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1 闇

 

 気が付くと闇の中にいた。


 浮遊感があるけど、どちらが上なのか下なのか、真っ暗な闇の中、分からない。夢の中のように現実感がなかった。

「俺、死んだのかな。即死、っぽいよなー」

 闇の中で声に出して一人ごちる。声は反響することも無く、広い場所のようだった。

「ユート、大丈夫かなぁ。俺、あいつの目の前で……だよなぁ……」

 当たり所が良ければ助かっているかもしれない。だけど、跳ね飛ばされた先は車の進行方向。地面に打ち付けられた直後に車の黒いタイヤが目の前に有った。めきり、と、頭蓋骨が軋むのを感じた。頭が潰れた気がする。きっと、気の所為じゃないだろう。そんな状況で助かったとは思えない。それを目の前で見せつけられた佑人の事を思うと、苦しい。

「あいつ、絶対、自分がカイロ落としたせいとか思ってそう。俺がドジっただけなんだけどなー」

 意識が闇に飲まれる直前に見えた幼なじみの顔を思い出す。十年来の付き合いの親友は、何でも自分自身に背負い込む癖があった。

「お前のせいじゃないよ」

 直接伝えられれば良いのにと思う。死んでしまった俺には生きている佑人に話しかける術がない。それに、幽霊になって現世にとどまるには、生きることに未練が薄いのかも知れない。小さい頃から何度も呼吸困難で死を覚悟したことがあったせいで、死んでしまったなら仕方ない、そう割り切っているし、即死なら、苦しまずに済んで良かったとさえ思っている。

 死んだことには未練は無いけれど、佑人に罪悪感を抱かせてしまっただろうことが辛かった。


「今って輪廻転生の準備中、とかなのかなー」

 自分自身の気持ちを誤魔化すように、周りへ意識を逸らす。闇の中を見渡してみても、どこまでも真っ暗で自分の体すら見えない。死後の世界のお迎えの姿もない。

 死んだら最初に三途の川を渡るんじゃなかったっけ?生まれ変わるなら、また人間がいいな。修羅道とか餓鬼道とかはヤだなぁ。そんなことを考える。そして、その時、ふと気付いた。強い力に引っ張られている、落ちている、と。

「あー。俺、地獄に落ちるのかー」

 他人事のように呟いた。



 落ちている中、周りに誰かいる。そう感じた。

「誰かいるの?」

 それに答える声はない。変わらない闇と静寂が続くばかり。

 独りが寂しくて、誰かが居ると感じた方へ手を伸ばしてみた。闇の中では自分自身の伸ばした指先さえも見えない。それでも、そこに居る誰かに触れられたらと思った。

 誰かに触れた、そう思ったのに、その瞬間にその誰かは消えてしまっていた。

「あれ?気のせい?」

 その方向をじっと見つめても暗闇しかなく、そこに居ると思った誰かは、もう感じられなかった。それじゃあと、その近くの別の誰かにまた手を伸ばしてみる

 右に、左に、沢山の誰かを感じたけれど、その誰かの気配は皆、手を伸ばすと消えてしまった。「誰か」は、気がつけばほんの僅かしか感じられなくなっていた。

「地獄の底までツアーは少人数ってことなのかな」

 俺は誰かに触れる事を諦めて、そのまま落下に身を委ねた。


 どこまでも落ちていく。

 こちらから触れることは諦めたけど、周りの「誰か」の方から近づいてくる気配が有った。でも、それも俺が手を伸ばした時と同じように、触れたと思った瞬間には消えていく。消える瞬間、俺の中に何かが流れ込んでくるような気がするけれど、ただの気のせいかもしれない。

 そんなことが繰り返され、やがて、最後の「誰か」も消えた。

「ぼっちかー」

 完全に独りになっても落下は止まらない。

 孤独な暗闇の中で、また、落ち始める直前のことに思いを馳せた。


 この暗闇の中で落ち始めて、どれくらい経ったのだろう。

 もう、何千年何万年も落ち続けている気もするし、ほんの数分しか経っていない気もする。時間の感覚はとうに失くしていた。時々思い出す親友への罪悪感が、ただ、自我を繋ぎとめていた。

「地獄の底まで落ちちゃうのかなー。鬼とか悪魔とかに捕まったりするのかなぁ……」

 また独りごちる。俺はまだ十五歳だった。ちょっと悪ガキだったかもしれないけど、地獄の底まで落とされるほど悪い事をしたとは思わない。でも、親より先立つ不幸者って言葉が有るし、それで言ったら地獄行きなのかなと思う。住職やってる爺ちゃんから聞かされてた閻魔様の裁判は受けてないけれど、「落ちる」イコール地獄だろうと思った。

 地獄の底まで落ちたらどうなるんだろう。鬼に追われて呵責を受けるんだろうか。それとも悪魔に魂を食われてしまうんだろうか。

「異世界転生とかしてみたかったなー」

 好きだったファンタジー小説を思い出し、漠然とそう呟きながら落ちて行く。

 漫画や小説なら、この場に女神さまとかが現れてチートな能力を授けくれて、新しい人生が始まったりするんだろう。でも、そんなことは無く周りは音も無いただの暗闇だけだ。

「俺は落ちてくだけなんだな……」

 どこまで落ちるのか、いつまで落ち続けるのか分からない。只管に落ちて行く間に、なんだか自分と言う存在が擦り切れて行くような気がした。

 そしてまた、佑人の顔を思い出す。

「お前のせいじゃないよ」

 自分を失わないための呪文のように、俺はそう呟いた。



 どれほど落ちたのか分からなくなった頃、底に着いたようだった。いつの間にか落ちて行く感覚が無くなって、仰向けに転がっていた。底であるそこも闇の中だった。

「真っ暗。これじゃ鬼や悪魔が居ても分かんないじゃん」

 見えない世界でぼんやりと呟く。

「地獄の一丁目かなー。ここが底で良いんだよね。闇が邪魔で見えないなー」

 見えなかった「誰か」にしたのとと同じように、上へと手を伸ばす。闇が消えたらいいのにと思いながら。

 直後、闇が消えた。真っ暗だったそこから闇が消え、白い世界が残った。

「あれ?」

 白い世界に光があるわけでは無い。闇が有ったから真っ暗だっただけで、闇が消えると周りが見えるようになった。

 そこはまさに「底」だった。盆地のように、周りは自分がいる場所よりも高い。白以外の色がないせいで距離感が掴めない。

 ぼんやりと見渡し、取り敢えず一番高く見える方を目印に歩いてみることにして、立ち上がった。


「―――――■を■■■の■■■」


 何処からか声がした。腹の底に響く低い声だった。まだ数歩も歩いていないその場で立ち止まる。その声が足元からした気がしたからだ。

「嗚呼、■■■か■■■か■っ■■のか」

 再び声が響く。何を話しているのか、声が低すぎて聞き取れない。

「誰?何言ってるのか分かんないよ」

 誰何の声に答える反応はない。大きな独り言だったのだろうか。

「■■はもう■■れた。■■■■■■■お■■か■■よ、■■■■中で■■■■■らせ■くれ。」


 その声が終わった直後。

 どぷり、と。

 深い淵へ沈み込むように、俺は白い闇の中で意識を失った。

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