えば、

「150字しか送れないがな」と江弥華が自嘲気味に笑う。そして

「しかも送った内容の控えを残しておく規則付きだ。全く面倒この上ない」

 と吐き捨て、

「———まあ、燕を飛ばすときは、決まって緊急事態だから、そんな暇ないがな」

 と悪い顔で笑った。

「いいのそれ? あとで怒られる奴じゃない?」

 七大十は内心、急に江弥華と仲良くなった気がして嬉しくなっていた。しかし、七大十が笑顔を向けたとき、いつもの冷たい視線が一瞥した。

「……そんなことより、怪しい人物はいたのか?」

「え、あ、いや……」

 七大十は慌てて周りを見渡した。

(青い貫頭衣で、白髪混じりの長髪で——)

 七大十が、女の外見を頭に浮かべながら、必死にさっきの流民の女を探した。

 地主の影響か、額に汗が浮く。

「いたぞー!!」

 遠くで男の声がした。

 声がした方へ目を向けると、塀の外側の一点に松明の光が集まっているのが分かった。

 江弥華が鎖を引くより早く、七大十は動き出していた。

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