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とある貴族の望蜀  作者: 彼岸渡利
平穏という幻想
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ヒキニ卿

 どの宗教にも存在はしている神の使いというのは、往々にして言いようのない神々しさというものを持って描かれていたり、謳われることが多い。だが、眼前に存在しているモノは誰が見ても分かる。理解をしてしまう。少なくとも定命のものにとっては祝福を授けてくれるものではない。


 「あ~れは良くないな、ゴッコ、どこまで逃げることが出来ると思う」


 「旦那ぁ、あれを目の前にしてそれを聞きやすかい。旦那は死地でも夕ご飯の献立とか考えていそうですよね」


 非常に心外なことを言われた。夕食よりもこの戦場のせいで食べることが出来ていないスイーツのことで頭の一部は埋まっているというのに。

 私の付近は何故か弛緩した雰囲気となっているが、最前線は阿鼻叫喚の様相を呈している。あれを分かってしまい、判ってしまい、理解ってしまった者が思考と行動を止めてしまう。しかし、定命の枷から抜け出たものたちにとっては恐怖という状態など久しく忘れているのだろう。こちらのことなぞお構いなしに切りかかってくる。一拍遅れて現状を理解した者たちが必死の抵抗をくり広げるのだが、いかんせん心を持つものと持たぬ者では、この状況下においては後者の方が有利に働く。


 「旦那、ありやどう考えても勝ち目なんかねぇですぜ。こっち側にもあれくらいの賽のゾロ目はいないんですかい」


 「少なくとも、私の知り合いにはいないし、その可能性の塊は絶賛骸骨騎士と戯れているようだよ、中央戦線側を見てみたまえ」


 「何なんでしょうねぇ、旦那の奇術も大概だとは思ってやしたが、純粋で直接的なものはあれほど暴力的なものなんだと感じやしたぜ」


 「ふぅぅぅむ。あれは小生のネメヒちゃんでも対応できないでしょうなぁ。程なくウラノスも崩されることでしょう。」


 その言葉通りに右翼前線にて敵味方問わずに登場から猛威を振るっていた岩人形がアンゲルスとやらに挑むために手近な地面を隆起させて掴み、一部をもぎとってあれに投げつける。だが、アンゲルスはそれを一瞥するだけで岩が砕けちり、それを投げたそのものもはじけ飛んだ。

 というよりも、何故この陣営にヒキニ卿がいて、当然のようにゴッコとの会話に混ざっているのか。


 「あれは先ほども言いましたが完全な新体系のそれですね。事象そのものが動いているようだ。」


 「こ、これはこれはお貴族様。こんなむさ苦しいところではなくご自分の隊に戻った方が安全ですぜ」


 「いえ、結構。それに君は先ほどシャール卿と話している時は普通だったではないか。こんな場で貴族も何もあるまい。大枚叩いて良い装備を揃えたとしても、ほら見たまえ、紙屑のように宙を舞っているぞ。それに比べれば君のような装備は実に効率がいい。いや、君のもともとの職業というべきか、あぁ見た目からの推測で申し訳ないが、君たちはもとは山賊ではなかったのかね。それを攻めるとか理由にして捕らえるとかそんなことではないのだが、もともとの君たちのような連中は自身の欲求を・・・」


 「ヒキニ卿、私の隊の隊長が困ってしまっている。少し自重してやってはくれまいか。」


 卿はこんな場所でも自身の欲求に真摯に向かい合っているようだ。こんな場でなければもう少しゴッコの困るさまを見ていたが、そういうわけにもいかない。


 「おぉシャール卿、こんな場でなければ是非とも小生の新作の人形の話をしたいのだが、人形といえば見ていただけたかネメヒちゃんの雄姿を。あの麗しい歌声、何物も寄せ付けないのに小生の手の中からは離れないこのいじらしさ。今までのなかでは最高の出来なのだよ卿。そういえば興が求めていた書物についてだが、もう少し時間を頂けないだろうか、眼前の敵方が言っていたアーサー王国というのが関係していそうなのだが・・・」


 「卿、卿、別に期限は設けておりませんでしたから気にしませんし、正確な情報を欲していますので是非とも時間をかけていただきたい。ですが、この状況では満足に続きも聞けません。何か打開策のようなものはありますかな」


 ヒキニ卿は自分の世界に入るとなかなか抜け出てこないため、適宜こちらで修正を加えなければならないと聞いていたがこれほどとは。別に領地が隣接している貴族というわけではないのだが、こと魔術に関して言えば非常に造詣が深いため手紙でやり取りはしていたのだが、少しは相手を知るために情報を収集していてよかった。


 「おぉ、これは失礼した。文だけではやはり伝わらないこともあるだろうと思ってはいたのだが、いかんせんこんな理由でもなければ外に出たりはせんのでな。あぁ、またズレかけているな、ふむ、あれはどうにもならないだろうな。寵愛と呼称したが、あれは法則そのものといってもいいかもしれない。」


 「それは、何とか出来ないのでしょうか。」


 「魔術では無理でしょうな。その事象を定義することから否定されてしまえば何も意味を成しませんからな。恩寵ならば、あるいは、ですかな」


 「それでは、中央戦線の死闘が決着するまでこちらは生き残りをかけた足掻きを始めるとしましょうか。」


 別に全軍の指揮を出来るわけではないが、この見える範囲で付き従ってくれるものだけでも生かして自身も生き残るべく、頭をひねり始めた。

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