弍式
冴島たちはゾンビが比較的少なかった方の右側の通路を進んでいった。ドロドロの床のなるべく足をつけられそうなところを選んで、尾上は歩いて冴島について行く。顔色は真っ青だった。
自分達が出てきた非常階段の防火壁の対角線上に見えた通路に近づくために、ビル中心部分のオフィスエリアと思しき部分を回り込んでいく。角を曲がると正面に自動ドアが行方手を阻んでいた。ドアの右横に0〜9までの数字が印字されているテンキーのカードリーダーが設置されている。尾上は20階に上がってきて恐れ慄いていた表情を一変させて冴島を追い越してドアに走り寄った。
「待て、先に行くな!」
ボタンを押さずに首から下げた社員証をカードリーダーにかざすと電子音がしてドアのロックが外れた音がした。
「大丈夫ですよ。この先のドアはロックがかかっているんですからゾンビなんていないですよ」
実際、自動で横にスライドして開いた少し幅が広いたドアの先には何もいなかった。冴島も乙位探知魔術でいないのは確認していたがヘリポートとその周辺に何らかの阻害魔術がかけられているのか、この先のドア以降ははっきりと見えていなかった。
「命のかかっている場所での油断は禁物です。気をつけてください」
冴島はそのように言いながら小銃を構えながら歩み寄るとドアの前で立ち止まっている尾上の横に並んだ。
尾上は周囲にゾンビ達はおらず、周囲もスプラッター映画の場面のような血まみれの床や壁ではなくなり気分が楽になっているようだった。
次のドアにゆっくりと歩み寄る。すると尾上が視線を前方の天井近辺を見るようにして冴島に語りかけた。
「さっきの沢田くんの腕を治した魔法なんですけど、沢田君の腕が光ってる時にその周りを記号みたいなのがフワフワ飛び回ってましたよね」
「あれは発動させたい魔法を起動するための呪文みたいなものです。頭の中で魔法の力の源である法力というもので呪文を描くとあのように光って見えるんです」
「頭の中でイメージする感じなんですかね」
「説明は難しいのですけど、そんな感じです」
「私、あの記号みたいなの以前見たことがあるんです。若い時に神社とか遺跡にある古代文字の取材に行ったことがあって、その時に見た神代文字というのにそっくりだったんです」
「神代文字?」
「ええ、色々種類があるみたいなんですけど、漢字よりも前に使われていた古代日本の文字という説があるらしいんです。でも日本書紀や古事記には神代文字については出てこないとか」
神代文字の話をしながら歩いていても冴島は前方のドアの向こうに意識の1つを集中させていた。このドアの向こうぐらいから見えづらくなっているのは相変わらずだった。
尾上がカードリーダーに近づいた。
「尾上さん、待って!」
嫌な予感がして尾上にドアを開かないように言おうとしたが間に合わず、電子音がして左右に開く引き分けタイプの自動ドアが左右に開き、半分ほど開いた時だった。直径20センチ、長さ50センチ程度の円錐型の岩が3つ、ドアを凄い勢いで突き破ってこちら側に飛び込んできた。
カードリーダー近辺を狙っていたのか尖った岩の1つはカードリーダーが取り付けられている壁に突き刺さり、先端が半分程度壁から出ている状態で止まったが、他の2つは尾上の身体に突き刺さった。1つは鎖骨の辺り、もう1つは左の脇腹近辺だった。
尾上の首の付け根が引き裂かれやっと身体につながっているような状態だった。腹部も半分以上吹き飛ばされていた。ほぼ即死だった。
冴島は瞬時に魔術防壁を展開すると、半分ほど開いて止まったドアの隙間に銃口を向けながら土系魔術のセレクターボタンを押して、引き金を引き絞った。
敵からの岩よりも小さくて細い岩がドアの隙間目掛けて飛び荒ぶ。ドアが半分ほど開いたことにより内部の様子が見えるようになった。小銃から発射された岩が当たったゾンビが数体倒れていたが、無事だったゾンビがこちらにこようとしているのが見えた。
・・・なんだあれは?・・・
他のゾンビよりもかなり大きい人影が手前のゾンビたちの後方にチラッと見えた。2メートルは優に超えている。
冴島の疑問に答えるように擬似人格の宿禰の声が頭に響いた。
【あれは惨跛弐式だ】
冴島は記憶を探る。
今まで相手にしてきたゾンビ達は惨跛壱式。弐式は術者の簡単な命令を壱式に実行させる司令塔のような役目を果たす。そのために脳で展開している術も複雑になっている。魔力を使った通信機能のようなもので壱式に指示を出したり、筋肉細胞などの体細胞を大きくすることで身体を大きくしたり、壱式の肉体を自身に取り付けて利用することもできる。だが、そのためには弍式を作る時にはそれなりの魔力が必要になる。
・・・屋上の魔術師が弐式を使ってゾンビ達にドアを開けさせて上の階で増えていたのか・・・
半開きの自動ドアを突き破って新たに3つの岩が冴島に向かって飛んできた。
それほど早い速度ではなかった。ドアの隙間から飛び込んできた岩は時速100キロも出ていないようだった。岩は冴島が展開している魔術防壁に触れると鈍い音をさせて砕けながら角度を変えて後方に吹き飛んでいった。
冴島は20階の防火扉を吹き飛ばしたのと同じように衝撃波で自動ドアを吹き飛ばすと、手前にいる壱式のゾンビたちの頭部を小銃の土魔術の岩で吹き飛ばした。
手前にいた10体程度のゾンビは床に倒れて全て動きを止めていた。7メートルぐらい先の弐式の巨体に向けて引き金を引く。
小型の岩は弐式に届く前に青白い膜のような防壁に阻まれて砕け散った。
・・・魔術を使えるのか?・・・
【いや、お前の銃と同じ仕組みだろう。機械式で単純な魔術を使えるものを持たされているのだろうな】
それは冴島が持っている銃の威力では弍式を倒せないことを意味していた。
冴島は小銃を手放し床に放り投げると両手を前で交差させて腰の龍髭刀を順手で引き抜いた。そして龍髭刀の柄の部分に法力を少しだけ流した。龍髭刀の刀身に薄青い文字が浮かび上がる。
軍人の冴島であればこの後の敵の様子を見て攻守作戦を立てるところだが、今の冴島は魔術師である。防壁もあればさまざまな攻撃方法を持っている。しかも単身で、怪我も瞬時に治すことができるとあれば果敢に突進して攻撃をすることが可能だった。
冴島は奥側に歪んで折れ曲がった自動ドアの隙間に身を屈めて飛び込んだが、目の前に巨大な岩が迫ってきていた。冴島は左斜め下の方に岩を避けるようにして移動したが、岩は斜め上方から魔術防壁にぶち当たった。凄まじい破裂音のような爆音がしたが、冴島に衝撃は届いていなかった。
一気に弍式との距離を詰めて近づくと、弍式の異様な大きさと不気味さが間近で感じられた。185センチの湊大地の身体と比較しても巨大に見えた。230センチはありそうだった。縦に長いだけでなく横幅もあり巨大なプロレスラーのような体型だった。しかも腕が4本生えていた。左右の腋の下あたりに一本づつ腕が生えている。しかも、その後づけしたような二本の腕にまとわりついている袖のような服の生地は全く別物だった。壱式の腕をもいで取り付けたからだろう。
冴島は近接戦闘のために魔術防壁の半径を小さくし、身体の表面に沿うように制御すると弍式の右側の懐に入り込む。双方の魔術防壁がぶつかり合い軋むような音がした。
龍髭刀を持つ左手を薙ぎ払うようにして龍髭刀を左方向に振るった。青白い魔術防壁が龍髭刀で切り裂かれる。ピンと張って固定されているビニールをカッターで裂くようにして防壁が上下に開かれた。その隙間に向かって衝撃波を叩き込む。骨が折れるような音と肉が潰れるような音がして弍式が後方に吹き飛んだ。
・・・龍髭刀は触れたところの防壁だけ切り裂く感じなのか?・・・
化外剣闘士の夜叉との模擬戦では、自分の魔術防壁は切り裂かれるというよりも霧散して無効化されていた。立ち上がった弍式の魔術防壁は切り裂かれた状態のままだったが他の部分は弍式の周囲を覆ったままだった。
【龍髭刀に法力をもう少し流し込め】
宿禰が声をかけてきた。
短剣と長剣との違いなのかもしれないと思っていた冴島だったが、踏ん張った左脚で右方向に吹き飛んだ弍式を追いかけるようにダッシュすると、先ほどよりも少し多く法力を龍髭刀の柄に流し込んで、右手に握った龍髭刀で左斜め上から右下に向かって振り下ろした。青白い文字が浮き上がった刀身の刃先は弍式の防壁に触れると防壁全てを消し去った。
・・・法力の量で魔術防壁を無効化する効果が変わるのか・・・
【化外剣闘士の斬魔剣と龍髭刀の魔術を無効にする仕組みは同じだが、化外剣闘士は長剣で全周囲の魔術を無効化する戦い方を基本にしている。龍髭刀のように繊細な使い方はしないから魔力の込め方が異なるのは当然だ】
化外剣闘士も魔力を使うことができることを冴島はこの時初めて知った。
【化外剣闘士でも魔力を持たないものがいる。剣士としての素質があるのに魔力がない者は魔力発生装置をつけた斬魔剣を帯剣しているが、二流の化外剣闘士として扱われているな】
頭の中で擬似人格の宿禰と会話をしていると、弍式の2本の左腕からフックが飛んできた。壱式は人間を引き裂き食べようとする動きだが弍式は殴ろうとしてくる。壱式とは異なり弍式は明らかに攻撃的な動きをしてくる。
脳の反応が人間の限界近くに引き上げられてきている湊大地の目には、弍式の2つのフックは避けることができるスピードだった。
右手の龍髭刀で2本の腕を迎え撃つ。弍式の2本の左腕は肘の上辺りから切り離され冴島の後方に飛んでいった。
弍式の懐に完全に入り込んだ冴島は、返す刀で弍式の左脇腹から右肩にかけて切り上げようとしたが、目の前で魔力の発生を感じた。尾上を絶命させたのと同じぐらいの大きさの岩が目の前に1つ現れた。
龍髭刀で切断できたとしても大きな質量の物の方向を変えることはできないと判断し、弍式の左側後方に回り込むように体勢を変えつつ頭を右側に倒した。顔の左側の魔術防壁に岩がぶつかり大きな擦過音を立てながら後方に飛んでいった。左目で飛んでいく岩を追いかけるように見ながら弍式の左後方に回り込もうとした時に、前方から拳が飛んできた。左側の2本の腕は切断したのだが、死角になっていた弍式の左肩甲骨付近に壱式の右腕が1本肩口から生えていた。この腕が冴島に殴りかかってきたのだった。
完全に不意をつかれた。反射的に後方に跳び遊び拳をかわそうとする。魔術防壁があるのでかわす必要はないのだが、近接格闘の訓練を長年してきているだけに無意識に身体が動いてしまう。弍式と距離をとると魔力が正面に発生し、3つの岩が50センチ程度の近距離で発生し冴島に向かって飛んできた。不意をつかれたところでの魔術の追撃に冴島は思わず魔術を発動した。




