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腹の虫

作者: 日和風

 グゥ。


 腹の虫が唸った。時計は昼時。よし、そろそろ始めよう。


 冷蔵庫からステンレスのボウルを取り出す。中には昨日仕込んだパン生地。真っ白で丸く、眠っていたそれをそっと起こす。ガスを抜いて折りたたみ、もう一度丸く成形。ラップをかけてウォーターオーブンへ。発酵モード、スイッチオン。


 次はキャロットラペの準備。人参の皮をピーラーで剥き、細切りに。ビニール袋の中に入れて塩を振り、レモンを搾って揉みこむ。レーズンとオリーブオイルを加え、さらに揉んで冷蔵庫へ。レタスも洗ってちぎり、こちらも冷蔵庫でパリッとさせる。


 グゥ。


「もうちょい待ってくれ」と腹に言い聞かせる。


 パン生地がふくらんできた。再びガスを抜いて折りたたみ、小麦粉を振った発酵カゴへ。折り目を上にして置き、濡れ布巾をかけて室温で二次発酵。オーブンは最高温度で予熱開始。


 いい頃合い。カゴをひっくり返して生地を取り出し、クッキングシートの上へ。十字にクープを入れ、真ん中にバターをちょこんと置く。


 ピピッ。


 予熱完了。オーブンへ滑り込ませて焼成スタート。10分後、クープが開いてきたらウォーターオーブン機能を切り、200℃に下げてさらに15分。今日は少し焦げそうな気がしたので、ステンレスのボウルを被せる。


 部屋中に広がる香ばしい匂い。小麦の甘さが鼻先をくすぐる。


 グゥゥ…。


「あとちょっとだ、我慢しろ」


 ピーピー。


 焼けた。取り出すと、クラストはパリッとしていて、焼き色も上々。ただ、クープの開きが少し甘かった。でも、香りは完璧。網の上で冷ましながら、我慢の時間が始まる。


 グゥグゥグゥ!


 気持ちはわかる。

 自分だって焼きたてのパンを食べたいとも。

 ちぎってバターやジャムをのせて食べたならどんなに美味いだろう。想像しただけで涎がでる。


 冷蔵庫から昨日燻した塩サバを取り出す。鯖は銀色から生まれ変わって飴色に輝き、落ち着いた芳香を放っていた。まるで「今こそ食べどき」と囁いているようだ。


 骨を丁寧に抜き、アルミホイルにのせてトースターで軽く温める。ジュッと脂が音を立てる。


 ほどよく冷めたパン・ド・カンパーニュをスライス。断面からは小麦の香りがふわっと立ち上る。


 マスタードとマヨネーズを塗り、レタス、キャロットラペ、温めた燻製サバを重ねる。仕上げに薄くスライスしたレモンをのせて、パンで挟む。


 グゥッ!


「はいはい、準備するよ」


 冷蔵庫からキンと冷えたビールを取り出し、グラスに注ぐ。トクトク…シュワシュワ…。泡が踊る音が心地いい。


 サンドにかぶりつく。小麦の香りと燻製のスモーキーさがぶつかり合い、鼻を抜ける。サバの脂がジュワリと広がり、そこへキャロットラペとレモンの酸味が切れ味を添える。レタスのシャキシャキが食感にリズムを加え、パンがそれらを優しく包み込む。


 一口ビールを流し込む。苦味と香ばしさが燻製の余韻を引き立てる。


 腹の虫は黙っていた。どうやら満足したようだ。




 ふふん、今日も俺の勝ちだ。


(了)


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