形を持つ絶望
凡人が頭をひねっても一人ではどうにもならない。複数人居て時間をかければ妙案が浮かぶかもしれないが、ここは戦地。あくびを一つすると3人の兵士が殺されているかもしれない場所なのだ。
「ふぅぅぅむ、彼奴の目に見えるまで濃密になっている魔術の力、いうなれば魔力を散らすことが出来ればあるいはいけるかもしれませんな。ネメヒちゃんではそれはかなわないでしょうが。」
「ですがヒキニ卿、卿ほどの魔術に長けた方がそうなのでは、ここに残っているお歴々ではどうしようもないのではないでしょうか。」
我が国は力こそ正義とまではいかないものの力がモノをいうことが多いため、事こういう荒事に出てくる貴族というのは何かしらの武芸に長けた者たちが多い。それが対人なのであれば、「魔術皇」クラスとかち合わなければ戦果をあげることも出来るのだが、今眼前にいるあの聖職者もどきはどう見ても我々でいうところの魔術系統、しかも近寄ることが困難な術を行使する術者ということになる。近寄ることが出来なければご自慢の力を振るうことは出来ないので、貴族方は最前線ではなく少し引いた所に引いているものが多い。
「あぁ輝かしきアンゲルス。眼前に濁った瞳を持つ悲しき子羊たちがおります。どうぞこれを贄としてこの地に繁栄を!」
さて、対策なんか浮かぶわけもなく手をこまねいていると彼の聖職者が頭上の化け物に祈りを捧げる。天からの使いや神の代弁者というものはそれよりも上位の存在からある種の制限を受けていることが多い。火の恐ろしさは説けても温かさを教えることは出来ないし、祈ることの説けてもそれにかかる時間についてはは全くと言っていいほど触れない。
要は眼前の化け物がどのような権能を行使してくるのかが判れば対策を練ることが出来るかもしれない。これの良くないことは確実に後手に回ることと、眼前の化け物のように図体のデカさで負けてしまっていては、踏みつけるといった実力行使をされるとわからないまま全滅しかねないという点だ。
「ア”ア”ア”ァ”ァ”」
どこから声を発しているのかわからないが、金属同士で無理やりひっかくような音を発しながら片腕を広げていく。それと同時に何かが産み落とされるように地上に落ちていく。果たしてその結果はすぐにわかることになる。
産み落とされた何かからアンゲルスを小さくしたようなモノが多量にこちらに向かって走ってくる。顔に相当する部分は蟷螂ではなくまるで鰐のような見た目に複眼の一つ目、片腕には槍のようなものを持っている。
「あ~れは良くないですな。シャール卿、遠隔攻撃は潤沢に出来ますかな?あれに近づくのは得策ではないでしょうな。」
「そうですね、ヒキニ卿。全く貴方の意見に賛成ですよ。弓兵、前回と同様に一斉射するんだぞ、引きしぼれぇ」
弦を引き絞る音が聞こえる。私の声にこたえてくれるのはそう多くはないが、それでも散発的に撃つよりは効率がいいはずだ。
「はなてぇ!」
「知恵は秘匿された 理由なき舞踏 果てなき欲望が大口を開ける 明けの明星は堕ちた 餓狼は吠えて月を見る 黒髪の乙女に贄は捧げられた バンシーアグニス」
ヒキニ卿の魔術が発動し、少女の絶叫が炎を津波を引き起こす。どうやら、今回は調整してくれたようで向かってくる化け物と前線の間から炎の津波が発生した。昆虫というのは炎に飲まれればたいていのものが死に絶えるのだが、化け物どもは耐える個体もいるようで、接敵することになった。
「何なんだこいつらは!剣が刺さらないぞ!各員、体の柔らかいところをぐぎゃぁ」
「隊長!こいつら目を潰してもまるで見えているように攻撃してきますよ!」
前線では戦闘をしながら情報収集することになったようだが、化け物は魔獣以上に体力があるようだ。魔族や魔獣と戦闘しにきたはずがこんな化け物どもを相手取ることになるとは思っていなかった。
「我らの祈りは聞き届けられたのです!さぁ今こそ瞳を宿すのです。この終わりなき牢獄からの解放を!」
彼らの世界観ではこの世界は牢獄らしいが、私の中では数分先も見通せない未知の世界をもう少し楽しみたいものだ。
「ゴッコ、何もかもが未知数だから決して無理に攻撃を加えるなよ。最低でも3人一組で行動するんだ。状況としてはまったく好転していないが、勇者殿が倒してくれることを願うとしよう」
私の指示に黙ってしたがってくれる良き部下を持ったことを再確認しながら、指揮を再開し始めると、中央戦線で動きが起きたようだ。
「翡翠将!この一撃で決着をつける!うぉぉぉ!」
「その力がどのような意味を持つのかわからぬまま振り回しよって!均衡者よ!そのようなモノを野放しには出来ぬ!」
魔術とは違う力の奔流が巻き起こり、激突した。




