第6話 最初の依頼
張り紙をした翌日、早速俺達に相談したいことがあるというメッセージが届いた。
「お、来たきた」
SNSには放課後に漫画研究会の部室に来てくださいというメッセージを返して、あとは部室で相談を聞けばいい。
放課後、漫画研究会の部室にその依頼主はやってきた。
こんこん、と部室のドアをノックする音が響き「どうぞ」と返事をする。
「失礼します、ここで悩みを聞いてくれるって聞いたんですけど」
来たのは女子だった。
女子生徒は初めてくる場所に少し緊張してるようだった。
今からここで悩みを相談するのだ。うまく言えるかわからないという不安もあるのだろう。
「私の相談、聞いていただけますでしょうか」
「もちろんですわ。お話、聞かせてください」
女子相手には女子の方が話しやすいだろうとまずは岸野さんが挨拶をする。
「リラックスしなさって。今お茶をお出ししますわ」
さすがは岸野さん、こういうところは気が利く。
部室のポットを使ってお茶を入れ、岸野さんが相談主にそれを出す。
「じゃあ、まず名前を教えてくれないかな」
「私、一年三組の宮下美代子っていいます。よろしくお願いします」
相談主の一人目は一年生の女子だった。何やら悩んでいるようだ
「じゃあ宮下さん。早速話を聞かせて」
「お願いします」
彼女は少し緊張する様子も見せたがお茶を飲んでほっとしたのか、 早速悩みを話し始めた
「私、妹がいるんです。和美っていう名前の。まだ中学生なんですけど最近家出して帰って来ないんです。もういなくなって二週間になります。ずっと連絡も取れなくて」
それはなんともヘビーな悩み事だった
軽い相談ではなく、いなくなった家族についてなのだから。
「一大事じゃないっすか」
「警察に届けは出したんですか?」
それはもはや俺達のような学生ではなく警察に頼った方がいいのではないのかと思うような出来事だ。 家族の失踪、それはかなりの大ごとのように思える。
「でも、お父さんもお母さんも警察には言うなっていうんです」
「なんでそんな状況で? 黙ってる場合じゃないんじゃないんですか?」
家族が行方不明だというのになぜ警察に相談しないのか。何か事情があるのだろうか。
「私の家、父がこの町の市役所で働いてるから娘がそんなことをしたなんてバレたら体裁がよくないからって」
市役所という町の人々の為に働く公務員という立場の娘ががそんなことになってると知られると確かに体裁はよくない。
子供が帰って来ないということは何か事情があってかもしれない。事件に巻き込まれたというのならば、それは騒ぎになるし、あっという間に悪い噂が広がる。
例えば家が嫌になったとか、家族の元にいたくないほどの何かトラブルがあったのかなどだ。
父親が町の為に働く立場なのに、そいつは自分の子供はしっかり教育できてないのかと思われかねないのだ。
「それに妹は中学三年生で、今年受験だから警察沙汰になるのはまずいから両親は警察届けは出せないって言うんです。内申点にも関わるし、もしも何かトラブルがあったりしたら、それがばれてもまずいって」
中学三年生といえばこれからが将来を決める大事な時期だ。
もしも警察沙汰にでもなったら内申やこれからの進路に関わるだろう。
「携帯も全く連絡が繋がらなくて、連絡が一切取れなくて。それでこんなこと友達にも相談できなくて……。そしたらここが悩みを聞いてくれるってみたので」
なるほど。警察にも自分の友人にも相談できない悩みだからここに来たというわけだ。
「妹さん、学校には行ってらっしゃるんですか」
「制服とか教科書も鞄もうちにあるままなのでやっぱり学校にはずっと行ってないみたいです。でも、妹が家に帰って来ないなんてこと、妹の学校に聞かれるとまずいので学校しばらく病気で休んでるってことにしてます」
そりゃ家出で家に帰って来ないんだから学校へなんて行けるはずがない。
いつも通り学校に来ていたらそんなもの家族には見つかるに決まってる。
そして欠席の理由が家出と来ると、学校に知られたらまずいだろう。
「お願いします。この悩み、誰にも言えなくて、妹を連れ戻してくれませんか」
相談主第一号がそこそこのヘビーな悩みだった。
確かに悩み事を解決するとは言ったが、まさか家庭に関わることだったなんて。
しかし宮下さんは誰にも言えない悩みだったからこそここに相談へ来たのだ。
話を聞いてしまったからには何もしないわけにはいかない。
「妹さんがどこにいるか見当とかついてないですか?」
家出してるとなると、行方不明ならば探すのは難しいかもしれない。
それこそ警察に失踪届を出さねばならない事態か。
最悪なことを考えると一刻も早く探し出さなけらばならないだろう。
「妹の友達の家とかに連絡してみようかとは思ったんですけど、やっぱり妹が家出してるだなんて人に知られるといけないからってことでできないんです」
「とはいえ、最悪なことを考えるとそんなことためらっている場合じゃないんじゃないですか?」
誘拐か、事件に巻き込まれたのか、それとも命に関わるのか、そんなものを想像してしまう
誘拐ならばどこかに監禁されているのかもしれないし、事件に巻き込まれたとなると、二度と普通の生活には戻れなくなる一大事かもしれない。そして、最悪命にも関わるのだ。
「でも私、この前の休日に用事があって隣町に行った時に見たんです。和美によく似た子を」
「ホントですか?」
「ええ、髪の毛は明るい茶髪に染めてて、赤いメッシュを入れていたけど、そっくりでした」
いなくなった妹に似た人物を見たという情報。
長年共に暮らしていた実の姉がそういうのならば本人なのではないかと思える。
命を落としたとかそういうものではなく、外にいるのならば監禁されたとかではないということだ。しかも外に出られるならば怪我や病気もしておらず健康である。
「声をかけようと思ってたんですが、男の人と一緒にいたんです。年上みたいで、多分大学生くらいだと思います」
「男?」
一人で遊んでいたとか女友達同士ではなく一緒にいたのは男、しかも年上というのだ。
中学生が年上の男性、しかも年の離れた大学生くらいの男と一緒にいるなんてどういうことなのだろうか。年が離れていると何かよくない関係なのではと思えてしまう。
「妹によく似た女の子一人だったんなら絶対声をかけたと思うんですが、男性と一緒にいるのには声をかけるのも怖くて」
「そんな状態だったのですね。無理もないですわ。年上の男性の方に声をかけるなんて女の子の場合なかなかできませんもの」
確かに年上の男性と一緒にいたとなると、女子の場合話しかけにくい。
男がどんな人物なのかもわからないのだから、何をされるのかもわからない。
下手すると暴力沙汰になる危険性だってある。
「事情はわからないけど、家出した妹さんが隣町で男と一緒にいた、か」
だんだんとやるべきことが見えてきた気がする。
宮下さんの悩みは家に帰ってこない妹を家に連れ戻してほしい。そして隣町にいた宮下さんに似た女の子。
となると、やるべきことはこれか。
「じゃあ俺達がその隣町に行って、妹さん見つけて説得して家に帰るように説得すればいいと」
宮下さんは妹さんが男と一緒にいたから話しかけられなかった。
ならば俺達が妹さんにコンタクトをとってうまく説得できたらいい、と
「こんなことお願いするのってやっぱり難しいですよね。すみません」
宮下さんは申し訳なさそうに言った。
「そんなことないですよ。俺達、人の悩みを解決するためにこういう相談を受ける活動を始めるにしたんです」
目の前に困っている人を助ける。これが前世で勇者だった俺のやるべきことだろう。
むしろこうしないと次にどうするかの記憶が覚醒しないのだから必要なことだ。
「でも、あの子、男の人と一緒にいたんですよ。見つけたとしても、もしもまたその男性と一緒にいたら怖くないですか?」
「俺は男だし、その男性に話しかけるのは女子よりまだリスクが低いと思います」
女性が男に話しかけるのは怖くても、俺と淳は男だ。
それならば少しはマシかもしれない。
「俺達は一人ではなく、数人で行動しますから。多少のトラブルは対処できると思います。だから任せてください」
こっちは淳と岸野さん、助手みたいなものとしてモモ太がいる。
それに、前世は勇者パーティだったのだから一般人とは違うと自分達を過信したい。
「妹さんの特徴は?」
まずは妹さんがどんな顔をしているのかがわからないと話は始まらない。
宮下さんは自分のスマホを触ってアルバムから写真を出した。
「これが写真です」
スマホ画面には宮下さんと一緒にポーズを決める妹さんと思われる女の子が写っていた。
黒髪ショートで目が大きくて可愛らしい。背は低め。
顔は目の前にいる宮下さんとよく似てる。姉妹なのだから不思議じゃない。
「この子が茶髪にしてたってことか」
宮下さんが妹さんを見た時、妹さんは明るい茶髪にしてると言った。さらにメッシュという派手なものまで入れていると。
髪を染めていたのはファッションとしてオシャレのつもりだったのだろうか。それとも見つかりたくないという変装的なものもあってか。それとも一緒にいたという男の影響なのか。男に釣り合わせる為にのファッションとしてなのかもしれない。
高校生ならともかく、中学生で髪を染めて尚且つメッシュだなんてなかなかの度胸ががありそうな行為だ。中学生だと普通なら校則で禁止だろう。
「一緒にいた男は何者なんっすかね」
「お友達にしては年が離れてますわね」
「まさか彼氏か? でも中学生と付き合う大人がいるか?」
大学生くらいの年齢の男性が歳の離れている中学生と付き合うだろうか。
高校生ならばまだしも、相手は中学生だ。
「まさか、危険な仕事の上司とかじゃないっすかね。夜の仕事とか、風俗系とか。そういうののマネージャーみたいな」
夜の仕事、というと風俗とかそう言うのを想像してしまう
「そんな、妹がそんなことを……!?」
妹が何をされてるのか、と想像すると宮下さんは怯えた。
中学生の妹に、いかがわしいことをされているのではと。
「こら、依頼主が怖がること言うな」
相談相手を怖がらせるわけにはいかない。悩みを解決するのが俺たちの仕事なのだから。
「一緒にいた男がなんなんのかわからないけど、妹さんが一緒にいたと言うのは事情があるのかな」
同意の上で共にいるのか、それとも脅されているのか、どういう関係なのだろうか。
そもそも妹さんは家出して一体どこへ寝泊まりしてると言うのか。
ホテルだとしたらバイトもできない中学生がそんなお金があるとは思えない。
誰か知らない人の家に寝泊まりをしているなどだとそれは危険だ。何をされるかわからない。
一刻も早く家に帰らせないと取り返しのつかないことになるのかもしれない。
それならば早くに妹さんを説得するなりして家に帰らせなけらばならないだろう。
「じゃあとりあえず、俺達が隣町に行ってみてその子にコンタクトしてみよう」
まずは俺達が妹さんに会ってみて、何か話してみると言うのがいいだろう。
しかしスマホも繋がらないという、連絡が取れない中学生の女の子をどう探せばいいのかは悩みどろこだ。
「妹さんがどう言う場所によく行くとかそういうのわかります?」
せめて妹さんがどこへよく行くのかの見当がつけば、俺達もそこへ行けばいいわけだ。
運任せににはなるが、妹さんを見つけるチャンスかもしれない。
「妹がよく行きそうな場所というと、思いつくのは隣町の駅ビルです。和美はそこにあるパンケーキカフェが好きで、私とよく一緒に休日とかにそこへ行ったりしてたんです。私が前の休日にに見かけたのもそこでした」
ふむふむ。お気に入りの場所があるのだと。それならそこではってればくるかもしれない。
僅かな希望ではあるが、どこで会えるかの見当が全くつかないよりはマシだ。
「その店はいつも土曜日がレディースデーなんです。女性だと少し安くて、その日だけのスペシャルメニューもあって、妹はそれが好きで」
「なるほど、隣町の駅ビル、お気に入りのカフェ、そして土曜日か」
だんだんどうすればいいかが見えてきた。
「よっし、決まりだ。次の土曜日に俺達が隣町へ行ってみて、妹さんがお気に入りのカフェに行く。そこで妹さんを見つける、そしてうまく家に帰るように説得する」
果たして俺達が動いたとしても無事に妹さんを見つけられるかはわかららないし、全く関係のない俺たちが説得したところで妹さんが家に帰るようにできるかはわからないけど、何もしないよりはマシだ。
「俺達に任せてください。妹さん、見つけ出します」
せっかくの人助けの行為なのだから、俺達が動かなきゃ始まらない
「お願いします。あの子、結構強情なところがあるから、戻ってきてくれるか心配ですが」
「なあに、安心しくてください。きっと家に帰ってくれるようにしますから」
なんたって、俺らは元勇者パーティ。人助けなんてお手のもののはず、だと思う。
こうして依頼を引き受けたのだった。