仁徳天皇陵の戦い I
【前書き】
第28話では、会話相手が今まで通りの、冴島と綿津見たちだけではなく、亜雅
籠垞人同士であったり、冴島と擬似人格の宿禰との間というように、時系列が
切り替わりながら、会話している相手が変わっていきます。
そのため、会話の設定を整理しておきます。
この作品で、亜雅籠垞人が関わる会話は以下のように翻訳がされている設定で
す。
(1)冴島や愛梨たち地上の人々と、地下の亜雅籠垞人とは耳につけている翻訳機
でリアルタイムで翻訳された言葉で会話をしています。
マイクとスピーカーがついていて、相手の生の言葉は聞こえず、相手の声で
翻訳された声だけが聞こえるようになっています。
(2)冴島と擬似人格の宿禰の会話は、冴島の知識と記憶を擬似人格が利用して日
本語に翻訳しています。その説明は、この第28話で2人の会話の中で語られ
ます。
(3)亜雅籠垞人同志の会話は、翻訳機は介在していないので、亜雅籠垞語で会話
が行われています。
読者の皆さんは、亜雅籠垞語で会話してると思ってください!
とはいえ、英語やカタカナ英語を使っているのは違和感あるので、それは彼
ら独自の固有名詞を使っているっていう設定にしています。
例えば、空間接続装置→天岩戸
それ以外の、古い日本語とかは、地上を見守っている過程で、亜雅籠垞人が
日本に毒されているということだと思ってください(笑)
今どき、蟄居なんて言葉使わないですよね(笑)
アニメの宇宙戦艦ヤマト2199のガミラス人や、超時空要塞マクロス 愛覚
えていますかのゼンラーディ人の言葉を、そのまま使ったみたいにすれば
良いのですけど、小説ではそういうわけにもいきません。すごい作業になっ
ちゃいますしね(笑)
作戦開始:5分前、
愛梨がトイレに行きたくなってベッドから起きあがろうとした頃、湊大地は冴島陣の部屋のウォークイン・クローゼットの前に、全ての準備を終えて大の字で床に寝転がっていた。
あと5分ほどで空間接続によって、この部屋と仁徳天皇陵が接続される。
通常であれば戦地までヘリや輸送機などで運ばれていくが、時間になれば空間接続によって、その場所に連れて行ってくれる。
子供の頃に見たアニメのキャラクターが、どこにでも行ことができるドアを使っているのを見て羨ましく思ったものだが、それが現実に存在する世界に生きている自分が不思議だった。実現できたとしても、遥か先の未来の技術の筈だが、亜雅籠垞の技術のおかげで自分が利用することができている。
冴島は目を閉じて、湊大地の身体の龍脈孔の状態と法力の流れを確認していた。今ではそのような不可思議な感覚が手に取るようにわかるのだ。綿津見に胸の龍脈孔はまだ開く気配はないが、かなり状態は良いという説明を受けていた。この日には間に合わなかったが、今日一日で全てを終わらせる必要がないのであれば、それほど焦る必要もない。今の龍脈孔の数でもなんとかなるという安心感はあった。
とはいえ、範囲攻撃の魔法の制御はまだ上手くできていない。最近の訓練で、徐々に法力の出力や術の方向の把握など、少しずつ身についてきている実感があるものの、実際の戦闘では出たとこ勝負という面は否めないだろうと考えていた。
仁徳天皇陵に待ち構えているのは6人だが、武尊に付き従っているのはさらに多い。加多弥や宿禰と同等というのは不可能だとしても、今後のことを考えると初級魔術師や二級化外剣闘士相手に苦戦しない程度にはならなくてはならない。それには、魔術の練度を上げるだけでは難しいというのは冴島もわかっていた。攻撃魔法、特に範囲攻撃の制御ができるようにならなければならない。
思考がネガティブな方に行きそうになっている。これでは、この後の作戦に影響が出てしまう。冴島は違うことを考えようとした。
ふと、これから行く場所のことが頭に浮かんだ。
帝の門というぐらいだから、門の形をしているのだろうか。すごく煌びやかな装飾が施されているのかもしれない等と、少し面白おかしく考えてみるものの、結局は聞くに聞けずにいた疑問が頭に浮かんでくる。
帝の門は仁徳天皇陵が作られる、遥か昔に作られているはずだった。そうなると、帝の門は1万数千年ほど前に、単なる山の上に設置されていたはずだと冴島は考えた。大洪水の被害に遭わない程度の高さに設置された、地上と地下をつなぐ通路だったのだろう。
八尺瓊勾玉を通路の鍵として渡していたということだが、あの言い方だと三種の神器の他の2つはこの時点では渡していなかったのではないか。
とすると、その後に他の2つを渡したのか? それとも他の2つは日本人が作ったのか?
そう考えると、ミステリーだなと冴島は思った。だが、七枝刀によく似た七枝剣といわれる精霊剣が存在することを考えると、亜雅籠垞から後に天叢雲剣と真経津鏡が天皇に渡されたのではないかと冴島は思ってしまう。
想像してみる。
まだ日本という国すらない時代に、皇帝とその弟が袂を分かち、地上と地下にそれぞれ帝国を築いたという事実。そして地上の人々は天変地異に遭い、滅亡寸前になりながらも生き延びて、地下の人々のことをすっかり忘れてしまったのだろう。
加多弥が皇居を見守っているような言動から察するに、過去から緩やかな見守りが行われていた可能性は高そうだった。とすれば、日本という国ができた後に、天災が起きて天皇を守るために、突然山の上から不思議な力と科学力を持った人々が現れて、救いの手を差し伸べたことがあるのかもしれない...
飛行魔術でも使って山から降りてきたら、当時の日本人たちはその人々を神様だと思っても不思議ではないだろう。
それこそ日本神話だな...
だが、古の盟約とかはどうだったんだ? 皇族や王家でなければ問題にはならなかったのか?
地上の人たちからしたら、亜雅籠垞の人々は神様のようなものだったとすると、仁徳天皇陵は神殿みたいなものなのかもしれないな.....と冴島は命をかけた戦闘前に、空想物語で気を紛らわせていた。
左手に振動が伝わってきた。2分前のアラームだ。
目を開けると、時計の針は午前4時58分を示していた。湊大地の身体に、急速にアドレナリンが駆け巡っていくのが感じられた。
刻一刻と戦闘開始時間が近づいてくる。
イヤホンから聴き慣れた綿津見の声が聞こえてきた。瀬織津側の準備はほぼ終わったらしい。
冴島は床に置いてあったスナイパーライフルを右手でつかんで引き寄せると、抱き締めるようにしてから立ち上がった。スナイパーライフルに取り付けてある、スリングというベルトでライフルを背負う。
身に纏っているのは、NTBSに乗り込んだ時とほぼ同じ装備だったが、マガジンポーチは全て取り払っていた。ライフル用のマガジンはライフルに取り付けてあるマガジンのみで、特殊弾丸2発は戦闘服のポケットに入れてある。
装備で一番の違いは、目元を覆っているゴーグルだった。前回と違って二回りほど大きくなっていて、小さいレンズ状の突起がいくつかついている。ゴーグル内に敵の位置表示のためのマーカーなどの表示が多いということと、狙撃用のスコープと連動するための機能が搭載されているかららしい。
使うかどうかはわからないが、小銃と大量の弾丸を亜空間に収納して持っていくことにした。
戦闘服のフードを被り、迷彩モードをオンにすると、湊大地の姿が部屋の中から消え失せた。
再び、イヤホンから綿津見の声が聞こえてきた。
マルゴーマルマル──午前5時ジャスト。作戦開始時間だ。
ウォークイン・クローゼットのドアノブを引き開ける。目の前は、既に明るくなっている森の中だった。
接続された空間の中に、迷彩機能で見えなくなった湊大地は足を踏み入れていった。
*
同時刻、瀬織津の格納庫のような場所では、追儺の3人が攻撃型ドローンの前で話をしていた。
この場所は8人乗り程度の大きさのヘリコプターが、縦横に2機ずつ並べて駐機できる程度の、奥行きと幅がある広い場所だった。
ドローン前の空中には大きなスクリーンが浮いており、作戦時間までのカウントダウン表示、超小型ドローンからの映像による敵6人の状況、そして綿津見の顔が映されていた。加多弥と綿津見はブリーフィングを行った部屋で、状況をモニタリングしている。
《天岩戸に動力伝達完了しました。空間接続を開始します》
綿津見が3人に告げた。3人はスクリーンに映っている綿津見に視線を向けた。
《空間接続を村雨部隊に気づかれていないか、接続直後に確認します。攻撃型闇御津羽は戦域に入った直後は、敵機に気づかれないように低空で待機状態に入ります》
琥珀が夜叉に視線を向けると、手にした七枝剣を夜叉に向けた。
「夜叉、陣がくれた機会を無駄にしちゃ駄目だよ。わかってるね?」
夜叉は無言で頷く。
「阿修羅は何か言うことない?」
少し考えて阿修羅は言った。
「お前が冴島のことをよく思っていないのはわかっているが、お前を助けたのは冴島だ。そして機会を下さったのは加多弥様だ。死力を尽くせ」
「はい...」
その返事が合図のように、攻撃型ドローンの次元動力炉が静かな音を立てて起動した。注意して聞かないとわからないぐらい小さな音だったが、出力が上がると「クゥオーン」という音を発して、格納庫の床から10センチほど浮き上がって10秒ほど停止した。動作確認が終わったのか、突然1メートルほど垂直方向に瞬時に浮き上がった。
冴島が言っていたように、滑らかな曲面の亀の甲羅といった金属の塊が、空中にピッタリと停止している。
彼らからすれば、ドローンのこのような動きは当たり前のことなのだろう。3人の誰からも、この動きについて何かを言うこととはなかった。
スクリーンの中の綿津見が、緊張な面持ちの夜叉に向かって言った。
《夜叉様、今の月の位置であれば問題ないのですが、念の為、魔糺兜を装備してください》
この場所に集合した時に、すでに夜叉が兜を持っていることに琥珀は気づいていた。
そこまでする必要はないのにという顔をして、琥珀はため息をついた。
「加多弥は心配性だね」
《冴島さんは地上の人ですから問題ありませんけれど、夜叉様から加多弥様の関わりが知れる可能性を排除しておく必要があります》
夜叉の魔糺兜は口元まで覆っているため、何者かということを判別するには兜や鎧からになるだろう。だが、夜叉は追儺になってそれほど年月が経っておらず、戦いに臨んだこともない。ある意味、この戦いが初陣である。装備から加多弥の追儺と知られる可能はほぼないに等しかった。
「顔が分からなかったら仲間割れって言えるということだね」
夜叉の武装は、活躍が目立つようにという高遠家の考え方によって、赤が基調となっている。兜と鎧は反射を抑えた塗装を施された、赤黒い魔糺兜と魔糺鎧である。あらかじめ魔力を通しておくことで、最低位の甲位階魔術防壁程度の魔術防御が可能となっている。
複数の薄い金属を重ねているような、形状の鎧と兜だった。その鎧の背中に背負われている直刀の斬魔刀の鞘も兜、鎧と同系色である。
頭に赤黒い魔糺兜を被るのを後ろから見守っている阿修羅もまた、いつもの軽鎧とは違う鎧姿をしていた。
阿修羅の魔糺鎧は、日本の鎧をリファインしたような、全身艶消しの真っ黒い流線型のものだった。繋ぎ部分を糸や縄ではない素材で、堅い部分と一体成形処理されていた。
瀬織津に侵入してくる敵を迎え撃つ担当の阿修羅は、兜を用意していなかった。
日本刀を想起させる野太刀のような阿修羅の斬魔刀は、鞘だけでなく刀身もまた漆黒である。
斬魔刀の刀身は、青生生魂の金属特有の薄青い色によって、月白という青みを帯びた白銀色である。だが、阿修羅のそれは、刀身をより強くするために諏訪家が長い年月をかけて開発した門外不出の処理によって、黒色の刀身となっていた。
琥珀が手にしている七枝剣の刀身もまた、青生生魂で作られているが、斬魔刀とは目的が違うために青生生魂は別の金属との合金になっている。特に、琥珀が手にしている特殊精霊魔術師のための七枝剣は、刀身は苔むした枝というような濃い緑色で、剣というより木に枝が生えているような外見だった。
《冴島さん,こちらの準備はほぼ完了しました。そちらはいかがですか?》
綿津見が冴島に確認をとっているようだが、その返信は彼らには聞こえない。その間に、夜叉は斬魔刀を抜いて、琥珀たちに出撃前の口上のようなものを言った。
「琥珀殿、阿修羅殿、加多弥様をお願い致します。私は冴島と共に...」
琥珀が遮った。
「そんな挨拶みたいなのは必要ないよ。それに、私たちは兵隊じゃないし、私は剣士じゃない。言葉使いも気にしなくていいし、敬称なんて戦闘中は不要だよ。私たちは加多弥を守ることに集中する。あんたは、陣を助けることに集中するんだ。それで自分の有用性を加多弥に証明しないといけないのはわかってるよね」
夜叉は頷いた。
琥珀は緑色の七枝剣を夜叉に突きつけて、続けた。
「阿修羅の”黒き獣”みたいな、二つ名をつけられるぐらいの実力をつけないと、ここにもいられなくなるよ。私たちは、加多弥に拾われた者たちだけど、力なき者の集まりじゃないからね。虎爪の爺さんに教わったことを思い出しな」
この中で追儺の中で一番位の高い琥珀はそう言うと、阿修羅の腰を叩いて自分達の所定の位置に着くために、ドローンの後方に移動していった。
琥珀は待機位置に着くと阿修羅に声をかけた。
「ねえ、阿修羅はこの作戦どう思ってる?」
身長差のかなりある2人だったが、阿修羅は正面を向いたまま、視線だけ琥珀を見下ろすようにすると、暫くしてから呟くように琥珀の質問に応えた。
「魔術師は子供の頃からの積み重ねで、龍脈孔や術の制御の仕方を学ぶ。冴島は国王陛下の魔法で借り物の肉体を無理やり亜雅籠垞人に近づけようとして、時間魔法や機械的な方法で習得を詰め込んでいる。数的にみても、圧倒的に不利だ、普通に考えれば勝ち目はない」
「そうだよね...武尊が何をするかわからないから、急ぐっていうのはわかるんだけどさ」
「冴島に有利な事といえば、奴が魔法を使えると言うことと、ある程度日数をかけても良いということだけだ」
「魔法についていえば、範囲攻撃の魔法はまだ制御できてないからね。無理に術を発動したら、帝の門ごと、あの陵墓全部吹き飛んじゃうでしょ」
「奴もそれがわかっているから、厄介な化外剣闘士を真っ先に狙撃と夜叉で倒そうとしているんだろう」
「でも中級の魔術師が2人もいるんだよ」
「そっちは、接近戦でも挑むつもりなんだろう」
「龍髭刀で?」
「ああ、一級以上の化外剣闘士が帯刀している腰の斬魔刀は、青生生魂製だ。相手の魔術師と化外剣闘士の力量に大きな開きがあれば、術を完全に霧散できない場合がある。だが、奴の龍髭刀は法力と相性の良い日緋色金 ※3製だ。法力を流した場合は、中級魔術師が最強強度の魔術防壁を張ったとしても防ぐことはできないだろう」
「そうだった...覇者の金属でできてるんだったよね」
「奴は接近戦で敵に接触して弱い範囲攻撃魔法を直接打ち込むか、龍髭刀で斬り込むかのどちらかを考えているんだろう。腕や脚の一本や二本吹き飛んでも、治癒魔法で瞬時に治せるんだからな」
「ねえ、夜叉は?」
「戦場で冴島に牙を向けば、今度こそ加多弥様に処分されるのは確実だ。この間も加多弥様は本気だった。あの時に冴島が魔法防壁で防いでなかったら夜叉は死んでいた」
「うん、本気だったよね」
「仮に、夜叉が裏切ったとしたら、高遠家が取り潰しになっても不思議ではないな」
「夜叉もそのぐらいわかってるでしょ。でも、陣は夜叉と戦えるから、戦いは少し楽になったよね」
「そうだな、化外剣闘士が1人いるだけでかなり違うだろう。これを狙ったわけではないだろうがな」
「問題は魔法をどれぐらい使いこなせるかだね」
「それだけじゃない。龍脈孔の疲労もだ...」
綿津見の声が、2人の会話を終わらせた。
《作戦時間です。空間を接続します》
夜叉の目の前の空間がゆらめくように歪むと、幅2メートル、高さ3メートル程の色が抜けたようなグレーの楕円形が浮かび上がり、その中心部分がさらに歪んで中心に吸い込まれるように蠢いた。そして、グレーの楕円形の内側が突然ポッカリと開いた状態になり、グレーから緑の濃い森の中に切り替わった。
夜叉の目の前の空中に停止している攻撃型ドローンが、音もなくスーッと前進していって、楕円形の空間に吸い込まれていった。そして、数メートル先までまっすぐ飛ぶと、地を這いながら木々を縫うように飛ぶと、迷彩機能で急に見えなくなった。
夜叉はドローンの後をついていくようにして、空間接続のポイントから戦域に入っていった。
*
阿修羅が予想していた冴島の戦い方は、それほど外れてもいなかった。実際、冴島はゲリラ戦術のようなことを考えていたからだ。
狙撃で一番厄介な一級の化外剣闘士を倒した後に、森の中で姿を隠しながら魔術師に近づいて、魔術を使ういとまを与えず龍髭刀や素手で殺傷しようと考えていたからだ。
魔法だけで戦うことができれば、簡単に勝利することができるのだろう。だが、攻撃魔法の制御を加多弥から教わっていたものの、特に範囲攻撃はいまだに不安が残っている。加減が難しく、強弱が極端になってしまうのだ。帝の門や仁徳天皇陵を破壊しないように戦うことを考えると、攻撃魔法と炎の魔術を選択することは難しいと言わざるを得なかった。
要所要所で魔法と魔術を使い、それ以外では軍人としての技術を使った戦い方の方が、確実に戦果が出るだろうと冴島は考えていたのだ。
冴島は、周囲を警戒しながら大きな木の影に入り込み、ゴーグルに表示される狙撃ポイントを確認した。そして、綿津見からの連絡を待たずに狙撃ポイントを目指して走り出した。
少しすると、綿津見から連絡が入った。
《村雨部隊には、空間接続を気づかれていないようです》
「注意力のない奴が見張りになってるようだな。助かった。2人とも、作戦どおり頼むぞ」
通信を切ると、すぐに擬似人格の宿禰が声をかけてきた。
【お前の作戦の基本は間違ってないが、今のお前の実力から考えると準備は根本的に間違っていたな】
「何を聞いても返事をしなかったくせに、作戦が開始したら突然お説教か?」
【ゲリラ戦はともかく、どうしてお前は未熟なくせに、魔法使いの正攻法の戦い方を真面目に学ぼうとするんだ? 今回は敵の人数も少ないし、時間もない。遠方から魔術や魔法を放つ戦い方を訓練するのであれば、龍脈孔の使い方をおぼえるべきだったぞ】
「アドバイスっていうのは、早めに言うものじゃないのか?」
【姉様の意向もあるし、お前が自分で気づかないと意味がないだろう?】
今更言っても仕方ないと、冴島はため息をついて擬似人格の宿禰に尋ねた。
「それで、何が言いたいんだ?」
【霧の魔法で敵の耳目を奪え。お前の知っている言葉に変換するとしたら、風系魔法 蒙霧幽囚だ】
「今度は作戦の指示か?」
【お前が、俺に相談するって言ってただろ。これが答えだ。狙撃するにしても、接近戦にしても、これが一番だろう】
擬似人格の宿禰が、この魔法のことを言った時点で、どのような魔法なのか冴島は理解した。
「濃い霧に閉じ込める...か。言い得て妙だな。だが、夜叉と綿津見との連絡も取れなくなるし、ドローンとの通信も途絶するぞ」
【どうせ単独行動になるし、長時間広範囲に霧を発生させておくことは、今のお前には無理だろう。可能だったら、魔術まで無効にさせる魔法が良いのだが、今のお前ではすぐに龍脈孔が使えなくなるからな】
「未熟で悪かったな」
【蒙霧幽囚を使った後に狙撃されれば、村雨たちは攻撃してくる敵が魔法使いだと知るだろう。魔術師、化外剣闘士、精霊魔術師は魔法使いと戦ってはならないと厳しく教えられる。絶対勝てないからだ】
「ああ、そのことは聞いている」
【奴らはあの場所から逃げることはできないし、増援もないだろう。そうなれば、魔法使い相手に全員が固まって、玉砕覚悟で攻撃してくるはずだ】
「村雨1人だけ残して他を倒すのは至難の業だと思うが...」
【簡単だ、魔法防壁で防御しながら、奴らに突っ込めばいい。村雨以外、龍髭刀で切り刻んで終わりだ】
その戦法は、頭に浮かんでもこなかった。盲点と言ってもいいだろう。
純粋に敵に勝てば良いと云う考え方を、完全に失念していたのだ。おそらく、魔術と魔法の天才と言われている加多弥に教わり、彼女の追儺である夜叉と阿修羅を相手にして特訓していたことで、正攻法で戦うのが当たり前と思い込んでいたのだ。
斬魔刀の斬撃も強力な魔術も、魔法防壁に対しては無力なのだ。
化外剣闘士の斬魔刀など魔法防壁で受けて、ゼロ距離で龍髭刀を使うなり弱い攻撃魔法を使えば前衛は片付いてしまう。後衛の魔術師も、魔術で攻撃されても魔法防壁に任せて、1人ずつ追いかけて片付けてしまえばいいのだ。
だが、その戦法は敵の全ての攻撃を、一身に受けるということだった。無敵の防御と言われても、実際その時になったら不安どころではないだろう。途中で防壁が途切れたら死が待っているのだ。
【数的不利があって、お前は魔術や魔法の使い手としては未熟だ。綺麗事では勝てないぞ】
「そうだな...」
【狙撃の後に、魔法防壁で村雨たちが攻撃しても無意味だと思わせるんだ。仮に、大怪我を負っても治癒魔法ですぐに治してしまえば、奴らは魔法使い相手との戦いに恐怖するはずだ】
「どうしてそれを、最初に教えてくれないんだ?」
【お前のためだ。自分で考えろって、若い頃に教わらなかったか?】
「......ああ、そうだな...教わったし、教えたよ」
【それともう一つ、お前は龍脈孔の使い方を工夫しろ。一つの術に一つの龍脈孔を割り当てるな】
「それは加多弥さんに教わってないな」
【いっぺんに教えたら混乱するからだろう。もしかしたら、それが当たり前すぎて教える必要がないと思ってる可能性すらあるぞ。なんと言っても天才は、やろうと思ったらすぐにできてしまうからな】
「ああ......あの人は、教えるのはちょっと苦手なタイプかもしれないな」
【重い荷物を持つのと同じだ。筋肉を休ませるために持ち方を変えたり、荷物の重心を変えたりするだろう。使うことのできる龍脈孔の割合を変化させて、龍脈孔を休ませないと、すぐに術が使えなくなるぞ】
「今、俺が使える龍脈孔は3つだが、一つの術に対して3つの龍脈孔から法力を流すと云うことか?」
【そうだ。それも、途中で割合を変化させろ。途中で1つを完全に閉じたり、すべて同じ割合にしたりするんだ。筋肉を鍛えるように簡単に龍脈孔を鍛えることはできないからな。そうやって工夫するんだ】
「これこそ、作戦の前に教えてくれよ」
少しうんざりした言い方をした。
【ちょうど良いタイミングだったと思え。実践が一番良い学びになる】
「準備と十分な訓練をしていなければ、本番で実力を出すことはできないと、俺は思っているのだがな。軍人はそう思って訓練に励むんだよ」
【お前もそれなりに術の訓練はしているだろう? 寿命が倍以上ある連中が、子供の頃から魔術を使っているんだぞ。そんな連中相手に、お前はどれだけ練習をするつもりだ?】
「言いたいことはわからないではないが、国王様は無茶苦茶言い過ぎだぞ...最前線でやり合うのは俺なんだからな」
【娘に会うことができた。そして、結果を出せば死に至る病も治すことができるんだ。やるしかないだろう?】
「まあ、ここまできた以上、やるしかないからな。それにしても、もう少し俺に親切にしてくれてもバチは当たらないと思うぞ」
【どう戦うかはお前次第だ。期待してるぞ】
そう言うと、擬似人格の宿禰の反応がなくなった。
大きく息を吸ってから、ため息をつくように吐き出すと、冴島は呟いた。
「ふぅ...突撃か...それが一番確実ということなら、やるしかないか...」
冴島は立ち止まって木に身を寄せると、早速、綿津見と夜叉に連絡を入れた。
「冴島だ。狙撃ポイントについたら、霧の魔法──蒙霧幽囚を使って敵の視界と連絡系を途絶させる。こっちも連絡がつかなくなるから各自予定通りの行動をとってくれ」
その言葉を聞いて、綿津見が怪訝な表情をした。
「加多弥様、その魔法は●●●●●●のことでしょうか...?」
魔法に関しては機密になっている部分が多く、王女付きの人造人間であっても全てを知らされているわけでも、データベースをすべて参照できるわけでもない。冴島が言っている霧の魔法は、聞いたことのない名前だったことから加多弥に確認をしたのだ。
「王家の秘伝魔法ではないでしょう。連絡系も途絶すると言っているから、●●●●●●で間違いないわね。冴島さんが発音ができない神代文字の言葉を、疑似人格が冴島さんの知識を使って翻訳しているみたいね」
「すべての通信が途絶してしまっては、作戦に支障をきたしてしまいます。突発的な事態にも対応ができなくなってしまう可能性が...」
「それは、冴島さん自身が理解しているのだから、言う通りにしなさい」
「わかりました」
綿津見は冴島に返答した。
《冴島さん、了解しました。霧が展開される直前に攻撃型ドローンは急上昇させて上空で待機、敵機を発見次第攻撃に移ります。超小型ドローンは自律モードで待機します》
「早いうちに敵のドローンを撃ち落としてくれ」
《夜叉だ。俺はそんなものに関係なく仙鷹を倒す》
「期待してるぞ」
冴島の耳に加多弥の声が聞こえてきた。
《冴島さん、蒙霧幽囚を使っている間は、こちらからは援護できずに孤立してしまいます。大丈夫ですか?》
「まあ、なんとかなるでしょう。危なくなったら逃げ帰りますよ」
通信の向こうで、加多弥がかすかに笑ったような気がした。
《冴島さん、健闘を祈ります。夜叉を頼みますね》
*
冴島は走りながら狙撃ポイント、すなわち時計の針で云うところの4時の近辺に来た辺りで、風系魔法の蒙霧幽囚を広範囲に発動させた。帝の門を中心にして、半径100メートル程度の範囲の木々の間に薄い靄がかかり始める。徐々に靄が濃くなっていき、視界が悪くなっていった。
魔法の霧を発生させることで敵の視界を妨害することで、ライフルで狙われていることを気づかせないことが一番の狙いだった。
この霧は、自分が魔法で発生させているだけに、冴島には濃度を変えて見ることができる。だが、広範囲に濃霧を発生させるには法力を大量に消費する。さらに、並行して霧の濃度を制御することを長時間維持することも難易度が高い。早いうちに狙撃を完了させて、突撃を敢行しなくてはならない。
冴島は狙撃ポイントに到着した。
外周部分とはいえ、かなり霧が濃くなってきている。魔法の効果で音も聞こえにくくなってきているようだった。
冴島は、現地が超小型ドローンで見た映像と、かなり異なることに若干焦りを感じた。
仁徳天皇陵はテラスと言われる平らな面が3段あるが、土が堆積され2、3段目は平らな部分がなくなっていて斜面になっており、木々が生えていて山のようになっている。
頂上と冴島の立っている場所との高低差は、20メートル程度だろうか。7階建てのマンションの屋上にいる人間を、100メートル離れた道路の上から撃ち上げるような感じだった。 しかも木々が思った以上に鬱蒼としていて直線的に狙うことを邪魔している。
「狙えなくはないが、木が思った以上に邪魔だな」
肩からスリングを外して、ライフルを掴むと身を隠すための木の幹を探した。
ちょうど具合が良さそうな幹を見つけると、身を寄せてからライフルを構えてみた。上むきに構えると、元々重いライフルが、さらに重く感じられた。
「木に寄りかかって安定させるか...」
木の幹に寄りかかることで身を隠す事ができ、濃い霧のおかげで、かなり近い距離からの狙撃でも気づかれないだろうと冴島は思った。
だが、狙撃は高いところから低いところを撃つよりも、その逆の方が難しいのだ。スコープと弾丸の補助があるとしても、慎重に狙わなくてはならない。
冴島は土系魔法 籠絡の杜を使った。魔法の意図を気づかれないように、術を広範囲に設定する。だが、一番重要なのは、自分から一級化外剣闘士の爪牙までの2点間の邪魔な木々を排除することだ。
帝の門から冴島がいる近辺までの木々が避けるように左右に蠢き、真っ直ぐな木が曲がったり捻れたりした。冴島の狙撃の意図に気づかれないようにしなくてはならない。戦闘がしやすいようにという目的に見えるように、惨跛の術で使用する木を避けて地面をフラットにするような処理も含める。
惨跛の術で地面を平らにするために使う土系魔術は、木を根を移動させることに使用するが、冴島が使った籠絡の杜は木自体を制御するのだ。
根を避けたり、木を成長させたり、幹の途中から折れそうなほど曲げたりすることさえできる。魔法で木々が蠢いている音すら、霧の魔法で聞こえにくくなってきているが、術を制御している冴島には視界と音が確保されている。
初めて使う2つの魔法の真の目的を、敵に知られずにいられるのか不安ではあったが、やるしかなかった。
冴島と爪牙との間の斜面には、狙撃に邪魔になる木が無くなっていた。
爪牙からどのように見えているかは冴島にはわからない。だが、爪牙は霧によって周囲の大きな変化に気づいていないようだった。
夕霧という若い魔術師がいなくなったと思ったら、目標の村雨が爪牙に近づいていくのが見えた。村雨も爪牙同様、冴島の意図に気づいていないようだった。
狙撃体制に入る前に、周囲に意識を巡らせる。
脳の平行処理で狙撃に専念する処理と、周囲に注意を向ける処理を分離する。上部で風を斬る音や爆発音のようなものが、微かに聞こえていることに気がついた。霧のない上空で、綿津見が遠隔操作している攻撃型ドローンと、村雨側のドローンが戦闘をしている音のはずだった。村雨側は操作する魔術師が霧の中にいるため、ドローンは自律モードで戦闘しているに違いない。
当初の作戦では、綿津見は電子戦をしながら操縦しているはずだった。そうであれば、すぐに決着がつくと冴島は考えた。
冴島は木に寄りかかってライフルを構え直した。
この狙撃用のライフルは今まで使っていた銃を模したものとは全く異なり、見たこともない形状をしていた。未来的と言えば良いのか、地上の軍隊が使っているものとは形状が全く異なっていて、曲線が多用されている。見た目で言うと、一輪挿しの細長い花瓶にライフルのパーツが取り付けられているといった形状だった。
特殊弾丸を発射する場合には、花瓶のような後部に取り付けられたグリップ上部に設けられた穴に特殊弾丸を挿入する。通常弾は弾倉から給弾する仕組みになっていた。
ライフルに取り付けてあるスコープは、直線的な望遠鏡の横に横長の台形の形状をしたものが一体化されていた。正面から見ると、丸い対物レンズ以外に小さいレンズや複数の穴が開いていた。
冴島は、木の幹で身体と銃を安定させてから、スコープを覗いた。
スコープの中を覗き込むと色違いの複数の十字形のレティクルが、中心部分にズレた状態で見えていた。
狙撃の弾道計算に必要なもの。例えば、地球の自転の計算や温度の測定などはすべてこのスコープがしてくれるらしかった。そして色違いの十字のレティクルが重なると計算が終わるらしい。
計算外の風や重力は、特殊弾丸についている精霊たちが対応してくれるようだ。
スコープで顔を確認すると、爪牙という化外剣闘士で間違いなかった。すでに、斬魔刀を抜いて、周囲をうかがっている。
目を凝らすと魔法の霧がさらに薄くなる。
ライフル後部にある穴に特殊弾丸を挿入する。弾丸は自動で内部にローディングされていった。内部でライフルのチャンバーに特殊弾丸が送り込まれる音がして、発射可能な小さな青いランプが点った。
レバーを捻り、マガジン給弾に切り替える。
内部で特殊弾丸が後部スペースに移動され、マガジンから通常の弾丸が給弾される音がしてから発射可能な緑のランプが点った。弾丸の切り替えが正常に稼働するのを確認すると、再度レバーを捻って、特殊弾丸に切り替えた。ライフルのチャンバーに弾丸が送り込まれる音がした。発射可能を知らせる青いランプが再点灯した。
冴島は琥珀の精霊に関する説明を思い出しながら、黄色と赤の斑模様の派手な鎧を着け、腰に2本の短刀を差した化外剣闘士爪牙の胸の中心に照準を合わせた。
*
「夕霧、霧が出てきたぞ」
一級化外剣闘士爪牙が、一緒に警戒に当たっていた初級魔術師の夕霧に声をかけた。
早朝の明るい森の木々が突然霧に覆われ出した。不自然な霧の発生に爪牙の頭の中に警戒音が響き渡っていた。
「これは魔術の霧だ。寝てる連中を叩き起こすんだ。襲撃だ、急げ」
夕霧が他の者たちを起こすために、その場を離れた。
その直後、今度は周囲の木々がざわめき出すと場所を避けるかのように、太い幹が弓なりに反ったり、まるで脚が生えたかのように木と木の隙間が広がった。
「土魔術で木を操作しているな。何のために、こんな広範囲に術をかけてるのか知らないが、こっちはその方が戦いやすい」
そう言って、背中の斬魔刀の柄に手をかける。長い刀身を覆っている鞘の側面が一斉に開くと、柄の方に向かって収納されていった。
青生生魂で精製された青白い刀身の巨大な斬魔刀を、爪牙は右手一本で背中から引き剥がすようにして、前方に振り抜いた。
「地上の魔術師か何か知らんが、待ちくたびれたぞ」
そう言って、爪牙は不敵な笑みを浮かべた。
中級魔術師の村雨は、帝の門の近くの休憩ポイントを自分に割り当てていて、夕霧の声ですぐに爪牙の元に駆けつけてきた。
「敵襲か?」
「急に怪しい霧が出てきた。しかも、木まで動かしてる。試しに、風魔術で霧を吹き飛ばしてみてくれないか」
「やってみよう」
そういって、村雨は得意の乙位階の風魔術を杖の魔石から発動させ、暴風に近い風を巻き起こし、風を複雑な動かし方をして霧を吹き飛ばそうとした。しかし、濃霧は消えることはなかった。
「ダメだな」
「周囲の温度を下げて凍らせてみたらどうだ?」
「凍らせても凍った霧が空気中を漂ってしまって、視界を遮るのは変わらないだろう」
「そうか、凍らせるのは意味がないのか...」
「爪牙殿、魔術の霧であれば、斬魔刀で霧を霧散させるのが手っ取り早いのでは?」
「おう、そうだったな!」
爪牙と呼ばれた派手な斑模様の魔糺鎧を身につけた一級化外剣闘士は、斬魔刀の柄を両手で握ると上段に構えた。
爪牙が魔力を込めると刀身の魔術刻印がうっすらと青白く光った。だが、斬魔刀を振り回してみたものの、霧が消えることはなかった。
「村雨殿、この霧は本物の霧ではないのか?」
「であれば、風魔術でなんとかなってるはずだ」
村雨は周囲を見回して、身近にいる爪牙以外の仲間の姿が影程度にしか見えないことに不安を覚えた。
「まさか、この霧は...法術なのか?」
「地上に法術師がいるなんて聞いてないぞ」
「...もしかしたら、加多弥様の術なのか?」
村雨は霧に覆われた上空を見上げた。
「月の監視の目をかいくぐるために、霧の法術を使われたのか? 加多弥様が私たちを倒すために、ここに来ている?」
村雨は明らかに動揺していた。
「丁位階中級魔術防壁を張る、いいな?」
化外剣闘士は、魔術防壁を魔術師に張られて守られることを良しとしない。なぜかと言えば、敵の攻撃を自分で防ぐことができると信じているからだ。一級の化外剣闘士であれば尚更だった。だが、今は不確定要素がありすぎて、そんなことは言っていられなかった。
「ああ、頼む」
青白い魔術紋が飛び交い村雨と爪牙の周囲に中級魔術防壁が張られた。
*
スコープの中の化外剣闘士が斬魔刀を振り回し終わり、魔術師らしい男と話をしているようだった。冴島は引き金を引くチャンスを窺っていた。
4色で分離していた十字形のレティクルが、中心に向かって重なっていく。
青白い光が爪牙の周囲に発生しているのが見えた。魔術防壁を発動したらしかった。動きが止まっている今がチャンスだった。
4色の十字形は、爪牙の胸の中心で1つに重なっている。
湊大地の指が引き金を引き絞った。
肉厚の鉄パイプで金属の塊を殴ったような、硬く高い金属音と破裂音が混ざったような音が同時に発せられた。
軽い反動が大地の肩にかかった。慣性制御がこのライフルにされていると綿津見から聞かされていた。確かに反動が抑えられていて、エアガンを打った感覚に近かった。
冴島に精霊を見る能力があれば、特殊弾丸が精霊達の発する眩い光に包まれ、尾を引くようにして飛んでいく様が見られたことだろう。
斬魔刀と同じような月白色の特殊弾丸は、狙撃銃から供給された魔力によって、表面の魔術刻印がうっすらと発光していた。そして、琥珀の契約した精霊たちの力で、風や重力の影響を受けず真っ直ぐに目標目掛けて飛んでいった。
斬魔刀と同じ能力を付与された特殊弾丸は、村雨の丁位階魔術防壁に触れると防壁を直径20センチ程度の円状に霧散させた。そして、そのまま突き進むと、爪牙の魔糺鎧の簡易魔術防壁機能を持った装甲を突き破った。
スコープの中の化外剣闘士の胸の中央に小さな穴が開き、背中側から血飛沫が勢いよく噴き出すのが見えた。
金属の鎧がガチャガチャという音と、重いものが倒れる音が同時にして、爪牙は前のめりに倒れて息絶えた。鎧の背中には、内側から外側に向けて、吹き飛ばされて破壊され千切れた金属片がギザギザに飛び出した大きな穴が空いていた。
冴島は呟いた。
「ひとり」
冴島はスコープで次の標的を探した。
だが、魔法の霧の影響で、上空の偵察用ドローンのカメラからの映像が送信されてこなかった。敵の位置もわからない。霧を発生させる直前の敵の位置をゴーグル上の位置で確認する。
その位置で中級魔術師石巌を探す。
「地面に伏せたか...」
冴島はジャケットのポケットから、もう1発の特殊弾丸を取り出した。
ライフルの真後ろに開いている穴に特殊弾丸を挿入すると、自動で内部にローディングされていった。そしてライフルのチャンバーに弾丸が送り込まれる音がした。
発射可能を知らせる小さな青いランプが点る。
ライフルの操作をしながら、冴島は擬似人格の宿禰に言われた通りに、複数の龍脈孔から法力を出しながら霧の制御を行っていた。だが、慣れていないために、術の制御が不安定になってしまう。部分的に霧が薄くなったり濃くなったりしているのだ。
「慣れが必要か...それに、綿津見たちと連絡が取れないのは痛いな...」
だが、一級化外剣闘士を倒すことが出来たことで、冴島には気持ち的に余裕ができていた。
*
村雨の目の前で爪牙の背中から血潮が吹き出し、バッタリと倒れた。突然、爪牙の背中から血飛沫が噴き出したが、何が起こったのか村雨にはすぐにはわからなかった。
中級魔術防壁など、存在していないかのようにして攻撃された。法術かと思ったが、それであれば攻撃位置を特定できないようにした攻撃系法術で、自分も攻撃されているはずだった。
わざわざ爪牙だけを攻撃する必要はない。
爪牙の背中に開いた穴を見て、村雨は爪牙が狙撃されたことに気がついた。霧の法術によって、視界の妨害だけでなく、発砲音が聞こえなかったのだ。
「爪牙が撃たれた。狙撃されてるぞ。伏せろ!」
その声に従って、部下たちが狙撃されないように地面に伏せた。
村雨はブツブツと独り言を呟いた。
「加多弥様ではない...あの方は狙撃などする人ではない。正々堂々と法術で勝負するはずだ......地上に法術師がいるんだ。加多弥様がそいつを支援している。乙拠点はそいつに落とされたんだ...」
*
作戦開始直後、夜叉は空間接続口から戦域に入ると、木の根元に身を隠した。そして、魔糺兜の内側に表示されている、目指す敵の位置を確認する。二級化外剣闘士仙鷹のいる場所が点滅していた。
夜叉は、その場所に向けて全力で走った。自分の位置が点滅している仙鷹に徐々に近づいていた。夜叉は斬魔刀の柄を右手の小指と薬指だけで握って、他の指の力を抜いてリラックスさせた。そして肩に巨大な斬魔刀を担ぎ上げると、森のような木々の間を抜けて、仙鷹が寝ている小高い山の上まで駆け上がった。
失敗は許されない、仙鷹を斬り、冴島を支援することによって結果を残さなければならない。夜叉は殺意を込めながら木の間を駆け抜けると、超小型ドローンで見た休憩用のテントを発見した。
村雨以外は殺しても問題はない。夜叉はテントごと叩き斬ろうと、走る速度と地面を蹴り上げる角度を考えながら、跳び上がった。肩に担いだ斬魔刀の柄を両手で握ると必殺の殺意を込めて、テントに斬魔刀を振り下ろした。
途中で硬い金属同士がぶつかり合う音と硬い感触の反発に遭い、テントは真っ二つにならなかった。
途中まで切断されたテントの中から声が聞こえた。
「おい、そんなに遠くから凄まじい殺意の気配を飛ばしてきたら、いくらなんでも目が覚めるだろ、未熟者め」
切れたテントの生地の中から、仙鷹の顔が見えた。自分を受け入れてくれた虎爪と同じ有賀の家系の二級化外剣闘士だ。
虎爪の家紋のためにも、国王殺しの王太子について行った裏切り者を、切らなければならない。この男に負けるわけにはいかなかった。
鍔迫り合いをしていると、辺りに濃い霧が漂い出した。だが、夜叉と仙鷹にはそんなことに構っている余裕はなかった。
テントを吹き飛ばして、2人は向かい合って斬魔刀を構えた。
「その魔糺鎧の色は高遠か。うちの爺が教えた加多弥様のところの夜叉っていう奴か?」
返事はなかった。
「武尊様から、加多弥様とそのお付きのものには手を出すなと言われている。俺を襲ったのは見逃してやる。このまま立ち去れ。だが、それでもやるというのであれば命はないと思え」
夜叉は斬魔刀を上段に構えた。
「...そうか、それが答えだな。爺の上段と、どっちが上か見せてみろ」
仙鷹もまた斬魔刀を上段に構え、合わせ鏡のように2人の構えが同じになった。
呼吸を合わせたかのように、2人が長く息を吐きながら相手の様子を窺っていた。突如凄まじい踏み込みと共に、斬魔刀が振り下ろされ、若い二級化外剣闘士同士の戦いが開始された。
*
狙撃されたことで、魔術師たちは地面に伏せてしまったようだった。下の方からの狙撃で、山の上部で伏せられてしまっては狙撃はできない。
「霧を解除してドローンで連中の位置を確認するか...」
冴島は霧の魔法 蒙霧幽囚を解除した。帝の門を中心にした術が解除され、霧が薄くなっていく。
警戒しているのか、スコープで探しても敵は見つからない。
霧は中央と周辺から薄くなっていった。冴島の周辺も霧が薄くなり、木々が見えるようになっていた。上空からは、未だにドローン同士の戦闘音が聞こえていた。
すると、突然イヤホンから綿津見の声が聞こえてきた。霧の魔法の効果が切れて、通信が回復したようだ。
《冴島さん、愛梨さんが戦闘域にいます!》
「なに! なんで愛梨がこんなところにいるんだ!」
「わかりません。すでに空間接続は閉鎖しているので、戻ることもできずに近辺を彷徨っていると思われます」
冴島はライフルを背負うと、来た方向に向かって駆け出した。
《冴島さん、愛梨さんは翻訳機も腕にマーカーも着けていません。現在位置もわからず、通話も行えません》
「なにをしているんだ、あいつは!」
《空間接続のログを確認しました。冴島さんが空間を出た直後に、愛梨さんが接続口から顔を出して覗いていたのを、システムが強制的に外側に排出したようです。冴島さんが先に外に出たのでそちら側が進行方向だと認識したからです》
「他の接続口の閉鎖時間のために、余裕を持たせたのが仇になったのか。今どの辺にいるんだ」
《申し訳ありません。まだ、霧が完全に消えていないので、通信が回復できていません。回復次第、上空と森の中のドローンで捜索します》
冴島は、走りながら作戦中止を決断した。
「作戦は中止だ。愛梨を回収したら、撤収する」
*1 《天岩戸》(アマノイワト)
空間接続装置のこと。亜雅籠垞での固有名詞。
綿津見と追儺の3人が亜雅籠垞語で会話をしているので、固有名詞を使って会
話をしています。
*2 《闇御津羽》(クラミツハ)
ドローンのこと。亜雅籠垞での固有名詞。
自律および遠隔操作両方可能です。
綿津見と追儺の3人が亜雅籠垞語で会話をしているので、ドローンという地上
の固有名詞を使っていません。
*3 《青生生魂と日緋色金》
斬魔刀は魔力を通しやすい青生生魂という金属が使用されています。
青生生魂は同系金属の日緋色金よりも、瞬時に長い距離に対して魔力を通す性質
を持っています。
長い刀身の先端まで瞬時に魔力を通す必要がある斬魔刀には、青生生魂の方が都
合が良く、日緋色金ほど希少性も高くないため、青生生魂は魔力を通す金属とし
て広く利用されています。
日緋色金は青生生魂よりも硬度が高いのが特徴で、希少性が高く、魔力を通しに
くいことから、刀剣では龍髭刀に限定して使用されています。
そして、この金属は希少性と法力との相性が良いことから、高貴な金属ともされ
ており、覇者の金属と言われています。
そのため、皇族や王族が身に着ける防具や、帯刀する龍髭刀に使われています。
*4 《●●●●●●》(ヨウヘイノカスミ)→ 壅蔽の霞
加多弥と綿津見が翻訳機を介さず亜雅籠垞語で会話をしているので、冴島が
言っている、「蒙霧幽囚」と、魔法の名前が異なっていますが、同じ魔法の
ことです。
Webで神代文字のフォントが利用できないので●を使っているのはご容赦の程。




