アトレイシア家
「オクタヴィア、アクネシア、二人にまた届いたよ」
「またぁ!?いい加減しつこいわねっ」
前回のパーティーから数日後、再びアトレイシア家に招待状が届いた。
「お姉様、お相手が決まらなければ家を継ぐ為に相手を見つけ、相手が見つかれば各家にご挨拶しなければならないのが社交界ですわ。貴族の数だけ招待状は届くものです」
「キーッ!アクネシアがどこの馬の骨とも分からない男や家に嫁がせるわけにはいかないのよ!一体次はどこのどいつよ!」
姉妹を呼びつけた父から手紙を奪ったオクタヴィアは乱雑に招待状を広げ、あからさまに眉間に皺を寄せる。
「ヴァスキーノ子爵ぅ?あいつ前回トルティーニ男爵令嬢連れて挨拶回りしてたでしょ!十分じゃない!」
「お姉様、社交界に興味はないのにちゃんと覚えていて偉いです」
「うふふ、可愛い妹の顔に泥を塗るわけにいかないでしょう?さ、今回もやるわよ!前回はワインで汚してやったから、次はドレスでも引き千切ればいいかしら?」
「お姉様、折角お姉様を素敵に彩るドレスを痛めつけるのは私、心が痛いです。それならまだ物理的に汚れた方がマシだわ」
「アクネシア……」
アクネシアの言葉にオクタヴィアは胸をきゅんとさせ、目を潤わせる。
そして「汚れたらまた一緒にシャワーを浴びればいいものね!お姉ちゃんがいくらでも貴女を綺麗にしてあげるわ」とにっこり微笑んだ。
「もう、お姉様ったら……」
オクタヴィアの言葉に困った表情を見せながらも、アクネシアの心はまんざらでもない。
そんな二人の姿に父、ヴァモルト・アトレイシアは苦言を呈す。
「これこれお前達。仲がよろしいことだが、このまま会をぶち壊されたら家の印象が下がるからやめなさい」
「何言ってるのお父様、寧ろ今や『アトレイシア家を怒らせてはいけない』って評が立っているのよ?優しいだけがアトレイシア家なのは昔の話よ」
「それは、まあ、そうだが……」
家の現状や社交界の力関係を理解しているオクタヴィアの鋭い視線が父に刺さる。
ヴァモルトはうっ、と呻きながら小さくなった。
アトレイシア家はひとつの領を任された伯爵家だが、過去、税収から利益管理から領民に甘い貴族と認知されていた。
その分領民からの信頼は厚いのだが、それを他の貴族に戯言として言われることも多数ある。
管理体制は今も変わりはないが、それで困った事は一度も起きていない。
ただ周りの貴族が煩かったので、姉妹がパーティーで激しい喧嘩をすることで黙らせてしまった結果が今ついている。
それを止める手立てはない。
軌道に乗ってきた今を崩すつもりは無いし、突発的かつ無茶苦茶な立ち回りであろうと手に入れた環境はオクタヴィアにとって、アクネシアにとっても心地いいものだった。
「お父様、私はまだ他の家に行きとうございません。このまま私を傍においてくださいな」
「オクタヴィア……」
「お父様、私もこの均衡が崩れてしまうくらいなら、このまま継続するのがいいと思います。お姉様も我儘で今の状態を続けてる訳では無いのはこうして一緒に過ごしていて理解できています。お父様も分かるでしょう?」
「アクネシア……うぅ、そうだな……」
優しいが気の小さい父、その隣に母は居ない。
今は二人が、孤独な父が倒れてしまわないように支えている。
それを理解しているヴァモルトは言葉を詰まらせ、「すまん」と頭を下げた。




