第42話:英雄の虚と、真の支配者
穢された知識の聖石を浄化し、黒い光の柱を消滅させた俺たちは、その場に倒れ伏したリーダーと、意識を失った黒ローブたちを取り囲んだ。リーダーのフードを剥がして現れたのは、この世界の「古き英雄」にそっくりな顔だった。
「そんな…まさか…英雄が、こんな…」父が驚きを隠せない様子で呟いた。
母は、倒れているリーダーの元へ駆け寄り、彼の脈を測った。「かろうじて、息はあるわ…でも、ひどく消耗している…」
美咲は【精神感応】で、リーダーの精神状態を探ろうとした。
「彼の心は…深い虚無に覆われているわ。まるで、全てを諦めて、魂が抜けてしまったみたいに…」
萌は【魔力演算支配者】で、リーダーの身体に残る魔力の痕跡を解析していた。
「お兄ちゃん、彼の身体に残ってる魔力、あの黒い聖石と同じ魔力だよ! でも、もう欠損してない。きれいな魔力になってる…! きっと、あの黒い聖石の浄化で、彼を操ってた魔力も消えたんだ…」
萌の言葉に、俺は安心した。彼を操っていた悪意ある魔力は消え去ったようだ。しかし、問題は残る。一体誰が、どのようにして彼を操っていたのか。そして、なぜ英雄がこんな姿に堕ちたのか。
俺は、浄化されたばかりの知識の聖石を【アイテムボックス】から取り出した。青白い光を放つその聖石は、知性と真実を司るかのようだ。
「この聖石の記憶を…読み取れないか?」俺は萌に尋ねた。
萌は、知識の聖石に手をかざし、目を閉じた。彼女の【魔力演算支配者】が、聖石に残された膨大な知識を読み解いていく。
「わかったよ、お兄ちゃん…この聖石の記憶には、彼がどうしてこんな風になったのかが記録されてる…」
萌が語り始めたのは、悲しく、そして恐ろしい真実だった。
この「古き英雄」は、かつてこの世界を救った後、ある「真理」を探求し続けていたという。しかし、その探求の果てに、彼はこの世界の「限界」と「虚無」に直面した。世界は、いずれ滅びゆく運命にあるという、絶望的な知識だった。
その時、彼の前に、謎の存在が現れたという。その存在は、英雄に「世界の運命を書き換える力」を与えると誘惑した。その力とは、世界の根源的な「知識」を「欠損」させ、「虚無」を創造することで、既存の法則を破壊し、新たな世界を創造するというものだった。
英雄は、世界の滅びを阻止するため、その誘惑に乗ってしまった。しかし、彼は、その力の「代償」を知らなかった。その力を使うたびに、彼の「魂」は蝕まれ、精神は「虚無」に染まっていく。そして、やがて彼は、その謎の存在によって、完全に操られる傀儡となったのだという。
「つまり、彼を操っていたのは…『世界の運命を書き換える力』を与えると誘惑した、謎の存在…?」美咲が震える声で言った。
「その存在は、聖石を穢し、人間を操り、この世界を『虚無』にしようとしていたんだ…」父が怒りに顔を歪ませた。
「虚無の知識を創造する…まさか、俺の【概念収納】は、その『虚無』の対極にある力だったのか…」俺は、自分のスキルが、この世界の真の危機を救う鍵だったことを悟った。
萌が、さらに解析を進める。
「お兄ちゃん、この聖石の記憶に、その『謎の存在』の、わずかな痕跡が残ってる…それは、特定の形を持たないけど…『闇の深淵』のような…すごく古くて、重い魔力だよ…」
「闇の深淵…」俺は呟いた。それは、世界樹の精霊が言っていた、世界の「重み」を歪ませている存在と関係があるのかもしれない。
「その存在の目的は一体何なんだ…」母が心配そうに言った。
萌は、ふと、リーダーの身体に残されていた黒い石に目をやった。それは、リーダーが持っていた穢された知識の聖石ではない。以前、エルリア村で対峙した黒ローブたちが持っていたものと同じ、小ぶりな黒い石だ。
「お兄ちゃん! これ! 彼が持ってた黒い石、さっきのリーダーが持ってたものと同じ魔力の痕跡があるよ!」萌がその黒い石を指さした。
俺は、その黒い石を【アイテムボックス】に収納しようとしたが、弾き返された。
「収納できない…? まるで、空間そのものを拒絶しているみたいだ…」
「多分、これは、あの『謎の存在』が作った、いわば『虚無の聖石』のレプリカなんだと思うよ」萌が推測した。「だから、私たちには扱えないんだ…」
しかし、聖石の浄化と、英雄の記憶から得られた情報は、俺たちに大きな収穫をもたらした。この世界の真の敵は、あの黒ローブの集団ではなく、彼らを操り、世界の根源的な「知識」と「運命」を歪めようとする、謎の「闇の深淵」のような存在だ。
「このリーダーをどうする…?」父が倒れている英雄を見た。
母は、温かい眼差しで英雄を見つめた。「この方が目を覚ますまで、私たちが護りましょう。そして、この方に、何が起きたのか、私たちが何を知ったのかを伝える必要があるわ」
俺たちは、クレーターの中心に【家屋収納】で家を呼び出し、その中に英雄と、意識を失った黒ローブたちを運び込んだ。家の中は、俺たちの能力で安全が確保されている。
これで、七つの聖石全てが浄化され、俺たちの手元に戻ってきた。しかし、新たな、そしてより大きな敵が、この世界の闇に潜んでいることが明らかになった。
「次の目的地は…その『闇の深淵』を探し出すことか…」俺は、静かに言った。
この異世界での戦いは、世界の運命をかけた、最後の戦いへと突入しようとしていた。




