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樹木子の剪定②

 赤色の団子だった。

 なんとなく、手の上で転がしてから口に運んだ。

 噛むと同時に団子が溶け、口いっぱいにえびせんの香りが広がった。

 飲み込んでカッと喉を灼く。

 異変はすぐに現れた。

「……痒ッ……?」

 七大十が両手に目を落とす。痒みは指の中からだった。

 五指の先が餅のように膨らみ、パックリと十字に裂けた。

「お?」

 七大十が覗き込むと、白い骨がこちらを覗き返していた。

 ぬんと白い骨が顔を出し、にゅにゅにゅにゅーっと伸びる。

「おおおおー!?」

 七大十が掲げた両手の先に、鋭く尖った鉤骨が生えた。

「めちゃくちゃ剪定向きじゃない?」

「そうだな」

 江弥華が鼻で笑った。

「よし——」

 七大十が前を向く。

 枝の半分を失った樹木子が、ただの木に戻ったように動かなくなっていた。

「死んだんかな?」

「さあな」

 江弥華が他人事のように答えて、目線で「行け」と指示を出してくる。

 七大十は素振りしながら、樹木子へと向かった。

 袈裟斬り、切り上げ、突き刺し。

 樹木子の枝先がピクリと跳ねる。

 しかし、夢中になって格好良いポーズを模索する七大十は気づかない。

 静かに垂れ下がった枝に、七大十が鉤骨(かぎぼね)を振り下ろした——。

 その時、樹木子が一斉に枝を伸ばした。

「わ——ッ!」

 悲鳴ごと、七大十の体が枝の濁流に飲み込まれる。

 四肢に絡みつく枝が関節とは逆の方向へ力を加え、口と鼻を的確に塞いだ。

 枝が首に絡み、締め付けた。

(ヤバい!)

 死を直感して、七大十がもがいた。

 すぐに枝の力が弱まっていく。

 見れば、七大十ががむしゃらに振り回した鉤骨が、樹木子の枝を切り落としていた。

 しかし切った傍から次の枝が絡みつく。

 七大十は鉤骨を振り回しながら、枝の届かない距離まで、じりじりと下がった。

(ああ、やっと解放される)

 腕に絡みついた最後の一本を切った。

 戻ろうと踵を返した瞬間、樹木子の枝が七大十の足首に絡みつく。

「ああもう!」

 苛立ち交じりに腕を振るう。しかし鉤骨が空を切った。

 鉤骨が指の中に引っ込んでいく。

「これも三〇秒か」

 江弥華の声に振り向けば、七大十の真後ろで腰嚢に手を入れていた。

「次だ」

 青い団子を七大十の口に押し込みながら、江弥華が言う。

 とろろの味。

 七大十の腕が膨らんで、鬼態術が発動する。

 肉紐。

 そう形容するしかなかった。

 肘から先の皮膚が細く裂け、筋肉が解けて広がった。

 江弥華が「使って見せろ」と顎で樹木子を示す。

 七大十はバラ鞭のように垂れ下がった肉紐を見やり、とりあえず足首に絡まった枝先に向けて振り下ろした。

 空気を叩く音。枝が切れる。

「これだけ?」

 首を傾げる七大十に

「動かせるか?」

 と江弥華が聞いた。

「……動かすって、どう動かすんだ?」

 試しに、拳を握る感覚で(握れ!)と念じてみた。

 肉紐の先が、くりんと巻く。

 それだけだった。

「……伸ばせるかな?」

 ただの思いつきだった。――だが。

「やってみろ」

 言った江弥華の青い瞳が、ほんの少し温度を孕んで見えた。

「――おう!」

 頷いて前に出る。

 樹木子が枝を大きく左右に振っている。まるで、遠心力で枝を伸ばそうとしているみたいに。

(やって、みるか)

 七大十が軽く助走をつけ、投げるように、自身の二の腕を振った。

 ストレッチした時のような痛気持ちいい感覚。

 肉紐が伸びている。

 樹木子が枝を振り乱した。

(握れ!)

 肉紐と枝が絡み合い、引っ張り合う。

 両者の力は拮抗していた。

 ブチっと枝が千切れたかと思えば、ブチっと肘先から鋭い痛みが返ってくる。

 だが、それよりも強い力が働いた。体が元に戻ろうとする力だ。

 七大十の肉紐が束になる。腕に戻ろうと縮みだし、踏ん張る七大十の体を引き摺り寄せた。

「二〇秒か」

 江弥華がつぶやいた。

「次が最後だな」

 江弥華が枝の届かない位置で、煙管の火皿に煙草を詰めていた。

 煙になれば抜け出せるかもしれない。

 そう考えた七大十が、ほとんど形を取り戻した両腕を見て叫んだ。

「ヤバいから急いで!」

 枝が七大十の体を引き寄せる。

「早く!」

 と後ろを見れば、江弥華がマッチの火に、煙管を手に持ったまま、呑気に火皿に近づけていた。

「……ん? 火がつかん。湿気ってたか?」

「吸いながら! まず煙管咥えて、火を吸うの!」

「ほーん」

 江弥華が煙管を咥えて、火皿に火を近づける。煙草の葉っぱがオレンジ色に輝いた。

「ゴホッゴホッ!?」

 江弥華の咳と一緒に吐き出された煙。

 七大十が膝に力を込め、

「すぅぅぅ!!」

 と死ぬ気で煙を吸い込んだ。

 七大十の肉体が煙化する。

 暗闇の中、異物が体を通り抜ける不快感に顔を顰めた。

 数拍の間。

 肉体が形を取り戻す。

 開けた視界に、空を掴んだ樹木子と、江弥華の背中が飛び込んだ。

 江弥華が左手に握った鎖を見ながら首を傾げる。

「……呪素が来ない」

 江弥華が煙管を睨んでから、札の束を取り出した。

「確認する」

 と江弥華が広げた札が青白く発光する。

 そして「ついでだ」と樹木子目掛けて札を薙いだ。

「斬・塵均無標(じんきんむひょう)

 無数の風の刃が、樹木子の幹だけ綺麗に残して、枝を全て切り飛ばした。

「……ハハ」

 笑うしかなかった。

 必死になって樹木子と戦っていたのが馬鹿らしい程の瞬殺だ。

 江弥華が無造作に札を投げ捨てた。

 札が空中で灰となって崩れ、江弥華が次の札を一枚だけ出した。

 真ん中に書かれた「纏」の文字が青く染まって、微かに光る。

「――よし。これで呪素は空だ」

 言って江弥華が煙管を咥え、「ふぅ」と七大十の顔に煙を吹きかけた。

 七大十の膝下の輪郭が煙のようにボヤける。

 江弥華が「水」と書かれた札に呪素を流し込み、文字が青く染まる。

「ふむ、これだけか」

 と江弥華が呟いた。

「悪い……?」

 恐る恐る七大十が聞く。

「煙草一吸い分と考えたら、妥当だろう」

 江弥華が答えて、地面に流し目を送った。

「鬼態術に系統被りがなかった」

 そう溢した江弥華の真意を測ろうと、七大十が顔色を伺った。

 何かを考え始めた様子で顎に手を当て、わずかに口角が吊り上がる。

「まあ、悪くない」

 七大十が空を見上げて安堵の息を吐く。

 江弥華に続いて、七大十が金網の外に出る。

「次はどこだ?」

「えっと……大首? だってさ」

「それは分かっている。場所だ」

「あ、えっと……待って……」

 そんな二人の背中を幹だけの樹木子が静かに見送っていた。地中から二人の足音を聞きながら。

いつも読んでくださりありがとうございます。

設定等を出したいと考えています。

読みやすいよう、この世界の参考書っぽくしてみました。

活動報告にて『陰陽師採用試験対策教本 はじめに』を投稿しています。

本編理解に必須ではありません。ご興味あれば。

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