化外剣闘士 I
「弍式が戦闘状態になったようだ」
ヘリポートにいる若い魔術師が背中に長い剣を背負っている若者に言った。剣を背負った青年はヘリポートのドアを凝視している。
「地上世界の歩兵の武器では弍式の魔術防壁は破ることはできないだろ?」
「ああ、無理だな。弍式と交戦している間に壱式に襲われて惨跛になるだけだ」
「じゃあ、弍式と壱式に任せておけば充分だな。ん、待てよ。魔術師の可能性はあるのか?」
剣を背負った青年はドアから魔術師の青年の方に振り向いた。
「追手の魔術師だとすれば空中から来るだろうな。弍式がいるところから来るとは思えない」
「そうか。じゃあ、少し横になって休ませてくれ。3人だけでこの場所を監視するなんて無茶がすぎる」
「そうだな、奴を起こして交代してくれ」
魔術師の青年は横になって寝ている一番年配の男の方を軽蔑するようにチラッと横目で見た。
「家柄だけで偉そうにしてるジジイが...」
大剣を背負っている男が吐き捨てるように言ったと同時に周囲に爆音が轟き、ヘリポートに通じる唯一のドアがヘリポート側に吹き飛んだ。そして吹き飛んだドアと一緒に焼け爛れ炭のようになった弍式と螺旋状に渦を巻いた巨大な炎が飛び出してきた。
吹き飛んだドアの向こうには燃えた通路が見えるだけだった。
冴島は至近距離での土系魔術の岩の出現に、丙位階の中級火系魔術を思わず発動してしまった。弍式の魔術防壁は龍髭刀ですでに霧散していたが、魔術防壁が展開されていたとしてもそれを打ち破る破壊力と眼前の土系魔術を一蹴する威力のある攻撃魔術だった。
爆発的な炎が渦を巻き、凄まじい圧力が前方に瞬時に噴き出すと、弍式が発動した岩と弍式を吹き飛ばした。弍式は全身を数千度の炎で焼かれ、表皮部分はあっという間に炭化した。そして頭部や手足が高温の爆風で引きちぎられ、胴体部分だけになりながら背後のヘリポートのドア方向に飛ばされていった。ヘリポートへ続く防火仕様のドアは爆炎による高温で塗装は瞬時に燃え、表面の金属は熱で歪み、圧力に耐えきれずヒンジは引きちぎれて吹き飛んだ。
冴島は小銃を拾うと、スーツの迷彩機能をオンにした。吹き飛んだドアの向こうには敵と思しき男がいるのが見えた。高温の通路でスーツの迷彩機能がどのぐらい有効なのかわからなかったが見えてないことを期待して燃えている通路を一気に駆け抜ける。魔術防壁で熱さは感じなかった。
ヘリポートには3人いた。1人は背中に大剣を背負い、もう1人は杖を持っている。そして3人目は休憩して寝ていたのか、寝転んだ状態で上半身だけを起こして寝惚け顔をしてこちらを見ていた。
冴島は迷うことなく、寝転んでいる男に小銃を向けるとセレクターを実弾モードにして引き金を引き絞った。横になっている男の頭部が弾け後方に血飛沫が上がる。さらに胸の中心に2発着弾させると男の背中に大きな穴が開いた。横になっていた男はそのまま絶命した。
杖を持った若い魔術師は、自分と剣を背負った化外剣闘士の青年に杖を使って無詠唱で魔術防壁を張った。その直後に化外剣闘士の青年の目の前で弾丸が防壁に衝突し変形して弾け飛んだ。
「おい、朝霧! 光学迷彩に実体弾を使ってるぞ。地上の歩兵か?」
「そんなこと知るか!」
「地下からの追手だろ? あれはどう見ても火炎魔術だぞ」
朝霧と呼ばれた魔術師は甲位階探知魔術を使ったが、冴島が身につけているスーツの迷彩機能でどこにいるのか見つけられなかった。
「魔術師なら銃を使ったりしないはずだ。おい、探知魔術で見つけられないぞ」
冴島は動かずに男たちが動揺している様子を見ていた。
・・・まずは1人・・・
冴島は先手を取って敵の人数を減らしたが、簡単に倒せると判断して寝転んでいる男を先に銃撃したことを少し後悔していた。一番厄介な化外剣闘士を先に攻撃しなかったからである。
・・・近距離タイプの化外剣闘士と遠距離タイプの魔術師か・・・
「牙炎、とにかく相手は魔術を使ってきたんだ。お前の仕事だぞ」
「ああ、少しぐらいは後方支援しろよ」
「そんなの必要なのか?」
「それもそうだな」
牙炎と呼ばれた背に大剣を背負った白人系の容姿をした化外剣闘士の青年は、炭のようになって動かなくなった弍式の方向に一歩近づいた。150センチほどの剣の刀身を覆っている鞘の部分は10センチ長の鈍色の金属板が連なった形状をしていた。牙炎が剣の柄を握ると刀身の刃側の鞘の金属板が一斉に開く。そして剣は青年の右肩に乗るような形状をした器具を基点にして背中側から跳ね上がり、肩に乗せたような状態になった。そのまま柄を前に引くようにしながら大剣を前に引き出すと、牙炎は大剣を両手で構えた。開いた鞘の金属板は閉じながら縦方向に縮まるように重なっていき、40センチぐらいの長さになると剣戟の邪魔にならないように外側の方向に倒れるようにして横になった。
牙炎の斬魔剣は西洋の両刃の剣を、幅広く、長くしたような形状だった。切っ先から柄の終端までで180センチはありそうな大剣を牙炎は軽々と振り上げて上段の構えを取った。
「おい、隠れてないで出てこいよ。新国王の命令で来たんだろ?」
返事はなかった。
朝霧は乙位階の探知魔術を杖を使って無詠唱で発動した。牙炎の右側前方に人間の反応があった。
「牙炎、お前の右手側の10歩先にいるぞ!」
その声を聞くと牙炎は一気に右側の方向に踏み出して、斬魔剣を横薙ぎに振るった。冴島は瞬時に後方に重心を移して上半身を後ろに仰け反らせた。胸の直前を凄まじい風切り音と長い鉄の板が通り過ぎる。青白く光った剣の切っ先がタクティカルハーネスのチェストストラップのバックルと戦闘服を切り裂いた。夜叉との訓練でも経験していたが、牙炎の斬魔剣の斬撃を魔術防壁は防ぐことはできなかった。
ギリギリ躱すことができたが上半身を後方にずらさなければ胸を切られていたのは確実だった。斬魔剣によって魔術防壁は消失していた。
牙炎は右腕一本で大剣を上段の位置まで引き上げると左手を添えて左下に向けて斬り下ろした。袈裟斬りの一撃はすでに後退した冴島の2メートルほど先の空を切ってヘリポートの金属製の床に激突し火花を散らした。金属製のプラットフォームは大剣の切っ先で切断され切れ目ができた。
「おい! 惨跛の魔術陣を壊すなよ!」
惨跛の術は地面に展開するため、展開された地面が荒れると術の効力が発揮できなくなる。
「ああ、気をつける」
冴島は切り裂かれた胸元と、その近辺の光学迷彩にノイズが入っているのは認識していたが、それ以外の場所は正常に稼働しているのを確認し、迷彩機能は切らずにそのままにした。
仮に顔が見えてしまったとしても、腕と脚が見えないだけで有利には違いないからだ。
・・・化外剣闘士相手に魔術防壁は意味がない。それなら光学迷彩を有効利用しよう・・・
魔術師の天敵である化外剣闘士の剣戟は、魔術防壁を一瞬にして無効化してしまう。しかも張り直せば術が展開されている間に化外剣闘士の男にこちらの位置を知られてしまう。
冴島は魔術防壁を張り直さずに、ノイズが入ってる部分を左腕で隠くした。これでこちらの姿は完全に見えないはずだった。
「正面10歩先だ!」
後衛担当の魔術師が前衛の化外剣闘士に指示を出す。
その声に合わせて冴島は化外剣闘士の左腕側に回り込むようにして位置を変えた。
・・・この化外剣闘士は魔力は持っていても探知魔術は使えないようだな・・・
魔力を使えない化外剣闘士がいる一方で、稀に探知魔術だけは使えるようにしている化外剣闘士がいるというのは加多弥の護衛の阿修羅から聞いていた。阿修羅と夜叉は魔力を使えても探知魔術は使えないと言っていた。
冴島は化外剣闘士と後方の魔術師が一直線になる位置に移動すると左手を前に向けて乙位階の火系魔術を放った。同位階の魔術防壁を展開していると思しき相手には効果はないが牽制にはなる。
冴島は化外剣闘士の左手側を抜けて魔術師に向かうと思わせるために小銃をその方向に放り投げた。冴島の手から離れた1秒後に小銃の光学迷彩機能がオフになり、牙炎の後方に突然小銃が現れたのと炎が牙炎に襲いかかるのがほぼ同時だった。
若い魔術師は化外剣闘士の後方でいつでも魔術を発動できるように様子を伺っていた。敵は1人で、魔術防壁を使っていると考えられた。牙炎が敵の魔術防壁を無効化させれば牙炎を巻き込まずに魔術で敵を攻撃することができるが、牙炎は敵の光学迷彩で攻めあぐねている。自分は探知魔術で敵の位置を探るだけという状況に歯痒さを感じていた。突然、自分の方に向けて炎が襲いかかってきた。正面には牙炎がいる。この魔術は無効化されるだろう。
どうせなら魔術防壁で守られている牙炎ごと魔術で正面にいる敵を攻撃をしてしまおうかと朝霧は思った。
牙炎は目の前に迫る炎に向けて斬魔刀を切り上げた。炎に剣先が触れる直前に炎は音左右に分かれ消失する。直後、牙炎の左後方で金属とプラスティックの衝突する重く鈍い音がした。冴島が放り投げた小銃が落ちた音だった。
牙炎が音のした方に視線を移した隙を逃さず、冴島は龍髭刀を抜き去ると牙炎が振り上げた右脇腹の横を通り抜け魔術師に向けて全力で走った。
朝霧は金属の床にぶつかる鈍いゴム音を聞き、見えない敵が近づいていることに気づいた。探知魔術を放った時には冴島は魔術師の目の前にいた。探知結果に驚愕した朝霧だったが時すでに遅かった。
冴島は朝霧に切っ先が当たらないように逆手で握った龍髭刀で腹部近辺を一閃する。朝霧を守っていた魔術防壁は霧散し、冴島が繰り出した左手の拳が鳩尾に捩じ込まれた。
探知結果に驚いた直後に腹部へ凄まじい衝撃が与えられ、朝霧は痛みで前屈みになったところを後方に回り込まれると、杖を握っている手を捻り上げられた。杖が金属製の床の上を転がり、ひんやりとした金属製の何かを首元に突きつけられた。




