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4 少年の処遇

 ヨーシュア少年へ食事を運ばせている間に、イリヤス隊長とバリー副隊長は厨房横に置かれたテーブルに着き、食事をしていた。

 イリヤス隊長が相変わらず硬いなと呟きながらスープに浸たしてパンを食べていると、ヨーシュア少年に食事を運び終えた隊員が自分の分の食事を注いで、バリー副隊長の横に座った。

「いやあ、可愛いっすねぇ!頭撫でたら真っ赤になってるんっすよ!」

 ニコニコとしながら言ったその台詞に、イリヤス隊長はむせ込み、バリー副隊長は冷ややかな眼差しを隊員に向けた。

「おまっ!頭撫でたって!?バカなのか!?」

「不敬罪ですね」

 その言葉を聞いて、彼は笑顔のまま固まった。一拍置いて正気に帰る。

「……え?何言ってんすか、副隊長。神職のご継嗣様なんすよね?なんで不敬罪になるんすか?」

 バリー副隊長は深々と溜め息を吐いてスプーンを置いた。

「私はちゃんと貴方にテラのご継嗣様と伝えましたよ、センティ。テランのご継嗣様とは言っていません。」

 それを聞いて、隊員ことセンティはさあっと顔色を変えた。

「ま、まさか……」

 イリヤス隊長が生暖かい目でセンティを見る。

「俺ですら相手が王族だろうって所作で気付いたのに、お前……」

 イリヤス隊長は溜息を吐いた。

 公国を含むこの大陸では、国主の住まう城をテラと呼ぶ。そして、神を祀る建物はテラとよく似たテランと呼ばれている。王族は神の子であるからとも、かつて王族が神職であったからとも言われるが、何故似た呼び名なのか真相は分からない。そして、テラの子ということは、即ち国主の子であると言うことに他ならない。だが、一般の貴族の城と国主の城とをわざわざ分けて呼ぶのは王侯貴族とそれに従う軍の関係者のみであり、一般の庶民にとってはどちらも巨大な建物との認識しかなく、特に違いを意識することはないため、そのことを知らないのが通常だ。

 平民出身の者が軍に配属された時に最初に教わる知識である。万が一お忍びの王族に遭遇した際にその事を知らずに、テラの者であると言われたにも関わらずそれに合わない対応すれば、処刑や戦争に繋がりかねないからだ。それを思い出し、センティはガタガタと震え出した。

「ど、ど、何処の王子様なんすか!?俺、この砦に来て初めて自分より年下見て、つい嬉しくて、弟みたいに……ぅあああっ」

 ついには頭を抱えて叫び出した。

 食事を食べ終えたイリヤス隊長は立ち上がるついでにセンティの頭をクシャリと撫でた。

「王族とは言えまだ十二かそこいらだ。きちんと謝ればご寛恕頂けるさ。多分」

「多分っすかぁ!?」

 センティは涙目でイリヤス隊長を見上げ、その後再び頭を抱え込んだ。

 少年の雰囲気やセンティの報告による感じからは、無闇に触れた事で罰するとかは無さそうな気がイリヤス隊長にはするが、実際のところは分からない。王族の逆鱗が何処にあるかなど、庶民には想像がつかないのだから。だから、気休めでも断言してやることは出来なかった。

 使用済みの食器用のタライに食器を片付けながら「洗浄頼むぞ」とセンティに声を掛けると、「はいぃ」と先程迄の明るい声とは打って変わって弱々しい返事が返ってきた。

 バリー副隊長に目配せすると、彼も「センティ、私の分も片付けて置いてください」とセンティに頼み、立ち上がる。

「かしこまりましたぁ」

 頭を抱えたままながらもちゃんと承るセンティの茶色い頭を、バリー副隊長もクシャリと撫でた。半年程前に配属されたばかりの先月十六歳になった少年は、砦の隊員達からは幼い弟のように扱われていた。だからこそ、自分よりも見るからに年下のヨーシュア少年を弟扱いしたかったのだろう。

 片付けをセンティに任せ、二人はイリヤス隊長の部屋へ共に入った。



 この砦の居室はどれも大きさは同じだが、一人部屋として誂われている隊長と副隊長の部屋にだけ、ベッドとクローゼットの他に執務用の机がある。イリヤス隊長は部屋に入ってすぐに、行儀悪くその机に腰掛けると、バリー副隊長の目を見た。

「公都からの返事は届いたか」

 バリー副隊長は直立したままイリヤス隊長に答える。

「我々が食事を摂る前に届いておりました。先に確認しましたところ、公国及び近隣国で王侯貴族の拉致誘拐等の情報はまだ無いようです」

 答えてから、イリヤス隊長に小さく折り畳まれていた皺の残る書類を渡す。

 それを受け取ったイリヤス隊長は、目を通すと溜め息を吐いた。

「騎士団の出立が明日の昼ってことは、こっちに着くのは明明後日ってとこか。せめて明日の朝には出立して欲しかったな」

「『貴族と思われる少年の保護』ですから、準備に時間が掛かるのは仕方ないでしょう。それと、我々と違って雪山に慣れていませんから、もう一日余計にかかるかと思われます」

 それを聞き、イリヤス隊長は強く眉を顰める。空を飛ぶ鳥ならば数時間で往復出来るが、地上を行く馬車は砦のあるこの場所の麓にある村まで、公都から片道で一日半掛かる。夜間も移動すれば一昼夜で着くだろうが、要人と思われる人物を迎えに来るのに、ボロボロの状態ではまずいだろう。麓の村に三日後の夕方に着いたとして、そこで雪山への準備を整えるのに一日かかるとすれば、更にもう一日遅れるだろうことは成程納得出来た。

「俺らが不敬罪やらかす前に、さっさと迎えに来て欲しいものだな」

 イリヤス隊長は舌打ちをして立ち上がり、執務机の椅子に座り直した。

「で、バリーはあの方をどう見る?」

 バリー副隊長は目を閉じて暫し考える仕草をした。それから目を開け訥々と語り出す。

「そうですね。まず、お召し物についてですが、あれほど美しい純黒の染めは見たことがありません。黒は染めるのに難しい色ですから。生地の手触りも滑らかで仕立ても驚く程細かく丁寧に縫われていますから、相当高級な衣装ですね。外套は黒ではありませんが、軽いながらしっかりとした保温性があるようです。こちらの仕立てもとても細やかで丁寧です。外套と上着のどちらにも、着心地を良くするための裏地がありましたが、シルクとはまた違ったスベスベとした肌触りでした。それから、かの方が付けられてた首巻きは触れられましたか?」

 布について語り出すと止まらないバリー副隊長に、イリヤス隊長は内心苦笑する。

「ああ、あの綺麗な青の奴な。触っとらんが、あの染めも高そうだな」

 イリヤス隊長の返事に一つ頷いて、バリー副隊長は更に続ける。

「染めの美しさも素晴らしいのですが、厚手の織物かと思えば、極細に撚られた毛糸の編物だったんです。あのように細く丈夫に毛糸を撚る技術もその細い毛糸をあそこまで細かく均一に編み上げる職人も、我が国はおろかこの大陸では聞いたことが有りません。恐らくは―――」

「海の向こうの技術、か」

「はい。とても綺麗なデール語を使っておられますが、デール両国外の者にみられる地方の訛りが感じられません。母国語とは別に一からデール語を学ばれたのでしょう」

 成程とイリヤス隊長は頷く。

 バリー副隊長の実家の男爵家は紡績と、織物と編物とをメインとした服飾産業を生業にしている。そのバリー副隊長が聞いたことがないというならば、少なくとも近隣諸国にその技術は無いのだろう。

 海の向こうの大地については情報が少ない。こちらの大陸とは文化も生態系も違うらしいということと、南のバルミア王国が交易が有るらしいということくらいしか、イリヤス隊長は知らない。

「バリーの予測は海の向こうの国の王族、ということだな」

 イリヤス隊長の言葉にバリー副隊長はしかし、縦に首を振らなかった。

「海の向こうの国でも国主の城をテラと呼ぶとは思えませんので、そうとも断言出来ません。デールの貴族に言葉を習ったのなら或いはとは思いますが、海の向こうと何らかの交易のある近隣国の王族の可能性も捨てきれません」

 イリヤス隊長は眉を顰めて「めんどくせぇ」と呻きながら書類を引出しに仕舞った。いずれにせよ、他国の王族がヴァンデール公国の辺境で発見されて何事も無いはずはない。あまり大事になってくれるなと祈るばかりである。

 続けて、机上の木の箱に収められた数枚の書類に手を伸ばす。それを見てバリー副隊長が再び口を開く。

「そちらの報告書はセンティに書かせた物ですが、他の隊員から得た補足を二つ申し上げます。現場は既に新雪が積もり、状況確定には至らなかったとの事です」

 書類に目を通しながら、イリヤス隊長は「そうか」と呟く。

 きちんと様式に沿って作られた書類に特に問題は無いが、裏取りなどの点ではセンティはまだこれから学ばせねばならないところだろう。

 センティの作った報告書には、ヨーシュアと名乗った少年が倒れていた場所は世界の果ての縁で最も低い場所であることから、付近から滑り落ちた可能性のあること、その為、実際の現場と推測される場所は広範囲に渡り、今後要調査であるという事などが、規定の様式でまだるっこしく書かれていた。要点と日付けと報告者の名前さえ書けば一枚の半分にも満たないのに、軍の規則はくだらないとイリヤス隊長はいつも思う。

「それで、もう一つはなんだ」

 二つと言いながら一つしか告げないバリー副隊長を不審に思い、イリヤス隊長は顔を上げた。

「世界の果ての闇が消えました」

「……は?」

 これまでの常識を覆す特大の爆弾を落とされ、完全に思考が止まってしまったイリヤス隊長を、バリー副隊長は平然とした表情のまま、やっぱりなと小さく呟いて暫く見守った。

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