仕込み
五日後、
冴島は通常の訓練に加え、新たに治癒魔法の訓練を行なっていた。
加多弥のアドバイスで治癒魔法を学ぶことにより、微妙な法力の出力と練り上げを調整しながら術を制御することを目指していた。
伊吹の近視の矯正は加多弥が行っていた。その処置は見ていることしかできなかったが、自らの身体を使って訓練するのであれば失敗しても誰にも文句は言われることはない。法力の出力と制御の練習のために、手始めとして自分の髪や爪を伸ばしたりといった、ほんの少しだけ細胞分裂を促進させるような小さなことを魔法で行なった。
このような、どうでもいいような、非常に地味なことを繰り返した。
そして5日が経ち、進歩が見えてきた頃、いつもの夜叉との訓練時に一瞬の隙を突かれた夜叉の斬撃により、湊大地の左肘から先を斬魔刀で切断されてしまった。通常であれば瞬時に痛覚を遮断し、切断された左腕を次元鏡像から復元する魔法を使うのだが、魔法の訓練の成果を確認するために遺伝子情報から治癒してみることにした。
そのことを夜叉に伝えると、彼は何も言わずに部屋から出て行ってしまった。相変わらず自分は嫌われている様だった。
冴島は湊大地を床に座らせた。
すでに切断の痛みはいつもの魔法で遮断して止血も終わらせている。ここからは、左肘の切断された部分をイメージしながら、遺伝子情報を使用して治癒する魔法を使用して法力を練り上げて術を作っていく。
記憶の中から対象の魔法を思い出し、法力を細い糸を撚り合わせるようにイメージしながら、その糸で記憶の中の神代文字を描いていく。すると、薄黄色い神代文字が1文字ずつ空中に現れ、浮かび上がっていく。
・・・少ない法力で術を作る・・・法力を捻り出すようにして記憶の中にある文字を作る・・・
頭の中に映像のように浮かび上がっている文字を作り終えると、目の前に漂っている薄黄色い文字が発光して術が発動した。
発動された術で、切断された左肘から先が生えるように、瞬時に復元されていく。痛覚の遮断を解除しても、全く違和感がなかった。左の前腕には自衛隊時代に怪我をした時の治療痕が残っていた。次元鏡像にはその傷跡が残り続けていたらしく、治癒魔法を使っても、この傷跡も復元され続けていた。だが、今回は遺伝子レベルでの治癒を行った結果、前腕の傷は跡形もなく消え失せている。しかも、法力をあまり使った感じはしないし、龍脈孔の疲労感も感じなかった。
たった5日とはいえ、少ない法力で、しかも制御が難しい術を使うことができたことは、攻撃魔法だけでなく法力を大量消費する魔法の使用に光明が差してきたようだった。
「なかなか、良いじゃないか。訓練の結果かな」
独り言を言っていると、加多弥に背後から声をかけられた。
「訓練は順調ですか?」
振り返った先には加多弥と、その背後に愛梨が覗き込むようにしてこちらを見ていた。愛梨は先日自宅に戻った時に持ってきたと思しき黒いジャージの上下を着ていた。やはり綿津見が作った服を着るのは嫌だったのだろう。
「ええ、少ない法力で術が発動できているようです」
伊吹の護衛として彼女の部屋に行った冴島は、彼女が巨大なキャスターバッグ2つに荷物を詰め込んでいるのを見て、何をそんなに必要になるのか理解できなかった。しかも無秩序にだ。軍属だった自分からしたら、限られたスペースに衣服や備品などを整理整頓する能力は必須であり、どこに何があるかわからないような荷物のパッキングなど理解不能だった。
戻ってきた後に、そのことを美織に話したら、整理整頓はともかく、女性は荷物が多くなるものだと窘められてしまった。
伊吹もそれ以降は自分が持ち込んだ服しか着ていないようだった。
そのようなことを考えている冴島を他所に、加多弥は訓練に関わる話を続けていた。
「それはよかったです。ところで、湊さん、法力の蓄積はちゃんとやっていますか?」
「ええ、漆黒の間にいる時がちょうど良いタイミングなので、その時にやってます」
加多弥の後ろにいた愛梨が2人の会話に口を挟んだ。
「法力の蓄積というのは何ですか?」
愛梨が加多弥と2人でいるのが意外だった。加多弥が愛梨に声をかけて連れ出したのだろうか。
加多弥が愛梨の疑問に答える
「通常は龍脈孔という場所から法力というエネルギーを使って魔法を発動するんです。でも龍脈孔というのは筋肉みたいなもので、使うと疲れてしまうんです。ですから、魔法を使っていると、そのうちに龍脈孔が疲れてしまって、魔法が使えなくなってしまうんです」
冴島は、加多弥の言葉を継ぐ。
「それで普段から、法力を圧縮して身体中の細胞に蓄えておいて、龍脈孔が使えなくなった時でも魔法をある程度使えるように準備しておくんだ。それを蓄積って言ってるんだ」
加多弥の背後から、横に移動した愛梨が首を傾げるようにして聞き返す。
「身体中の細胞に?」
加多弥が身振りを交えて説明する。
「ええ、身体中の細胞と脾臓という臓器に蓄えるんです。いざという時の、最後の手段ですね。そうならないように龍脈孔を普段から鍛えておいて疲れにくいようにしておく必要があるんですよ」
「そう、魔法使いも筋トレが必要なんだよ」
「どうやって筋トレするんですか?」
「地味な方法でね、魔法を使うしかないんだよな、これが」
不思議そうな顔をして愛梨が微笑んだ。
「あはは、魔法を使って筋トレって、なんだか不思議な感じですね」
「そう、魔法使いは案外肉体系なんだよ。元軍人の俺向きかもしれない」
笑いながら加多弥が抗議するようなことを言う。
「うふふっ...私は湊さんみたいな肉体系魔法使いじゃないですよ?」
興味ありげな表情で愛梨が加多弥に聞く。
「加多弥さんは、湊さんに魔法を教えてるということは、すごい魔法使いなんですか?」
加多弥が応える前に、冴島が横槍を入れる。
「ああ、天才らしいけどレベル差がありすぎて、俺にはどのぐらいすごいかわからない。まあ、実際、実戦形式の訓練で何度も殺されかけてるから、かなりすごいんじゃないかな」
「愛梨さん、湊さんは面白おかしく言ってるだけです。ちゃんとすぐに魔法で治してあげてますよ」
2人の会話についていけないという驚きの表情をして、愛梨がつぶやいた。
「本当に死にかけてるんだ...」
「そう、天国への階段を何度も登ったり降りたりしてるのは事実だね。それは間違いない」
「湊さん、愛梨さんの私への評価を下げないでください。そんなことより、湊さん、治癒魔法の訓練の中、上級コースを始めようと思います。それを言いに来たんです」
「ああ、その話ですか...やっと少ない法力で遺伝子情報から腕の修復ができる様になったばかりなんですけど、大丈夫ですか?」
「法力の消費は抑えられているのですよね」
「訓練前より龍脈孔の疲労も魔術と同程度に感じられているし、法力消費も少なくなってきていると思います」
「それじゃあ、一足飛びに、片側の腎臓を新しく作り直してみませんか?」
2人の会話を聞いていた愛梨が目を剥いて驚きの表情をした。
「あの...なんだか怖いんですけど...」
「愛梨さん、臓器移植みたいなことだと思ってください。病気で片側の腎臓が働かなくなったとします。それが移植とかすることなく魔法で新しい腎臓になるとしたら素晴らしいことですよね?」
「それは...そうですね」
「魔法を使った医療なんですよ。怖いことじゃないんです。怪我を魔法で治癒させるのではなく、病気の臓器を魔法で健康な状態にするのは魔法でもちょっと難しいんです」
「魔法でも病気を治すのは難しいんですね」
「湊さんには、そんなことまで出来る様になってもらうことで、さらに可能性を広げてもらわないといけないんです」
「湊さんは、すごく期待されてるんですね」
「私なんかより、愛梨さんに応援してもらえると、湊さんはもっと頑張れると思いますよ」
「え、私ですか? イブさんじゃなくて?」
「愛梨さんじゃないとダメなんですよ」
加多弥は意味ありげな笑みを浮かべると、その言葉を聞いて苦々しい顔をしている大地に言った。
「それでは、夜叉との訓練が終わって休憩したら中級コースに挑戦して、その後に成果の出始めた防御魔法の訓練もやりましょう」
ニコニコしながら、加多弥は愛梨と大地をその場に置いて、その場を立ち去った。加多弥がいなくなると急に訓練場が静かになった。
さっきの話を思い出しているのか、愛梨が真面目な顔をして言った。
「湊さんは怖くないんですか?」
「怖い? 戦うこと?」
「戦うことも...魔法も戦争もゾンビとか...色々」
「恐怖を感じなくなったら生物として終わりなんじゃないかな。この間の、NTBSの屋上だって何度死にそうになったかわからない。ずっと怖かったよ」
「でも戦うんですよね」
「軍人の時は国のためって言いながら、守りたい人たちが日本にいるから、その人たちのために戦ってた。それだけだよ。家庭の事情で防衛大学に入ってそのまま自衛隊に入った。大戦があって、国防軍に変わっても自分の立ち位置は変わらないかな」
「でも...私のこと助けに来てくれたんですよね?」
「ああ、そのことか...恩人に頼まれたからね」
「冴島さんっていう人ですよね」
「そう、命の恩人。恩返しをしたいと言ったら、そんなことしてくれなくていいから、その代わりに神前愛梨っていう女性に危険が迫ったら、助けてあげて欲しいって頼まれた」
「どういう人なんですか?」
「俺よりゴツくて怖い感じの元軍人のおじさん。」
「その人は湊さんより強いんですか?」
「軍人としては強いかな。でも50代で、病気で退役してるからね。自分で助けに行かれないから俺に頼んだんだよ」
「なんで私を助けるように頼んだか知ってますか?」
一瞬の沈黙があった。
「それは聞いてない。恩人の頼みだから理由を聞く必要もないし、言おうとしなかったから聞かなかったよ」
「冴島さんは、湊さんが魔法使いだということを知っていて、頼んだんですか?」
「いや...冴島さんは知らないよ。軍人の湊大地に頼んだんだ」
「それじゃあ、冴島さんからしたら、湊さんは死ぬ可能性があるけど、それでも私を助けて欲しいって頼んだということですよね」
「そういうことになるかな。でも、冴島さんの依頼だったら命に替えてでも成し遂げようと思ったよ。冴島さんに助けられなかったら、とっくに死んでいたからね」
作り話だったが、命に替えても愛梨を助けたいと思っていたのだけは事実だった。
「さてと、あそこで怖い顔をした奴が待っているから」
そう言って部屋の入り口で仁王立ちしている夜叉を指差すと、冴島は愛梨との会話を打ち切ろうとした。
「あ、邪魔してごめんなさい」
「いや、構わないよ。また時間のある時に話そう」
「はい」
元気に返事をすると、愛梨は夜叉に頭を軽く下げて挨拶をすると、小走りで部屋を出ていった。
話しづらい内容ではあったが、娘との会話は冴島にとって心地よく、嬉しいひと時だった。
翌朝、
冴島は、加多弥に聞きそびれた、武尊の行き先を聞いてみようと思っていた。5日とはいえ、訓練で少しは進歩してる実感が出てきたからだった。それに惨跛の術の期限も半月を切っている。タイミング的にも良い頃だろうと思っていた。
朝食は愛梨たちと一緒に食べた。彼女たちはおしゃべりをしながらゆっくりと朝食を楽しんでいる。冴島は朝食後に加多弥と話をすることになっている。3人についてこられては困るので、急いで朝食を食べると無言で席を立った。
加多弥がいる部屋を訪ねる。綿津見にあらかじめ加多弥に対してアポイントメントをとってある。テーブルには先日と同じように加多弥たちが座っていた。入り口近辺に夜叉が立っていて、綿津見が茶を用意し始める。
冴島がすぐに話を切り出した。
「武尊の行き先について話をしたいと思って時間をいただきました」
「先日の続きですね」
「そうです」
「小型の潜水艇で移動している可能性が高いのは既にお話ししていると思います」
「それ以上はわからないですか? もうすでに水中の移動を終えて目的地に到着しているのではないでしょうか。封印されている遺跡のどこかに隠れている可能性はないですか?」
「その可能性は高いですが、遺跡とは限りません。それに遺跡と仮定しても、動体保存されている遺跡だけでもかなりの数があります。そのどこを目的地としているのか正直わかりません」
腕組みをして目を閉じると鼻から息をゆっくり吐いて考えているような態度を冴島は湊大地の肉体でしてみせた。
「仁徳天皇陵にいる連中は武尊の行き先を知っていると思いますか」
「詳細は知らないと思いますけれど、どこの座標にいるかぐらいは知ってると思います」
「正直に言うと、惨跛の術の拡大を止められないのなら仁徳天皇陵に言っても仕方ないと思っているのです。武尊のいる場所の座標さえわかってしまえば...」
冴島はその先の言葉を飲み込むと、少し間をとった。そして、加多弥の顔を覗き込むようにして、わざと挑発的な態度で、今まで言うべきか悩んでいた言葉を口に出した。
「貴女は本当に武尊の行き先に心当たりはないのですか?」
その言葉を発した直後、背後から凍りついた刃の切先を頸筋に突きつけられた様な錯覚に陥った。そちらを振り向くと肩口の斬魔刀の柄を掴んだ鬼の形相の夜叉と目が合った。今にも冴島に飛び掛かっても不思議ではない雰囲気だったが、いつの間にか音も立てずに阿修羅が立ち上がり、冴島と夜叉の間に割り込んでいた。
阿修羅は柄を掴んでいる夜叉の右手首を、左手で掴んで捻り上げていた。
「よせ、こんなことで殺意の気配を飛ばすな」
夜叉は右腕を掴んでいる阿修羅には目もくれず、冴島を睨みつけている。阿修羅が掴んでいる手に力を込めると凄まじい握力のために、夜叉の金属製の籠手の手首部分がミシミシと、今にも潰れてしまいそうな音を立て始めた。
挑発的な態度を取ることで加多弥の態度に変化が生じて、何か言うかもしれないと思っての行動であり発言だった。そして、夜叉を煽るためでもあったが、ここまでキレるとは思っていなかった。
・・・琥珀から夜叉が普通じゃないと聞いていたが、斬魔刀を抜こうとするとは・・・
「夜叉、控えなさい。冴島さんはあなたと対等の立場だと思っているのですか?」
夜叉は加多弥に言われ、ハッとして身体から力を抜いた。それに合わせて、阿修羅も夜叉を掴んでいる手を離し、身をひいた。
「冴島さんは、皇帝陛下の許可を得た現国王から犯罪者の殺害、もしくは捕縛を依頼されている方なのですよ。その方を最大限支援するために地上に来た第一王女の私ですら、冴島さんと対等ではないのです」
思っていた以上に面倒な話になってきているようだった。冴島は視線を背後の夜叉から加多弥に戻すと言った。
「いや、待ってください。対等とか、どちらが上とか下とか、そういうのはやめましょう。目的は同じなのですから」
琥珀は冴島の斜め前の席でお茶を飲みながら、のんびりした口調で冴島に言った。
「陣、こういうのはちゃんとしておいた方がいいよ。夜叉は勘違いしてるみたいだからね」
「夜叉、改めて言っておきます。冴島さんは国王から特命を受けていると同時に、私の大事なお客さまです」
そして、冴島の方を見ると、強張った表情を少し和らげて言った。
「魔術と魔法の弟子という関係性もありますね...」
それに応えるように、湊大地の口からため息がこぼれ落ち、固くなっていた表情もやわらかになった。
「そうですね、お師匠様ですね。しかも、かなり厳しい」
加多弥は入り口近辺で立ち尽くしている夜叉を睨みつけると言った。
「夜叉、あなたの態度は目に余ります。冴島さんに対する態度は改めなさい。これは警告です、いいですね? 少し頭を冷やすために、この部屋から出て行きなさい」
夜叉は主人の命令に従い、部屋から出ていった。その項垂れた後ろ姿は、叱られた子供のようだった。
「冴島さん、申し訳ありません。夜叉の主人としてお詫びさせてください」
「いえ、私が挑発的な態度を取ったのがいけないんです。私の方こそ申し訳ありませんでした」
「話を戻しましょう。私には心当たりはありません。武尊がどこに行って何をしようとしているのか私が知りたいのですから」
そのように言われてしまえば、それ以上加多弥から武尊の行き先を聞き出すことはできない。だが、冴島は加多弥の言い分を額面通り受け取ってはいなかった。全てではないにしても、何かしら知っていると冴島は思っていた。仮に知らなかったとしても、人間を遥かに凌駕しているAIを搭載したアンドロイドに調べさせれば、少ないデータから行き先をの候補をいくつか挙げることぐらいは可能なはずである。
綿津見に候補地を聞いていて自分に教えようとしていないか、それともそれすら確認していないのか...
どちらにしても、知りたいと言っている人間の行動とは思えない。冴島は、自分に知られたくない何かがあるのだろうと思った。
「そうですよね...失礼しました。仲が良い姉弟みたいなので過去の会話の中にヒントがあったりしないかと思ったのですが...ところで、海の中の遺跡という可能性はないのですか?」
「海の中に遺跡はあるのですけど、武尊が盗み出した潜水艇では深すぎて行くことができないんです。それに鍵がないので、何らかの方法で辿り着いたとしても入ることは不可能です」
「鍵?」
「はい、私たちが地上に出てくる時に使った出入り口...帝の門と呼んでいるのですけど、その門を開けるために八尺瓊勾玉という鍵が必要なんです。それは王家に保管されている複製品で開閉可能なんですけど、複製品では海の中の遺跡に入ることはできないんです。海中の遺跡は正式な鍵でなければ開く事ができません」
「八尺瓊勾玉? それは私の国に伝わる、三種の神器の1つだったと思うのですけど」
「はい、地下に移住する時に亜雅籠垞の皇帝陛下から八尺瓊勾玉を地上の皇帝陛下にお渡ししているのです。地上に何かあった時に帝の門や地上に遺した遺跡に逃げ込むための鍵として」
「複製品の鍵は多数存在しているのですか」
「それほど多くはありませんけど、王家にはいくつかあります。ですが、本物は皇帝陛下と各国の国王が1つずつ持っているだけです」
「そうすると本物はそれほど多くなく、厳重に管理されているということですね」
「はい、その通りです。海の中の遺跡は特別なので、出入りが制限されているのです」
「武尊は正式な鍵は持っていないという事なのですね?」
「先ほど言った通りです。伊予二名国では現在は宿禰が持っているはずです」
・・・海の中の遺跡だけ特別なのであれば、逆に武尊がそこを目指しても不思議ではないが、深度と鍵の問題が解決できなければ行くことは不可能ということか・・・だが、本当にそうなのか?・・・
「複製の鍵で他の遺跡には入ることはできるのですか?」
「はい、入れます。遺跡の目的が違うのです...」
加多弥は少し言い淀むと話を続けた。
「これ以上詳しいことは当事者の冴島さんとはいえ、知らない方が良いと思います。あとで聞かなかった方が良かったと思うかもしれないので...」
これ以上、聞いても無意味と冴島は判断した。
・・・遺跡については知られたくないのだな・・・
加多弥は武尊の行き先はある程度知っているが言うつもりはないのだろう。そしてそれはどこかの遺跡であろうということが何となくわかった。
となれば、今の冴島には仁徳天皇陵に行って待ち伏せしている敵から、武尊の行き先を聞き出す以外にできることがない。
・・・もしかしたら宿禰は、武尊の行き先の目星はついているのかもしれないな・・・だが、奴は初めから俺と湊大地に全て任せるつもりだったからな・・・
「では、仁徳天皇陵で帝の門を見張っている連中のところに行くしかないようですね。なるべく早い方が良いでしょう。次に、帝の門のところにいる連中への攻撃についてですが...」
加多弥が綿津見に視線を移す。
「綿津見、映像を出して」
テーブルの上の空中に仁徳天皇陵の航空写真が表示された。
「ネットにある画像を表示しています。帝の門は、前方後円墳と言われる形の上部の丸い部分の中央上部に位置しています」
画像の大まかな位置に黄色い表示が点滅する。
「帝の門の存在を秘匿するために、地上の人々が御陵を周囲に造ったと言われています。皇帝のお墓を荒らすような罰当たりは日の本の民にはいないからのようです。その帝の門から来る追手を迎撃するために武尊は見張りを置いています。そしてその手前に惨跛の術を設置しているようです」
「現在の映像を見ることはできませんか?」
綿津見が応える。
「可能ですが、空間接続をしてドローンを飛ばせば確実に気づかれます。相手を警戒させる事になりますし、彼らも私たちと同機種の最新型のドローンを持っていますから、ドローン同士の戦闘になる可能性を考慮する必要があります」
「彼らはドローンを何機盗み出していますか?」
「3機です。武尊様が全機保有して移動しているか、仁徳天皇陵に1機、残りは武尊様が保有したまま移動しているというのが有力だと思います」
「まあ、その2パターンでしょうね...ドローンで情報収集だけで戻ることは可能ですか? 撃墜できるなら撃墜しても構わないのですが」
「時間はかかりますけど、気づかれないように、ここからドローンを飛ばすことも可能です」
「強行偵察で良いでしょう。相手がドローンを飛ばしてきて、攻撃してきたら威力偵察に切り替えてドローンを撃墜して地上の兵士を攻撃しつつ、人数と魔術師と化外剣闘士の人数を再確認しましょう。損害を少しでも与えられれば、私の負担も少しは軽くなる」
「警戒させても構わないですか?」
「ええ、警戒させておいてなかなか攻めないと、相手はそれだけで疲弊するものです。ちなみにドローンで化外剣闘士や魔術師を攻撃して損害を与えることは可能ですか?」
「あまり期待しないでください。魔術防壁を発動されてしまえば被害を与えることはできません。どこに誰がいるというのを確認するぐらいだと考えてください」
湊大地は綿津見の返答に頷いた。
湊大地と綿津見の会話を黙って聞いていた加多弥が、仁徳天皇陵の映像を見つめながら言った。
「冴島さん、先日も言いましたけど、帝の門から私たちが出てくる時に魔法探知で魔術師が4名、化外剣闘士が2名いるのを確認しています。亜雅籠垞側の帝の門は私達が潜ってからは厳重警備されていますから、彼らの人数の増加はないと思います」
「武尊から増援はないだろうし、そこから他に移動することもないでしょうから6人のままでしょうね」
「現況確認時には冴島さんの方針でいきましょう」
「わかりました」
「冴島さんが帝の門に行くときは、最初に彼らの目を潰しましょう。冴島さんが空間接続で向こうに行く際にドローンを先行させます。敵のドローンを落とすことで上空から冴島さんの位置がわからないようにします」
「そんな簡単にできますか? ドローンはこちらの方が性能が良いとか?」
「いえ、敵のドローンもこちらと同じ最新式です。ですが、あちらは操縦がそこそこ上手な魔術師で、こちらは綿津見が操縦します。負けるはずありません。しかも電子戦も仕掛けながら攻撃を仕掛けますから」
冴島は視線を綿津見に向けた。
それなら同じ機種を使ったとしても負けるはずがないだろう。戦闘域の空域を支配できるのは大きい。こちらは未熟な魔術師の自分だけなのだ。どこにいるか知られることと、ドローンで攻撃されるのがなくなるだけでも心に余裕が生まれる。
「攻撃する日時は冴島さんに一任します」
「わかりました。あと数日訓練したら、作戦行動...いえ、戦いに行ってきます。魔法使いとして」
「万全なんてないでしょうけど、可能な限り準備を怠らないでくださいね。私たちがお手伝いできることであれば何でもしますから」
「では、そのお言葉に甘えて、加多弥さんと綿津見さんに1つお願いがあるのですが...それから、綿津見さんにはあとで別途時間をいただきたいです。ドローンについて教えて欲しいことがあるので」
冴島は自分の未熟さからすぐに武尊を追うことができず、足踏み状態となってしまい、忸怩たる思いだった。だが、この数日で少しとはいえ自信がついたように思える。
加多弥と綿津見に頼んだものが出来れば少しは戦闘が有利になるかもしれない。
次は、自分が武尊を追っている間の、不安材料をなくす算段だった。
その日の深夜、大音量で警告音が鳴り響いた。警告音の元となった部屋のドアは自動で開き、通路側のドア上部に赤い警告灯が点滅した。
睡眠用タンクの外扉と内扉が、内部から強い力で強引に外側に弾き飛ばされ、天井にぶつかってから床にけたたましい金属音を立てた。その勢いで内部の液体も外部に溢れ出し床が水浸しになっていた。
大音量の警告音を聞きつけ加多弥や阿修羅といった面々が部屋の中に駆け込んできた。
内側から爆発が起きたかのような惨状の催眠用タンクの中には、透明なマスクを着けた湊大地がびしょ濡れになって上半身を起こした状態で座っていた。
加多弥が問いかける。
「何があったんですか?」
「突然、電源が切れたみたいです。水温が下がって酸素が来なくなりました。スイッチを押してもドアが開かなくなったので異能力を使ってドアを吹き飛ばしました」
顔からマスクを取ると、琥珀に声をかけた。
「琥珀、3人を部屋に連れていってくれないか?」
「うん、わかった」
そう言うと、琥珀は心配そうに入口の外から中を除いている愛梨達を連れていった。
4人を見送っていたところで、阿修羅が違和感に気付いたようだった。
「冴島、この部屋はお前の部屋じゃないよな? なぜ、そこでお前が寝てる?」
「ああ、この部屋は美織さんの部屋だ」
加多弥が訳がわからないという表情をする。
「どういうことですか?」
「それは夜叉に聞けばわかりますよ」
琥珀と愛梨たちが出て行った先の廊下の先で、青白い能面が張り付いたような無表情な夜叉が湊大地を見つめていた。
【後書き】
加多弥に仁徳天皇陵に行くのを止められてから、魔法の訓練をすることになった冴島が、少しずつ魔法の使い方がわかってくる場面になります。
そしてちょっとだけ娘との会話があり、次の戦闘の準備のお話になります。
以前の後書きでも書きましたが、冴島と綿津見、加多弥たちとの会話は翻訳機を通しているので、冴島が使っている日本語に寄せて表現されています。ですからドローンというような言葉は冴島が知っている言葉だから翻訳機が優先候補として使用しています。また、適宜単語はアップデートされているので、「殺意の気配」というのは、そのうち「殺気」に変わります(笑)
*1 《強行偵察》
わざと姿を見せるようにして偵察をすること。ここでは空間接続をしてドローンの姿を敵にわざと見せながら偵察するということを強行偵察と言っています。
2025/2/16 3:38 追記
敵に察知されないように偵察することを、隠密偵察と言います。綿津見は時間がかかるけどドローンをここから飛ばして偵察したらどうかと言っていたのは、隠密偵察のことを言っていました。
*2 《威力偵察》
敵と戦って敵の勢力や装備を把握するための偵察行為のこと。ここではドローンで敵を攻撃して人数と魔術師と化外剣闘士の人数や級数、配置を把握したいと冴島は考えています。ですが、加多弥が魔法探知で既に調べているので威力偵察をする意味はほとんどありません。
*3 《電子戦》
電波や電磁波を利用した敵に対する通信、レーダーの妨害やサイバー攻撃の総称のこと。
ここでは超超高度AIを搭載している人造人間の綿津見が敵のドローンや保持している電子機器に対して、様々な妨害を行うことを電子戦と言っています。




