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Last Song  作者: TD Coh
12/13

最終楽章 アイノカタチ

あのね 大好きだよ

あなたが心の中で 広がってくたび

愛が 溢れ 涙こぼれるんだ


──MISIA「アイノカタチ」


薄明かりの朝が、病室の窓からゆっくり差し込む。

まだ眠っている街の向こう、空は淡い桜色に染まりはじめていた。


窓の外からは、小鳥のさえずりがかすかに聞こえる。

そよ風がカーテンをそっと揺らしていた。


部屋の中は静かだ。

時計の秒針だけが、規則正しく時を刻んでいる。


春菜はゆっくりと呼吸を繰り返す。

お腹の中で、小さな命がわずかに動いた。


まるで朝露が葉先を伝うような、繊細な動きだった。

その動きに、彼女の心はやわらかく震えた。


外の世界は、新しい一日を始めている。

でもこの部屋は、ゆっくりと時間が止まったようだった。


「もうすぐ、会えるね」


小さな声で、自分とお腹の赤ちゃんに話しかける。

震えているけど、どこか強さも感じられた。


陣痛の波が、間隔を短くしてやってくる。

春菜は手すりを握りしめて、痛みと向き合った。


ふと、雪斗の笑顔が浮かんだ。

彼の好きだった音楽が、今も心に響いている。


「雪斗……あなたの音が、ここにある」


助産師の優しい声が耳元で響く。

「もうすぐ赤ちゃんに会えますよ」


春菜は小さく頷いた。

胸の中に熱い感情が湧き上がってきた。


悲しみや寂しさはまだあるけれど、

それ以上に「生きていく力」を感じていた。


きっと、この小さな命も、私の胸にすっぽりはまる「愛のカタチ」なんだろう。

時間が経つほど、もっと深く知っていくたびに、

そのカタチは変わっていくけど、決して隙間を作ったりはしない。


何度も波がやってきて、体はつらい。

でも春菜は必死に耐えた。


そして――


かすかな産声が聞こえた。


小さなその声が、春菜の心に強く響いた。


包まれるような温かさを感じて、目を開ける。


そこには、雪斗の音楽と同じくらい尊い、命があった。


春菜はそっと雪花を抱きしめた。

小さな体はほんのり温かい。

指先がぎゅっと絡みついてくる。

雪花の吐息が春菜の胸に伝わる。


亡き雪斗の音楽は、今も心に静かに響いている。

悲しみを包み込み、愛が溢れ、涙がこぼれることもあるけれど、

それさえも、この「アイノカタチ」の一部なのだと思った。


「雪斗さんの音は、ずっとここにある」


雪花の目がかすかに開き、春菜を見つめる。

瞳には、新しい命の輝きが宿っていた。


小さな手足が動くたびに、春菜の決意は強くなる。


「あなたがくれたものを守りながら、生きていく」


雪花の温もりを感じて、春菜は未来へ歩き出す。

愛の形は変わっても、ずっと続くのだと心に誓いながら。

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