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神代の魔法使い  作者: 鬼龍院刹那
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地上世界

冴島が魔法使いになる数日前


 深夜、漆黒の暗闇から人影が1列縦隊で音もなく現れてきた。彼らが出てきた洞窟のような出口は人1人が通れる程度の幅であるため一列縦隊で出てくるしかなかった。これは大人数が一気に出入りできないための設計だった。それによってお互いの世界に対して攻撃をしづらいようになっていた。

 全員が出てくると出口だった洞窟は、その出入り口の場所がかろうじてわかるような50センチ程度の岩だけを残し、中心部分に吸い込まれるように唐突に消え失せた。

 地上世界に出てきたのは100人程度の人数だった。180センチぐらいのがっしりした高齢の男を中心に、その集団は円陣になった。

「全員、いるか? 欠けている者はいないな?」

「はっ!」

 男達はそれぞれ自分が確認すべき相手の存在を視認すると返事をした。

武尊(たける)様、予定通り全員無事に地上に出てきました」

 武尊(たける)と呼ばれた若い男は頷くと、がっしりした男に命令する。

叢雲(むらくも)、作戦通りに配置につけ」

 叢雲(むらくも)と呼ばれた男は頷くと武尊(たける)を先導するように鬱蒼(うっそう)とした木々の中を歩いていく。叢雲の服は、江戸時代の武士の(かみしも)のように上半身部分は肩の部分が張り出したような形をしていて背中側はマントのようになっている。そして、下半身は膝から下がピッタリしたニッカボッカのようなフォルムをしていた。手には宝石のような美しい石が複数取り付けられた杖を持っていた。

「地下からの追手の警戒と惨跛(ざんび)の魔術陣の警護は6名です。追手は全て処分させます。よろしいですね」

 武尊(たける)は立ち止まると叢雲(むらくも)の問いに答えた。

「姉様が追手になっていたら予定通りに通過させろ。それ以外は殺せ、いいな?」

 2人の会話を聞いていた追手の警戒を担当する6名の中のリーダーらしき魔術師の男が会話に口を挟んできた。

 だが、その言い方は台詞のように、云うことが決められているかのような言い方だった。

「本当によろしいのですか? 作戦を妨害する可能性はすべて排除すると決定しております。加多弥(かたみ)様とはいえ、やはり対象から外すのは...」

 武尊(たける)叢雲(むらくも)の顔色を伺いながら、肩口に異様に長い剣を背負った若い男が不本意な表情を浮かべた。

「殺害はせずとも、地下に追い返すべきではないかと...」

 叢雲(むらくも)は2人を(にら)むと重低音の響く声で諭すように話しかける。

「いや...加多弥(かたみ)様とその護衛は何もしないで通過させろ」

「しかし、追い返すか護衛だけでも処分を...」

 剣を背負った若い男は引き下がらなかった。叢雲(むらくも)は若い男を説得しようとする。

「お前の気持ちはわからないではないが...」

 叢雲(むらくも)が全てを言い終える前に、武尊(たける)は振り返ると若い男と叢雲(むらくも)を交互に睨みつける。そして、何を言っているんだという顔をした。

「ここにいる者の中で...いや、全員で挑んで姉様を殺害どころか、追い返せると思うか? 貴様は知らないだろうが、叢雲(むらくも)は姉様がどういう方かよく知っている筈だ」


 第一王女の加多弥(かたみ)に魔術の手ほどきを最初にしたのは叢雲(むらくも)だった。加多弥(かたみ)は幼い頃から魔術の天才と言われながらも、普段はおっとりしていて優しい少女だった。愛らしい加多弥(かたみ)叢雲(むらくも)は自分の娘のように想っていた。だが、叢雲(むらくも)は彼女の芯の強さと秘めた気性の荒さを知っていた。そして加多弥の魔法師、魔術師としての強さは叢雲は、自分が一番知っていると思っていた。

 それだけに加多弥(かたみ)と護衛を攻撃することを考えると戦慄すら覚える。王太子であり加多弥(かたみ)の弟である武尊(たける)の言いたいことは叢雲(むらくも)は痛いほど理解していた。

「はい、稀代の天才と言われ、これまでも、これからも現れないであろうと言われている魔法師であらせられます。性格的にも加多弥(かたみ)様を怒らせたら大変なことになるでしょう」

 叢雲(むらくも)の返事を聞くと満足そうに武尊(たける)は頷いた。

「そうだ、口外してはならないが、すべての龍脈孔(チャクラ)が開いたという記録は姉様以外、未だかつて無いのだ。これからも現れないだろうと言われている。しかも魔法使いだ。ここには魔法使いは1人しかいない。その魔法使いも龍脈孔(チャクラ)が1つしか開いていない半端者だ。それ以外は魔術師と化外剣闘士(けがいけんとうし)と精霊魔術師、そして技術者だけだ。姉様が本気で攻撃型の法術を放ったらこの一帯どころか平野全域は焼け野原だ。全滅は確実だぞ」


 剣を背負った若い化外剣闘士(けがいけんとうし)の男は第一王女が魔法師であることを知らなかった。しかも全ての龍脈孔(チャクラ)が開いていることも。その事実を知らされて自分があまりにも愚かな発言をしたことにやっと気がついた。

 魔術師や化外剣闘士(けがいけんとうし)は魔法師に敵対してはならない。それは常識であった。なぜなら、魔術や化外剣闘士(けがいけんとうし)の攻撃は魔法防壁を破ることはできない。しかも魔法使いの攻撃魔法を防ぐ手立てはないのである。化外剣闘士(けがいけんとうし)が接近戦を挑んだとしても魔法使いが身体に(まと)うように魔法防壁を張ってしまえば手の出しようがない。そう、絶対に勝てないのである。しかも相手は全ての龍脈孔(チャクラ)が開いていて底知れない法力量を誇る、ある意味化け物である。

「申し訳ありませんでした。ご命令通りにいたします...」

 険しい表情をしていた叢雲(むらくも)だったが、若い男たちが納得したことを知るといつもの柔和な雰囲気に戻った。そしてかつての国王の第一継承権を持っていた武尊(たける)の方を見る。武尊(たける)叢雲(むらくも)は配下の者たちに気づかれないような目配せをした。彼らの反応は想定内であったし、加多弥(かたみ)に手を出すことはしてはならない。

加多弥(かたみ)様は古の盟約に縛られている王族だ。貴様達が心配しているようなことにはならないだろう。それにもし加多弥(かたみ)様が追手だったとしても表立って行動することはないはずだから心配する必要はない。貴様たち6名は加多弥(かたみ)様一行以外の追跡者の殺害と惨跛(ざんび)の魔術陣を予定の期間守り通せ、良いな?」

「はっ!」


 6名をその場に残し、残りの者達は木々の間を抜けていく。しばらく歩くと水路のような堀が現れた。

 叢雲(むらくも)は10指全てにはめている指輪の1つに魔力を送った。直径20mほどの薄青く光った円形の魔術陣が地面に描かれる。残してきた6名と他3名以外がその魔術陣の上に乗ると全員がエレベーターにでも乗っているかのように、ゆっくりと上昇していく。月明かりに照らされた巨大な鍵穴型の山のような漆黒の構造物が眼下に広がっていた。

 武尊(たける)はその巨大な構造物に興味はほとんどなかった。武尊(たける)からすれば地下世界との単なる出入り口でしかないからである。魔術で上昇していくと地下世界には存在しない上空の月がどんどん近づいて来るように見えた。月を仰ぎ見る。

「地上世界から見る月はあのように見えるのか」

 意味ありげな言葉を呟くと同時に彼らは空中で方向を変え、その構造物--仁徳(にんとく)天皇陵(てんのうりょう)--を背に漆黒に見える海の方角に向かって進んでいった。

 武尊(たける)叢雲(むらくも)たちを見送った3名のうちの1人が叢雲(むらくも)と同様の術を使うと、上空で3名は反転して東京方面に向かって遠ざかっていった。


 残された6名は先ほど自分達が出てきた出口部分の裏側に周る。リーダーと思しき若い魔術師が(かみしも)に似た服の懐から1枚の紙を取り出した。その紙には魔術陣が描かれていた。

 魔術師はその紙の魔術陣に魔力を送り込む。すると淡い青白い魔術陣が地面に描かれ、地面が上下左右に小刻みに揺れ動き始めた。彼らの目の前で水面のような流動性を持った地面の上を鬱蒼と生い茂っていた木々が魔術陣を避けるように移動していく。しばらくすると直径10mほどの円形の空き地が出来上がった。魔術師は今度は詠唱文を呟く。読み上げる言葉が文字となって取り巻くように周囲を漂う。魔術師を含めた6名の周りが青白い光に包まれ、すぐに光は消失した。

「これで私たちは惨跛(ざんび)の術の影響を受けない。安心して使命を果たせ」

 魔術師はそう5名に告げると、円形の空き地の中心に歩み寄り、中心から数メートル離れたところから惨跛(ざんび)の術を詠唱する。詠みあげる文字が口から青白い光になって、円形の空き地の中心に向かっていく。中心部分の上空に漂っている詠唱文は全て揃うと一つの光の塊のようになった。その塊は一度収縮すると下を指し示すような円錐型に変形し、地面の中心方向に飛び荒ぶ。そして地面に円錐型の光が突き刺さった。突き刺さった円錐は中心から渦を巻くように平面状に広がっていき、10メートル弱の円形の魔術陣が地面の上に展開された。青みを帯びた仄白く光る魔術陣は地面に固定されると光量が弱くなった。

「よし、惨跛(ざんび)の術を発動した。私を含む4名は地下への出入り口を取り囲むように所定の位置につけ。残り2名は休憩所を設営して休憩しつつ待機しろ」


 魔術師であるリーダーは表情には出さなかったが、重要な使命を果たさなければならない精神的な重圧だけでなく、自らが発した術による地上世界の混乱とこれから多数の死者が出ることに心穏やかでは無かった。しかも死者の尊厳を奪う禁忌の魔術である。

 だが、もう後戻りはできない。王太子である武尊(たける)に引き続き付き従うことで家門を守り、自分の存在意義を見せつけなければならない。そのように自らにに言い聞かせるしかなかった。


 6名が持ち場についている間に発動した惨跛(ざんび)の魔術陣から目に見えない小さな塵のような死の粒子が、ゆっくりと微風に乗って仁徳(にんとく)天皇陵(てんのうりょう)の周囲に拡散していった。

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