加多弥
「まず聞きたいのだが、その練習や制御に費やせる時間はどのぐらいなんだろうか」
冴島は疑問を口にした。
「まずは魔術や魔法を発動させるエネルギーを取り入れ変換する龍脈孔と言われている器官を機械の力を使って活性化させます。その後に流入してくるエネルギーの流入量の調整や魔力、法力への変換を覚えてもらいます。そして術の発動と制御をそれこそ身体で学んでいただいて...」
加多弥は少し考えるような表情をする。
「長男の武尊の行動が予想できない以上、あまり時間をかけていられないと思います。ですので1週間でなんとかできるように気合を入れて頑張りましょう」
ニッコリと微笑んだ、美しくも可愛らしい加多弥の笑顔が冴島には悪魔の微笑みに見えてしまった。
「そんなに短期間でなんとかなるものなのですか?」
「いえ、普通は子供の頃から何年もかけて19ある龍脈孔を活性化させて開閉ができるようにします。とは言ってもすべての龍脈孔を開くことができた人は一人も存在していません。高位の魔術師でも5つぐらいが限度です。その龍脈孔に流れ込むエネルギーを魔力や法力に変換させ練り上げて術と制御を覚えます。湊大地さんの身体が地上人の中で最適と言っても感覚的なものでもありますから簡単にはいかないでしょう。ですから機械で強引に龍脈孔を活性化させた後に、私が時間魔法を使って時間をゆっくり進ませて冴島さんを特訓します。5日を1ヶ月ぐらいの期間にすることができますから、かなりの特訓時間を取れるのではないかと思っています」
・・・5日を1ヶ月相当にする魔法なんてものがあるのか。それはそれで助かるがかなりの詰め込み学習になりそうだな・・・
「まあ...お手柔らかに頼みます...なんて悠長なことは言っていられないでしょうね」
「はい、残念ながら・・・術が使えるようになったら次は私や私の護衛たちと実践経験を積んでいただきます。大怪我や腕や脚が吹き飛んだり...みたいなこともあると思いますけど、私が責任をもって魔法でちゃんと治しますから安心してください」
「腕が吹き飛ぶ? そんなものが治るんですか?」
美しい顔立ちから恐ろしい言葉が飛び出してきて冴島は驚いた。
「魔術では治せません。でも魔法なら可能です」
冴島の眉間に皺が寄った。
「先ほどから魔術と魔法という言葉が出てきているのですが、どう違うのですか?」
「今お話しした部分で言うと魔術は生物の肉体を制御したり修復したりできません。せいぜい細胞の自己治癒能力を増幅するぐらいなんです。逆に魔法は可能なんです。怪我の痛みをブロックして痛みを感じなくさせたり、欠損した四肢を完全に修復することもできます」
「そんなことができるんですか?」
「はい、ある意味魔法は万能に近いんです。もちろんできないこともありますけど...」
加多弥は少し言い淀んだ。
冴島は魔法には言いにくいことがあるということに気づいたが気づかないふりをした。
「それ以外には何が違うのですか?」
「原理的な部分でいうと、魔術も魔法も別次元のエネルギーを龍脈孔から取り込むまでは一緒なんです。魔術師はそのエネルギーを龍脈孔で魔力に変換します。そしてその魔力を使って魔術を発動するんです。対して魔法使いは法力に変換して法術を発動します。なぜ湊大地さんの肉体が選ばれたのか。それは湊大地さんの肉体にある龍脈孔が別次元のエネルギーを法力に変換できるからなんです。そして法力に変換できる人は圧倒的に少ないんです。それは地下世界でも同じです」
「そんなに大きな違いには感じないのですが...」
「そうでしょうね。でも魔術と魔法は体系や仕組みが根本的に異なっているんです。冴島さんは宿禰の知識を得ているので記憶を探っていただければ、どこがどう違うというのはすぐに理解していただけると思いますが、簡単に言ってしまうと魔術でできることは魔法で実現できることの一部でしかありません。そしていくら強大な魔術を使って魔法使いを攻撃したとしても魔法使いには効果がないということです」
「要するに、魔術師は魔法使いに勝つことはできないということですか?」
「そうです。魔法使いの魔法防壁を魔術は破ることはできないし、魔術師の使う魔術防壁は魔法を防ぐことができないんです。しかも威力も圧倒的に異なります」
なぜ湊大地が選ばれたのか、冴島はやっとその理由がわかった。
「もしかしたら、湊大地君以外にも地上世界には魔法を使える可能性のある人は少数ながらいるのですか?」
「はい、でも宿禰の話によると法力に変換できる龍脈孔を1つぐらいしか活性化できないそうです。複数活性化させて使うことができるのは湊大地さんぐらいだったそうです。そういえば、冴島さんもそのうちの一人なんですよ」
冴島は突然自分が魔法を使うことのできる肉体を持っていると言われたことに驚きを隠せなかった。
「私が? 魔法を使える?」
「はい、眉間の龍脈孔は使えるようなことを言ってました」
「そんなことはどうやって調べたんですか?」
「魔法です。地上世界に向かって地下世界から魔法を使ったんです」
「地上にいるすべての人に対して?」
「はい、人工衛星も利用したみたいですけど」
「人工衛星?」
綿津見が補足する。
「地上世界の人工衛星をハッキングして魔法を転送して放出するハブとして利用したんです」
「人工衛星のコンピュータをハッキングして魔法を放出? ダメだ、私の頭では理解できないな...聞くだけ無駄なようだ」
冴島は困ったような顔をして頭を掻いた。
「魔法はほぼ万能と言ったじゃないですか。物理的、化学的、電気的な制御を魔法が制御できない理由がないんです。それに綿津見のようなヒューマノイドが宿禰を補助していますから。でも冴島さんは同じようなことをできる可能性があるんですよ?」
加多弥の言葉は自分が神のような存在になれると言っているように冴島には聞こえた。重症の怪我や四肢が欠損しても完全に再生させることができ、現代科学の粋を集めたコンピュータや機械にまで影響力を及ぼせる。しかも破壊力のある術まで使えるらしい。自分がそんな存在になる。さっきまでいつ死んでもおかしくない状態でベッドに横たわっていた自分が漫画や映画や小説の主人公のような力を行使できるようになる。やはり、すべて夢なのではないかと思ってしまう。
冴島の思考を遮るように加多弥は続ける。
「冴島さんが選ばれたのは精神力だけが理由ではないんです。冴島さんの精神部分が別次元のエネルギーを法力に変換して制御する仕組みを利用できるから...」
「そうか、元々の自分の肉体が魔法を使うことが可能だからなのか」
「はい、その通りです」
「それと...人を殺しても耐えられるメンタルの強さかな...湊君は無理だろうし...」
加多弥は人を殺すという言葉にハッとしてしまう。
「それは戦争で自国を守るために仕方なくやったことなのではないですか?」
加多弥は悲しそうな顔をして、冴島の行為を擁護しようとする。
「理由はどうであれ人殺しに変わりはないですよ。自分には家族がいて守りたい人がいて攻めてきた相手を殺した。でもその殺した相手にも愛する人や家族がいたんです。それはどんな言葉を使っても変えることのできない事実ですから。今回のこともそうです。あなたの弟とその配下が私の守りたいものを壊そうとするかもしれない。だから私は戦う。あなたのもう一人の弟は私のそういう気持ちを利用しようとしている。それだけのことです。守るべきもののない湊大地君にはできないでしょう」
「申し訳ありません...私の弟の仕出かしたことの始末を全く関係のない冴島さんと湊さんに押し付けてしまって...」
「いや、私は私で不治の病を治してもらうことを目的としているんです。加多弥さんが気に病む必要はありません。だが...私が弟さんを殺すことになるとしたら貴女はどうしますか?」
加多弥は視線を冴島から逸らし床の一点を見る。
「弟は国王である実の父親を殺した犯罪者です。私の国では死罪です。国の法律で裁かれても死刑は確実です。自国で死刑になっても、冴島さんの手にかかったとしても結果は同じです」
床を見ていた加多弥の視線が冴島の目を見つめてくる。泣きそうな顔とあと少しで涙が溢れそうな目を冴島は見つめ返した。
「わかりました。今の国王には生きたまま捕らえてくれてもいいし、殺してもいいと言われています。約束はできないですが、生きて捕らえられるように努力しましょう。いくら結末は同じでも貴女にとって弟さんと話ができる時間は必要でしょうから」
加多弥の顔に浮かんだ安堵の表情に気づかないふりをすると冴島は綿津見の方を見た。
「さてと、まずは機械で龍脈孔を活性化するんでしたよね?」
綿津見は加多弥を一瞥すると、冴島を促した。
「それでは私についてきてください」
冴島は先を歩く綿津見について行くと、先ほど通ってきた通路の別の部屋に通された。冴島のそれこそ命をかけた特訓が開始された。
1週間後、
冴島は筋力トレーニングを終えると、疲労やトレーニングで破損した筋肉などの肉体の損傷を回復させる回復用タンクの液体に2時間程度入って疲れを癒した。タンクから出てシャワーを終えた後に自分にあてがわれた部屋から出たところを部屋の前で待っていた綿津見に声をかけられた。
「加多弥様が至急おいでくださいとおっしゃっています」
綿津見に連れていかれたのは謁見の間を小さくしたような部屋だった。部屋の奥に加多弥が座っていて左右には護衛の者たちが立っているのはいつもの通りだった。
「急ぎの用事と聞きましたが...」
加多弥が頷くと同時に冴島の正面上方に突然横長の映像が表示された。
「これを見てください」
空間に表示されている映像は目を疑うものだった。映画としか思えないその映像では人が人を襲い引き裂き食いつき食い殺していた。
「これはなんですか? 私たちの世界の映画のようにも見えますが」
「違います。これは日本だけでなく他の国でも同時多発的に起きている現象です」
【惨跛だな、これは】
「ザンビ...?」
疑似人格の宿禰の言葉を繰り返す。
「そうです。惨跛という魔術によって引き起こされていると思われます。魔術の知識がない敵国を混乱させるための魔術です。敵の兵士以外の国民までも殺戮対象として、戦意を喪失させ、インフラを破壊し敵国に壊滅的な被害を与える術です」
加多弥の目が悲しげな色を浮かべている。
「戦略級の魔術ということなのかな・・・こんなことをするのはあなたの弟ということで間違いないのかな? 未知の伝染病とかではないのですか?」
「私の知る限りこのような病気はありません。死んだ人間が蘇って人を襲うなんて病気は存在しないでしょうね」
「でも惨跛という魔術ならありうると?」
「はい、惨跛はそういう目的で創られた魔術ですから」
【おい、あんたには俺の記憶があるんだ。思い出せるだろ?】
疑似人格の宿禰に言われて記憶を探す。
惨跛の術の詳細が自分の記憶のように思い出されてくる。
惨跛の術を発動させると周囲に術がゆっくり広がり、呼吸や目、耳、口、傷口などの開口部から術が体内に侵入して脳に到達すると術は待機状態になる。死ぬと術が発動して肉体を操作される。術が発動した動く死体に噛まれたり引っ掻かれると発動した状態の術が体液に乗り脳に到達するとその肉体を死に至らしめ身体を乗っ取る。生きた人間の肉体を食べるのは相手に恐怖を植え付けるということと術を継続させるために死んだ肉体を動かす燃料とするためである。ただし肉体の腐敗を防ぐ効果はなく肉体が崩れ落ちたり術を継続する燃料がなくなるか、術の指定期限になると、動く死体は動作を停止する。
惨跛の魔術式、詠唱文そして魔術陣が術の詳細と同時に脳裏に浮かび上がってきた。
「まさしく映画のゾンビだな...」
「おそらく地上で惨跛の術が使われたことがあるんでしょう。それが口伝として残ったものを映画というものに使ったのではないでしょうか」
「地上に魔術が存在したんですか?」
「説明していなかったですね。昔、地上の人々はあらゆる天災から逃れるために地下に避難して、そこに地下帝国を築いたんです。地下に行かなかった人たちが天災を生き延びて今の地上世界が出来上がったんです。その時代には魔術も魔法も存在していましたし、惨跛は古い魔術ですから、国家間の紛争で使われたのでしょう。それにしても、なんでこんな術を...」
喋る加多弥の形の良い唇が震えている。
「弟さんを探すよりもこの術を止めるのが先か・・・いや、待てよ・・・術を発動した者がいる可能性があるな。綿津見さん、日本以外でも起きているんですよね?」
「はい、国土の大きさに関係なく起きているようです。インターネットを調べ、軌道上の衛星をハッキングして調査解析していますが現在13カ国で発生しているようです。」
「ほぼ同時に?」
「はい、ほぼ同時期に発生しています」
眼前の映像の横に世界地図が表示される。地図には複数の赤い光点が明滅している。
「東京、大阪、ニューヨーク、北京、ロンドン...先進国で人口が多い都市で発生しているようだが...何か理由があるのだろうか」
綿津見はすぐさま反応する。
「冴島様のおっしゃる通り、人が密集していてエネルギー分布が集中している場所で発生しています」
冴島は右手で顎を掴むようにして考え込む。
「世界中の大都市で惨跛の術を行使する必要性があるということでしょうね。綿津見さん、何が考えられますか?」
冴島は異世界の超科学力を頼るのが一番だろうと考えた。
「申し訳ありません。データが少なすぎて分析が難しいのですが...世界中で同時多発的に起こしているということは自分達がやろうとしていることの邪魔をされないようにということなのではないかと...」
綿津見の反応はとてもコンピュータが搭載されたヒューマノイドには見えなかった。わざと人間のような反応をするように創っているとしか思えない。
「現状、世界中で惨跛の術が発動していることぐらいしかわからないなら、ここで考えていても仕方ないでしょう。私が現場に行って何か気づくことがないか見てきます」
「わかりました。弟の部下たちがいるかもしれませんから気をつけてください」
加多弥は背後に控えている護衛の一人に声をかけた。
「夜叉、冴島さんと一緒に行って様子を見てきなさい」
阿修羅と呼ばれていた黒人の青年と違い、夜叉と言われた青年は10代後半ぐらいの白人で金髪を頭部後方で一纏めにして結んだ髪型をしていた。
「お言葉ですが、私は加多弥様をお守りするためにここにいます。この男の護衛が任務ではありません」
優しげで少し垂れ目の可愛らしい加多弥の目に鋭さが宿った。
「私のお願いが聞けないのですか?」
・・・命令ではなくお願いというのか。やはり少し変わってる感じがするな・・・
二人のやりとりを見ながら冴島は思った。
「ここにいれば私は安全ではないかしら? 阿修羅はどう思う?」
「犯罪者たちの惨跛は自分達を追いかけてきた者達を混乱させ返り討ちにするためのものかもしれません。目的がわからない以上、護衛の我々が加多弥様のそばを離れることは出来ません」
「でも、ここは地下100mの空洞にあるのだし、欺瞞技術で存在すらわからないはずよ。それでも危険かしら?」
もう一人後ろで控えている若い女性に視線を向ける。視線の先には10代中頃のウェーブがかかった赤毛で童顔の白人の少女が立っていた。しかも彼女の耳は通常の2倍ぐらいの長さで先端が尖っている。
「私も阿修羅や夜叉と同じです。化外剣闘士の2人と精霊魔術師の私で3人揃って護衛するのが基本だからです」
「琥珀も同じ意見ということね...」
「あー、私は最初から1人で行くつもりだったから気にしないでくれ」
冴島は護衛全員に否定されて困ったような顔をしている加多弥に視線を送りつつ護衛達に声をかけた。
「ですが、まだ冴島さんは訓練中ですし阿修羅は役に立ちますから」
「いえ、どうせ遅かれ早かれ独りで行動しなければいけないんです。今がその時ということです」
「でも...」
加多弥を相手にしていると時間がかかりそうだと判断し綿津見に声をかける。
「さっきの映像は日本のどこですか?」
「東京の新宿駅近辺です」
「ここから新宿駅へはどうやって行けば良いですか?」
「冴島様がここにきた時に使った空間接続装置を使って新宿駅近辺の空間と、こちらの空間を接続してあちらに移動していただきます」
「病室のトイレがこちらの施設のドアにつながっていたような感じで移動するわけですね」
「はい、その通りです」
通路の方に向き直り肩越しに加多弥の方を見て軽く頷くと冴島の頭は戦場に向かう兵士のそれに切り替わった。
【後書き】
<言葉について>
冴島と加多弥たちの会話にカタカナ言葉や日本語英語が使われることがありますが、これは翻訳機を使っているからです。翻訳機はヒューマノイドの綿津見が地上のネット環境から主要な言語のデータを収集してライブラリとして登録してあるものを利用しています。
ちなみに、綿津見のようなヒューマノイドは地下帝国では、人造人間や自動人形と呼ばれています。
<世界観の説明>
加多弥の国の王族と、守護する皇帝は護衛に化外剣闘士と精霊魔術師がついています。
加多弥の国は伊予二名国と呼ばれていて、国王には特急の化外剣闘士1名、一級の化外剣闘士1名、特殊精霊魔術師1名が護衛についています。皇帝には特急化外剣闘士4名、一級化外剣闘士2名、特殊精霊魔術師1名、族長級精霊魔術師2名が護衛についています。
皇族や王族の子供達の護衛は、身分に応じて低い級数の化外剣闘士と精霊魔術師が配置され、人数も少なくなったりしています。
皇帝がいる中央の国(央国)は高天原と呼ばれていて、その周囲を各国が守ように配置されています。
加多弥がいる国(伊予二名国)は、一番古い歴史ある国で央国の近衛国としての位置付けです。
また、各国の国力の粋を集めた国になっています。
他国は魔術、闘術・刀術、工業科学、生命科学といった特色を持っていますが、伊予二名国はそれらが集結されているため、国力が強くなりすぎないように国土が小さくなっています。
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