壊れてしまった姉の宝物
「お姉様!お姉様待って!お姉さ――」
アクネシアが馬車へ辿り着くと、姉は籠の中で、両手で顔を伏せていた。
小さく震え、「うっ、うっ」と声が漏れている。
泣いていたようだった。
「なんなのアイツ!私は!私は家に居たいの!お父様と、アクネシアと、使用人達と一緒に平和に過ごしていたいのよ!どうして邪魔をするの!?」
それは嗚咽。
泣いて叫んで過呼吸のようになって、両手という仮面が剥がれた瞬間、『姉』という仮面が外れた気がした。
取り乱してしまいそうになるのを押さえつけるようにして、飛び出た言葉に蓋するように、オクタヴィアは再び口に両手を当てる。
「……お姉様、お姉様はどうしてそんなにも、家族を想ってくれるの?」
震える、弱ってしまった姉の様子にアクネシアは聞かざるを得なかった。
妹として、家の人間として、知らずにはいられない。
その言葉を知らなければいけない。
そんな思いだった。
「別に……なんでもないわよ。私は、アトレイシア家に居たいだけ。これからも家族が揃っていて、見守られたいだけ」
「見守られる?一体誰に?」
「ッ……なんでもないわ、もう帰りましょう」
馬車はカタカタと揺れながら走り始める。
それ以降、姉は何も話さなかった。
疲れ切ったように窓の外を見て、自分と目を合わさず、触れることも無く。
こんなことは初めてだった。
(それだけ、お姉様にとってカーマイン様との出会いは衝撃的だったのね)
妹としては、そう思うしかない。
涙で腫れた目が少しだけ痛そうで、それでもその目は誰かを探しているようで。
珍しく消沈した姉を見守りながら、アクネシアは帰宅する。
「……疲れたから、もう寝るわ」
帰ってからの姉は珍しかった。
自分の部屋に戻り、一人で眠りに行ったのだ。
「お姉様……」
「アクネシア、何があったのか教えてくれるかい?」
その背を見ていたら、声をかけられて。
振り向けば、多分私と同じ顔をした父がいた。
心配そうで、不安そうな表情だった。
そんな父と向かった応接間で、私と父は隣同士で座る。
いつもは姉がぴったりとくっつくように隣に座っていたから、久しぶりの感覚だ。
「アクネシア、オクタヴィアはどうしたんだい?」
父の問いに、私はどう答えるべきなのだろう。
恋を知らない。
愛も多分分かってない。
そんな私が、お姉様とカーマイン様を見て思うこと。
「お姉様は……多分、運命とも思える人に、出会った……そんな気がします」




