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とある貴族の望蜀  作者: 彼岸渡利
平穏という幻想
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悪夢は泡沫に

 「あぁんもう!これだけ吹かしているのにまるで効いていないようなのが感に触るわねぇ!」


 「我らが瞳を傷つけようというその考えそのものが不敬です。さぁ受け入れなさい、等しく皆救われましょう。」


 地上から少し離れた上空で魔術皇とアンゲルスと呼ばれている化け物が相対している。相対しているというか先ほどから風の刃が幾度となくアンゲルスに向かっているのだが、それを意に介さずただ無数の瞳で魔術皇を視ている。あれを正気のまま直視しながら戦えるという時点で魔術皇も化け物なのではないだろうか。

 それにしても「為れ果て」や「為り損ない」とはどういうことなのだろうか、また生き残ってから調べることが増えたのだが、現状が引き続き芳しくない。


 「右方のお味方被害甚大!ヒキニ卿が介入していますが、いつまで前線が持つかわかりません!」


 「シマロ卿お討死!サテド卿が指揮を引き次いでおりますが、既に前線に向かわれてしまいました!」


 「中央部隊が翡翠将軍の隊のせん滅に入りましたが、なお抵抗激しく両翼への救援は遅れるとのことです!」


 「左翼部隊、前線をさらに押し上げております!されど敵将の陰さえも見えないとのこと!」


 「王都より伝令が中央軍に到着、詳細は追って報せるとのこと!」


 何故後方に留まってくれないのか、まるで意味がわからないがそんなことを考えている余裕もないほどに情報が次々と来る。しかし、裁けるのなんてそんなに多くはない


 「右方には中央後方部隊より幾許か抽出して当ててくれ、サテド卿の次に高位なものないし指揮が出来るものを見繕ってこい、そりゃ勇者殿の一騎打ちで大将をやっただけだ!相手は魔獣だぞ、組織的動きがなくなっただけだから今まで通りの対応をするんだ、左翼なんぞ知らん!今はこちらが忙しい!」


 思いつく限りの指示を出しつつ魔術皇の戦いを見てみるとどうやらあの化け物は退けられそうだが、魔術皇もかなり損耗しているようだ。


 「なぁんとか、あの美しくないのはやれたけどぉ、まだあの元凶が残ってるのよねぇ。」


 「我らが瞳の使徒を一人で退けるとは、さすが為れ果てといったところでしょうか、その力でどれだけの命が果てているのか、まるで理解していない振るい方ですね。」


 「なんのことかしらねぇ、意味のわからないことを言ってないで私とあそびましょう?」


 「そのようになっても私の相手が出来るとお思いですか、侮られたものですねっ!」


 お二人の会話に水を差すようにアプリコット目掛けて火球が飛来する。そういえば勇者御一行のうち一人がこちらに来ていたか…


 「きぃぃぃ!確かに私の魔術が聞いてなかったけど空気とかマジ萎える、おばさんなら焼けそうだから、私も混ぜなさいよ!」


 「ふむ、均衡者と同時に相手にするというのは少し危険ですね。ここは素直に引くといたしましょう。」


 どうやらアプリコットは撤退してくれるらしい、これ以上無駄な損耗がでなくて幸いだ。


 「ですが、あっけなく引くというのも面白くありません。少しは啓蒙していかなければいけませんね。瞳よ!汝の尖兵達に祝福を!我らは果て無き大地で一滴の涙を視た!」


 数は減っていた化け物たちがまるで時が止まったように動きを止める。これ幸いに切りかかる者もいたが何故か刃が通らないほど硬くなっているようで、あちこちで困惑の声が上がっている。


  ニチャ、グチャャ、ブチリ、メキャ


 実に不愉快な音をあげながら化け物たちが奇妙な動きをする。肩をあげたり、首を異様な方向に曲げたり…そのまま動かなくなってくれるといいのだが、そうはならずに腹部に相当するあたりが真っ二つになるように亀裂が入り始める。そこから出てきたのは「手」だ。それも先ほどから相手をしている人とは思えない連中のものではなく間違いなくヒトのものだ。

 私たちは今、創生に立ち会っているのだろうか、そうだとするならばたちの悪い悪夢である。あれほどの耐久性を持った「人」となってしまう。しかし、頭部は虫のそれを模したもので出てきているところを観るとヒトはそこまで魅力的ではないのだろう。


 「嗚呼、御子達が産まれていきます。これも瞳のお力なのですね。」


 相も変わらず気が触れているモノの感性はわからないのだが、彼女にはこれが神秘的なものに見えているらしい。あれだけなればいつもの書類も少しは楽しく見ることができるのだろうか。


 「う、、うわぁぁぁ」


 眼前で誕生なのか進化なのかを見せられている兵士の一人が耐え切れずに手に持っている武器を振り上げる。それは先ほどとは違い、弾かれることなくぬるりとそれを構成しているモノの中に入っていく、赤い液体をまき散らしながら。


 「刃が通るぞぉ、ころせぇぇ、やれえぇ」


 正しく認識した頭がそう叫ぶことを強要していた。血を流せるならば殺ることもできるのだ。あちらもそれを把握してきたようで、散り散りに逃げていく。


 「それでは、私はこれで失礼させていただきますね。いずれ均衡者様には正式にご挨拶させていただきます。それでは」


 結局、最後まで自身で戦闘をすることが無かったアプリコットが撤退することでこちらの戦闘は終結した。


 「鬨をあげろぉ!再編した後に中央、左翼の援軍に向かうぞ!」


 どこからが戦争なのか魔獣討伐なのかもうわからないがこの高揚感を得ることも生産性も得られない無意味な戦闘を終結させるべく動き出すのであった。

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