ブリーフィング
──仁徳天皇陵
大阪府堺市に存在する、全長約486メートル、高さ約35メートルの日本最大の前方後円墳である。現在は大仙陵古墳と呼称が変わっている。
5世紀中頃に築造されたとされ、現在は宮内庁が管理し、第16代仁徳天皇が埋葬されているとされているが、発掘調査がほとんど行われていない謎が多い巨大な古墳である。
冴島は知らなかったが、近年、仁徳天皇が埋葬されていない可能性が出てきたために呼称が変わりつつあるものの、彼は呼び方に馴染みがあるため、仁徳天皇陵と呼んでいる。
冴島たちがセーフハウスに移って二日後、その仁徳天皇陵の前方部に存在する、地下帝国亜雅籠垞への出入り口である帝の門周辺で待ち伏せているであろう、敵魔術師と化外剣闘士達を強襲するためのブリーフィングが行われようとしていた。
冴島は、綿津見に自室とは異なるフロアの部屋を指定されていた。
いつもの練習場のさらに奥にある通路の突き当たりを行くと、4人程度が乗れるエレベーターがあった。エレベーターの前には、綿津見が待っていた。彼女と一緒に乗ると、上か下かわからないがエレベーターは移動した。エレベーターのボタンの数を見るだけでも、6フロアはあるようだった。
エレベーターを降りると、通路を挟んだ向こう側に、今乗ってきたエレベーターより少し大きめの扉があった。形やボタンが設置されていることから、これもエレベーターだろうと、冴島は思った。
綿津見は、その扉の横にある別の自動扉を開くと、冴島に入るように促した。
綿津見に促されて入った部屋は、瀬織津に移動して初めて入る部屋だった。今までの部屋は、地上より科学が進んだ世界のお姫様が滞在している居室や面会室といった佇まいだったが、この部屋、というより場所は趣が全く異なっていた。
この部屋は、ブリーフィングルーム──作戦会議室──のはずだったが、冴島からすると戦闘指揮所をさらに近代的したような部屋に思えた。
自衛隊から国防軍になった後、冴島は艦種が護衛艦から駆逐艦に変更された艦艇に情報共有で乗船した経験があった。今いる場所は、その時の戦闘指揮所に似ていると思った。だが、雰囲気が似ているだけで、設備はどのようになっているか想像ができないような、近代化という言葉が陳腐に思えるような機器類だった。部屋の佇まいとしては、全体的にコンパクトだった。一言で云ってしまうと、まるでSF映画のシーンに出てくるような一室だと冴島は思った。
軍艦の戦闘指揮所では、オペレーターが担当のコンソールに配置され、艦艇の全周囲を瞬時に見渡せるように360度のスクリーンが円形に配置されていた。
対して、この部屋の壁面は継ぎ目がほとんど目立たない、ドーム形状になっていた。そして、この部屋の中に配置されている物理コンソールはほんの少ししかなかった。その代わり空中にスクリーン状のものが浮いており、映像が表示されている。そして、機器を操作するためのコンソールと席は存在していても、操作する人間は誰もいない。どうやら、アンドロイドの綿津見が無線通信を使って、操作するようだった。
それらスクリーンのいくつかに、セーフハウスにしているマンション周辺の映像が映っていた。小型のドローンを4機、このために加多弥が綿津見に命じて造らせ配置してくれていたのだ。ドローンの制御脳による自律モードで、ペントハウスを上空からの定位置、出入り口、非常口付近、そして近辺を周回させることにより、愛梨たちを見守ってくれているのだ。
近辺を周回しているドローンが、国道を挟んだ斜向かいのマンションから3人男たちが出てくるのを映し出してきた。それぞれ、ゴルフクラブのアイアン、金属バット、散弾銃を持っていた。どうやら備蓄している食料が底をついて、仕方なく食料調達のために出てきたのだろう。散弾銃を持っているのは唯一の救いだろうが、ゾンビが3体程度で近づいてきたら、散弾銃では逃げるしかないだろう。
映画と違って、惨跛は関節部分が腐り落ちてしまえば動けなくなってしまう。百貨店内の惨跛壱式たちは普通に動き回っていたが、あれは館内のエアコンの影響で腐敗が遅れていたからだろうと冴島は思っていた。屋外であれば、初期に惨跛の術にかかったゾンビたちは、腐敗で動けなくなっている可能性はかなり高いはずだった。彼らはうまくすれば、襲われもせず食料を確保して戻れるかもしれない。だが、屋内のゾンビたちや、日数が経過してからゾンビになった者たちが待ち構えているかもしれない。
彼らにとってここは戦場みたいなものだろう。戦場には運はつきものだ。冴島は、彼らが運に恵まれるように祈ってやろうと思った。運に恵まれるということは、生き残れるということだからだ。そう、娘がいるからという理由だけで、生き残ることができた自分のように...
部屋の中央には、表面がガラス状のコンソールのような大きな楕円形のテーブルがあり、それを囲むようにシートが並んでいる。そのシートにはいつものメンバーが腰掛けていた。その中には、二日間、懲罰房のような場所に閉じ込められていたらしい夜叉も含まれていた。
楕円形のテーブルの中央に球状スクリーンのようなものが浮いており、その中に龍髭刀に取り付けられている龍のメダルの立体映像が浮かび上がっている。そして、それを取り囲むように平面状のスクリーンがいくつか映しだされていた。
冴島が席に着くと、加多弥がブリーフィングの開始を宣言し、綿津見がスクリーンに表示された図を指し示しながら、冴島が立案した作戦内容を説明し始めた。その内容を1つの意識で聞きながら、冴島は別の意識で瀬織津という施設のことを考えていた。
冴島は、この施設に来た当初は、加多弥のような王族が使用する、防衛設備が施された大型のコンテナハウスのような施設だと思っていた。数日滞在したことで、部屋数が思っていた以上に多く、戦闘訓練用の施設やトレーニング用の設備で特訓したことから、さらに大きいこともわかってきた。冴島の頭の中では、当初の大きなコンテナハウス程度から、輸送機の翼部分を除いた機体程度の大きさの施設に規模が大きくなっていた。だが、上下階や懲罰房まで存在し、今いるような戦闘指揮所と思しき場所すら存在していることを知った現在では、さらに巨大な施設と判断するしかなかった。少なく見積もっても、全長60メートル、全福20メートル、全高20メートルはあるだろうと、冴島は予想していた。
さらにいうと、お姫様に長期間の滞在を快適に過ごしてもらいつつも、緊急時にはこの巨大な施設を急遽移動する必要があるだろう。そう考えると、この施設はさらに大きいものになるに違いなかった。そう考えると、原子力や核融合発電を過去の遺物のように語る彼らが、全ての機器で使用している次元動力炉というテクノロジーを、この施設の移動方法にも使っているだろう。もしかしたら、魔術も併用しているかもしれない。
冴島は、この瀬織津と呼ばれている施設の全貌が見えてきた気がした。だが、地上の元軍人だった自分の知識では想像もできないほどの科学力で作られた、この瀬織津という施設は自分の予想を遥かに超えるものかもしれないと思った。
綿津見が作戦を説明している間、この部屋のことを作戦会議とは別の意識で考えていた冴島だったが、自分を見ていた夜叉の意味ありげな視線を引き剥がすようにして視線を動かした。
その視線の先には、加多弥の視線が合った。綿津見の説明が終わったところで、冴島は視線が合ったついでに、加多弥に聞いておこうと思った。
「最初に聞いておきたいことがあります。なぜ、彼らは帝の門を監視しているのですか? 少ない戦力を張り付かせている戦術的な理由が理解できないのです。彼らに追随する仲間など皆無なのではないですか? それに、大軍で帝の門から押し寄せてこられたら、あっという間に全滅です。私だったら破壊してしまいます」
加多弥が冴島の顔を見て言った。
「帝の門は、地上と亜雅籠垞を繋ぐ唯一の出入り口です。武尊たちが何をしようとしているかはわからないですけど、なくなっては困るのでしょう。盟約の存在で追撃はほぼ来ないだろうという目論見があるということと、大群は押し寄せてこられない理由があるからあの人数なのでしょう」
「どういう理由ですか?」
「帝の門は空間接続技術を使用していますけど、その出口付近は長く狭い通路になっています。重装備の兵士1人は通れますが、軽装備の魔術師が2人並んで通過するほどの幅はありません。ですから1000人の大軍だったとしても、出てくる時は1人ずつなのです」
「なるほど、そういうことですか・・・魔術師と化外剣闘士の組み合わせで待ち伏せておけば、2対1の対決になって対応が可能ということなのか」
綿津見が、冴島が疑問に思いそうなことを先読みしたかのように、敵の説明を始めた。
「彼らは6人という少人数で待ち伏せをしています。加多弥様が地上に出てきた際に、魔法探知で確認した6名と変化はありません。昨日、偵察用ドローンをこちらから現地に飛ばして隠密偵察をして確認しました」
冴島が綿津見に質問した。
「6人か・・・・・彼らは6人で半月近く24時間監視をしてるんですよね? 2人で3交替なのか・・・よく体力がもつな」
綿津見がその疑問に応えた。
「彼らは簡易調整層を持ち込んでいるようです。超小型ドローンで確認しています」
加多弥が言い忘れたことを思い出した、というような表情をして言った。
「忘れていました。依頼のあった狙撃銃は完成しています。それから、以前話し合った際の偵察用ドローンでの支援だけではなく、攻撃用ドローンを追加することと、超小型ドローンの支援も了承しました。すでに昨日の朝から、綿津見が偵察用ドローンと超小型ドローンを使って現地の偵察を開始しています」
「そうでしたか、助かります」
「冴島さん、使用する機材一式はあちらに全て一覧されています」
綿津見が指差した頭上に浮かんでいるスクリーンの1つに、機材や資材の一覧が表示されている。
「超小型ドローンが500? すごい数ですね」
「直径1.7センチの球体型のドローンです。自律型で隠密機能と魔術防壁を搭載しています。普通の人間や初級魔術師では、目の前に浮かんでいても、存在に気付くことはできません」
「偵察用ドローンで運んだのか?」
「はい、全長17メートルある偵察用ドローンですから、格納庫に充分収まります」
全員が座って囲んでいるテーブルの中央に浮かんでいる球状スクリーンの中に、表面がガラスとも金属とも判別がつきにくい、黒みがかった光沢のある銀色の球形の物体が表示された。
「これが、超小型ドローン?」
3D映像なのだろうが、実際にそこに本物があるように冴島には見えた。
「はい、これが、実物大の超小型ドローンです。詳細は言えませんが、複数のカメラアイを搭載しています。これを、仁徳天皇陵の前方部分にばら撒いて、敵の位置、状態をリアルタイムに監視します」
表面にはレンズらしいものは見当たらず、真球のように見える。人間の目にはレンズが見えないが内部には、撮影用のレンズが設置されているのだろうと冴島は思った。
「あちらを見てください」
綿津見が指し示す空中のモニターに、超小型ドローンが取得した映像が映し出された。
映像には皮膜のような素材で出来た中型のテントの中に、冴島が寝るときに使っている体力回復用の金属製の水槽によく似た小型のタンクが映っていた。
「疲れが取れなくなってきたら、この簡易調整層でリフレッシュするのでしょう」
この機械の有用性を知っている冴島は納得した。
「なるほど、考えたな。少ない人数でも、万全の状態で待ち受けていると考えなくてはいけないようだ。そういえば、NTBSの屋上には、そんなものなかったな」
突然、普段は無口な阿修羅が発言をした。
「あの場所は、それほど重要ではなかったということだろう。ある程度の日数だけ、魔術陣を防衛できれば良いという判断なんだろう」
「あの3人は単なる、捨て駒だったということか」
「そういうことだろう。あの場所で、惨跛の術を発動させて、惨跛壱式を増殖させることに意味があったのだろう」
冴島は魔術陣の横で、ごろ寝をして休憩を取っていた魔術師のことを思い出した。
「ああ、確かに緊張感もあまりなかったし、惨跛弐式に防衛を任せてる感じだったな」
そのように返事をしつつ、阿修羅がこのようなことを言うということは、何か意味があるのだろうと冴島は思った。おそらく、”あの場所”、ということを冴島に伝えたかったのではないかと、冴島は勝手に解釈することにした。
”あの場所”とは、東京港区の赤坂だ。今、冴島たちがいる瀬織津は、東京都と千葉県の県境の、千葉側の地下100メートルに存在していた空洞を、土系魔術で拡張補強して、その中に設置したと聞いていた。
なぜその場所なのかを、加多弥に問うた時、その場所に大きな空間があったからという返事だった。そして、地上の皇帝の居城に一番近い巨大な空間だったからと言った。
冴島は、地上の皇帝というのは、天皇陛下で、居城というのは皇居で間違い無いと思った。
・・・彼女は、俺の支援をしながら、ここで亜雅籠垞皇帝の血縁である天皇陛下を、武尊から守っているのかもしれない・・・
東京の惨跛の術は、天皇陛下を狙ったものなのかもしれない。だとしたら、もっと徹底的にやるのではないかとも思った。もしかしたら、それすらも陽動なのかもしれない...阿修羅は、そのことを遠回しに伝えようとしたのかもしれないと冴島は考えた。
・・・やはり、加多弥は武尊の作戦について、何か知っているのかもしれないな・・・
そう思った時に、綿津見が超小型ドローンの映像からもたらされた情報をもとに、敵の配置の説明を始めた。
テーブル状のスクリーンの1つに、前方後円墳の前方部分のCGが表示され、青い輝点の帝の門の正面に黄色い監視ポイントが2つ、周囲に待機ポイントの赤い輝点が6つ表示された。
「前方の円形状の中心部分から、上方20メートル地点の青色の点が帝の門です。ここを6人で取り囲むようにしています。常時2人が帝の門の前方で監視しています。残り4人は待機ポイントで休憩に充てるというような、人員配置を行なっています。簡易調整層は帝の門後方に2基用意してあります」
綿津見は全員が理解しているか顔を見て確認してから説明を続けた。
「周囲に対する惨跛の術の状況ですが、海風の影響で初期段階では東に広がったようです。現在は、仁徳天皇陵を中心に、ほぼ同心円状になっているようです。地上の戦力を近寄らせたくないのか、壱式が仁徳天皇陵周囲を取り囲むようにして離れません。このことから、弍式を要所に配置して壱式を制御しているようです。また、天皇陵周囲の堀によって壱式は内部には入り込んでいません。これも弍式による制御と思われます」
冴島は天皇陵の周囲のドローンからの映像を見て呟いた。
「まあ、惨跛壱式は敵味方関係ないから、帝の門の監視に影響が出ないように弍式で制御しているのでしょう。それに地上の警察や国防軍に、邪魔されても困るから壱式で取り囲んでいるのでしょうね」
加多弥が綿津見に質問をする。
「人数と配置はわかりました。それ以外に判明していることは?」
「加多弥様の魔法探知で、化外剣闘士2名、魔術師4名を確認していますが、超小型ドローンで詳細が判明しました。一級化外剣闘士爪牙、二級化外剣闘士仙鷹を確認しています。また、魔術師の中に、中級魔術師の村雨が確認できました」
村雨という男のデータが拡大表示される。
加多弥が村雨について言及する。
「前国王、弾正の追儺でもあった筆頭上級魔術師、加茂叢雲の長男です。私が幼い頃の魔術の師でもあります。叢雲は武尊に付き従っているのでしょう」
「他の魔術師3名は、中級魔術師石巌、初級魔術師伽音、初級魔術師夕霧です」
6人全員の顔写真が表示された。冴島がわかりやすいようにということなのか、顔写真の下に漢字とひらがなで名前が記述されている。
加多弥が確信を持った表情で言った。
「村雨がこの部隊を率いているのは、間違いありません」
冴島が念を押す。
「この男から武尊の居場所を聞き出せば良いということですね」
「はい、他の者たちは知らされていないでしょう」
軍の作戦前のブリーフィングでは、何度も確認して記憶するのが冴島にとっては通例となっているが、この湊大地の身体になってからは、それが必要なかった。スクリーンに表示された映像を見てすぐに記憶できてしまった。思い出そうとすると画像のように思い出すことができる。瞬間記憶という特殊な能力が、湊大地の肉体に生まれながらにして備わっているのだろうと、冴島は思った。
綿津見が説明を続ける。
「私たちは、明け方に村雨部隊に奇襲をかけます。冴島さんと夜叉様が戦場に突入する際の空間接続を察知されるかどうかは、警戒にあたっている者次第です」
加多弥が冴島に問いかける。
「明け方というのは何時頃ですか?」
「マルゴーマルマル。こちらの時間で朝の5時ちょうどです。他の4人がぐっすり寝ているところを攻撃します」
冴島の説明が終わったところで、綿津見が説明を続ける。
「どこから戦場に突入してきたか特定しにくいように、帝の門を中心に10ヶ所同時に空間接続を行います。その中の1か所から冴島さんが、もう1か所からは攻撃用ドローンと夜叉様が戦地に侵入します。他の8か所は、全く関係ない場所を接続するダミーです。また、冴島さんのセーフハウスと瀬織津は敵の侵入を防ぐために、帝の門側からは空間歪曲をかけて、侵入しようとしても、元の場所に戻されるようにします」
琥珀が口を挟んだ。
「綿津見は、偵察用ドローンと攻撃用の大型ドローンが1機ずつ、超小型の偵察ドローン多数で陣を支援するということだね」
綿津見は視線を琥珀に向け頷くと、琥珀の言葉に補足するような説明をする。
「はい、私が全て操作いたします。村雨部隊の魔術師、おそらく伽音殿が同型機の攻撃型ドローンで対抗してくると思われますが、私が対応いたします。琥珀様と阿修羅様は、空間接続が行われる場所で待機してください。空間歪曲して侵入できないようにしていますが、仮に侵入してきた場合に対処してください」
「うん、わかった」
琥珀は言葉で応えたが、阿修羅は頷くだけだった。
加多弥は重要事項を、綿津見に言い渡す。
「地上の人々に、私たちの技術を今の段階で渡すわけにはいかないから、完全破壊しなさい。いいですね。もしくは、戦闘終了後に回収しなさい」
「はい、わかりました」
綿津見は冴島の方を見て、彼が何か言いたそうなのを察すると、口を閉ざした。
冴島は、綿津見が自分に説明の主導権を渡したことに気づくと、自身の行動について説明を始めた。
「私は、古墳を上空から見て時計の4時近辺の空間接続口から戦域に入ります。昨日からのドローンの調査で、明日朝は都合が良いことに一級化外剣闘士の爪牙が、帝の門の手前で監視するスケジュールのようです。私は、爪牙を狙撃するために、5時半近辺まで移動します。夜叉は11時の場所から戦域に侵入して、休憩中の二級化外剣闘士仙鷹を片付けてくれ」
夜叉は上目遣いに、湊大地の目を見るとうなづきながら呟いた。
「わかった」
上部スクリーンの地図上に各人の動きが矢印付きの線でトレースされていく。
「夜叉、綿津見、俺はこいつと相談しつつ、思いつきで色々やるだろうから、悪いがそれに合わせて臨機応変にやってくれ」
そう言いながら、自分の頭を指先でコツコツと叩く仕草をした。”こいつ”というのは、擬似人格の宿禰のことである。
加多弥が冴島に問いかけた。
「どのぐらいの時間を想定していますか?」
冴島は、少し考えてから答えた。
「当初は、1人ずつ魔法をかけて武尊の所在を聞き出してから処分して、というのを繰り返して、全員を処理しようと考えていました。ですが、対象は村雨のみということも分かりましたから、時間はそれよりもかからないでしょう。とはいえ時間は想像がつきません」
「そうでしょうね。村雨たちと冴島さんの実力差や地形や装備など、不明な点が多すぎて予測できないのは理解できます」
冴島は、綿津見にも言っていなかった考えを口にした。
「今回の作戦ですが、可能な限り1回の出動で終わらせようと考えています。ですが、難しい場合は、回数を重ねて最終的に村雨から武尊の行き先を聞き出すということになるかもしれません。最悪、1回の出動で1人倒すというように、6回の出動で終了させるということです」
「日数はかかっても、確実に...ということですね」
「そうです...加多弥さんたちが地上に来た時と人数が増えていないということや、その他の状況から判断して、彼らはあの場所を動くこともできず、援軍も来ない。となれば、基本的に稼働できるのは私だけということを考えると、日数をかけて少しずつ敵戦力を削っていくのが有効な戦術ではないかと考えています」
「冴島さんの判断を尊重します」
「ありがとうございます」
湊大地の視線が夜叉と綿津見、それぞれに向けられる。
「2人にもう一度言っておく。唯一決定しているのは、用意してもらったスナイパーライフルで、一番厄介な一級化外剣闘士の爪牙を真っ先に戦場から退場させるということだけだ。二級化外剣闘士仙鷹は、こちらからは狙える場所にいないから夜叉に責任を持って相手をしてもらう。綿津見は空間接続の制御と敵の攻撃型ドローンを制圧して制空権を確保してくれ。2人とも、よろしく頼むぞ」
夜叉は黙って頷いた。ブリーフィングの間、彼を見ている限りでは、この作戦で冴島と共同戦線を張ることに不満はないようだった。
空域の制圧のことを言ったついでに、冴島は自分が敵の攻撃型ドローンに攻撃された時のことを綿津見に聞いてみようと思った。
綿津見を信じていないわけではないが、制空権を敵のドローンに奪われた場合の不利な状況も考慮して、ドローンに一番詳しい綿津見に質問をした。
「綿津見、教えてくれ。この攻撃型ドローンに狙われたら、どこを攻撃すればいい?」
攻撃型ドローンの立体映像が、テーブル上に浮いた球状物体の中に現れた。攻撃用ドローンは、NTBSの偵察や、セーフハウスの高さ座標を調べるために利用した偵察用ドローンの、ツバメのような形状とは全く異なる形状だった。
元軍人の冴島の目から云うと、戦闘機の翼を全て取り去り、キャノピーをなくした胴体部分を強く面取りして、滑らかにしたような不思議な形状をしていた。
「これが空を飛ぶのか? しかも攻撃型?」
「科学だけでなく、魔術も取り入れて造られたドローンです。地上の航空機のように、揚力と抗力を使って飛ぶような仕組みとは全く異なっています」
「そうなんだろうが、縦長のつるんとした亀の甲羅みたいなのが、飛ぶとは思えないんだよ」
「重力制御と慣性制御、その他に地上の方には言うことのできない技術を使って飛行します。また、魔術を利用して風や重力の制御も行っています」
「なるほどね...設計思想が根本的に違うというわけか」
「そういうことです。ですから、本体後部に推力を得るための推進機関は必要ありません。機動も全く異なります。この球に手を添えて動かしてもらうと、ドローンの映像が回転します」
冴島は言われた通りに、テーブルの上の球状の物体に指を添えるようにした。そこに何かあるわけではないが、あるつもりで指を下に動かしてみる。
攻撃型ドローンの映像が回転して、上部がこちらに見えるようになった。3DCGソフトで、オブジェクトを回転させているような感じだった。
「飛び方や機動がイメージできないな。まあ、それは良いとして、連中もこれを持っているわけだな」
「はい、自律モードか、人間が操作するかのどちらかです」
「さっきの質問に戻るが、こいつに攻撃されたら、どうしたらいい?」
「このドローンは中央に動力部、すなわち次元動力炉が搭載されています。その周囲に重力、慣性制御や推進用の制御機構が組み込まれています」
「亀の甲羅のような形の、中央部分を破壊すれば落とせるということだな」
「はい、その通りです。前後部分には物理攻撃用と魔術攻撃用のユニットが搭載されています」
「これでどのぐらいの速度が出るんだ?」
「詳細は伏せておきますが、地上の大国が配備している戦術ミサイルを、偵察用ドローンは遥に上回っています。この攻撃用ドローンは戦術ミサイルと同程度と思ってください」
「戦術ミサイルといったらマッハ6ぐらいのはずだぞ。推進部が内部にあってこんな形をしてるのに、そんなに出るのか?」
「特に驚くことではありません」
「人間が搭乗しないというのもあるのか...機動も俺たちの航空機とは全く違うんだろうな」
「はい、シミュレーションをお見せしましょうか?」
目の前の攻撃型ドローンの立体映像が消え、球状の立体フィールドが大きく広がった。
そして、その内部で米国の最新鋭の戦闘機と攻撃型ドローンに対して、彼らのドローンが交戦するシミュレーション映像が映された。あっという間に、米国の最新鋭の最強と言われる戦闘機とドローンが、亜雅籠垞製のドローンに撃墜される様を見せつけられた。
急制動、急発進、急上昇、急降下、急旋回、急反転といった見たこともない全く異質な機動だった。音速を超えた物体ができる機動とは思えない、まさに、急という言葉をつけられるほどの凄まじい機動だった。
「パイロット側からしたら、敵機が突然消えたように見えるんじゃないか?」
「背後を取る戦法や、追尾式のミサイルを使っても意味がありません」
「バルカンも防壁で防がれるか...」
「皆さんの航空機では戦うだけ無駄だと思います」
「そうだろうな」
「話を元に戻します。この攻撃型ドローンは甲位階魔術防壁を展開することができます。魔術攻撃用ユニットは一段上の乙位階魔術を発することができますから、ドローン同士での攻撃は乙位階魔術での短距離攻撃での攻防となります」
「高威力な物理攻撃か、乙位階魔術しか効果がないということだな。物理攻撃ユニットは何を装備しているんだ」
「地上世界でいうところのバルカン砲、高出力レーザーおよび追尾式ミサイルです。実現方法は全く異なります。例えば、バルカン砲のような冷却のための多銃身は技術的に回避できるので、単銃身で実装しています。もちろん火薬は使用していません」
「地上でいうところのレールガンみたいなものか?」
「似ていますが、電磁力ではありません。冴島さんにお渡ししている銃器と同様の仕組みです」
「この攻撃型ドローンの装備は、魔術師に対して有効か?」
「いえ、このドローンは魔術師を攻撃対象としていません。一般の航空機と対地攻撃を想定しています」
「要するに、地上の国が攻撃対象ということだな」
綿津見は表情も声のトーンも変えることなく、冷静に応えた。
「皆さんの地上の国々を攻撃相手として、想定しているわけではありません。一般的な、魔術師が存在しない国を想定しているということです」
「そういう意味で言ったわけじゃない。空と陸という意味での地上ということだ」
「はい、わかっています」
「魔術師に有効ではないとわかっていても、こんなのに頭上から攻撃されながら、魔術師相手に戦いたくないからな。早々に無効化してくれ」
「全力で撃墜します」
「頼んだぞ」
その言葉でブリーフィングは終了かと思われたが、加多弥が冴島の注意をひこうとして手を挙げた。どうしても言っておきたいという顔をしている。
「どうしました?」
「最後に、冴島さんにお願いがあります。帝の門が戦闘で壊れないようにしてください。地上と亜雅籠垞を繋ぐ唯一の通路なので壊れてしまうと、私たちが戻ることができなくなってしまいますから」
「遺跡とはいえ今でも機能しているわけですから、かなり頑丈にできているのではないのですか?」
「防御機構はもちろんあります。魔術防壁も高いレベルで張られています。でも中級魔術師と一級化外剣闘士相手に、魔法使いが戦闘を行ったら防御機構だけで防ぐことは難しいかもしれません。戦闘に巻き込まないようにして欲しいのです」
「わかりました。そうならないように別の場所に彼らを引きつけて戦うようにします」
「お願いします」
ブリーフィングは終わった。
明日の朝5時に、戦闘が開始される。
朝早く目が覚めた神前愛梨は、湊大地のセーフハウスのマンションのトイレから出てきたところだった。
いつ何が起きてもすぐに逃げられるようにと、新品の室内履きのスポーツシューズを3人とも大地に渡されている。起きている時は、常に履くように大地に言われていた。さすがにベッドで寝ている時は脱いでいるが、トイレに行く時もシューズは履いている。ワックスのかかった木の床を歩くとシューズのゴム底がキュッキュと音を立てる。
シューズ以外でも、寝るときはパジャマ派の愛梨が薄手のスゥエットの上下を着て、違和感のないようにワイヤーのついていないブラジャーを身につけていた。
昨晩は伊吹、美織たちと3人でパジャマパーティーをして夜中まで盛り上がっていた。
ゾンビが東京の街中に溢れ出し、人を襲っているような時に不謹慎だと思った。自分達3人は何の不安もなく、大地が保護している城のような場所で守られている。他の人たちは、ゾンビだけでなく、一口の飲み水の不安とも戦っているのだ。
だが、浮かれているわけではない。自分達だって、不安で仕方がないのだ。湊大地がいなくなったら、自分たちだって同じ境遇になってしまうからだ。
こんな時だからこそ前向きに、笑ったりして不安な気持ちを吹き飛ばしたかったのだ。
東京のテレビは自分達の局だけでなく、全て全滅のようで、放送は行われていなかった。地方局は無事のはずだが、東京側のテレビ局員がいなければ放送は行われない。情報収集はネットを中心に行なっていたが、情報が錯綜していて何が正しいのかわからなかった。
自分達のいる場所は、水は魔術で大量に蓄えてあるので、飲み水だけでなく風呂にも入ることができ、全く不自由はない。電気は、今のところ使えているものの、いつ使えなくなるかわからないらしい。窓や壁で太陽光発電をしたり、宇宙からエネルギーを送るような仕組みが既に実用化されているのは愛梨も知っていたし、核融合発電も実用化間近と聞いている。
現在は、再稼働した原子力発電と、危険性が低いと言われている新しい原子力発電を中心にエネルギーが供給されているものの、電気会社の人々がゾンビになってしまったら、いつまで電気が使えるのか愛梨にはわからなかった。
湊大地曰く、”いざとなったら加多弥さんからすごいエネルギーを用意してもらう”、ということだった。
エネルギーのことはともかく、3人で飲んで食べておしゃべりしていた時のことを思い出す。
「イブさんは、ホントに湊さんのこと好きみたいなんだよな...でも、なんか湊さんって隠し事してるみたいだから心配なんだよね...」
愛梨は湊大地のように、目立つほどかっこいい男性はあまり好みではなかった。どちらかというと普通な男性の方が落ち着くし、普段の自分でいられると思うからだ。
実際、今まで付き合っていた男性もそういう人だったし、最近別れてしまった人も優しくて真面目な普通のIT系の会社員だった。自分の仕事が忙しくてすれ違いが続いたのと、彼が地方に転勤になってしまって、さらに疎遠になって別れてしまっただけで、本当は別れたくなかった。
愛梨は、湊大地が年齢以上に落ち着いていたり、物知りなことを少し不審に思っていた。一番引っ掛かっているのは、いくら世話になった人に頼まれたといっても、知りもしない女性を命懸けで助けに来るのか、ということだった。確かにすごい力があるから大丈夫なのかもしれないが、頼んだ冴島という人は湊大地という人が魔法を使えることを知っていたのだろうか。2人の関係性も気になっていた。
それに、元とはいえ軍人というのも引っかかるものがあった。母親は筋金入りの軍人嫌いだった。愛梨は、子供の頃から軍隊や軍人の悪口を聞かされてきた。子供心に、なんであんなに悪くいうんだろうと思うほどだった。だから、自分は軍人に何か悪いことをされているわけではないのに、軍人に対してネガティブな印象を持ってしまっていた。
トイレのドアを開けて部屋に戻る途中、そのようなことを考えながら廊下を歩いていると、大地の部屋のドアが少し開いていることに気がついた。
好奇心から中を覗いて見ると、部屋にはライトが点灯しており、奥のウォークイン・クローゼットが開いていた。その奥には、緑生い茂る林が一面に広がっていた。
「え? どこにつながってるの?」
部屋の中から森の中が見えるという、まるで映画のワンシーンのようだった。だが、すでに空間接続の技術を知っている愛梨は、ウォークイン・クローゼットの奥が別の場所につながっている事を不思議とも思わなかった。
好奇心に駆られて、ゆっくりと部屋の中に入っていき、クローゼットの手前で止まると窓から外を眺めるように、向こう側を見た。
日の出の時間が早く、朝の5時はうっすら明るかった。
「こんな早い時間に湊さん、どこに行ったんだろう?」
その場所がどこなのか知りたいと思ったが、ゾンビが現実にいる日本では慎重に行動するのが当たり前だ。愛梨もそれは理解していた。だから、この部屋と繋がっているギリギリのところから見ているようにしていた。
愛梨が見ていると、向こう側の木と木の間を白いモヤのようなものが漂い出した。すると、急にそれが濃くなり、辺りが真っ白い霧に覆われ始めた。それもゆっくりではなく突然周囲が見えなくなるほどの濃い霧に覆われたのである。
突然のことに、愛梨は離れて見ているだけというつもりだったことを忘れ、ウォークイン・クローゼットの中に頭を入れて中を覗き込んだ。
「え? 霧ってこんなに突然濃くなったりするの?」
どこの場所で、何が起きているのか。仕事柄なのか、好奇心旺盛な性格からなのか、愛梨は目の前の事象に対して無意識のうちに、すぐに確認するという行動をとってしまった。
マンションのクローゼットに上半身だけを乗り出すようにして覗き込むと、草木が生い茂り、土の香りがする場所がどこなのか知ろうと、キョロキョロと見回す。だが、人工物は見当たらず、すでに辺りは真っ白い霧に覆われていて、どこなのか見当もつかなかった。すると木々がざわめくように、大きな音を立て始めた
愛梨が空間を覗き込んでいる時に、綿津見は空間接続の閉鎖処理を予定より早く始めていた。空間接続をしたらすぐに村雨たちに気づかれるだろうと、綿津見は予想していたが、そのようなことはなく、何の反応もなかったからだ。
村雨が監視の当番であれば違ったのかもしれなかったが、爪牙と夕霧の2人にはそのような細やかな気配りはできないようだった。
そのことに気づくと、綿津見は彼らに気づかれる前に、即座に処理を終えてしまおうと思った。そのことを冴島たちに連絡すると、綿津見はすぐさま攻撃型ドローンを発進させ、冴島と夜叉を戦域に侵入させてから、予定より早く空間接続の閉鎖を開始したのだ。
10ヶ所の空間接続の閉鎖とドローンの操縦、冴島たちのバックアップ、そして敵の状況確認など並行処理することが多かったために、彼女は愛梨の上半身が空間を跨いでいることに気づいていなかった。
綿津見の処理能力からすれば、これらを並列処理しながら、空間接続の状況をチェックすることなど負荷になるようなものではなかった。空間を跨ぎ越えるというのは、通常処理であるため警告が出るわけではないのだが、チェックを怠っていたのは、若い人工知能が犯したケアレスミスになるのだろう。
閉鎖処理はそのまま継続された。
空間接続装置は各々の空間を分離する際に、異物を検知した。
クローゼットの中を覗き込むようにして、仁徳天皇陵の空間に出していた愛梨の上半身である。通常であれば、危険防止のために下半身があるセーフハウス側に身体を引き戻す処理が行われるはずだった。
だが、先に湊大地がセーフハウス側の空間から仁徳天皇陵の空間方向に出ていったため、空間接続の装置は現在はその方向に人が移動すると認識していた。
中途半端に空間を跨いだ状態の愛梨は、空間接続装置によって仁徳天皇陵の方向に上半身を引っ張られて、無理やり移動させられる羽目になってしまった。
「え? なに?」
愛梨は土の地面に投げ出されたように、両手を地面についてひっくり返ってしまった。
背後を振り返ると、たった今いた大地の部屋が見えていたが、空間が狭くなりつつあり、今にも閉じられようとしていた。愛梨はすぐさまその空間に飛び込んだが、柔らかいクッションのようなものに阻まれて押し返されて、地面に尻餅をついてしまった。
跳ね飛ばされた後で視線を自分が出てきた場所に目をやると、大地の部屋へ通じる空間は無情にも閉じてしまい、なくなっていた。そこにあるのは、草や背の高い木だけだった。
「ウソ! なにが起きたの?」
辺りを見回しても、真っ白い霧で湊大地はおろか、太い幹の木すら見えなくなっていた。
「湊さん...どこにいるの!」
愛梨の叫びは、狙撃ポイントを目指して走る冴島の耳に届かなかった。




