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鵺の背

 腰が痛い。

 カラフルなダチョウの背に跨った七大十が、悲痛な顔で腰を擦る。

「なあ、江弥華……どこまで行くん?」

根寝占(ねねじめ)村」

「……だからどこなんだよ」

 延々と広がる田園を、二羽のダチョウが駆け抜ける。

 虎模様の図体から、蛇の鱗に覆われた首がひょろりと伸びて、尻に浮かんだ猿顔が牙を剥いて威嚇している。

 (ぬえ)。それがダチョウの名前だそうだ。家畜化された鬼らしい。

 嘴の端から垂れ下がった手綱を七大十が握り、胸から伸びた鎖は江弥華が握っている。

 見渡す限りの田園風景を初めて目にしたときは絶景だった。

 一面の稲穂が風に揺れて、まるで黄金の海を航海しているような気分だった。

 しかし二時間以上、同じ風景が続けば、どうしたって飽きてくる。

 今や感動は消え失せ、鵺の背から突き上げてくる衝撃に腰が悲鳴を上げている。

 拷問だ。

 さらに、時折見えてくる村の影が七大十の精神を削っていく。

 見つける度に、(着いたか!?)と期待して、鎖を引かれて素通りさせられる。

 勝手に期待して勝手に落胆する自分が悪いのだが、七大十の心は摩耗して、今にも折れそうだった。

 七大十が高速で流れていく地面を見下ろした。浮かんだ言葉が口からこぼれ落ちる。

「……今飛び降りたら、腰の痛みからオサラバ出来るかなー……」

「その代わり、別の痛みとコンニチハだぞ」

「ぅえ!? 聞こえてんの!?」

 七大十の大声に、鵺が体がビクと跳ねた。

 睨んでくる鵺の首を撫でながら、江弥華を見る。

 青髪を耳にかけて、江弥華が横顔を向けていた。少しだけ口元が緩んでいる気がする。

 よく見ようと、七大十が鵺の背で前のめりになって目をすがめたが、江弥華はすぐに前を向いてしまった。

 座り直した七大十が「くっ!」と声を漏らした。

 同じリズムの鵺の足音。突き上げてくる衝撃が腰の痛みを蓄積させる。視界を占める田園風景。地獄の時間が戻ってきた。

 七大十は「あー」と魂が抜けるような声を上げる。眺める対象の中で一番マシな江弥華の青髪を眺めて耐える。

 道の前方に黒い影が見えた。距離が近づくにつれて、民家の輪郭が浮かび上がった。

(村だ! 着いたんじゃない?! ――待て待て、まだ根寝占村じゃないかもしれないだろ)

 七大十の中で期待と冷静がせめぎ合う。

 屋根の瓦が見えてきて、手綱を握る手に力が入る。

(頼む。あれが根寝占村だと言ってくれ)

 江弥華の背中に念を送るが、江弥華の頭は頑なに前を向けたまま、微動だにしない。

(あー、やっぱりか!)

 しかし諦められない七大十が(気づいてないだけかもしれない。うん、きっとそうだ)と体重を前にかけた。

 しかし、江弥華に並走しようにも鵺を早く走らせる方法が分からない。

 試しに競馬のラストスパートみたい、鵺の尻を叩いて、手綱をブンブンと降ってみた。

「グアッ!」

 と鵺に威嚇された瞬間、七大十がパッと手綱を離した。

 こちらを睨む鵺に、七大十が「何?」と、とぼけ顔で返す。そしてやれやれと首を振り、

「江弥華ー! あれが根寝占村ー?!」

 と、声を張り上げた。

 江弥華が振り返らずに、後ろ手を横に振った。

 無情にも二羽の鵺が村の前を通過する。

 瞬間、七大十の全身の力が抜けた。

 変わらず突っ走る鵺の背で「もう、しんどいって」と項垂れて、現実を否定する。

「……もうさあ、さっきの村が根寝占村でいいんじゃない?」

 半笑いで、内心本気の提案を試みるが、

「あれは半矢(なかや)村だ」

 前から平坦な声が流れていく。

 そして江弥華が止めの追加情報を流した。

「あの村を過ぎれば、中間地点までもうすぐだ。まあ日没までには着くだろう」

 と。

 ――ポキ。

 七大十の心が折れた。魂が抜け落ちたように、口を半開きにして、虚空の一点を見つめている。

 鵺が上機嫌に地面を蹴り上げた。やっと静かになったと言わんばかりに速度を上げる。

 腰を打つ衝撃が強くなった。しかし、七大十はもはや何も感じない。

 広大な黄金色の絨毯を二羽の鵺が疾走する。

 田園地帯の端に聳える山脈が雨雲をせき止め、麓の上に大きな陰を落としていた。

「おい、あれ見ろよ! お客さんだ!」

 無邪気な明るい声だった。

「鳥に乗ってる!」「鵺っていうんだよ」「誰だろ?」「お医者様じゃない?」「陰陽師だよ!」

 子供の声が、七大十の瞳に光を灯す。

 顔を上げると、稲の束を肩に担いだ子供たちが、キラキラした表情で、こちらを指差していた。 

「着いたぞ」

 江弥華が振り返って言った。口元をニヤリと歪めて笑っている。

 道の終着点が、根寝占村だった。家々が肩を寄せ合うように建っている。

 鵺がゆっくりと速度を落とした。

 早く降りろと睨まれなが、七大十は久方ぶりに地面を踏んだ。

「やぁっと着いた〜〜!」

 七大十が拳を突き上げて、思いっきり体を伸ばした。背骨が軋むような音が鳴り響く。

 山から吹き下ろした風が、天日干しした藁の匂い運んでくる。

 新鮮な空気を肺いっぱいに取り込んで、呑気に言った七大十の脇を、農具を抱えた村人たちが通っていく。

 警戒心を隠そうともせず、何度もこちらを振り返り、各々帰路につく村人たち。

 すると、彼らを掻き分けて、小太りの男が走ってやって来た。

 男が荒れた息を整えてから、笑顔を浮かべて、江弥華に顔を向ける。

「お待たせしました」

 男が手拭いを額に押し当てながら、軽く頭を、下げた。

「お嬢さんが陰陽師ですかな?」

「ああ」

 と江弥華が襟をひっぱり、バッチを見せた。

 男が目を見開く。拭ったばかりの額から汗が浮く。

「これはこれは!一級陰陽師様でしたか!」

 男が、先より深く頭を下げた。

「根寝占村の地主を勤めております。根寝(ねね)栄一郎(えいいちろう)でございます」

 江弥華は、年上から頭を下げられることに慣れているのか、「ああ」と声を発した。

「お話は、歩きながら。どうぞ、入村を許可します」

 と地主が身を翻した。

 江弥華が村に足を踏み入れる。

 その後ろから、七大十も村に入った。

活動報告に「陰陽師採用試験対策教本 第三章『呪術体系の成立と目的』」を投稿しています。

ご興味あれば。

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