最終楽章 アイノカタチ
あのね 大好きだよ
あなたが心の中で 広がってくたび
愛が 溢れ 涙こぼれるんだ
──MISIA「アイノカタチ」
薄明かりの朝が、病室の窓からゆっくり差し込む。
まだ眠っている街の向こう、空は淡い桜色に染まりはじめていた。
窓の外からは、小鳥のさえずりがかすかに聞こえる。
そよ風がカーテンをそっと揺らしていた。
部屋の中は静かだ。
時計の秒針だけが、規則正しく時を刻んでいる。
春菜はゆっくりと呼吸を繰り返す。
お腹の中で、小さな命がわずかに動いた。
まるで朝露が葉先を伝うような、繊細な動きだった。
その動きに、彼女の心はやわらかく震えた。
外の世界は、新しい一日を始めている。
でもこの部屋は、ゆっくりと時間が止まったようだった。
「もうすぐ、会えるね」
小さな声で、自分とお腹の赤ちゃんに話しかける。
震えているけど、どこか強さも感じられた。
陣痛の波が、間隔を短くしてやってくる。
春菜は手すりを握りしめて、痛みと向き合った。
ふと、雪斗の笑顔が浮かんだ。
彼の好きだった音楽が、今も心に響いている。
「雪斗……あなたの音が、ここにある」
助産師の優しい声が耳元で響く。
「もうすぐ赤ちゃんに会えますよ」
春菜は小さく頷いた。
胸の中に熱い感情が湧き上がってきた。
悲しみや寂しさはまだあるけれど、
それ以上に「生きていく力」を感じていた。
きっと、この小さな命も、私の胸にすっぽりはまる「愛のカタチ」なんだろう。
時間が経つほど、もっと深く知っていくたびに、
そのカタチは変わっていくけど、決して隙間を作ったりはしない。
何度も波がやってきて、体はつらい。
でも春菜は必死に耐えた。
そして――
かすかな産声が聞こえた。
小さなその声が、春菜の心に強く響いた。
包まれるような温かさを感じて、目を開ける。
そこには、雪斗の音楽と同じくらい尊い、命があった。
春菜はそっと雪花を抱きしめた。
小さな体はほんのり温かい。
指先がぎゅっと絡みついてくる。
雪花の吐息が春菜の胸に伝わる。
亡き雪斗の音楽は、今も心に静かに響いている。
悲しみを包み込み、愛が溢れ、涙がこぼれることもあるけれど、
それさえも、この「アイノカタチ」の一部なのだと思った。
「雪斗さんの音は、ずっとここにある」
雪花の目がかすかに開き、春菜を見つめる。
瞳には、新しい命の輝きが宿っていた。
小さな手足が動くたびに、春菜の決意は強くなる。
「あなたがくれたものを守りながら、生きていく」
雪花の温もりを感じて、春菜は未来へ歩き出す。
愛の形は変わっても、ずっと続くのだと心に誓いながら。