宝物の中身
「運命の出会い、か……」
感慨深げに父は呟く。
ソファに深く座って、大きく息を吐く。
「ねえ、お父様。お姉様は、どうしてしまったの?カーマイン様――出会ったデルモント卿はとても笑顔が素敵で優しい方だった。キツいお姉様の言葉も跳ねのけて、芯で語らうような人だったの。お姉様、今日は初めてワルツを踊ったのよ。私みたいな拙いダンスじゃない。芯が通っていて、指の先まで力の入ったとてもとても綺麗で優雅なダンスだったわ。踊るお姉様とカーマイン様はとてもお似合いで、美しかったの。それなのに、どうしてあんなに目を腫らすまで泣いて……――」
「――アクネシア、オクタヴィアは……なんて言っていた?」
「え?」
「心を押さえつけるあの子の事だ、きっと、何か言っていたんだろう?」
お父様の質問に、馬車に乗り込んだ時を思い出す。
震えていたお姉様。
いつもは気丈なお姉様が、崩れた瞬間だった。
それはまるで爆発したようで、お姉様は……――。
「――家に居たいって、言ってました。お父様と、私と、家の皆で一緒に平和に過ごしたいって……」
「ああ、やっぱりそうだね」
「……お父様?」
お父様はどこか遠くを眺めたように、ゆっくりと頷く。
そこには何が見えるの?
何かを思い出して、懐かしんでいるようで、私には見えない何かを愛でたような目をしていた。
そして暫く沈黙が続いて…………父は口を開いた。
「エスティーヌが旅立つ頃のお話だよ」
エスティーヌ。
それは母の名前だ。
教養だと勉強をする姉と、まだ日々の生活にいっぱいいっぱいだった私の時に病死してしまった母の名前。
「……お母様」
「ああ。あれはお前がまだ、歩くことを覚え、家の中を放浪するようになった頃だね。エスティーヌを看病したい、とオクタヴィアはずっと妻につきっきりだったんだ」
「……」
「オクタヴィアは、きっと言われたんだろうね。『家族をよろしく』、そして『皆で幸せになって』と。エスティーヌはそういう人だ。皆一緒なら、皆幸せ。アイツの口癖だ」
「……そう、なんだ……」
何も言えなくなった。
私はお母さんの顔すら、うっすらとしか覚えていない。
でも看病もして、お勉強もしていた姉は、きっとそうではないだろう。
お母様の口癖をよく聞いていたなら、その言葉すら、しっかりと覚えているのだろう。
家に居たい姉は自分の為じゃなく、私達の為なんだと気付く。
そして姉が私たちと離れない理由は、その言葉を、その約束を、今も子供ながらに守ろうとしているからだ。
「……ぐすっ、お姉、様……っ!」
「私達が、きっとあの子を縛り付けているんだろうね。そろそろ解放してあげなきゃいけないね」




