疑念
冴島は綿津見と連絡を取ろうとして腕を見た時に切断治癒された右腕にスマートウォッチタイプの通信機がついていないことに気がついた。
仕方なく予備を亜空間収納魔法で取り出した時に冴島は気がついた。
・・・なぜ治癒魔法じゃないのに簡単に亜空間収納魔法で通信機を取り出せたんだ?・・・
攻撃魔法は火力の弱いはずの魔法すら制御できずに使えないでいる。だがこの魔法はあっさり使えている。
「何が違うんだ?」
一番最初に加多弥に教わった魔法は治癒魔法だった。1人で戦う身には治癒魔法は必須だったからだ。練習することで実践形式でも使えるようになり、徐々に法力を練る時間も短くなっていった。
加多弥からは法力を練ることをイメージすることと、成功した魔法の結果をイメージすることが大事だと教わった。魔術と魔法の初心者である冴島はその教えに従うことで術を使えるようになっていった。練習とイメージトレーニング、そして加多弥と夜叉とのほぼ実戦といえるような練習の中で治癒魔法を短時間で使いこなせるようになった。夜叉に腕を切り落とされても闘い続けられるようになるほどにまでだ。だが、同じようにして攻撃魔法を使おうとすると自分がイメージしているよりも数十倍も強く術が発動してしまう。
壊れた通信機を切断された自分の腕から取り外すと亜空間収納する。
軍にいた時よりも死体や損壊した四肢に対する忌避感が麻痺しているように感じた。それほどに惨跛の術で死体を見慣れてしまったのかも知れなかった。
加多弥から渡された装備を回収しているのは、地下の技術を日本を含めた地上の国に渡すのは良くないと判断してのことだった。
亜空間に吸い込まれていく様子を見ながら、冴島は治癒魔法よりも法力の練り方を自分が細く短時間にしていることに気がついた。
・・・治癒魔法は練り上げることに集中して自分が思っている以上に法力を込めているのかもしれない。もしかしたら治癒魔法は自分が思っている以上に法力が大量に必要な術なのか?・・・
魔法の法力量に関して記憶を探ってみる。だが、記憶には見つからないようだった。術の威力によって法力の量が変わるだろうし、龍脈孔の鍛え方や状態によっても法力の流量が変わるのだろう。これは各々の肉体の個別の感覚でしかないのかも知れなかった。
治癒魔法が大量に法力が必要なのだとしたら同じように法力を練り上げた攻撃魔法は想像以上の威力になったとしても不思議ではない。
「ちょっと試してみるか・・・」
ヘリポートに転移阻害用の装置があるはずと考えていた冴島は周囲を見回した。回収せずに魔法で圧縮魔法で破壊してみようと考えたのだ。
ヘリポートへの出入り口に並ぶように設置さている待避所のような場所の中に見たこともないような形の装置が冴島の目に映った。
「あれか」
そばに近寄ると高さ30センチほどの半球に足がついたような形の装置だった。
どこかで見たことあるような形だった。
ふと、新婚当時に妻が作ってくれた弁当に入っていたタコウインナーに似ていることに気がついて湊大地の顔に笑みがこぼれた。新婚の頃、愛梨が生まれた頃、幸せだった頃が思い起こされてくる。
そして、最後に救い出した愛梨の姿を思い出す。
病室のテレビで毎日見てはいたものの本人を目の前で見ると、本当に存在しているというだけで感動してしまった。思わず抱きしめそうになる自分を必死に押しとどめるために、冷たい対応をせざるを得ないほどだった。
「愛梨も知らないうちに大人になっていたんだな」
無意識に口から言葉がこぼれ出てきた。
自分が戦場で命懸けで戦っているうちに娘は美しい女性に成長していた。嬉しい気持ちではあるが、成長を見ていられなかった悲しみも大きかった。だが、肉体は違えど、自らの手で娘の命を救うことが出来たということだけで今の冴島は満足だった。
早くヘリポートでやることを済ませて娘の顔を見たかった。顔を見て少し会話をするだけで20数年の空白が埋められるような気がしていた。
装置の金属製のドーム部分から鈍い光が滲み出るように明滅している。冴島は法力を練ることをあまり意識せずに、額の龍脈孔から法力を少しだけ絞り出そうとした。脳裏に愛梨の顔が突然浮かび上がった。
冴島は龍脈孔を無理やり閉じた。
・・・もし思い間違いだったら、ビルの大部分をこの屋上中心に圧縮破壊してしまうかも知れない。そうしたらせっかく助けた愛梨が巻き添えに・・・
冴島は攻撃系の魔法のテストをする事をやめ、牙炎達が持ち込んだものを回収してから愛梨達のところに戻るために炎の魔術で吹き飛ばした出入り口の方に向かって歩き出した。
右手に新たに着けた通信機で綿津見に連絡を取る。
「綿津見さん、こちらの惨跛の術の魔術陣は解除しました」
「はい、そちらの上空に偵察用ドローンを飛ばして状況を加多弥様と見ていました」
「それでしたら話は早いですね。さっきの化外剣闘士との会話は聞いてましたか?」
「はい、会話は翻訳機経由で聞いていました」
「その時に、『陽動』という言葉を牙炎という化外剣闘士が使っていたのですが、翻訳は間違っていませんか?」
「はい、間違っていません」
「惨跛の術を陽動に使うような作戦ということですね...何をしようとしているんでしょうね。それと、彼が飛び降りる瞬間に『海』と言ったように聞こえたんです」
「こちらではそこまで確認することができなかったのですが...そうですか、海と言ったのですね」
「冴島さん、加多弥です。実はこちらで武尊たちは海の中を移動している可能性を話し合っていたところだったんです」
「海の中?」
「はい、先ほど情報がアップデートされたのですけど中型の潜水艇が5隻紛失していることが判明しています」
「惨跛の術を陽動に使用して海の中を移動しているが、目的と目的地は不明か...確率は低くても構わないですが、彼らが行きそうなところはないのでしょうか?」
「データが少なくて推測が難しいのですけど...それと機密事項が多いこともあって...」
綿津見が言いづらそうに返答する。
それを聞いて加多弥が答えた。
「おそらく、地上の各地にある遺跡のどこかを目指していると思います」
「遺跡?」
加多弥は機密事項など関係なく作戦に協力してくれている冴島には可能な限り情報を提供するつもりのようであった。
「人類が地上と地下に分かれた時に、地上にあった建造物を破壊したり封印したりしたそうなんです。その中に動態保存状態で封印されているものがあるらしくて、私は武尊がそこを根拠地にしようとしているのではないかと思っているんです」
「遺跡は何箇所ぐらいあるのですか?」
「かなり昔のことなのと、機密事項に属することなので詳細は言えないのですけど、動態保存されている場所だけでも少なくとも40数箇所はあるはずです」
「世界各地にということですよね?」
「はい。私たちが地上に出てくる時に使った仁徳天皇陵というところも、その1つです。あの場所は最後に皇帝陛下が地下に降りるために使用した唯一稼働している出入り口でなんです」
綿津見は冴島と会話をしている加多弥の斜め後ろから2人の会話を聞きながら状況を整理していた。そして冴島から確認された『陽動』と『海』という言葉によって自分の推論がさらに補強されつつある事を感じていた。
綿津見は武尊が行きそうな場所を既に推論し終えていた。加多弥は皇帝の孫娘であり、皇帝を守護する直属国の伊予二名国の第一王女である。歴史に関する機密事項に触れる権限を広く有していた。その加多弥の補佐をしているアンドロイドの綿津見には特例として加多弥が機密事項を参照する権限を与えていた。それ故に、綿津見は少ないデータからでも武尊が行きそうな場所を推論することができたのである。
・・・おそらく武尊様が目指しているのは鉾宇、そして崑崙に至るはず。その後に...でも、確証がないし、もしかしたら加多弥様は・・・・
綿津見はデータへのアクセス記録と改竄とおぼしき痕跡から、加多弥が少なからず武尊の作戦を知っているのではないかという疑念を抱き始めていた。
加多弥を問い正したり、冴島に相談するという選択肢が綿津見の電子頭脳の中に候補として浮かび上がっては消えていった。
人間を遥かに凌駕する最新鋭のアンドロイドの綿津見とはいえ、造られてまだ1年ほどしか経過しておらず、目覚めて間もない幼い自我は、思い悩む人間とほとんど変わりがなかった。
【後書き】
冴島が試そうと思っていたのは地水火風光闇宙の7属性の中の宙系の圧縮魔法です。
スケールを縮小するのと、圧縮する2種類あります。今回は圧縮して破壊しようとしたわけですが、失敗したらビルの上部全部がピンポン玉ぐらいの大きさに潰れちゃうので危ないからやめたというわけです。
今回は冴島が娘の愛梨に抱いている気持ちを少し書いてみました。
死ぬ間際に会うことも叶わないと思っていた娘に会えて、嬉しくて仕方ないお父さんと云う感じでしょうか。
戦場から帰ってきたら妻と3歳の娘がいなくなっていて、テーブルの上に離婚届が置いてあったというエピソードはどこかで書こうと思ってます。
まあ、自衛隊時代とはいえ軍人嫌いの奥さんに嘘をついて結婚した冴島が悪いんですけどねぇ(笑)
*1《動態保存》
ここでは過去の古代文明が作った機械などがすぐに稼働できる状態で使用されずに保存されている状態のことを言っています。
ですから、何らかの命令があれば何万年か前の機械でも停止状態からすぐに動作するということです。
作中で加多弥が述べているように、仁徳天皇陵のとある場所は空間接続装置を使った地上と地下の通路になっていて、現在も稼働状態なので動態保存状態ではありません。




