仁徳天皇陵の戦い II
神前愛梨は、早朝の林の中に突然放り投げられ、戻ろうとした出入り口が目の前で消失してしまったことに呆然とした。だが、この場に立ち尽くしていても、戻る事がてきないということだけはすぐに理解した。
愛梨は自分より先に、この地に来たであろう湊大地を、探すしかないと判断した。自分が放り出された先の方向に大地が行ったと考え、その方向に向かって林の中を小走りに進んでいく。
愛梨が向かった先は、帝の門を中心に時計の2時の方向だった。だが、湊大地の身体を借りた冴島は、その逆――5時の方向に向けて走っている最中だった。
愛梨は小走りで走っても、湊大地の姿を見つけることができなかった。声を出して湊大地を探そうと思った。しかし、数日前に大地から、近いうちに戦闘を行うという話を聞いていたことを、愛梨は思い出した。朝の早い時間に空間接続によって、こんな林の中に入っていったということは、今日がその日の可能性が高かった。
戦闘エリアに自分がいる可能性を考えると、大声で大地を呼ぶことは危険と判断する。たった1人で危険な場所に放置されている現状を考えると、不安と緊張、そして恐怖で吐き気を催してしまうほどだった。
愛梨は、冷静になろうとした。パニックになってしまえば、危険な行動をとってしまうかもしれないからだ。
戦闘が始まれば、魔法を使った戦いに巻き込まれるかもしれない。その前に湊大地と合流するか、どこかに隠れていなくてはいけないと、愛梨は考えた。
早朝の林の中は、とても静かだった。今のところ、戦闘は開始されていないようだった。
愛梨は、高台から見回した方が見つけやすいと考え、左手側の斜面を登ろうとした。運動は得意な方だが、ワンダーフォーゲルのような野外活動はしたことがない。木の生えた斜面を登るのは、思った以上にきつく大変な作業だった。
自分がさっきまでいた場所を見下ろせる場所まで登ると、一息ついてから湊大地の姿を探した。
しばらく目を凝らして見まわしたが、木の隙間にそれらしき姿は見つけられなかった。斜面を、進んでいた方向に歩いていっては、周囲を見回す。
「湊さん、どこにいっちゃったんだろう……」
愛梨は、休憩のために太く大きい木の根元に腰を下ろした。そして、右足首の外側のナイフホルダーから、琥珀から渡された精霊剣を引き抜いた。
……今、自分の身を守る術は、琥珀さんから渡されたこのナイフしかない……
グリップの終端にあるストラップを手に巻き付けて、精霊剣を手放さないようにする。敵だけではなく、林の中には危険な動物がいるかもしれないのだ。
愛梨はグリップを両手で握りしめた。
握りしめている精霊剣は、コガネムシのようなキラキラした緑色の刀身が美しいナイフだった。刀身には、愛梨が見たこともない文字のような模様がレーザー刻印されたように、うっすらと浮かび上がっている。グリップエンドには、龍をかたどった紋章が彫り込まれていた。
愛梨は、腕時計やジュエリーは、あまり身につけないタイプの女性だった。加多弥から渡されたスマートウォッチも、寝る時には邪魔に感じていて外していた。このスマートウォッチは身を守ってくれるらしいが、湊大地の魔術でセーフハウスはゾンビが入って来られないようになっていると聞いていたからだ。
だが、このナイフは琥珀から絶対身につけておいて、何かあったら手に取るようにとしつこく言われていたものだ。
琥珀は、大地だけでなく、自分たちにも遠慮なくずけずけとものを言うタイプだったが、思いやりのある女性だと感じていた。そして、愛梨はそのような琥珀を好ましく感じていた。見た目は自分たちとは少し異なっていたが、そんなことは全く気にならなかった。
そんな琥珀が真剣に言っていたから、大事なことなのだろうと思い、湊大地に常時精霊剣を身につける相談をした。その時に、足首用のナイフホルダーをもらったのだ。横になって寝るときに、脛の外側にあるナイフは少し邪魔な存在だったが、今ここにあって常時身につけておいて良かったと愛梨は心底思った。
急に、愛梨の周囲に霧がかかり始めた。
霧はどんどん濃くなっていき、3メートル程度離れている木ですらうっすらとしか見えなくなってきた。霧が濃くなっていくのと合わせるように、さっきまで聞こえていた鳥の囀りも、いつの間にか聞こえなくなっていた。
愛梨は周囲から完全に隔離され、密室に閉じ込められたように感じた。見た目はともかく、少し胡散臭く感じていた湊大地だったが、今の愛梨には唯一頼れる人間であることは間違いなかった。今の愛梨の心情としては、とにかく少しでも早く会いたい相手だった。
「湊さん、どこに行ったの?」
霧はさらに濃くなっていき、1メートル先も見えなくなっていた。
濃霧によって完全に身動きができなくなってしまい、愛梨は不安で胸が押しつぶされそうだった。
*
綿津見が操作している攻撃型ドローン――闇御津羽は、隠密機能を展開した状態で、地面から1メートルの位置で待機していた。
冴島から霧の魔法──蒙霧幽囚の発動の連絡を受けた後、綿津見は霧の発現を確認してから攻撃型ドローンを急上昇させた。
その頃、上空に自律モードで待機していた村雨部隊の攻撃型ドローンは、霧の魔法によって操縦を担当している初級魔術師 伽音の保持しているコントローラーとの通信が取れなくなっていた。そして、コントローラーに対して何度も再接続処理を試みている最中に、上空から実体弾と雷の魔術による攻撃を受けた。
レーダーには敵機の反応がなかった。自機と同等以上の隠密機能を有している攻撃機と判断しつつ、制御脳は敵味方識別信号を確認した。不思議なことに敵機は隠密機能を展開しているにも関わらず、識別信号だけは発信しており、制御脳はそれにより味方であり同型機であると認識した。
村雨部隊のドローンは味方を装い、こちらの判断を鈍らせようとしている敵と判断した。そして、最強強度の電子戦機能を展開した。
村雨部隊の攻撃型ドローンの展開している甲位階魔術防壁に実体弾が当たり、跳ね返される。強襲した敵機が凄まじい速度で接近しながら、雷の魔術を発射した。
制御脳は、魔術防壁を破壊可能な魔術攻撃と判断すると回避運動を始め、雷の魔術をギリギリで躱した。明確な攻撃意思を確認し、即座に反撃を開始しようとしたが、突如敵機からのクラッキング攻撃を受けた。だが、それだけでなく制御脳に対する強力な電子戦を、敵機以外から同時に受け始めた。
綿津見が、仁徳天皇陵近辺の地上人のネットワーク設備を利用して、自ら敵闇御津羽に対して電子戦を仕掛けていたのだ。
2箇所から同時に電子脳に攻撃を受け、村雨部隊のドローンは制御脳を閉塞モードに切り替えると、クラッキング攻撃に対抗しつつ、濃霧の中に逃げ込もうとした。敵機が同型機であれば、自機が展開している甲位階魔術防壁を物理攻撃で破壊することはできない。防壁を破るためには、上位である乙位階魔術以上で攻撃するしかないのだ。だが、魔術攻撃は有効射程が短いのだ。
濃霧に覆われた林の中に逃げ込めば、霧による視界不良と木々の存在で近接による魔術攻撃を受けにくいと判断すると、村雨部隊のドローンは、濃霧の中に突入していった。
霧の中に逃げ込まれては、通信異常で綿津見が介在できなくなってしまい、優位性が失われてしまう。綿津見は追撃をせずに霧の上空で敵ドローンが現れるのを待ち受けることにして、冴島のフォローに能力のほとんどを振り向けた。
*
一級化外剣闘士 爪牙を狙撃されてしばらく経った後、帝の門を見張っている部隊のリーダーである中級魔術師 加茂村雨は、手首に着けた通信機で初級魔術師 伽音に連絡をした。中心部分の霧は収まってきており、通信はすでに回復していた。
「爪牙が狙撃された。霧を発生させた地上の法術師を、闇御津羽で頭上から攻撃して抑え込め。狙撃ができないようにしないと、俺が動けない」
すぐに伽音から返信があった。
《現在、闇御津羽は霧の中で待機しているようです。お言葉ですが、闇御津羽は乙位階魔術防壁を張っている魔術師にすら効果はなく、法術師に対しては攻撃する意味がありません》
「構わん、敵の法術師に鬱陶しく思わせられるだけで効果はあるはずだ」
《了解しました。敵法術師を牽制します》
通信が切れた。
「霧が晴れたということは、狙撃以外の方法で攻撃してくるということなのか?」
独り言を言いながら、ふと、村雨はなぜ法術師である敵が法術を使って攻撃してこないのか疑問に感じた。魔術師や化外剣闘士など、法術師からしたら敵ではないからだ。
「法術で攻撃してこないのは、何か理由があるのか?」
村雨は地面に這いつくばり、狙撃から身を守りながら思案した。敵が狙撃してきた場所から狙撃不可能な場所で待機している中級魔術師の石巌に連絡を取る。
「石巌、お前の方から攻撃してきた法術師を牽制できないか?」
《敵は魔法使いなのですか? そんな奴を相手にしたら全滅してしまいます》
「敵は、法術を使って攻撃してこられない理由があるのかもしれない。そうでなければ、狙撃をしてくる理由が思いつかない」
《確かに、おかしいですね。どうせ、この場所を死守するしかないのですから、やってみましょう》
石巌はそう言うと、敵の魔法使いを探すために、探知魔術を発動させた。
*
愛梨を見つけるために走っていた冴島は、戦闘服の迷彩機能を切ると被っていたフードを払い退けた。
自分が見えるようになれば村雨たちの視線が自分に向き、愛梨の存在に気づきづらいと考えたからだ。
綿津見からの通信が、イヤホンから聞こえてきた。
《冴島さん、敵ドローンが愛梨さんを攻撃するのを防ぐために、瀬織津のメインコンピューターも電子戦に参加させます。私は愛梨さんの所在検知に集中しつつ、霧が晴れた後に敵ドローンの撃退を行います》
仁徳天皇陵の前方部分の円周部分はまだ霧が残っていた。その近辺に愛梨がいたら、小型ドローンですぐに発見することは難しいと冴島は考えた。
「時間が惜しい、俺が探す!」
綿津見に向けてそう言うと、冴島は魔法探知を励起した。魔法の探索範囲を広範囲に設定して、前方後円墳の丸い前方部分を魔法で探知し始める。
魔術を使った探知では、村雨達に探知魔術を使っているのを知られてしまう。何を調べているのか、そしてどこに探知結果が返されているのかということを知られるわけにはいかない。こちらの居場所を知られてしまうと、愛梨を回収することが難しくなるからだ。だが、魔法探知であれば、魔術師は気づくことすらできないし、術者がどこで術を発動しているのかを知る術がないのだ。
中級魔術である、丙位階魔術探知とは比べもにならないほどの精度で、広範囲に木々の中が調べられていく。
「いた!」
愛梨は放り出された空間接続口から、かなり離れた距離まで移動しており、帝の門のある高台側の木の根元に座り込んでいた。
冴島は木々の間をすり抜けるようにしながら、斜面を走った。狙撃地点から帝の門の下側──時計の4時近辺に移動していた。
愛梨は時計の2時方向に向かってから、高台を目指して中心部に向かって登って行ったらしい。帝の門にかなり近い場所で、愛梨は濃霧によって身動きが取れなくなったのだろうと冴島は推測した。
「なんで、そんな場所にいるんだ……」
思いつくのは、高いところに上がって、自分を探そうとしたということぐらいだった。
愛梨に連絡を取り、安心させる必要がある。そして、危険な場所から移動させなければならなかった。
村雨たちに、愛梨とのやりとりを知られるわけにはいかない。魔法探知で愛梨の位置がわかった冴島は、通信機を持っていない愛梨に対して、魔法で音声を飛ばした。葛木宿禰が自分に依頼をしてきたときに使った魔法だ。
《神前さん……愛梨さん、聞こえますか? 湊です》
突然、頭の中に聞こえてきた声に驚いて、キョロキョロして辺りを見回した愛梨だったが、声が湊大地だと気づくと落ち着きを取り戻した。
「湊さん、どこにいるんですか? 私、変なところに放り出されちゃって。今、森の中なんです」
《大丈夫、大体どのあたりにいるかは魔法で確認しました。これから迎えに行きますから、そこで待っていてください。もし大きな音が聞こえたりしても驚いて声を出さないように、手で口を抑えて我慢してください、いいですね》
「はい、わかりました。私不安で……お願いします、すぐ来てくださいね」
《すぐに行きます……もしかしたら、俺が何かを指示するかもしれないです。その時は何も聞かないですぐに行動してください、いいですね。それから、手で口を抑えて声が出ないようにしてください》
「わかりました」
《まず、愛梨さんに魔法をかけます。これで、愛梨さんの状況が離れていてもわかるようになります》
冴島は、愛梨にセンサーのような働きをする感知系の魔法をかけた。
会話で接続されている状態の愛梨の周りを、突然現れた薄黄色い光の球がクルクルと回転すると、すぐに消失した。
これで、愛梨に向けられた魔術に対して、冴島はその場にいなくても知ることができる。
その時だった。早速、感知魔法に探知魔術の反応があった。
……丙位階探知魔術、まずい!……
《気づかれた! 愛梨さん、左斜め前の方に向かって全力で走って! 早く!》
愛梨は言われるまま立ち上がると、全力で走り出した。なんでこんなことになっているとか、考える余裕はなかった。とにかく、大地の言う通りに動くしかない。
背後から、木々の倒れるような大きな音が追いかけてくるようだった。愛梨を敵の魔法使いと勘違いした石巌が、愛梨を魔術で攻撃してきたのだ。
《声が出ても構わない! 魔法で防御するから振り返らずに、走って!》
先端が尖った直径20センチ、長さ1.5メートルほどの円錐状の氷と岩が、枝を払い落とし、幹を抉りながら愛梨に迫ってきた。
凄まじい音が背後から、愛梨を追いかけてくる。
愛梨は、大きな木の幹を越えて、急斜面を必死になって駆け降りた。
尖った岩の先端が、愛梨の背中に届くほど近づいた時、冴島の土系魔術で背後の地面が急激に盛り上がり、壁のようになって攻撃を遮った。
一部の氷と岩は、この壁で砕け散ったが、突き抜けた円錐状の物体が愛梨の追撃を止めることはなかった。
逃げる相手に対して、魔術で遠方後方から追いかけるように攻撃するのは、前方から迎え撃つように攻撃することが難しいからである。動く相手に対して、魔術を発生させる場所と、攻撃対象の座標を定めるのが難しいのだ。したがって、どうしても後方から追いかけるような形での攻撃となってしまう。愛梨を探知して魔術の攻撃をした中級魔術師 石巌が、後方から攻撃してきたのはそのような理由があるからだった。
土の壁を破壊して追撃してくる氷と岩の円錐が、愛梨を追尾するように回り込みながら接近し、あと5メートルという距離まで近づいた。
突如、愛梨の背後に、薄黄色い保護膜のような半球状の魔法防壁が展開された。魔術で作られた全ての円錐状の氷と岩は、その破壊することのできない膜にぶち当たると、呆気なく崩れて地面に落ちていった。
冴島は愛梨に対して魔法防壁を張ると同時に、攻撃魔術を仕掛けてきた石巌に対して、乙位階風系魔術の雷の術を牽制として、同時に2つ遠隔で打ち込んだ。細かい法力の使い方を訓練した成果が、遠隔地への攻撃という成果として現れていた。
NTBSビルに愛梨を救出しに行った頃は、魔術で攻撃する際に攻撃方向に対して手を向けないと術の方向性が定まらなかった。だが、今はそれが必要なくなっていた。正面にいる攻撃対象に対して手を向ける必要も、視線を向ける必要もなくなっていた。
だが、それだけではなく、訓練を重ねた冴島は自分から相手の方向に向ける以外の術の攻撃もできるようになっていた。敵の上空に術を発動させて、直下を攻撃するというような方法である。この攻撃方法をマスターするように、加多弥からしつこく言われ、訓練していた。これができることで、魔術を使った攻撃の幅が増えるからであり、できなければ魔術師同士の戦闘では勝つことができないと言われていた。このマスターした方法を使って、冴島は敵魔術師を攻撃しながら愛梨を逃がそうとしていた。
だが、この攻防は魔法を使った探知と、愛梨との通話を継続しながら、遠隔で敵魔術師を攻撃するものだった。複数の術での攻撃と継続的な法力の使用によって、冴島の龍脈孔の疲労度は、確実に増えていった。
冴島は、牽制の魔術に敵の目を向けさせておいて、上空から乙位階の土魔術で直径3センチ長さ3メートルほどの鉄製の槍を数十本ほど打ち込んだ。
石巌が後方に下がりながら、魔術を励起させようとしているのを察知すると、冴島は先ほどの鉄槍と同系の魔術を使って、2つの巨大な円錐状の鉄柱を石巌の眼前に落下させた。それによって、石巌の術の発動を妨害した。
巨大な円錐状の鉄柱は地面を穿ち、突き立った。
自分の術が、帝の門を破壊していないかを、探知魔法で確認した冴島だったが、その時に自らが放った鉄の円錐が穿った先に何かがあることに気がついた。探知によって、地面の下に空間が存在していることがわかった。
……四畳半ぐらいの空間だな…玄室か……?
探知した先の空間を認識した時に、魔法による通信で繋がったままの愛梨から声が聞こえてきた。
《湊さん、高さがあってまっすぐ降りられません。左側に回り込みます》
愛梨には被害がなく、なんとか逃げられたようだった。
攻撃してきた魔術師が愛梨から離れ、斜面をゆっくり下って行くのを冴島は探知魔法で確認した。どうやら、愛梨に対する追撃を諦めたようだった。
冴島は、愛梨に返事をした。
「わかりました」
冴島は、愛梨を守るために認識を阻害する魔法をかけることにした。
魔術でも似たようなものが存在するが、冴島が使える魔術の範囲では、攻撃を仕掛けてきた魔術師と中級魔術者の村雨には通用しないだろうと考えたからだ。
……龍脈孔の疲労のことは、今は考えないでおこう……
認識阻害の魔法を遠隔で愛梨にかければ、一定時間は愛梨が自分以外誰からも認識できなくなる。効果を継続させようとすれば法力を流し続けなければならないが、その代わりに自分が目立つような行動をして敵のターゲットになれば、隠れている愛梨を探し出すようなことはしないだろうと冴島は考えた。
……なんとしても、愛梨をこの場所から逃さなければ……
村雨から葛木武尊の居場所を聞き出すことなど、今の冴島の意識の中にはつゆ程も存在していなかった。
*
伽音は通信が可能になった闇御津羽をコントローラーによって自律制御から、人間の操作に切り替えた。
ほとんど霧が晴れている林の中を飛ばして敵の法術師を探していると、敵からの電子戦による負荷が突然増え、闇御津羽の操作が思うようにいかなくなってきたことに気がついた。これは、瀬織津の制御脳が電子戦に加わったからだった。
闇御津羽の制御脳が防戦一方でフル稼働しているために、コントローラーでの制御に影響が出始めたからだ。
伽音は地面から3メートルほどの高さを保たせて、敵の法術師を探しているとレーダーに人間の反応を検知した。それは、長い銃を担いだ男が走っている姿だった。
「村雨様、敵法術師と思しき男を発見しました。座標を送ります」
《その位置なら、狙撃の心配はないようだな。私は、その男を追撃する。闇御津羽で牽制して移動速度を遅くさせろ》
「了解しました」
伽音の操作する闇御津羽――ドローンが、冴島に対して風の乙位階魔術を発射した。
展開している探知魔法で、敵攻撃型ドローンの存在に気づいていた冴島は、乙位階魔術防壁を発動させた。周囲の木が、風魔術による凄まじいカマイタチによって切り刻まれ倒れていく中、魔術防壁によって攻撃を防いだ冴島はドローンを無視して走り続けた。
「綿津見、現在敵のドローンから攻撃を受けている。邪魔だからとっとと撃墜してくれ」
《座標を認識しました。早急に対処します》
その返信が返ってきた直後、上空から乙位階の土魔術による岩の円錐が、敵ドローンに襲いかかった。その攻撃をギリギリ躱した敵ドローンは旋回しながら、冴島の正面に回り込んだ。
「鬱陶しい奴だな……」
綿津見から教わっていたドローンの性能とはかけ離れたような動きをしていることに、冴島は気がついた。速度が遅く、動きが不自然だったからだ。電子戦によって、ドローンのAIが悲鳴を上げているのだろうと冴島は思った。
電子戦によって、敵の闇御津羽の魔術攻撃を避けるのがほぼ不可能になってきたことで、伽音は攻撃を受けにくくする手段を取ることにした。自機を敵法術師の頭上に置くことで、敵の闇御津羽が攻撃しにくいようにするのだ。そして、真下の法術師を真上から攻撃して足止めする。
長い時間は無理にしても、石巌と村雨が敵法術師を挟み撃ちできる位置に行くだけの時間は稼げるだろうと伽音は考えた。
冴島の頭上5メートルほどに停止した敵ドローンが、真下の冴島に向けて魔術だけでなくミサイルとバルカン砲での攻撃を開始した。
冴島が展開している丙位階魔術防壁を、ドローンの攻撃は打ち破ることができないまでも、ミサイルによる周囲の爆破によって地面が吹き飛ばされ、移動速度が遅くなることは否めなかった。
「綿津見、このドローンを早くなんとかしてくれ!」
綿津見が操っているドローンは、真下を向いた状態で敵のドローンの直上にいた。
《もう身動きできない状態になってるはずです。魔術防壁があるにしても、位置的に冴島さんに当たる可能性があるので、攻撃を躊躇しています。すぐに水平方向から攻撃を仕掛けます》
「いい、俺がやる! ドローンを退かせ!」
肩に担いでいた狙撃用のライフルの銃口を真上のドローンに向けた。元軍人だけに、身につけている銃を使うことを優先してしまう。琥珀から早く2発使ってくれと言われていた言葉をずっと覚えていたいうこともあった。
綿津見から聞かされていたドローンの動力部にスコープの照準を合わせ、引き金を引こうとした。しかしドローンの滑らかな装甲によって、狙撃用の特殊弾丸が跳弾する可能性に気づく。その時、脳裏に擬似人格の宿禰の声が聞こえた。
【闇を使え……】
冴島は、瞬時に宿禰の意図に気づいた。
「真上なら構わないだろう!」
冴島は必中を期すために、左手突き上げて敵ドローンの中心部を指差す。薄黄色い文字が周囲に飛び交うと、薄墨色の竜巻が指先から噴き出すようにして、上空のドローンを巻き込んだ。綿津見が操作しているドローンも巻き込まれそうになるほど、薄墨色の竜巻は巨大だった。その竜巻の中で、漆黒の帯のようなものがドローンに襲いかかっていた。
伽音の操作しているドローンは、鈍色の竜巻によって表面の光沢が無くなり錆びついた。そしてドローンは漆黒の帯状のモノに締め付けられて、金属が軋むような音を立てて形が歪んでいく。
敵ドローンは、冴島の闇魔法によって、表面だけでなく内部までもが急激な経年劣化で機能不全に陥り、まるで千年近く経ったかのようになった。
そして、敵ドローンからの攻撃は突如止まった。
冴島はライフルを構え直すと、引き金を引いた。特殊弾丸は魔術防壁に阻まれることもなく、強力な圧力で表面が歪んだドローンの、錆の浮いた機体中央を貫通した。。
電源が落ちたかのように、敵ドローンが冴島の頭上に落ちてきた。魔術防壁にぶつかって斜面の方向に転がると、錆び付いた亀の甲羅のようなドローンは、そのまま斜面を滑り落ちていった。
ライフルを肩に担ごうとした時に、背後から光線のような光の矢が魔術防壁に当たって四散した。
記憶にある村雨という魔術師が魔術によって攻撃してきたのだ。反撃しようとした時に、前方から別の魔術師が高圧の水を魔術によって飛ばしてきた。
冴島は、舌打ちすると左側の斜面を駆け上がった。
「お前たちを相手にしてる暇はないんだよ」
擬似人格の宿禰に言われたように、魔法防壁を展開しながらこの2人を倒しても良かったが、距離的に離れているし、他の敵が愛梨を見つける可能性もある。冴島は、愛梨と合流することを優先する。
「綿津見、空間接続をするのに都合が良いのはどこだ?」
《空間を接続するのに少し時間がかかりますが、特定の場所は必要としません。冴島さんの装備で座標を確認後、若干の時間を確保してください》
「了解した」
……連中からの攻撃を、一時的に受けない場所か……
冴島は、発見した地面の空間のことを、不意に思い出した。帝の門に近い場所だが、都合が良いことに、愛梨がいる場所からはそれほど離れていなかった。
冴島は、あの玄室のような空間に入って、戦域から離脱することにした。
冴島は邪魔になった狙撃用のライフルを放り投げると、背後から攻撃してくる魔術攻撃を、新たに展開した魔法防壁で防ぎながら、冴島は斜面を斜めに駆け上った。そして、未だ繋がっている愛梨との魔法通信で愛梨の位置を確認した。前方にいる中級魔術師 石巌が回り込みながら降りてきた、斜面の上部で愛梨は隠れている。村雨たちは認識阻害魔法で気づいていないが、愛梨を魔術で攻撃してきた石巌の右手の斜面上に愛梨が隠れているのだ。
冴島は、愛梨と合流するために、再び霧の魔法――蒙霧幽囚を使った。愛梨との合流を妨害されないためだ。今回は、愛梨を中心にした狭い範囲だけを霧で覆い隠すことで、龍脈孔の疲労を少しでも少なくしようとした。そして並列で、転移魔法を発動させた。
村雨と石巌が、身につけている指輪と杖に取り付けられた魔石の中に記述されている魔術式に魔力を流し込み、無詠唱で術を起動する。
中級魔術の上位魔術である、戊位階の雷を村雨が、土の魔術を石巌が冴島に向けて発した。
上空から巨大な雷と、右側面後方から尖った巨大な金属錐が、冴島めがけて飛び交った。だが、2人の魔術が湊大地の肉体に届く直前、彼の肉体は薄黄色の光に包まれて2人の前から姿を消した。
「空間転移か! どこにいった!」
石巌が声を上げて、周囲を見回した時には濃霧が周囲を覆っていた。石巌は探知魔術を発動したが、霧の魔法に阻まれて空間転移した男の行く先を、探知することはできなかった。
*
大きな木の根元に座っていた愛梨の前に、突然光が現れた。愛梨は驚きでビクッとしたが、その光が湊大地にすり替わったのを見て、安堵と感激で涙がこぼれてきた。
不安で仕方なかった気持ちを必死に押さえつけていたが、それが決壊してしまったようだった。
「湊さん、来てくれたんですね」
湊大地は何も言わずに、愛梨に向かって頷いた。
「ここから一刻も早く離脱します」
大地は、愛梨の手を掴むと、目指す場所に先導するように、足早に移動を開始した。
「この霧が出ている間は、連中にはこちらの場所はわからない。でもそんなに長く霧を出し続けられないので、急ぎます」
愛梨は湊大地の様子を見て、彼が焦っているのを感じた。
それは敵の追撃で愛梨に危険が迫っているからだけではなかった。魔術と魔法を連発して、龍脈孔の疲労が著しかったからだ。
そんなことも知らず、愛梨はなんでもできる魔法を使える大地が来てくれたことで、すでに助かったと思っているようだった。
「湊さんが私の前に来たのって、魔法ですよね? あれで逃げられないんですか?」
湊大地は苦笑いを浮かべて応えた。
「あの転移魔法は今のところ1人乗りなんです。神前さんと同じ重さの荷物だったら、運べるんですけどね」
愛梨は自分の体重が重いように思われているのではないかと思って、反論しようとした。
「言っておきますけど、私そんなに重くないですよ?」
「そういう意味じゃなくて……俺は初心者だから、生物は自分しか転移させられないんです。加多弥さんだったら10人でも平気で運べるでしょうね」
愛梨に返事をしつつ、冴島は魔法探知で村雨と石巌の現在位置を確認した。2人は転移魔法と霧によって、冴島を見失ったらしく、合流してから移動していないようだった。
近い場所への空間転移とはいえ、冴島の龍脈孔への負荷は大きかった。
……今ので龍脈孔が2つ限界を迎えた感じだな……
残る1つとなった眉間の龍脈孔も、かなり疲労している実感がある。だが、地面の穴に逃げ込めば、なんとかなると冴島は考えるようにした。
冴島たちは、地面に穿たれた穴の場所にたどり着いた。石巌を攻撃した魔術の鉄の槍が、地面に大きな穴を開けていた。
「この中に空間接続の入り口をつなげてもらいます」
湊大地そう言ってから、先に穴の中に入った。穴から差し込む朝の光で、空間内部がうっすらと見える。探知魔法で確認したように、その場所は四畳半程度の空間だった。冴島は、魔術で空間を照らした。
古墳に造られた、玄室と言われる墓室かと思ったが、違うようだった。そこには、死者を埋葬するための石棺がなかったからだ。今いる場所は、石を積んで造られた単なる部屋でしかなかった。
安全を確認してから、大地は外で待っている愛梨に合図をした。愛梨が穴の中に入ってきた。
「なんですか、ここ?」
魔術の明かりで照らされた石造りの部屋の壁には、愛梨が見たこともない文字が壁一面に刻まれていた。
そして、その壁の中央には、頭部が複数ある龍の絵が描かれていた。




