エピローグ
春菜は、小さな手を引いて歩いていた。
静かに小雪が舞い、冷たい風が頬をなでていた。
雪斗の眠る場所へ、二人で並んで向かうのは、これが初めてだった。
「ここが……パパのおうち?」
そう尋ねる雪花の声は小さく、それでも胸に響いた。
春菜は静かに頷き、墓前に膝をつく。
「雪斗、あなたの娘が、ちゃんと歩いてここまで来たよ」
春菜の声は震えていた。
けれどその震えは、もう悲しみのせいではなかった。
愛しさと感謝と――今もなお彼とつながっている確信のようなものだった。
雪花が大切そうに手にしていた折り紙の鳥を、そっと手向ける。
風が吹き、小雪とともに鳥はふわりと宙へと舞い上がる。
まるで“籠”から解き放たれたように、自由に、空へ。
後ろでそっと立っていたのは、春菜の父――じーじだった。
「雪花、じぃじはここで待ってるから、パパにちゃんとごあいさつしておいで」
「うん」
雪花はこくりと頷き、もう一度墓前を見つめた。
春菜はそっと目を閉じ、心の奥で問いかける。
「ねぇ、雪斗……
これからの私、泣いたり、立ち止まったりするかもしれない……
そんな時は、叱ってくれますか?」
冷たい風が髪を静かに揺らす。
答えは返ってこない。
でも、きっと――彼なら、優しく笑ってくれる気がした。
雪花の肩に、小さな雪片がひとひら、そっと落ちる。
「ママ、パパ、ここにいるね」
その言葉に、春菜はそっと頷き、小さな手を強く握り返した。
たとえ昨日に戻れなくても、あなたがもういなくても、
この愛は、確かにここに残ってる。
「ありがとう、雪斗。出会ってくれて、本当にありがとう」
じぃじの待つ方へと歩き出す雪花の後ろ姿を見て、春菜は微笑んだ。
あの日、じぃじが春菜にそうしてくれたように、
今度は自分が、この小さな命の手を引いていく。
雪が静かに舞い、白い道が続いていた。
冷たい空気に静けさが満ち、春菜の足音は雪に消えていく。
愛は形を変えても、確かにここにあった。
冬の空の下、そんな景色が静かに広がっていた。




