第4話 俺達の役目
ホームルーム開始までにはまだ時間がある。俺と同じように二人も夢で朝早く目が覚めていつもよりも早い時間に学校へ来ていたとのことだ。これは話し合いにはちょうどいい。
俺達は部室の椅子に座って、話し始めることにした
「じゃあ、まず率直に言うと俺達がフィローディアの勇者パーティで間違いないんだな」
ここにいるメンバーが勇者イセトパーティの生まれ変わりで、それぞれが前世のことを思い出したと。夢の中でフィロ神が出てきて自分達にそう伝えたと。
「俺が勇者イセトで、淳がジュディル、岸野さんがラミーナ。そして俺の家にいるペットのハムスターが使い魔のポフィ」
俺達があの世界で勇者パーティで魔王に攫われた姫を助けに行ったメンバーということで間違いないようだ。
「俺、前世のことがちゃんと記憶にあるっすよ。フィロ神に覚醒させられたっす。俺、兄貴のことも岸野先輩にもも波長みたいなものを感じるんすよ。二人とも、俺の記憶の中にある仲間と同じ気配を感じるんす」
「ええ、私も同じくフィロ神様に目覚めさせられましたわ」
「みんなが同じ夢を見たってことは、やっぱり偶然じゃないんだろうな」
それぞれが同じタイミングで同じ夢を見るという偶然があるとは思えない。
しかも、夢というものではなく、眠りから覚めた後にもフィロ神のこともフィローディアの前世の記憶がしっかり覚醒してるのだ。
これまでに生きていたこの日本の記憶ではなく、前の世界にいた時のことだ。
「でもなんだっていきなり記憶が覚醒したんだろうな。俺達、これまでそれぞれこの世界の人間として生きていたのに、突然こんな共鳴みたいなことが起きるなんてな。あのフィロ神様、いったい何を考えてるんだ?」
なぜ突然こんなことが起きたのか。これまで一切なかった記憶をわざわざ呼び覚ますようなことを神がしたのはなぜか。
「夢の中であの人はこの町に危機が迫ってるって言ってたっすよね」
そう、フィロ神はそう言っていた。この町に危険が迫ってるからそれを阻止しろ。それを止める為に勇者の記憶を呼び覚ましたと。
「この町っていったって都会でもない、なんだってこんな普通の町に何が起きるっていうんだ。。あの人、肝心なヒントをくれないで記憶だけ覚醒させたな」
「この町に近いうちに危機が迫ってるってことは何か良からぬことが起きると言うことでしょうか? 魔王だとかこの地球ではありえないことをおっしゃってましたわ」
「この世界には魔法なんて存在もいなきゃ魔王だっていないっすよね。そんなのこっちではゲームの中だけの話っすよ」
「うーん、魔王がどうやってここの現れるっていうんだよ。それともそれは比喩で犯罪みたいな大事件や事故でも起きるっていうのか? もっとヒント欲しかったな」
俺達が頭をうならせていたところだった。
「ふぉっふぉっふぉ。ようやく揃ったか勇者達よ」
「うお!?」
突然、部室にあったデジタル原稿の作画用のパソコンが起動してモニター画面が光った。
「お前達が無事に合流出来てよかったわい。といっても同じ学校の生徒じゃったのだからな」
パソコン画面に映っていたのはまさにそのフィロ神そのものだった。噂をすればなんとやらだ。でもなんで夢の中じゃなくて現実世界で?
「フィロ神様、夢の中だけじゃなくてこんなとこにも出られるんですか?」
「夢の中ではない現実だとわしがお前達と通信できる時間は限られておるがな。なので今は限られた時間にしかここにいれん」
「タイムリミット有りってことですか。じゃあ夢の中で言ってたことを説明してくださいよ」
まずはそれを知らなければ話にならない。夢の中で言ってたのはなんだったのか。
「ふむ、時間がないから長々と説明はできんが、やるべきことをしんぜよう」
こほん、とフィロ神は説明を始めた。
「この街に危機が迫っている。魔王が復活をしようとしているそう言ったじゃろう」
「ええ。そうおっしゃってましたね。ですがこの世界ではどういう意味です?」
ここには魔法なんてものもなく、魔王といった存在はいない。あれはどういう意味か。
「思い出してみい。お前達は姫を助けに魔王討伐へ行ったじゃろう。それがフィローディアでのお前達の役目じゃった」
「そうですけど……それとあの話になんの関係が?」
それはあくまでもフィローディアでの話だ。この地球での世界には関係ないのではと思う。
「実はな、近々この町で魔王はその姫の力を利用して復活を遂げようとしている。この世界にも姫がいるということがわかったのじゃ。そしてそれを魔王が狙っておる」
「なっ!?」
「この世界にミゼリーナ姫がいるってことっすか?」
「そうじゃ。間違いなくこの世界のどこかにも姫が誰かに転生しておる」
この世界に転生したのは俺達やモモ太だけじゃないのか?
フィローディアで俺達の目的だったあの姫までここに転生しているというのか。
「魔王はここでも姫を攫おうと考えておる。姫はこの世界のどこかにいる」
魔王は姫を攫い、その上でさらに世界を支配しようとした。
「お前達、姫がなぜ攫われたかを覚えているか?」
「ええと……」
俺達はそのことについて思い出した。
それは大事なことだった。
「確か、魔王は姫を生贄にすることで、膨大な力を手にして世界を支配しようとした、ですよね」
「その通りじゃ」
魔王の名前はロージド。かつて古代に封印された魔王だったが復活を遂げた。
しかし、その身体は未成熟で、フィローディアの王家に代々伝わる不思議な力を持つ姫を攫い、姫を儀式の生贄に捧げようとしていた。その為に姫を必要としていた……というのを冒険中に何度も町の人々や権力者から聞かされていた。
フィローディアの王家には言い伝えがあった。王家の者には歌声に不思議な力を持つという能力があった。
それを受け継ぐのは王家に生まれる第一王女のみ。それがミゼリーナ姫だった。
ミゼリーナ姫の歌声は癒しや力を増幅させたり、精神力を上げることができる特殊能力があった。魔王はそれを欲しがっていたのではないかと噂されていた。
「ええ。覚えていますとも。それが俺達の目的だったから」
「そうじゃ。そして今、この町で近々同じことが起きようとしているのじゃ」
「つまり、こちらにもミゼリーナ姫が私達のように誰かに転生していて、その姫を狙って魔王がここに現れるってことですか?」
「フィローディアのゲートが魔王によってこじ開けられようとしているのじゃ」
「ゲート?」
フィローディアはここから異次元の世界だ。この地球とは全く繋がりがなく、この地球のどこにもない場所だ。
なのでフィローディアのことを知る人物はこの世界には俺達以外にはいない。
魔王という存在はあくまでもここからすれば異次元であるフィローディアのものであって、この世界にはフィローディアとの接点はない。この世界からすればフィローディアは存在しないものなのである。
「わしがお前達の記憶を覚醒させに来たのはその為じゃ。魔王の行動を今はわしが監視しておる。しかし、わしはあくまでもフィローディアの存在であってこの世界の者ではない。この世界で起きる出来事にわしは干渉できないのじゃ。じゃから、この世界で起きることはこの世界に生きるお前達にしかどうにもできん。転生してこちらの世界の人間となっているお前達だけが、かつての勇者の魂という繋がりで魔王と戦うことができる」
「んな無茶苦茶な……」
これまで普通にこの世界で生きていたのに、突然魔王がここに現れるという超常現象もいいところな話をし、その為に記憶を覚醒させたというのだ。そしてこれをどうにかしろと。
「では、姫ってのは誰なんすか?」
まずはその姫とやらがこの世界のどこにいるのかがわからないければ話にならない。
姫が俺達のようにこちらの人間としてこの世界に転生してどこかにいるとなれば、それは一体どこの誰なのか?
「それはわしにもわからん。お前達と同じようにこの世界に転生したというのじゃから、このどこかにいるのは間違いない。しかし、それはどこにいるかはわしにもわからんのじゃ」
「なんで勇者パーティの俺達の元に現れたのに肝心の姫のことはわからないんですか?」
「お前らは旅立ちの時にわしの天啓を受け、そしてわしの加護を与えたじゃろう。お前達の魂の一部はわしと繋がっていたのじゃ。しかしな、姫はある事情があってわしとは繋がれなかったのじゃ」
「ある事情?」
「それは今は話すことができぬ。後々説明しよう」
「えー……」
なぜ肝心なことを教えてくれないのか。それだって大事なことじゃないのか。
「この世界でお前達が再会できたのは元々姫を探す旅に出る際に教会でフィロ神に祈り、そこでお告げをもらった者同士じゃった。勇者一族に使い魔として相棒となるポフィはフィロ神により召喚されたドラゴンであり、ジュディルとラミーナに出会えたのはお互いがわしのお告げをもらった者同士ということに引き寄せられ、出会うことができたメンバーだったのじゃ」
ということはあの世界でも俺達が仲間として巡り合えたのは偶然ではなくそういう理由だったのか。
「じゃからお前達をこの世界でも引き合わせることができたのじゃ。なのでお前達の使命はこれじゃ。姫を探せ。そして魔王復活を止めろ。この町の未来はお前達にかかっている」
「うーん、ということはまず姫探しからですか。この世界のどこかに姫がいるだなんてそんなの広すぎますよ」
「安心せえ、じゃからわしも姫を探すのじゃ。むしろ、フィロ神としてわしが一番探さねばならぬだろう。わしも姫を探すことに力を入れよう」
「フィロ神様が?」
「うむ。わしも姫を探すことに労力をつくすことになりそうじゃ」
確かにフィローディアの姫なのだから、それはその世界の神であるフィロ神が探すことが一番の手がかりだ。その世界そのものの神なのだから、フィローディアの重要人物も探すことができることに近いのではないか。
「じゃが、ただわしが探すだけはいかん。お主達は時間を無駄にしてはならぬ。わしが姫を探している間に、お前達もこの世界で姫と魔王の件に繋がる手がかりを見つけるのじゃ」
「手がかりっていったって、そんなの何をすればいいんですか?」
前世では勇者パーティだとしても、俺達はこの世界ではごく普通の高校生だ。政治家でも総理大臣でもない。なんの権力も持っていない一般人なのである。そんな俺達に何をしろというのか。
「お前達は前世で何をしていた?」
「何をって……そりゃ、姫を救う為に魔王を倒す旅をしてましたよ」
「そうではない、その場所へたどり着くまでに色々やっていたことがあっただろう」
「そういえば旅の途中で色んな町に寄って……色んな人に出会いましたね」
ゲームの世界のように、魔王の元へ辿り着く移動手段や手がかりなど情報収集に町へ寄って困っている人々を助けていた。勇者の役目とはただ目的に向かって進むだけでなく、そうやって地道な人助けも必要というのがあの世界のしきたりだった。
「そうじゃ。それをこの世界でもやってもらおう」
「ええー?」
一斉に声が挙がった。なぜ勇者でもない普通の俺達がそんな大変なことをやらなければならないのか。
「そんなの大変ですよ。俺達、ボランティア活動をしてるわけじゃないんですから」
「俺達は権力者でもなんでもないんすよ。そんなことすることが有益なんすか?」
「でも確かに勇者一行といえば前世ではそんなことをしてはいましたけど……」
色々言う俺達にフィロ神は「コホン」と咳払いをした。
「姫を探す手がかりにはこの世界で勇者の時にやっていたように前世と近いことをすれば、その度におぬし達が前世に近づいたということで能力を覚醒させることができるかもしれないわしが姫を探す間に、お前達もここで姫との捜索のついでに人助けをする。そうすることで目覚めるその能力を使えば、姫を探すこともできるかもしれぬ。お前達の記憶は今は不完全じゃが、そういうことをしていれば徐々に様々な出来事を思い出すはずじゃ」
「力を覚醒って、じゃあそれはすぐに覚醒させることできないんですか?」
そんな能力があるんなら今すぐそれを使ってくれ、と言いたいところだ。
「しかし時間がない。わしはそろそろもう行かねばならぬ。また何かあったらお前達の元に来よう」
「え、待ってくださいよ」
「頼んだぞ、勇者達よ」
フィロ神はそう言い残すと、パソコン画面から消えた。
残された俺達は今後について話し合うことにした。
「これからどうすればいいんだ?」
「うーん。とりあえず神の言う通り、人助けをするってことっすかね」
「なかなか大変な道のりですわね。ですがフィロ神様も姫を探すとおっしゃってますし、その間私達が何もしないというわけにも」
「じゃあ、やっぱり俺達も勇者としてなんらかの活動をしなきゃいけないってことか」
俺達はうなるが、なかなかいい案は思いつかない。
ふと時計を見るとホームルームの時間が迫っていた。
「とりあえず、今後の事は帰ってからゆっくり決めよう。今日は普通に授業を受けていつも通りにしてようぜ」
その後、普段通りに授業を受けて一日を過ごした。