【第52話】エリナ姫
熟練度上げ以外に大した意義も見いだせずに1日ロストデッドを100体倒す。
そんなことを3日ほど続けていると、ある変化があった。
朝ごはんを食べていたらお姫様が食堂にきたのだ。
(外からやってきたな。
お散歩かな?・・・うわ、まだ辛そうだな。大丈夫か?)
エリナ姫は少し辛そうにしながらやってきてテーブルについた。
こちらを見てにっこりと笑った。
(かわいい・・・)
その日から、俺はエリナ姫とかなりの確率で顔を合わせるようになった。
朝食堂に行くと、入り口付近のテーブルでエリナ姫がお茶を飲んでいるので挨拶をしてから少し離れた席について朝ごはんを食べる。
お弁当を作ってもらって夕方までにホーリーライトの魔法でロストデッドを100体倒し
夜に食堂へ行くと、やはりエリナ姫は入り口付近に座っているので挨拶をして、少し離れた席でご飯を食べる。
これが3日ほど続いて、今朝も挨拶をして、空いている隣のテーブルで朝ごはんを食べていたらエリナ姫がやってきた。
(ん?)
そして俺の腕をがっと掴んだのだ。
「な、なんですか?」
「いいから、食べて」
お姫様は微笑みながら、おれの腕を掴んだままそんなことを言った。
俺は言われたとおりにパンをかじり・・・周りに居た護衛騎士さんを見た。
護衛騎士さんは困ったように笑って、俺にぺこりと頭を下げた。
(どういうこと?)
最初は俺がダラダラクエストをやっていることに注意をしに来たのかと思った。
あの護衛魔術師が俺がすぐに倒さずに熟練度上げしているって報告して、それが気にいらなくてと。
でも周りの騎士さん達を見る限り、そういう感じでもなかった。
「エリナ様」
メイドさんが椅子を持ってきて、エリナ姫は頷いて、俺の横に腰を下ろした。
「・・・エリナ姫はご飯食べたんですか?」
俺は水でパンを飲み込むとそんな質問をしてみた。
「ええ、先ほど頂いたわ」
俺は頷きながら、さりげなく周りの護衛騎士さんや、あの魔法使いのおじさんを見る。
苦笑いが返ってきた。
「今日も朝は冷えますね」
「そうね」
「体調はどうですか?」
「あまりよくないわ」
まあ、聞かなくても、エリナ姫はあまり体調良さそうではないのは分かってた。
辛そうな顔をしている。
蓄積毒なら、この大陸を出れば少しは改善するのだろうけど、
そんな事俺から言われなくたって知っているだろうし、自分の国から出て行けというのも失礼かと思い言葉を飲み込んだ。
「では俺は依頼に行ってきますね」
「私も見に行くわ」
「え?」
◇◆◇◆◇◆
その日からはエリナ姫がついて来た。
朝ごはんのタイミングから、冒険者ギルドの出張所へ依頼を受けに行くときも、現場でロストデッドを上からホーリーライトで撃っている時も。
ロストデッドは5発で倒せるようになっていた。
前は12とかだったからかなりの進歩だ。
・ホーリーライト(小)→(中)へアップ!
王族として冒険者の様子を見ることも一応お仕事なのかもと、自分の中で答を出してからは
俺は愛想よくしていた。
「あの、これはどういう事なんですか?」
食堂で朝ご飯を食べている際に、
エリナ姫がお花摘みに行った隙に珍しく食堂に残っていた護衛騎士さんに状況を聞く。
「う~ん・・・どうやらエリナ姫に気に入られたようだね」
「気に入られた?」
「うん」
暇なのか?
と、今まで女の子からアプローチを受けたり、そういう仲になった事のない俺は思った。
「ユージ殿の邪魔をすることはない。
とは言っても、こんな集団につきまとわれて鬱陶しく感じてるだろうけど・・・」
「ああ・・・いえ」
「でもできればユージ殿がここを出ていくまでの間、エリナ姫の好きにさせてあげてほしい」
「ああ~」
俺もそんなに長い事ここに居れないからな。
ある程度倒した後は俺はここから去ることになっている。
・・・エリナ姫を残して。
他にも話を聞いた。
子供のころからついているメイドさん曰く、エリナ姫がこんな行動をすることは初めてで、
いつも痛みや無力感に耐え、精神的にまいっているお姫様を見ている護衛騎士たちとしては、
姫の最初で最後の恋だと思い見守ることにしたそうだ。
(なんだよそれ)
人から好きと言われたことにドキリとしたが(ただし本人からは言われていない)
でも、これから死ぬみたいなことを言われて、心の中はとてもモヤモヤとした。
俺はついさっきもやった、
捕まれた腕をやんわり振りほどく→何も言わずにまた腕をつかんでくる、のループを思い出して、かわいそうなことをしたかなと思った。
トイレから戻ってきた姫様は、俺の横に来てまた腕を掴んできた。
顔を見ると微笑んでいる。
・・・うれしいのかな?
(ちょっと怖い、この空気が。
でもなぜかほっとけないんだよな)
「エリナ様、そうではなく、手を繋がれてはどうでしょう?」
「「え?」」
メイドさんがそんな提案をして、姫が顔を赤らめた。
(え?)
「ほら、ユージさんも」
「え?」
躊躇していると、更にメイドさんが目で訴えてきたので、俺から手をつないだ。
さっ。
ぎゅ。
姫様は少し下を向いてはにかんだ。
可愛い・・・!
「今日は天気もよろしいですから、街を散歩されてはどうでしょうか」
メイドさんが追撃してきたので、行くことにした。
・・・まあ手をつないだままテーブルについているのもキツかったから悪い話ではない。
俺はそっと立ち上がりエリナ姫をリードした。
(にしても手が冷たいな・・・)
エリナ姫は顔に出さないようにしているけど、今日も体調が悪そうだったので、
比較的近い1区画をゆっくりとひと回りし、先ほどまでいた宿屋の食堂のカフェテリア席に座った。
この席は初めて座ったが、とても座りごこちがよい。
屋外の席なのにソファーが置いてありおしゃれだし。
水をはじくのかな?
対面かと思いきや、エリナ姫は手を放さず、横に座ってきた。
周りを見ると、騎士さんは笑っていたが、メイドさんは切なそうな、泣きそうな顔をしていた。
「ふうぅぅ・・・」
そういってエリナ姫は頭を肩に載せてきた。
ドキリとする。
しかしそれ以上のアクションが無かったので顔を見ると目を閉じていた。
なんだか、いつもより少し青白い気がする。
なんと話しかけたらよいかと考えていると、エリナ姫が目を閉じたまま口を開いた。
「・・・このまま死ねたら、私最高かも」
エリナ姫の小さなつぶやきは、よく通る声色のせいでみんなに聞えた。
俺は切なくなり、堪らずにエリナ姫をやさしく抱きしめた。
切なくなったのと同時に驚いていた。
初めて聞いたエリナ姫の弱音。
この人はこんなことを言う人なんだと。
ついでに自分の行動にも驚いた。
俺はこんなことを出来る人間なんだ、今まで1度もやったことがないのに。
エリナ姫が毎日痛みに耐えているとは聞いていた。
他の大陸にいれば痛みは和らぐのに、
この大陸にいるのは、この大陸の王族としての責任感かららしい。
「うぐう」
すぐ近くにいたメイドさんが声を抑えきれずに泣きだし、そのままスタスタと歩いて行った。
護衛騎士さんが静かに1人、後を追った。
「・・・ユージ、もしも私が死んだら、君を残すことになるのが心残りだなぁ」
「え?」
って、恋人気取りか?
このお姫様の中の俺は、いったいどうなってるんだ?
俺はただの村人だぞ?
そんなことを心で言ってみたけど、まったく切なさをごまかせはしなかった。
俺は、かける言葉を探しながら、自分のギフトの銃のホルダーを凝視していた。
いつもそこにある俺のギフト・・・。
・・・あ。
「ねえ、姫様?」
「・・・エリナって名前で呼びなさいって言ってるでしょ?」
辛そうにしながらも顔を上げそんなことを言う。
俺は村人ですよ、と最初のころは断っていたけど、エリナ姫は全く引かず、押し切られた。
「ああ、失礼しました・・・エリナ」
「なあに?」
エリナ姫は嬉しそうに目を閉じたまま、口角を上げた。
・・・なんて言えばいいんだろう?
”試してもらいたいことがあります”と言ってみる?
もし効果が無かったら、みんなに怒られるかもしれないし、失望されるかもしれない。
いや、やるだけやってダメだったら怒られて、どっかいけばいいか。
そもそも俺はずっとここに居られるわけではないし。
そう考えたら少し心が軽くなった。
「あの、ね?
他人に効果あるかわからないんだけど、
試してもらいたいクスリがあるんだ、もしかしたら、何の意味もないかもしれないんだけど」
そういうとずいっと護衛騎士がと近づいて来た。
俺が怪しい動きをしたからだ。
俺は騎士さんに頭を軽く下げてから、俺だけに見えるお腹のポシェットを空中に持ち上げ、リュック型に展開されたインベントリから”クスリ”というアイテムを取り出した。
「どこから?」と護衛騎士が小さな声で呟いた。
俺の右手には、5cm×2cmの白いプラスチック製の円錐形のケースが握られていた。
俺が軽く振って、カチャカチャという音を立てると、
エリナ姫は辛そうに目を開けて俺の手元を見た。
「これは初めて見るわね」
今までにいろんな毒消しを取り寄せ試したのか、エリナ姫がそうつぶやいた。
「これは、俺のギフトの1つなんです」
「ギフト? ギフトで、薬を?」
「はい」
「え?ユージが?」
「はい、俺のギフトです」
護衛騎士たちの困惑と、どこか期待をはらんだ気配を感じつつ俺は続けた。
「俺のギフトって、実はいくつかの機能があるんです」
「へぇ、・・・すごいわね。 どんな、なの?」
「はい、攻撃用の武器が4種類、いつも俺にだけ見えてて、使うときにこの世界で実体化する。
普通使わないんですけど、それ以外にも、俺にだけ見えるカバンもあって、
そこに爆弾やケガを治すための包帯だったり、おなかを満たすための食料、後は、
この、状態異常を治すクスリなんかも入ってる」
「・・・そうなの?」
「うん、色々あるうちの1つにこのクスリがあるんだ。
これは、毒と、ゾンビ病に効くんだ」
毒はHPが死ぬまで減少、
ゾンビ病は、ゾンビに噛まれてから1週間以内にこれか、ゾンビワクチンを接種できなければゲーム・オーバーになるシステムだった。
このクスリは、いろんな状態回復アイテムを合成していって出来るもので、
毒にもゾンビ病にも効くものだ。
なぜ合成するかと言えば、持ち歩くアイテムを少なくするためだ。
なんせインベントリは最大で9つのアイテムしか入らない。
「毒にも効くの?」
「本当のことを言うと、この大陸の蓄積毒に効くかは分からない」
「そう・・・。
あとは何?ゾンビ病なんて聞いたことないわ」
「それは・・・田舎の方の珍しい病気なんだ」
この世界にはゾンビはいない。
人は死んだら終わりで、魔物も黒い靄になるだけだ。
「で、これらは使っても、次の日には補充される」
「ふうん。
で、これ、私にくれるの?」
じらし過ぎたか、エリナ姫が俺の手元を見ながらそう言った。
「うん、エリナに試してもらいたい」
「・・・飲むわ」
「うん、でも、もし・・・」
「効かなくてもだれも怒らないわ。ね?」
「はい」
「もちろんです」
護衛騎士さん達がそう言って頷く。
「ほら。
で、これどうするの?」
エリナ姫がカラカラとクスリがはいったプラスチック容器を振る。
俺は2つあるうちのもう1つを取り出し、実演をする。
「ここから空くから、親指でぐっと押し上げるんだ、中身を落とさないようにね?」
キュポン
「開いたら、口の中にざらーっと流し込む。」
そう言って俺は口を開け、クスリを口の中に滑り込ませた。
毒見を兼ねて。
クスリは口の中ですっと溶けて無くなった。
1秒ほどおいて、俺が持っていたプラスチックの容器もすっと消えた。
「・・・こうね?」
キュポン
ざらーっ
「あ、あら?こぼしたのかしら? ごめんなさい、あれ、なくなってしまったわ?」
エリナ姫が慌てて消えたクスリの錠剤を探す。
「いや、消えて正常だよ」
「え、そうn」
アイテムは正しく使われた。
その証拠にエリナ姫はが持っていたクスリの容器も消えた。
「・・・ぐ!? ああああっ、ゲホ! あ、熱い・・・!!!」
「「「姫様?!」」」
「え?・・・うお!?」
エリナ姫は強く俺の手を握り、苦しみに耐え始めた・・・と思ったら、急に体から白い湯気が上がり始めた。
(チカラつよ!って、なんだ!?)
白い湯気はどんどん勢いを増す。
(・・・いや、これは、出ている量が桁違いだけど、ギルド長と同じ湯気だ。 確か生命エネルギーだっけ?)
ホントアリアの西エリアのギルド長が見せてくれた白い湯気、
あれを見ていなかったら慌てていたと思う。
まるで沸騰したやかんからでる湯気・・・・いやエリナ姫から出る量としては蒸気と言った方がいいくらいだが。
それが体の一定以上を離れると体の方に戻ってくるような動きを見せた。
俺はエリナ姫にとても強い力でしがみつかれており、逃げられ・・・いやいや、そもそも離れるつもりないけど!
(なんだこれ・・・)
エリナ姫から大量に立ち上る白い湯気からは、
無音なのに、ズオオオオオというすごい振動を感じた。
「あ、あのこれ」
俺ははっとして周りの護衛騎士たちを見た。
ついさっきまで、そばで俺と一緒に慌てていた護衛騎士たちは、あっけにとられた顔をしている。
俺が何かを言おうとしたタイミングでエリナ姫が顔を上げた。
「・・・治った」
「え?」
エリナ姫は眼光鋭く、獰猛な顔つきになっていた。
「治ったわふふふ」
そういって俺の目を見て笑う。
ぎらついて、ちょっと怖い。
そして大きく息を吸った。
「ああ、息が吸いやすい!!」
でもつぎの瞬間には顔をくしゃりと歪ませ、泣き出した。
俺が何も言えずにいると。
カンカンカン!!
街の門の方から鐘が鳴り始めた。
この街で鐘が鳴るのは初めて聞いた。
「・・・大量の魔物襲来の時の鐘ですね」
「ああ、船が居ないこのタイミングで・・・しかし」
いつの間にか涙でぐちゃぐちゃになっている護衛騎士さん達が静かにそういう会話をした後、エリナ姫を見た。
「私が行くわ、久々に暴れたい気分なの」
俺の服で涙をぬぐい、すっと立ち上がったエリナ姫がにっこり笑って俺を見た。
とても熱い眼差しだった。
「姫様、こちらを」
護衛騎士の一人が剣を抜き、それを姫様に恭しく渡した。
「ありがとう」
次の瞬間、どんっと音がして姫が消えた。
護衛騎士たちの顔が動いたのでそれを追うと、
目の端にはエリナ姫が門へすごいスピードで駆けていくのがギリギリとらえられた。
「え、エリナ姫!?」
護衛騎士たちが走り出したので俺も立ち上がり、慌てて追いかける
いつの間にか席を外していたメイドさんもその集団の中にいた。
追いかけている最中に、横を走っていた護衛騎士の1人が話しかけてきた。
「ユージ殿、あの薬はもうないのか?」
「あ、あれは明日になれば2つ補充されます」
「補充されるのか!?」
「はい、そういうギフトなんです!」
「なんと!」
門に近づくと、門の内側から外を見ている人たちがいて、
次の瞬間に歓声が上がった。
自分も護衛騎士さんたちと門を抜ける
ちょうど、大量の魔物が黒い霧になっているところだった。
バリケードが一部壊れているのも、黒い霧が晴れた後に見て取れた。
「はああ・・・」
白い蒸気に包まれたエリナ姫が更に大技を繰り出して、
少し先にいたロストデッドたちが吹き飛び、空中で黒い霧になったのが見えた。
その後を追うように、嵐の日に聞くような風が吹き荒れる音が聞えた。
剣一本でこんな現象を人間が起こせるのか・・・
「すごい・・・」
「ズズっ、ユージ殿、君のおかげだよ・・・」
「君は希望かもしれないな」
一緒に姫を見ていた護衛騎士たちが、気づいたら俺の方を見ていて、そういった。
「ユージ!」
エリナ姫の声が聞こえ視線を戻すと、すぐ目の前までエリナ姫が走ってきていて、そのままぶつかる勢いで抱きしめられた。




