第2話 いきなり勇者と言われても
眠りについて、次第に頭の中が真っ暗になっていく。
しかし、まるで何か声が聞こえてきた。
「勇者よ。勇者よ」
ぼんやりと頭の中に何かが見えてきた。
俺は金色に包まれた空間の中にいた。
しかし、地面に足をついている感覚がない。まるでふわふわと宙に浮いてるかのような感覚だ。
どこだここは。
あ、さっき布団に入ったからこれは夢かと呑気に考えていると、そこに一人の人物が現れた。
「やっとわしと思考が繋がったか。どれだけ待っていたことか」
目の前にいたのは白髪で長い髭を垂らした老人。衣服はローブのようなものを身に着けていて、その容姿から現代日本の服装ではないことがわかる。そして先っぽが渦巻きのように曲がった長い杖を持っていた。
なんだか、ゲームとかアニメでいう仙人か神様っぽい外見だな、と俺は呑気に思った。
んなアホな。そんなベタな姿の爺さんが本当にいるかよ、と自分にツッコミを入れる。
「誰ですか。あなた。ここは一体……?」
まずは自分が置かれている状況を知る必要がある。
いったいこの人物が何者なのか、なぜ自分がここにいるのか。
「お前は勇者じゃ。わしはかつて自分の世界でお前が勇者だったのを見届けていた」
「は?」
勇者? 今、勇者と言ったのか?
勇者っていうとあれか、ゲームとかでいう主人公の魔王を倒す為に選ばれた勇敢な戦士とか、その勇者だっていうのか?
「は、勇者って誰が……」
誰が勇者だというのか。この人物は何を言ってるのかが理解不能である。
「状況がわかっておらぬか。お主、自分の姿を見てみよ」
「え……?」
ふと俺は自分の姿を見た、
よく見ると俺の服はいつも寝る時に来ている寝間着……ではなかった。
銀色の鎧を身につけていて足はグリーブというのか頑丈な装備になっている。腰には剣を携えている。頭には装飾品のついた兜、といってもかぶるタイプのものではなく、ヘアバンドのようなわっかの形状だ。
なんだこのゲームの装備品みたいな格好は?
そして肩からは青色のマントを身に着けていてそれがひらひらとなびいている。
さらに髪の色は黒ではなく赤い髪になっている。頭を触ってみると、まるでセットされたかのようなツンツン頭。黒髪じゃなくて赤い髪なんてまるでアニメやゲームのような髪色だ。
「なんだこりゃ!?」
どういうことだこれは。
この姿はコスプレというものになるのか。しかし俺にはこんな衣装を買った覚えはない。
髪の毛だって染めた覚えもないし、こんな髪型にセットした記憶もない。
「なんだよこの姿、あんたがやったのか。俺をこんな姿に勝手に変えたのか?」
今の俺の姿は着替えといったものではなく、外見そのものが別人になったかのようだ。
「それが勇者の正装というものじゃよ」
「勇者ってなんだよ、俺はそんなのじゃないぞ」
勇者というワード、ゲームのような装備品、これはファンタジーのような展開。
普通に生活していたはずの自分がわけのわからない空間でこんな格好にさせられている。
俺はそこでこんなことが思いついた。
「ま、まさか俺は勇者とやらに転生させられるというのか」
最近のアニメとかで流行りの異世界転移というものなのだろうか?
ラノベでもよくある、ごく普通の日本人がファンタジーな世界に転生するというあれだ。
それで俺はこの勇者というものにされたのか?
俺は死んだ覚えなんてないし、このまま異世界にでも転生させられるとでもいうのか。
「嘘だろ? 俺は異世界にでも行かされるのか?」
冗談じゃない。
ネットも漫画もない世界になんて行けるものかと淳と言い合っていたのに。
しかも異世界に勇者とやらの役目で転生させられるということは戦いに身を投じろとでも言われるのか。定番の魔物や悪役との命のやりとりに。そんな役目を押し付けられるのか?
俺が異世界転生の漫画を描いてたからこんなことになってしまったのだろうか。
もしそうなら本気で後悔するぜ。これから作ろうとしていた物語に、自分がそうさせられるのか。
「違う、転生させられるのではない。転送でもない」
その言葉で少し、ホッとした。よかった、異世界になんて飛ばされない。
これから異世界に行かされるということはないようだ。
「じゃあ、あんたは一体なんだっていうのだよ。俺にこんな格好をさせて勇者だとか言って転生させるわけでも異世界に転送するわけでもないんだろ。俺は勇者じゃない。夢ならとっとと目を覚まさせてくれ」
そうだ。きっとこれはただの夢なんだ。とっとと起きれば全部無かったことになる、自分の姿が変わるだなんて、こんな意味不明な夢、起きればとっとと忘れるはずだ。
しかし、次はまたもやわけのわからない台詞が出てきた。
「勇者に転生させられるのではない。お前そのものが勇者なのじゃ」
「はあ?」
だめだ、ますます意味がわからない。なんだお前が勇者って。
「何訳わかんないことを。俺は普通の人間だ」
俺はごく普通の日本人だ。ただの一般人で高校生。勇者になんてなった記憶はないし、そんなことを言われてもわからない。そうだ、これは夢だからきっと変なことを言われてるように見えるだけだ、と考えようとする。
「まだ受け止めていないようだな。ではお主の記憶を覚醒させよう。せいっ」
神という人物が杖を振ると、金色の空間にスクリーンのようなものが出てきた。
まるで何か映像を見せるかのように、そのスクリーンは光った。
「これがお前の人生だ」
「俺の、人生……?」
映画のフィルムが回るように、画面が映った。
「なんだここは?」
スクリーンにはどこなのかわからない洋館のような場所が映った。
日本ではない、まるで洋館というべき場所だろう。
カーテンがひかれた天蓋付のベッド。そこには赤い髪の女性が横になっていた。
一体誰だろうかこの人物は。今の俺の髪色と同じ赤い色からして日本人ではない。
そしてその女性に抱かれた。産声を上げる赤ん坊。
「なんだこの映像は……?」
日本じゃない、しかも知らない女性。どこなのかわからない謎の洋館。この光景。
しかし、その母親に抱かれている赤ん坊の映像を見ていると、自分の中にトクン、と波紋が揺れた気がした。
「あ、あれ……?」
なんだこの感覚は。初めて見る場所なのに、なんだかすでにどこかで見たことがあるかのような場所だ。初めてじゃない、何かわからないけど懐かしい感じがする。
俺の親はこんな顔じゃないし、こんな異世界のような文化の場所で育ったことはない。
しかし、何かはわからないが、すでにここを見たことがある気がする。デジャブというか、そんなものを感じる。
「なんだ……これは」
そして次にその赤ん坊は大きくなっていた。十歳くらいの子供が剣の練習をしていた。
使用人に囲まれ、勉学に励み、日々強くなる鍛錬をする子供。
「ああっ……ううっ」
俺は頭を抱えた。何かわからない。頭の中を稲妻が駆け抜けていくようだ。
何も知らないはず。俺は日本で生まれてこんな場所を知らないはずなのに、なぜかここはその記憶を上塗りしたかのように、心の中にある。
これまで生きていてこんな場所にいたことはないのに、何か見覚えがある気がするぞ。
「うっ……」
俺の中で何か扉のようなものが開いていく感覚がした。流れ込んでくる。何か経験したことのないようなことが。
いや、違う。これは思い出していくという感覚だ。
自分の中にかつて存在していたもの。この日本での記憶じゃない、それより前にこんな経験をしていた気がする。
「思い出してきたようじゃな」
まるで全てを知っているかのように、神は俺に告げた。
「お前は勇者じゃ。かつてお前がいた世界……前世というものか。そこでお前は勇者として生をうけた」
「俺が……勇者?」
みるみる自分の中にもう一つの記憶がどんどん溢れてきた。
追い打ちをかけるかのように、スクリーンの映像はさらにその子供の人生の記憶を見せた。
子供は大きくなり、赤い髪の青年、つまり今この空間にいる俺の服装の青年が旅立つ姿だ。
姿が今の自分と同じになった時、俺の中で何かが一致した。
俺の中に二つの人生があった
一つは今の日本で生まれた学校に通っているごく普通の一般人の俺。
そしてもう一つは前世で勇者という使命を与えられた俺。
俺はただの日本人だし、この世界で赤ん坊として生まれ、幼稚園、小学校、中学校、そして今。間違いなく俺は俺自身のこれまでの人生だ。俺の両親は今の両親だし、今の俺は間違いなく日本人の俺だ。
しかし、それよりも前にもう一つの人生として存在していたのだ。
間違いない、俺の中に流れ込んできたのは知らない記憶ではない。
俺自身の中にあったものだ。誰かに植え付けられた記憶じゃない、これは俺が全て経験したことだ。俺は自分が一体何者なのかを思い出した。
「俺は勇者イセト。フィローディアで生まれた勇者の家系の長男だ」
俺は前世のことを思い出した。
自分はイセトという勇者の家系に生まれた男子だった。
フィローディアというこことは違う世界で生まれ、そこで世界に悪が訪れた時に、平和を取り戻すという名誉ある役目を代々受け継いできた家系であり、そこの次世代後継者にあたる長男だった。
「そうだ。お前は勇者イセトだ」
これまでの記憶が流れ込んでくる。映像のように、洋館で生まれ、勇者として育てられたのだ。昔から鍛錬をして強くなり、冒険へ出た。
この日本とは違う世界、剣と魔法の世界であるファンタジーな世界で生きていた。それがフィローディアだ。
「わしのことも思い出したかのう?」
今の俺には目の前の人物が誰なのかがはっきりわかった。
「あなたはフィローディアを司る神であるフィロ神様。かつて勇者イセトとして生きていた俺に、お告げをした人物」
そうだ。俺は生まれながらにこのフィロ神の祝福を受けて育ったといわれる由緒正しき勇者の血縁だった。
「では、お主はあの世界で何をしようとしていたかを覚えてるか?」
「俺は……魔王に攫われた姫を助ける為に旅立って、世界の平和を取り戻すという使命を与えられた」
そう、これは俺の役目だった。ゲームならばこってこてのありきたりな設定のような人生が。
勇者の家系に生まれ、その役目は王族に仕えて世界の平和を保つ。
勇者の家系には王族を守るという使命がある。そして勇者イセトには幼馴染がいた。
姫直近の護衛として育てられた俺は小さい頃から王家の娘である王女の傍にいた。
王女の名前はミゼリーナ。国一番といわれる金髪の美しい少女だ。
フィローディアの王家に生まれる長女は代々世界の神の加護を受けた聖女であり、特にその歌は癒しの 効果や力を増幅することができる能力だ。その歌声はまるで神秘的な声であり、王女は聖なる歌姫といわれていた。
その王女、ミゼリーナ姫が魔王に攫われた。魔王は姫を攫い、世界を脅威に脅かしていた。そこで姫を助けに行き、世界に平和を取り戻す為に勇者イセトは旅立つことになった。
その旅先で仲間達と出会い、共に姫を救出する旅をした。
勇者の家系の子供が生まれる時に召喚される使い魔である小さいミニドラゴンの相棒のポフィ。
仲間にいたのは風の能力を操る一族の生まれの戦士のジュディル、教会に生まれた僧侶のラミーナ。そのメンバーで俺は魔王討伐の冒険をした。
「俺が旅立つ時に、攫われた姫を助けに行くには何をすればいいかを旅立ちの時にお告げをして導いたのがあなた……フィロ神様ですね」
「そうじゃ。お前をあの世界で導いたのはわしじゃ」
フィロ神は自分の正体を明かすと、神々しい光を放った。
「でもなんでこのタイミングで俺に会いに来たんですか?」
俺は先ほどの砕けた口調ではなく、敬う口調にした。神に図々しい態度で接してはダメだ。
俺はもうすでにこの日本で普通に生きている。なのになぜわざわざかつて俺が前世で生きていた異世界であるフィローディアの神が突然現れたのか。
「説明しよう。わしがお主を再び導く時が来たからじゃ。それを言いに来た」
「導く?」
勇者だった記憶を思い出したのだから、つまりまたもや勇者としての役目をしろと導きに来たのだろうか。
なぜこのタイミングで俺は前世の記憶を思い出したのだろうか。いや神に呼び覚まされたというのだろうか。なぜあの世界の神がわざわざこんな今になって俺の夢の中に出てくるのか。
「まさか俺は元の世界に飛ばされるとでもいうのですか?」
勇者だった記憶を思い出したのだから、その世界に再び召喚されるとでもいうのだろうか。
使命を思い出したのだからその為に行けというのはファンタジーではよくある。
異世界転生というものではなく、再び役目を果たす為にその世界に呼び戻されるってことか?
俺はそんな不安があった。異世界にてまたもや勇者として旅をしろと言われるのではと。
「いや、違う。お前は確かに勇者じゃ。しかしお前がやるべきことは今のお前の世界になる」
「は?」
異世界に飛ばされるわけではない。
今のお前の世界、つまりこの時代の日本で市瀬優斗としての世界だろうか。
「お主がやるべきことは今お前が住んでる世界で起きる出来事じゃ」
「今の俺の住んでる世界? その為にわざわざ勇者の記憶を呼び覚ましたんですか?」
「その通りじゃ。お主が勇者としてやるべきことは今、お主の世界で起きている。
ファンタジーな異世界ではなく、勇者の使命をこの世界で果たせとはどういうことか。
この世界には魔王も魔法もそんなファンタジーなものは存在しない。
あるとすればそう言ったものはゲームや小説など作り話の世界だ。平和な日本で何かが起こるとでもいうのか。
「この町に危機が迫っておる。お前はそれを阻止するのだ。その為にわしはお前の記憶を覚醒させた」
「この町……俺が住んでるこの町にですか?」
今の俺が住んでいるこの町は平和楽町という町だ。都市圏より少し離れた地方都市である。その名前の通り、平和でむしろあまり事件も起きない平凡な町である。
こんな日本の平凡な地域で何が起きるというのか。
「この町であの世界の魔王が再び復活しようとしている。そうすればこの町だけでない、今のお前が住んでるこの世界全体が魔王の脅威にさらされるのだ」
「魔王だって?」
この世界には魔王なんて概念はない。そんなものゲームなど創作上なものだ。
フィローディアには魔王がいたが、この世界にはそもそも魔法すら存在しないのに、ましてやこんな平和な町で何が起きるというのか。
「ここであの世界のように魔王の脅威を広めてはならん。お前がなんとかするのじゃ。この町に危機がせまっている」
「この世界であのフィローディアみたいな魔王に脅かされる世界にするなと言いたいんですか? この町に魔王が来るということですか?」
そんなバカな。ここはごく普通の日本の町だ。魔王が来るだなんて話は聞いたこともない。
「危機ってなんですか!? 魔王が復活ってなんのことなんです!? もっと教えてください!」
俺の質問に答える前に、徐々に空間が真っ白になっていく。
「頼んだぞ勇者よ。二度とあんなことが起きぬよう」
「何が……!?」
その空間は足元から消え去り、俺はまるでそこから引っ張られる感覚がした。