プロローグ
「ユキちゃーん!起きて!」
そう言うと、春菜はまだ眠たそうにしている少女に声を掛けた。
「今日はお父さんのお墓参りに行くって約束したでしょ?じぃじ達もユキちゃんに会うの楽しみにしてるんだよ?」
「でもまだ眠いんだもん・・・」
雪花と名付けられた少女は6歳とは言え、まだ子供。父親の温もりを知らない分、母親である春菜にはまだまだ甘えたいのだ。
「ねぇお母さん?」
「なぁに?」
眠い目をこすりながらも朝食を作る母の背中に問う。
家族のありふれた幸せな瞬間だが、そこに父親の姿はない。
「お父さんとはどんな出会いだったの?どうして付き合ったの?」
春菜は寝起きながらこの質問をしてくる雪花に亡き夫の姿を重ねてハッとし、洗い物の手が止まる。
「後で話してあげるから、はやく準備して!」
そう言うと、雪花の大好きなバターをたっぷり入れたスクランブルエッグサンドイッチをテーブルに置いた。
「やったぁ!」
春菜は思わず微笑む。おませな質問も、やっぱりまだ子供なのだ。好物には敵わない——。
「いただきまーす!」
そう言うと少女らしからぬ大口でサンドイッチに食らいついた。
「あっ、おひゃーひゃん!(お母さん!)」
サンドイッチを口いっぱいに頬張ったまま、先ほどの質問を思い出したらしい。
「お話するのはモグモグしてからっていつも言ってるでしょー?」
春菜はそう窘めると、ヤレヤレと言った表情で洗い物を片付け、椅子にすわった。
「さっきの話今聞きたーい!」
サンドイッチを平らげた雪花は、それでもまだ満足していない様子で春菜にねだる。
「しょーがないなぁ……じゃあ、何から話そうかな」
春菜は窓の外に目をやった。
小雪が、6年前と同じように静かに舞っている。
「あのときも……雪が降ってたな」
その呟きには、懐かしさと、少しの痛みが滲んでいた。
呟くように語りだした春菜の声は、どこか寂しげであった。
雪はしんしんと降り続き、路面を濡らしては消えてゆく。