第3話 - 心理ホラー
「ついて行くことは選択だった。
目覚めることは、判決だった。」
バーの空気は、いつもよりも重苦しかった。
まるで何か見えないものが、そこにじっと留まっているような気配。
少年は半分残ったグラスを指でなぞりながら、
母親が隣のテーブルの誰かと気楽に話しているのを横目で見ていた。
声と音楽が混ざり合っているはずなのに、なぜか遠くに感じる。
その時だった——見たわけではない。だが、感じたのだ。視線を。
最初に来たのは、首筋への圧。
誰かが目に見えない何かを向けているような、不快な感覚。
次に、背中を這うような冷たい震え。
皮膚をかすめるように、ゆっくりと降りてきた。
少年は、ほとんど無意識に顔を向けた。
そして——彼女を見た。
背の高い女が、ゆっくりとホールを横切っていた。
長く黒い髪は、店の光を吸い込むように揺れている。
耳元のピアスが、ほのかに光を放ち、目を引く。
そして目——冷たく、少年を真っ直ぐに見つめていた。
その視線は、反応を凍らせるほどの力を持っていた。
一瞬、周囲のすべてが消えた。
音楽も、声も、彼自身の呼吸さえも。
まるで鏡の中に閉じ込められ、内側から見られているような感覚。
「何するの?」
母親の声が、張り詰めた空気を破った。
少年は素早く瞬きをし、背筋の震えをごまかすように言った。
「トイレに行ってくる。」
母親は眉をひそめたが、何も言わなかった。
少年は立ち上がり、鼓動が速くなるのを感じながら、彼女を追う必要があると直感した。
理由はわからない。ただ、そうすべきだと感じた。
バーの廊下は、実際よりも狭く感じられた。
木の床を踏むたびに、足音がトンネルの中で響いているようだった。
外に出ると、冷たい空気が顔に当たった。
だが、それでも目は覚めなかった。
彼女はそこにいた。数メートル先を、ゆっくりと歩いている。
まるで、少年が来ることを知っていたかのように。
その歩き方には、奇妙な違和感があった。
急いでいるわけでもなく、迷っているようでもない。
だが、どこかに向かっているようにも見えなかった。
少年は唾を飲み込み、歩調を速めた。
胸が痛む。運動のせいではない。
それは、焦りと不安から来る痛みだった。
十分に近づいたところで、少年はそっと彼女の腕に触れた。
肌は冷たく、まるで光の届かない場所から出てきたばかりのようだった。
彼女はゆっくりと顔を向けた。
その目は鋭い刃のように、少年を真っ直ぐに見つめていた。
少年は一瞬ためらったが、言葉は思考よりも早く口をついて出た。
「誰かと一緒?」
沈黙が、ほんの一秒長く続いた。
彼女は短く、まるでその言葉自体が刃物のように鋭く言った。
「いない。」
少年の唇がわずかに震えた。
だが、何か見えない力に背中を押されるように、続けた。
「一緒にいたい?」
彼女はしばらく黙って少年を見つめていた。
そして、首を少し傾け、何か珍しいものを観察するような仕草で言った。
「いたい。」
笑顔はなかった。
表情も変わらなかった。
それでも、なぜかその一言だけで、少年はその答えに縛られたような気がした。
言葉を交わすことなく、彼女は歩き出した。
少年は、見えない糸に引かれるように、その後を追った。
二人は並んで歩いた。
その沈黙は、どんな言葉よりも重かった。
少年は、何が起きているのかを理解しようとしながら、
一歩一歩がバーからだけでなく、
安全な場所すべてから遠ざかっていくような感覚に襲われていた。
通りは、思った以上に人影がなかった。
街灯の間隔が広すぎて、長く不気味な影を作っていた。
時折、彼女の顔を盗み見る。
誰なのかを知ろうとするが、その顔には何の感情も浮かんでいないように見えた。
まるで、読み取ることができない仮面のようだった。
「家、遠いの?」
少年は沈黙を破るために、そう聞いた。
「遠くない。」
その答えは、刃のように短く鋭かった。
自分の足音が、やけに大きく響いていた。
そして気づいた——家々の窓はすべて閉じられ、カーテンも引かれていた。
まるで誰も、この通りで起こることを見たくないかのように。
腹の奥に、奇妙な冷たさが走った。
逃げようかと考えた瞬間、彼女は一軒の家の前で立ち止まった。
外観は、あまりにも普通だった。
個性も、特徴もない。
彼女はポケットから鍵を取り出し、振り返ることなく言った。
「入って。」
少年は一瞬ためらった。
心臓の鼓動が、耳に響くほど強くなっていた。
だが何か——好奇心か、魅了か、あるいは彼女が放つ奇妙な重力のようなものか——
少年はその扉を越えた。
家の中は、微かに焦げたような匂いが漂っていた。
まるで長い間、空気が閉じ込められていたかのような感覚。
家具は少なく、壁には何も飾られていない。
写真も、個人的な物も見当たらない。
それは、物語のない家だった。
彼女はバッグを隅に置き、キッチンへと向かった。
振り返ることなく、こう言った。
「何か飲む?」
少年はすぐには答えなかった。
部屋を見回しながら、この場所がなぜこんなにも空虚に感じるのかを考えていた。
彼女が差し出した飲み物は、普通のグラスに入っていた。
だが少年は、口をつける前に一瞬ためらった。
彼女の目には、冷たさが宿っていた。
その冷たさは、くつろげという言葉とは釣り合わなかった。
彼女は少年の正面に座った。
だが、その座り方は自然ではなかった。
一つ一つの動きに、計算されたような意図が感じられた。
彼女の沈黙は、不快でありながら、どこか引き込まれるものがあった。
「いつもそんな目で見てくるの?」
少年は冗談めかして言い、笑顔を作った。
「あなたは、知らない人じゃない。」
彼女は瞬きもせずに答えた。
その言葉に、少年は一瞬息を止めた。
笑ってごまかそうとしたが、彼女の声には冗談の響きがなかった。
時間がどれほど過ぎたのか、少年にはわからなかった。
二人は自然と近づき、彼女の触れ方は冷たく、そしてどこか切迫していた。
それは欲望によるものではなく、少年には理解できない何かによって動かされているようだった。
数時間後、家の中は重たい沈黙に包まれていた。
少年は彼女のベッドで目を覚ました。
だが、どうやってそこにたどり着いたのかは覚えていない。
彼の服は床に散らばっていた。
だが、部屋の空気は——何かがおかしかった。
彼女は眠っていなかった。
隣に横たわり、動かず、天井を見つめていた。
少年が身じろぎすると、彼女はゆっくりと顔を向けた。
「眠れないの?」
少年はかすれた声で尋ねた。
「眠れる。まだ、その時じゃない。」
その答えはあまりにも乾いていて、少年は黙って背を向けた。
眠ったふりをするしかなかった。
だが、目を少し開けた瞬間——
彼女の顔が、青白いスマホの光に照らされていた。
彼女は素早くスマホを操作していた。
だが、少年の視線に気づくと、すぐに画面を消した。
少年はゆっくりと目を開けた。
まだ重たい眠気が残っているようで、まるで深い眠りから引き戻されたかのようだった。
最初に感じたのは、手首に巻かれた冷たい金属の感触。
動こうとした——動けなかった。
呼吸が速くなる。
彼の体は椅子に縛り付けられていた。
足元には、肌を焼くような粗い紐が巻かれていた。
部屋は暗かった。
天井から吊るされたランプが、かすかな光を放ち、ゆっくりと揺れている。
壁は滑らかで、窓はない。
そこが家の一室だとは思えなかった。
まるで時間さえも届かない、隔離された空間のようだった。
ギィ——
扉が軋む音を立てた。
部屋の最も暗い隅から、彼女が現れた。
あの女。
昨夜の妖しさは、もうそこにはなかった。
彼女の目は冷たく、計算された視線で少年を見つめていた。
まるで、抵抗する力を持たない獲物を観察するように。
「バーで呼びかけたのが、いけなかったのよね。」
彼女は、鋭く、何か名付けられない感情を含んだ声で言った。
少年は唾を飲み込んだ。
言葉を発しようとしたが、口の中は乾ききっていた。
「何が起きてるんだ?」
その問いは、喉の奥で詰まったままだった。
彼女はゆっくりと近づいてきた。
一歩一歩を味わうように。
ヒールの音が床に響き、まるで時計の針のように時間を刻んでいた。
その音が、永遠にも感じられた。
彼女が目の前まで来ると、身をかがめた。
昨夜と同じ花の香りが、今は息苦しいほどに漂っていた。
「ついて来るべきじゃなかったのよ。」
—
「でも——もし、あの夜、別の選択をしていたら?」
明日、ジャンルが変わる。 運命も、また別のものになる。