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人工ノ箱庭 - PURE ERROR -  作者: 添加物アンチ


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プロローグ

『PURE ERRORピュアエラー


― プロローグ―


――腐らない。それは、人類が初めて手にした“永遠”だった。


都市は光で満ちていた。

空は人工の朝焼けを映し、ビルの壁面には同じ広告が流れ続ける。


「PURE ERROR ― 永遠の健康をあなたに。」


人々は同じ歩幅で、同じ表情で通勤していく。

顔にはわずかな“笑み”の形が貼り付けられているが、

そこに感情はない。

筋肉が“微笑むように動く”だけだった。

その光景こそが、この都市の「秩序」だった。


腹は最低限しか減らず、甘味で補え、痛みはなく、誰も泣かず、怒らない。

この世界では――感情こそが病原体とされていた。


PURE ERROR。

それは、人類を「腐らない存在」へと変えた添加物の注射。

AIが、人間の体内に流れるすべての化学信号を監視し、

喜びも悲しみも“異常値”として削除する。

快楽は均一に、苦痛は完全に排除され、

“老い”も、“死”も、“愛”すらも、この世界には存在しなかった。


街角の巨大スクリーンが、音もなく点滅する。


「腐ることは、罪です。」

「変わることは、危険です。」

「安定こそ、幸福です。」


無音の街に、それだけが永遠に響いていた。


だが、その日。

灰色の空を、風が裂いた。


鳥も、花も、自然も――この世界には、もうほとんど残っていない。

それでも、“風”だけは、まだ死んではいなかった。


少年は目を覚ます。

冷たい液体の中から、光の管を引きちぎりながら。

身体を覆うコードが、腐食していく。


PURE CODE――誰かが遺した“反添加物構造体”が、彼の中で目を覚ましたのだ。


「……ここは、どこだ……?」


漏れ出た声は、この都市で何千日ぶりに響いた“生の音”だった。

次の瞬間、胸の奥に、焼けつくような感覚が走る。


骨の髄まで軋む痛み。

凍えるような寒気。

心臓が、まるで停止を拒絶するように暴れ出す。

これまで“安定”と呼ばれていた身体が、いまや暴走する“生命”に変わっていた。

呼吸が喉を焼き、肺が膨らむたびに苦しみと熱が押し寄せる。

それが“生きている”ということだった。


少年の喉が震え、息を吐き出すたび、

この世界には存在しなかった“音”がこぼれた。


彼の胸の奥で、PURE CODEがPURE ERRORを分解し始める。

光が濁り、壁が崩れ、街の静寂が“ざわめき”へと変わる。

遠くで警告が鳴った。


「異常個体検知――Aクラス脅威。対象コード:PURE CODE。」


少年は額を押さえた。

「……いててっ……」

頭の奥が焼けるように痛み、視界がちらつく。

流れ込む記憶の断片。机の上の――濡れた紙片。


その紙は、彼が眠っていた液体と同じ成分で湿っていた。

だが、角の一部には、乾いた跡――そこには、微かに体温の名残があった。

この都市では存在しないはずの、“人のぬくもり”だった。


滲んだ文字が、かすかに読めた。


『あなたの名前は――――風早かざはや みどり。』

『次に行く場所は、“風のあるところ”。』


少年は紙を握りしめた。

その瞬間、頬をかすめた微かな風が、

まるで「おかえり」と囁いた気がした。


胸の奥にひとつの音が生まれる。

それは、遠い記憶の中で聞いた風の音に似ていた。


――それが、“生命”という名のざわめきだった。


それは、この腐らない世界に、再び“風”と“緑”を呼ぶ者の名だった。

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