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第2話 - ドラマ

「物語のすべてが終わるわけじゃない。 ただ、静かに遠ざかっていくものもある。」


バーには、夜の終わりの匂いが漂っていた。 安い酒、煙草の煙、そして誰かの香水の甘い残り香が混ざり合った空気。 でも、その夜は何かが違っていた。


少年はグラスの中の液体をゆっくり回していた。 急ぐことなく、ただ母親の隣で浮かないように見せるために。 音楽は小さく、遠くで鳴る鼓動のようだった。 それでも、呼吸のリズムには十分だった。


何も彼の注意を引かなかった。 ──その香りが空間を横切るまでは。


花の香りだった。 甘すぎず、強すぎず、ただ「ちょうどいい」。 まるで、彼が一度も経験したことのない記憶のように鮮烈だった。


彼は目を上げた。 そして、彼女を見た。


その女性は、ゆっくりと店内を横切っていた。 注目を求めるような姿勢ではなかった。 それでも、視線を集めていた。


彼女の香りは、足音よりも先に届いた。 その目──澄んでいて、冷たく、ほとんど透明な瞳が、彼の目を捉えた。


その瞬間、バーは存在しなくなった。 音も、声も、音楽も消えた。 ただ、答えのない問いのような、静かな視線の重みだけが残った。


「どうするの?」 母親の声が、彼を現実に引き戻した。


彼は何度か瞬きをした。 まるで夢から目覚めたかのように。 深く息を吸い込んで、答えた。


「トイレに行ってくる。すぐ戻る。」


母親は眉をひそめたが、それ以上は何も言わなかった。


彼は立ち上がった。 自分が探しているのがトイレではないことを、すでに分かっていた。


バーの廊下を抜けていく。 一歩ごとに、足取りは速くなっていく。 彼女を見失ったのではないかと、一瞬不安がよぎった。


でも、外に出ると、彼女はそこにいた。 街灯の影に半分隠れながら、横を向いて立っていた。


彼は残りの距離を駆け抜けた。 何を言えばいいのか分からないまま。 ただ、その瞬間を逃したくないという気持ちだけがあった。


彼はそっと彼女の腕に触れた。 まるで、隣に存在する許可を求めるように。


彼女は立ち止まった。 ゆっくりと、彼の方へ振り返る。


その顔は穏やかだった。 でも、その瞳には──遠くを見ているような、ここにいない何かが宿っていた。


「誰かと一緒?」 彼は震える声で尋ねた。 緊張を隠しきれない声だった。


彼女は彼を見つめた。 永遠にも感じられる一瞬。 そして、乾いた声で答えた。


「いいえ。」


彼の心臓が強く脈打った。 次の言葉は、ほとんど息のように漏れた。


「一緒にいたいと思う?」


彼女の表情は変わらなかった。 笑顔も、驚きもなかった。 ただ、静かに答えた。


「ええ。」


それだけで、十分だった。


彼女が歩き出し、彼がその隣に並んだ瞬間、 彼の中で何かが囁いた。 ──これは、ただの出会いではない。


二人は言葉を交わさずに並んで歩いた。 その沈黙は不快ではなかった。 むしろ、濃密だった。 一つ一つの呼吸に、言葉にならない何かが込められていた。


少年は細かい仕草に目を向けた。 彼女がバッグの持ち手を二本の指だけで握る様子。 風が髪のほつれを揺らす瞬間。 そして、彼女の周りに漂う花の香り── まるで、空気の色まで違って見えるような。


何か軽いことを話そうかと、一瞬思った。 夜のこと、バーの音楽のこと、 この張り詰めた空気を壊すために。


でも、声は喉で止まった。 何か間違った言葉を口にすれば、 壊れてしまいそうな、繊細で見えないものがそこにあった。


「家、遠いの?」 彼は小さな声で、少しだけ勇気を出して聞いた。


「いいえ。」 彼女は彼を見ずに答えた。


会話は、そこで終わった。 まるで、最初から存在しなかったかのように。


それでも、沈黙は言葉以上のものを語っていた。


通りは少しずつ静かになっていく。 外の世界が、歩くたびに遠ざかっていくようだった。 まるで、二人だけの領域──いや、彼女だけの世界に入っていくような感覚。


家々の窓は暗く、 足音だけがアスファルトに響いていた。


彼はもう一度、彼女を見た。 そこにいるのに、どこか遠くにいるような。 彼には決して理解できない何かを、彼女は抱えているようだった。


彼女の家は、静かすぎた。 ドアが閉まった瞬間、 そこには「家」と呼べるものが何もなかった。 写真も、個人的な飾りも、一切なかった。


それでも、彼の目を引く何かがそこにはあった。 壁に飾られた絵よりも、ずっと強く。 ──彼女だった。


少年の心臓は、早すぎるほどに脈打っていた。 ここにいるべきではないような気がしていた。 それでも、こここそが彼の居場所だと感じていた。


彼女の動きは、すべてが計算されているようだった。 コートを脱ぐ仕草。 髪が肩に落ちる瞬間。 ゆっくりと彼の目を見つめる、その動作。


彼女のすべてに、重みがあった。 意図があるようで、彼にはそれが読み取れなかった。


「いつも、そんなふうに見るの?」 彼は少し笑いながら、でもその強さに息を詰まらせながら尋ねた。


彼女は答えなかった。 ただ、曖昧な微笑みを浮かべた。 説明よりも、混乱を与えるような笑み。


彼は、完全に迷っていた。


彼女に触れるたびに、めまいのような感覚が走った。 自分の中の何かが溶けていくような── それが何だったのか、彼自身も知らなかった。


彼の指は、彼女の肌に触れるとき、震えていた。 それは恐怖ではなく、 何か貴重で、触れてはいけないものに触れているような感覚だった。


彼女は、恋を求めているようには見えなかった。 でも、彼を拒むこともなかった。 ただ、その瞬間を受け入れているだけ。 完全に心を開くことなく。


それが、彼をさらに彼女に惹きつけた。 その無表情の奥にあるもの。 嵐を隠しているような静けさの中に、何があるのかを知りたかった。


夜は、静かに過ぎていった。 聞こえるのは、身体の音、 高鳴る心臓、 乱れた呼吸だけ。


彼は思った。 何年かけても、彼女のことを理解することはできないかもしれない。 でも、今夜だけは、それでよかった。


彼が最初に聞いた音は、沈黙だった。 声も、水の音も、何もなかった。 ただ、誰もいないように感じる空間の静けさ。


彼はゆっくりと目を開けた。 隣のベッドは冷たかった。 まるで、彼女がずっと前にそこを離れたかのように。


彼の服は床に散らばっていた。 シーツと混ざり合い、 柔らかな混乱の中に、名前のない何かが漂っていた。


彼はベッドの端に座った。 足が冷たい床に触れる。


空気には、まだ花の香りが残っていた。 彼女を初めて見たときと同じ香り。 でも今は、何かが違っていた。 それは、欠落と混ざり合っていた。


彼は立ち上がり、家の中を歩いた。 一歩ごとに、音が大きすぎるように感じた。 まるで、この場所が彼を外へ押し出そうとしているかのように。


壁には写真もなく、 誰かが本当に住んでいる気配もなかった。


まるで、すべてが一夜のために用意されただけで、 今、その舞台が静かに崩れていくようだった。


彼は彼女の名前を呼ぼうとした。 でもすぐに思い出した── 彼は、彼女の名前すら知らなかった。


彼は口元に苦い笑みを浮かべた。 そして、心の中で思った。 ──もしかしたら、彼女は本当は見つけられたくなかったのかもしれない。


彼は寝室に戻り、服を拾って、ゆっくりと身に着けた。 まるで、一枚一枚が静かな別れのように。


何かを残したかった。 言葉でも、メモでも、名前でも。 でも、この場所にふさわしいものは何もなかった。


止まない風に、何かを書こうとするようなものだった。


ドアの前に立ち、深く息を吸った。 彼女の香りはまだ空気の中に残っていた。 しつこいほどに、記憶のように。


ほんの一瞬、待とうかと思った。 あと数分だけ、ここにいようかと。 でも、彼は分かっていた。 これは、繰り返されるような物語ではない。


ドアノブを回す前に、もう一度だけ部屋を見渡した。 家は、これまで以上に空っぽに見えた。 まるで、彼が出ていくことで、 そこにあったすべての痕跡が消えてしまうかのように。


──そして、それが正しいのかもしれない。


彼はドアを開けた。


朝の空気が顔に触れた。 冷たく、澄んでいて、 まるで、外の世界が昨夜の出来事を何も知らないかのようだった。


胸が締めつけられる。 何か貴重で、激しく、 理解する前に失ってしまったものに触れたような感覚。


彼は静かな通りを歩いた。 肌にまとわりつくような、花の香りだけを携えて。


そして、心の奥には、 彼女のことを一生忘れないという確信があった。



「でも——もし、あの夜、別の選択をしていたら?」


明日、ジャンルが変わる。 運命も、また別のものになる。

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