思想のすれ違い
一騎打ちというのは、勝利しても敗北しても名誉を重んじることが多いし、この国の貴族は殊更に気にするものもいる。それを分かっているのかいないのかはともかく、あの場に乱入するというのは豪気なのか蛮勇なのかはてさてどちらととればよいのだろうか。
「貴様…名をも一度聞こう…」
「イリエカイトだ。」
緊張が一気に膨れ上がる。先ほどまで構えてもいなかった骸骨の群れがどんどんと殺気立っていく。それでもこの勇者殿は気づいていないようだし、翡翠将に視線を合わせて臨戦態勢をとっている。
「そうか、イリエカイトとやら。この神聖な場を穢そうというのか? そのものは死を覚悟してこちらに一騎打ちを申し込んで来てるのだぞ?」
「それでも…それでも、投げ出していい命なんてないし、ここがダメでも次の時に巻き返せばいい…それは生きていないとできないことなんだ!」
「たわけがぁぁぁぁ!」
もはや質量を持っている殺気が全体に伝播していく。動けなくなった兵士もいるのではないだろうか、ここからがこちらの本番というわけなのだが、用意が何も出来ていない。
「貴様はそれでよいのだろう、「恩寵」とは厄介なものだ、ワシでも差し違える覚悟をせねばならぬほどに感じる。だがな、ここは戦場なのだぞ小僧。貴様が乱入したことによるこの場の流れを貴様は掴めておるのか?」
「何をわけのわからないことを言っているんだ!俺たちがお前を倒してしまえばいいだけだ!」
「ま、カイトのいう通りだわな。だからこの聖騎士であるツトム様も張り切ってこの場にいるというわけだ。」
残酷なほどに状況を読み違えている勇者殿たちが翡翠将に向かって吠える。英雄譚であれば盛り上がる場面なのだろうが、当事者であるこちらにとってはこれ以上事態を悪化させないでほしいものなのだが、そうもいかないようだ。
「貴様らは周りをよく見た方が良いぞ、彼のものが決死の覚悟で稼いでいた時間を無駄にせぬために動いているものが何人もおったのに、その行動が貴様らの行いで全て水泡に帰すのだからな。興がそがれたわ。あとはこ奴らが相手をしてくれようぞ。かかれぃ皆の衆!」
そういうと一斉に骸骨たちがこちらに殺到してくる。瞬時に飲み込まれた隊が何隊かあるがそのようなことを気にしている余裕はまったくない。
「旦那、これは無理ですぜ。時間を稼ぐなんてどだい無理な話でさぁよ。そろそろ旦那の奇術の時間じゃないですかい?」
「いいや、まだいけるだろう、勇者殿もおられるしな。しかし、用意は始めよう。ゴッコ、援護を頼むぞ。」
軽い返事が返ってくるのを耳にいれつつ私は私のすべきことをしていく。後方の本体はのんきに撤退準備をしていて、取り残され気味の右翼残党は必至の抵抗をしているようだ。
「こんな数で攻撃するなんて、卑怯とは思わないのか!翡翠将!」
「戦場に卑怯という言葉は何の意味も持たぬよ、小僧。その手に持っている刃物でこ奴らを切り倒すときに得物を持たぬ奴には卑怯だからと倒さぬのか?戦場では全て平時とは違うのだぞ?幼子が憎さや生きたいという渇望のあまりに大人を殺めることだってあるのが戦だ。そのような詭弁を弄する前に手を動かし、己が生きる道を模索するのだな。」
「お話に夢中で俺の存在忘れてないか・なぁ?」
勇者殿が気を引いて聖騎士殿が切りかかるというもうどちらが卑怯なのかわからない戦法をとったようだが、軽くいなされている。
「ぬるい!ぬるすぎる!これが世界の希望だと?片腹痛いわぁ!」
翡翠将の大回しに両人とも吹き飛ばされる。翡翠将は追撃するでもなく言葉を続けて浴びせている。
「ワシは3度遠征に参加しておった。どの遠征も異教徒共と壮絶に命の取り合いをして、ワシらの勝利の時もあれば敗北したときもあった。ワシの遠征隊以降の隊なぞ幼子で構成されたものもあったと聞く。だが、貴様らはそのどの隊よりも弱く見えるぞ!」
吹き飛ばされた勇者殿たちが徐々に骸骨共に包囲されていき、翡翠将との距離が離されていく。懸命に数を減らしているご両人だが、それよりも囲んでくる数が多い。
「話にならぬぞ、小僧ども。しかし、その気概だけはかってやろう。いずれどこかで相まみえようぞ。」
その言葉を残すと翡翠将は戦場から離れていく。それを止めることが出来るものは誰もおらず、自身の目の前の事象を片付けていくのに必死な者たちだけが取り残された。
「よーやくお偉方が撤退し始めましたぜ、机の前と戦場では腰痛の痛みに差があるようでさぁな、なんとも軽やかに撤退しとりますぜ。」
「近衛師団長直下の部隊以外は脱兎のごとく逃げているだろう。あれは撤退というよりも敗走だよ。まぁ今回はその方が都合が良いか。ぱっと見でよそ見出来る貴族なんていないし、勇者殿たちも足止めを食らっているようだな。」
さて、これだけ敗色濃厚なら撤退目的で私の力を使わなければならないだろう。ゴッコに撤退準備を指示して、私は準備を始めた。




