【第36話】クレナイ工房
ギルドを出てからは案内板を頼りに鞄屋へと足を運んだ。
「いらっしゃい」
「ええと、肩ひもにクッションが付いてるリュック、ここにありますか?」
「ああ、ありますよ、こちらへどうぞ。予算はいかほどですか?」
「ええと、10万ゼニーくらい?」
「え?かしこまりました、使用用途は冒険でよろしいですか?」
「はい、魔石が多くなった時に肩が痛くなる事が多くて」
「ああ、これは結構使い込まれてますね。
大分きついでしょう」
俺は店員さんが持ってくる肩ひも部分にクッションがあるものをいくつか試着してみた。
あと親切(?)なことに、実際に重いものが入ってからじゃないと判断はできないと、店員さんは奥から石を持ってきた。
「ああ、これぐらいの重さだったと思います」
「肩はどうですか?」
「あんまり痛くないです、なんか全然違いますね、とっても楽です」
「幅も広めにとってあって一点に重さが集中しないのと、重いものが入った時にも全体的なバランスがいいんですよ。
こちらのリュックだと、この小袋もつきますよ」
「あ、それなら、このくらいの袋はありますか?」
今日は少し魔石が入りきらずにリュックの中に直に入れてしまっていたので、
俺は魔石だけを入れる袋も探すことにした。
「ありますよ、こちらのコーナーだといろんな材質、サイズが選べます」
「おお」
俺は魔石を入れるイメージをしながら、
最終的に紐を引っ張ることで入り口をぎゅっと閉められる持ち手がついた麻の袋を手に取った。
「この古いリュックは、こちらで引き取りますか?」
「お願いします」
ずっと持って回るわけにもいかない。
持って回るのはあの棒で十分だ。
父にはもっといい、肩が痛くならないリュックを買ってプレゼントしよう。
俺は思い入れのあるくたびれたリュックを定員さんに託した。
「ん~結構くたびれてますね。
そうだ、今なら不要になったリュックを有料で、他の小さな小物の製品に変身させるサービスもありますがいかがですか?」
定員さんがコーナーの一角を手で指して案内した。
そこにはコースター、本のしおり、小物入れ、動物の人形ストラップなどの実際に職人によって作られた革製品のサンプルが置かれていた。
小物入れは、お店でよくお金を入れるあの4つ角をとめてお皿の形にしたやつだ。
「じゃあ、本のしおりにして下さい」
「わかりました、どの部分を使うかは職人の方で決めてもよろしいですか?」
「はい、お任せします」
「では、リュックの方が80,000ゼニー、インナーバッグが3つで6,000ゼニー、
そしてこちらの本のしおりへの変身サービスが5,000ゼニーで、
合計91,000ゼニーになります。」
えっ5000ゼニーもするのかよ、でも思い出が残るならいいか。
「しおりって、三枚に出来ますか?」
「そうですね、行けると思います」
定員さんはリュックを見てからそう言った。
「じゃそれで、ギルドカードでお願いします」
「はい、ではしおりへの変身サービスは、お値段変わりまして15000ですが宜しいですか?」
(高っか)
「はい」
店員さんはすまし顔だったが、俺がギルドカードをおいた瞬間驚いた顔をした。でも口には出さずに会計を終えた。
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残高:8,568,500
支払:101,000
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↓
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残高:8,467,500
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チン!
次は本屋だ。
あの杖の本は、売りだな。
杖は杖屋で買った方が絶対いいよ。
だってどれもいびつだったもん。
広場まで戻ってきて案内板を見ていると・・・
「クレナイ工房!」
リュウタロウ師匠が教えてくれた工房だ。
ここから30分くらいの場所にあるようだ。
「めちゃ近いじゃん。
ええと、ここから馬車乗り場まで道を下ってから、ずっと北に進めば行けるな」
職人街のしるしである、水色に塗られた一角にクレナイ工房はあるようだ。
行ってみよう。
◇◆◇◆◇◆
「ここだ、こんにちは」
「いらっしゃい」
中に入ると小太りで、白いワイシャツ、グレーのスラックスをサスペンダーで止めた小さな眼鏡を掛けたおじさんが
机の上の図面から顔を上げこちらを見た。
「リュウタロウ師匠の弟子のユージです」
「お! そうかそうか、よく来たね」
おじさんは笑顔になり、席をすすめてくれた。
「ありがとうございます」
「リュウタロウの弟子って事は、パワーグローブかな?」
「はい、師匠からもらったものは大分ボロボロになってきてまして、
機会があれば新調しておけと言われておりましたので」
俺は師匠からもらったパワーグローブを取り出しておじさんに渡した。
「ああ、そうだね、しばらくは大丈夫だろうけど、これは変えた方がいいね」
「まっててね」と言っておじさんは奥に入っていった。
俺はぐるりと工房を見回してみた。
沢山の杖や、杖の材料がならんでいた。
どうやら杖を専門にやっているようだ。
(でかっ)
入り口まで視線を移動したところでとんでもない大きさの杖を見つけた。
いやいや、これ人間何人で持つんだよ。
「それは対大型用の杖だよ」
「あ」
いつの間にか後ろにおじさんが戻ってきており解説してくれた。
「大体4~6人で使うんだ、ほら、ところどころに緑色のテープが張られているだろ?
あれが持ち手」
「はい」
「あそこをもって魔力を込めると、中の管を通って頭の人口魔石に集まり、どか~んだ」
おじさんは量手を広げて笑った。
「すごいですね」
「もうあまり売れないんだけどね、それが最後の在庫だよ」
「へぇ~」
「さて、これがご要望のパワーグローブ(僧侶)だ」
おじさんはテーブルに師匠がくれたのと同じグローブを置いた。
「ユージ君がもっているパワーグローブはどうする?
ミスリル部分は大丈夫そうだから、それ以外をまるっと新しくすることもできるよ?」
「あ、ではまるっと、お願いしてもいいですか?」
「わかったよ、・・・ああこれかい?」
俺はおじさんが戻ってきた時から小脇に抱えていた杖が気になりチラチラと見ていたら、おじさんが気づいてそう言った。
「ははは、わざとらしい?
これはクリーニングロッドと呼ばれる、クリーニングにだけ特化した杖だよ」
そういっておじさんはクリーニングロッドを俺に手渡してきた。
なんだ自慢か?売り込みか? 売り込みだろうな・・・。
俺は手渡されたクリーニングロッドをしげしげと見た。
そのロッドは片手用の杖で、持ち手部分が20cmほどで、頭の方にはたぶん人口魔石であろう水色のまんまるの魔石に、
金属のわっかのようなものがついている。
持ち手から下、石突部分は黒っぽい木で作られていた。
「クリーニング専用ですか」
「うん、これはクリーニングを普通に唱えるより10倍、いや100倍以上効率的に汚れを取ることができる杖だよ」
俺が何とも言えない表情をしているのを見たのか
「そうだ、これに向かって使ってみてくれないかな?昨日チーズリゾットをこぼしてしまってね」
と言った。
「わかりました」
客に掃除をさせるなんてちゃっかりしてるな、と思いながらも俺は席を立ち、おじさんの家に続く通路の、地面のシミに向かって杖をかざした。
「ただいつも通り、クリーニングを唱えるだけでいいよ」
「はい、『クリーニング』!」
ぼしゅぼしゅ!ばーん!
「うおっ」
「はっはっは、ほらすごい!」
「これは・・・すごいな」
飽きるほどクリーニングを使い続けてきた俺だから分かる。
これはすごい。
例えるなら今までのクリーニングが汚れたものを蛇口の下に置いて、だーっと水を出して、汚れを流そうとするのに対して、
この杖は汚れをすごい勢いで吹き飛ばしているような感じだ。
「すごいだろ?はっはっは!」
おじさんはうれしそうに笑っている。
「これ、熟練度ってどうなるんですか?」
「熟練度?」
「魔法は使えば使うほどうまくなっていくと思うんですけど、この杖使っても上がりますかね?
回数減りそうだし・・・楽をして熟練度上げが遅くなるのは・・・」
「う~ん、知らん!」
「うわ」
「まあ、君が今日からそれを使って、レベルが上がれば上がるという事じゃないかな」
「ええ・・・」
俺が嫌そうな顔をするとおじさんは笑った。
「なあに、それを言ったらほかの杖だって同じことだろ?
みんな職人が作った杖で魔法を使って、それでも熟練度は上がっているはずだ」
「確かにそうですね」
さすが杖職人。
でも回数が減る分、遅くはなりそうかな?
「この魔石の周りにある輪っかは何ですか?」
「それは魔石をその辺にぶつけないようにつけたただの保護パーツだよ。おしゃれだろ?」
「なるほど、これが人口魔石なんですか?」
「そうだよ、君と同じリュウタロウの弟子に頼んで一緒に造ったんだ。
半年くらいかかったけどいい出来だろう?
これは1本80万ゼニーなんだけど、17本売れたよ」
「80万ゼニーか」
「お客様、どうぞ、おひとつどうぞ」
おじさんはにっこり笑い、とても丁寧にそう言った。
気持ち悪っ
「・・・買います、仕事でも使うかもしれないので」
「毎度あり」
おじさんはクリーニングロッドを専用の革のケースにしまい、テーブルに置いた。
「合計で210万ゼニーだけど払えるかい?」
「冒険者ギルドカードでお願いします」
「さすがリュウタロウの弟子だな」
「・・・師匠はすごいんですか?」
「ああ、リュウタロウもすごいが、弟子たちもすごいよ、ユージ君もなんか普通の僧侶じゃなさそうだし」
おじさんは笑いながらそう言った。
パワーグローブ(僧侶) 1,200,000ゼニー
パワーグローブ(僧侶) 手直し代 100,000ゼニー
クリーニングロッド(カバー付き)800,000ゼニー
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残高:8,467,500
支払:2,100,000
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↓
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残高:6,367,500
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チン!
「まいどあり」
「こちらこそありがとうございます。いいものが手に入りました」
「ユージ君は、とても礼儀正しいね、親が厳しいの?」
「いえ、親はあまり関係ないですね」
この丁寧な性格はギフトが手に入った時からだ。
前世の俺のしゃべり方や性格の影響だろう。
特にごまかす必要もないかなと思い、そのまま伝えてみた。
「はあ、そんなこともあるんだね。
ギフトもちは結構性格が終わっているやつもいるけど、ユージ君のギフトは人格も真っ当にしてくれて素晴らしいね」
「それだと俺の性格がもともと悪かったって聞こえますけど」
「はっはっは」
おじさんは笑ってごまかした。
「しかしリュウタロウとその弟子たちにはいつも助けてもらってるよ」
「そうなんですか?」
「ああ、うちは個人の工房なんだけど今まで一度も提携先がなくてね、常にいつつぶれるかってギリギリだったんだ」
「へぇ」
「そろそろダメかな~って思っていた所にリュウタロウがやってきてね、
これを僧侶用に改造できないか?って相談を受けたんだ。
話を聞くうちに、あ、これが俺の転機になるって直観が働いて、
ぜひやらせてくれ!って返事をしたんだ」
「おお~。・・・これって改造品なんですか?」
「ああ、これはもともと格闘家の装備なんだよ」
「え、あ、そうだったんですか?」
「そうだよ、格闘家のパワーグローブは、この金属部分、これがミスリルじゃなくて砕いた魔石入りの鋼でね、
ほら、格闘家は僧侶に比べてMPが少ないからそれが最適な組み合わせになるんだけど、
これを僧侶用にするにあったって、金属をミスリルに変えてMPをより伝わる様にして威力を上げたり、
相手にこぶしが当たった時の衝撃をうまく伝えるように形を変えたり、後は飛んできた魔法を拳で弾き飛ばせるようにっていろいろやったよ」
「へぇ」
「楽しかったね。
でも半年もかからなかったな。
ここまでくれば完成だとリュウタロウが言って開発は終わったんだ。
最終的に、通常攻撃は格闘家と同じくらいになったよ」
「MPを物理ダメージにしてってことですね」
「そう。
結局これを使うのは俺ぐらいだって言ってたけど、
こうやってリュウタロウの弟子達も来るようになって俺はうれしかったよ。
あ、お金だけじゃなくて、リュウタロウの弟子達の顔が見れるのがね?」
「あはは・・・」
「あとは後継者なんだよなぁ」
「後継者居ないんですか」
「居ないよ。この技術、絶対残した方がいいと思うんだけど、ユージ君、キミ弟子になる?」
「俺鍛冶屋スキルないので無理かと・・・」
「だよなぁ~」
結局この日はこのおじさんの話を聞いていたら、夜飯くってけ、うち泊まってけという流れで泊めてもらった。
兄弟子も何人かこのベッドで眠ったらしい。