第7話 ターゲット確認
次の土曜日、作戦を実行する為に俺達は電車に乗って隣町へ来た。
「あそこが例の駅ビルだな」
宮下さんに言われた通り、妹の和美ちゃんがよく行くという駅ビルにたどり着いた。
とはいえ、都合よく妹さんがこの日にここへ来るかはわからない。
お気に入りの場所とはいえ、そんなにうまく遭遇できるだろうか。
可能性に賭けるしかないが、手分けして探すしかない。
「じゃあ俺と淳はあっちの方を探すか」
とりあえず、ここは分かれてそれぞれでこの駅ビルで和美ちゃんを探すことにした。
宮下さんに写真のデータはもらっているからこの女の子を探せばいいだけだ。
少し背の低めの宮下さんによく似た女の子。
普通の中学生ならば一般人と見分けがつかないが、明るい茶髪で赤いメッシュを入れてるとなると、それは通常よりも目立つファッションだ。そんな特徴があるのなら見つけやすいかもしれない。
「ブティックなど女性向けのお店は私に任せてください。そういう店は女性の私の方が入りやすいと思います」
「そっか。妹さんはそういう店に行く可能性もあるんだな」
中学生とはいえ、髪を染めるくらいなのだからファッションにも興味がある子だろう。
それだとすると、そういった店にいる可能性も有る。
確かに女性向けの店に俺と淳のように男性が入ったらそれは怪しまれるかもしれない。
女性だらけの店に男が入る、それだけでいい印象はないだろう。それなら女性向けの店は女子である岸野さんが頼りになる。
「和美さんに似た子を見つけたらご連絡しますわ」
「わかった。じゃあ俺と淳は本屋とかそういうとこを探すよ」
「ういっす。徹底的に探すっすよ」
というわけで俺達はそれぞれ別行動で和美ちゃんを探すことになった。
それぞれが分かれて別行動を始め、俺は駅ビルを探した。
本屋の方面を探すが、それらしい女の子は見当たらない。
目立つ髪型をしてるのだから、すぐに見つけられるかと思ったが、そもそもこの日にここへ来てるとも限らないのだ。
土曜日に和美ちゃんがお気に入りの場所ということで可能性にはかけたが、だからといって確実に会えるとは限らない。
それでも何もしないよりはマシだ。そう思い俺は必死で探した。
しばらくすると岸野さんからLINEの通知が入った。
俺達は「勇者パーティ」というグループを作ってそこで話し合いなどのやりとりをしている。こういう時はここに通知を送るのが俺達のルールだった。
何か手がかりでも見つけたのかと思い、スマホ画面のLINEを読む。
『それらしき女の子を見つけました。アクセサリーショップで買い物してたようです』
さすがは岸野さん。やはりターゲットは女子中学生らしく女性向けの店にいたか。
目立つ髪型なのだからもしもここに来ているのならば見つけられないかと思っていたが、ビンゴだ。
「今日着てる服とか何か特徴ない?」
俺はすぐにそう返信した。どんな服装かがわかれば、あとを追いかけやすい。
『ピンク色のシャツで丈の短いデニムスカートを穿いていて首には月ハートのネックレスをしてます。足はブルーのサンダルで、腕には大きなブレスレットをしてますわ。お顔は、マスカラや薄いファンデーションにリップなどお化粧してますね』
中学生にしてはやたらごてごてとアクセサリーを身に着けてるな。しかもメイクまでばっちりだ。
そんないくつものアクセサリーやメイク道具なんて中学生のお小遣いで買えるものなのだろうか。
アクセサリーが数百円単位の安物なのだろうか?
まさか、前に一緒にいた男とやらに買ってもらったのだろうか。そんな考えすら浮かんでしまう。
『私がこっそり後をつけてみます。一瀬さんと加村君もそこにいらしてください』
俺は岸野さんと合流することにした。
淳にも「和美ちゃんを見つけた」とLINEを送り、合流する。
そして岸野さんに言われた場所に行くと、そこには例のパンケーキカフェがあった。
岸野さんはその店の近くで待機していてくれた。
「あの店に入っていきましたわ」
和美ちゃんがお気に入りのパンケーキカフェ、やはりここへ来たのだ。
「やっぱりここへ来たか。中に入ろう」
俺達はそのまま後をつけてパンケーキカフェに入った。とはいえ、ターゲットの後を付けているのではなく、あくまでも普通の客としてだ。尾行してると怪しまれてはいけない。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
ウェイターが明るい声で話しかけてくる。よし、尾行だなんて思われてない。
「三名です」
「ではお好きな席へどうぞ」
俺達はターゲットがいるテーブルが見える席についた。
「あの子がそうか」
和美ちゃんと思われる女の子はカフェの端の席に座っていた。
岸野さんのいう特徴通りの派手な衣服とアクセサリーをつけてる、そして茶髪にメッシュ。顔はメイクをしていて少し大人びてるが顔は誤魔化せない。写真と一致している。間違いなくあの子だろう。
カフェの中は若い女性でいっぱいだった。
休日でここへ来てるであろう俺達と同じ年頃の女性客、親子連れ、そして男女カップルでデート中であろう客。それぞれがテーブルで談笑しながら楽しんでいた。
賑やかな店内なので中学生の和美ちゃんが一人でこのカフェに来ていても誰も気にする者はいない。
和美ちゃんはメニューを見た後、ウェイターを呼んで注文をしたらしく、そのまま注文を持つからかスマホをいじり始めた。
「なんでスマホを持ってるんだ? 宮下さんの話では連絡が全くつかないと言っていたのに」
スマホを持っているのだとしたら、なぜ家族からの連絡がつかないのか。
それとも以前使っていたスマホではなく、新しいスマホを買って契約したのだろうか。なぜ中学生がそこまでできるのか。保護者の関係もなしにそんなものを持ってるだなんて謎である。
「誰かに買ってもらったんじゃないっすかね。家族には見つからないように、自分用ってことで」
確かにその線もある。自分がこれまで使っていたスマートフォンが家族との連絡に繋がってしまうのなら、それは使うのをやめて別のスマホを所持することにしたのでは。
しかも保護者の同意なしだとなると中学生は一人で携帯電話の契約はできない。
そうなると、保護者ではない誰かに与えられたものかもしれない。例の一緒にいた男とやらにでももらったのだろうか。
「おっと、俺たちは普通の客のふりをしないとな」
このままここにいるとなれば、ただ座っているだけでは店員にも怪しまれるだろう。
あくまでも尾行ではなく、普通の客としてここにいるふりをしなければならない。
何も注文しないのは怪しいので俺達も何か注文することにした。
テーブルにあったメニューを開くと、そこには華やかなスイーツの写真がたくさん載っていた。
このカフェで名物のパンケーキにワッフルやクレープなど、いかにも女性が好みそうなメニューばかりだ。
「すげえ、いろんな種類のパンケーキがあるっすね。どれがいいっすかね。この苺たっぷりパンケーキもうまそうだし、チョコバナナアイスなんてのもあるっすよ。ベリーソースなんてのもあるし、こっちはマンゴーソース!」
目を輝かせて夢中でメニューを見る淳。お前、ここに来てる目的ちゃんとわかってんのかよ。
確かに俺と淳は普段パンケーキカフェなんてオシャレな場所には行かない。
男子高校生といえばハンバーガーショップなどファーストフード、もしくはファミレスでカフェといえばせいぜいスタバのようなチェーン店のカフェだ。
こういう女性客が中心のオシャレなカフェには男子高校生同士ではあまり行かないのだ。
「せっかくのパンケーキカフェですもの。一瀬さんも何か注文したらどうでしょう」
「そうだな」
しばらくメニューを見て何を注文するかを決めた。
俺はコーヒーとシンプルなプレーンパンケーキ。淳はココアとチョコバナナパンケーキ。岸野さんは紅茶とストロベリーパンケーキを注文した。
しばらくすると、それぞれのパンケーキがテーブルに来た。
俺のはシンプルなパンケーキにバターが乗せられ、メープルシロップの小瓶が付いていた。
そして生クリームが添えられていて、オレンジやブルーベリーにキウイなどの刻まれたフルーツがトッピングされている。まさにちょうどいい狐色にふんわりと焼き上がったパンケーキは食欲をそそる。
淳のチョコバナナパンケーキはバナナが添えられていてチョコレートアイスクリームに生クリーム、さらにその上からチョコレートソースがかかっていた。
岸野さんのパンケーキは苺がたっぷり乗っていて生クリームにもストロベリーソースがかかっている。
どれも見た目が華やかだ。ふむ、これがいわゆるインスタ映えというものか。
SNSによくカフェのメニューの画像が上がったりしているが、確かに見た目も映える。
家でパンケーキ、いうならばホットケーキを作ったとしても、こんなにゴテゴテした派手なデコレーションではない。フルーツやクリームを普段は用意したりしないのだ。
女の子がこういうカフェのパンケーキが好きな理由もわかる気がする。
「いただきます」
俺達はパンケーキを食べ始めた。
「うまい、うまいっすね」
パンケーキを頬張る淳は呑気なものだ。まあ普段はパンケーキなんてオシャレなものを食べないのだからうまいのだろう。
俺も確かに普段はパンケーキをカフェで食べるなんてないもんな。
パンケーキは女子が好むというイメージがある。
「本当に美味しいですわ。さすがはパンケーキが名物なカフェなだけはありますわね」
岸野さんは上品にナイフとフォークを使って切り分けている。
さすがはお嬢様、夢中で食らいつく淳とは違って食べ方も上品だ。
「ほら、一瀬さんも召し上がってください」
「うん」
俺も自分のパンケーキに手をつける。
パンケーキに小瓶のメープルシロップをかけると、黄金色のシロップがトロトロとパンケーキにかかる。
メープルシロップの甘い香りとバターの香りのコラボレーション。
ナイフとフォークで切り分けて口に運ぶと、ふわふわのパンケーキに染みた甘いメープルシロップ、そこへバターの濃厚な味わい。
家で作るホットケーキともまた違う、本物のカフェの味だ。
「さすがはパンケーキカフェの名物だな。美味しい」
しかし、ただ普通に楽しむだけには行かない
俺達はパンケーキを食べながら和美ちゃんの様子を伺っていた。普通の客を装って和美ちゃんの様子を監視するという任務もあるのだ。
俺達がテーブルでパンケーキを食べていると同じように和美ちゃんはスマホをいじりながらパンケーキを食べていた。
あの子が食べているのはおそらく宮下さんの言っていいた土曜日限定パンケーキだろう。
やはりお気に入りのメニューとしてそれを食べにきたのだ。宮下さんのいう通りだった。
すると、和美ちゃんのテーブルに誰かが来た。
「ん?」
和美ちゃんのテーブルに来たのは男だった。
何やら二人で親しげに会話をしている。
おそらく『おそーい』『ごめんごめん』と言った会話をしているのだろう。
「男って、あれが宮下さんの言ってたやつか?」
背が高くてかなり明るい茶髪、緑色のタンクトップに耳にはピアス、派手なチェーン型のアクセサリー。
和美ちゃんのファッションと通じるものがある。いわゆるギャル男か。
宮下さんの言ってた通り大学生くらいの年齢だろう。
なんで中学生の女の子があんな男と共にいるのか。年齢と釣り合わないような気がする。
確かにあんな男と妹が一緒にいたらごく普通の女子高生である宮下さんは話しかけるのが怖かっただろう。
「一体どういう関係なんすね」
「見てる限りとても親しい感じですわ」
和美ちゃんは男の前で緊張する様子もなく、まるで仲の良い友人と喋るかのように笑顔で男とおしゃべりを楽しんでいた。
相手は 年上だというのに、かなり心が打ち解けているように見える。
なぜ中学生がそんなに歳の離れた男性と一緒にいるのか。どんな関係なのだろうか。
まさか本当に年上の彼氏だというのか。
俺達がパンケーキを食べ終わると同時に、和美ちゃんと男は席を立ち上がった。
どうやら二人でどこかへ行くらしい。
そのまま二人は会計の方へと進んでいった。
「追うぞ」
同じように俺達も席から立ち上がり会計を済ませて先に出て行った和美ちゃんと男の後を追った。
背の低い女の子と背の高い年上の男、そんな凸凹な関係に見えるが和美ちゃんは年の差を全く気にしていないのか、男の腕と自分の腕と絡めて身体を寄せてまるで本物の恋人のようにイチャイチャしている。 とても楽しそうで、本当の年の差カップルと言わんばかりだ。
そして男と和美ちゃんはそのまま駅ビルを出て行った。
「いったいどこへ行くっていうんだろうな」
あの二人はこれからどこへ行こうとしているのか。それは俺達みたいな一般人がついていっていい場所なのか、何か怪しい場所に行くのではという可能性もある。
「ここから先は俺一人で行動した方がいいな」
俺はそんな案を出した
大人数で人の後をつけるなんてことをしたら、はたから見れば怪しまれるかもしれない。
目立つと尾行相手にばれる可能性だってあるし、下手をすると俺たちが周囲の人達にストーカーと疑われかねない。
「俺が後をつけてみる。淳と岸野さんはどこかで待機しててくれ」
数人で行くよりは一人の方がまだ目立たない気がする。
「大丈夫っすか。バレたりしたらまずいんじゃないっすか」
淳は心配そうに言った。
「バレたりしたらあの男性に何されるかわからないですよ。危険ではないでしょうか」
後をこっそり付けたということがばれたら、ただの一般人と思われればいいが、もしもここから先に二人でどこか怪しい場所に行こうとしているのならばそこへついていくのは危険だ。
「大丈夫っすよ。僕もついてますから」
背中のリュックの口からモモ太がひょこっと顔を出した。
これまでは屋内とカフェということで小動物が見つかると周囲の客によろしくないからとリュックの中に隠れていてもらったのだ。
ハムスター一匹がついてるから頼りになるのか? という点についてはモモ太は言葉が話せて意思疎通ができる生き物だから普通の動物よりも頼りにはなりそうだ。
「もしも何かあったら警察を呼んでくれ。まあそこまで最悪な事態にはならないと思うが」
そうは言うが、尾行というとこれは逆に俺の方が不審者として警察を呼ばれそうなことをしている。バレたら作戦は終わりだし、かえってマイナスになるだけだ。
「大丈夫だ。ここで失敗したら宮下さんの依頼、達成できないだろ。それなら行けるとこまで行ってみるさ」
「無理はなさらないようにしてくださいね。お気をつけて」
というわけで二人にはこの辺りで待機してもらうことにして、俺とモモ太は怪しまれないように男と和美ちゃんの後を追った。
一定の距離をとって普通の通行人のふりをして追いかける。歩く速度も一定の距離感を保って、こちらは普通に歩いているように動く。物陰に隠れられそうな時は隠れる。もはや俺の方がストーカーのようだ。
「そういえば前もこんなことあったっけな」
こうしていると、なんだか昔のことを思い出してきた
昔といってもこの世界のことじゃない、前世で勇者だった時のことだ。
「確かあの時は盗賊のアジトを突き止めるためにやってたんだっけ」
街から手下の追いかけてアジトを探る、そこを特定して攫われたた子供達を救出した。
そんなRPGではよくある定番イベントのようなことを実際にたくさんしていたのだ。
まさにRPGでいう主人公のような日常を送っていたのである。