腹が減っては戦はできぬ
「えらい目に会った」
カレーライスを前にため息を吐く。なんだか今日一日だけでもため息ついてばっかな気がする。
「まぁまぁ。許してもらえたし良かったやん」
責任の一端は佑希にあるというのに、知らぬ存ぜぬで通すつもりのようだ。まぁ許してもらえたのでいちいち突っつく事でもないかとも思うが、毎回このパターンを繰り返している。そろそろ釘を差しておくべきだろう。
「貸し1な」
「えぇ~。いーやんか別にー」
「さすがに無理。何回目やねん」
縋ってくる佑希を振りほどき、唐揚げを口に運ぶ。相変わらず美味しい。そうやって黙々と唐揚げを味わっていると、諦めたのかいじけながらカレーライスを混ぜ始める。
「相変わらず汚い食べ方ね」
「わかってないなぁ。こうすることでルーとご飯がいい塩梅で混ざるんよ」
「そんなのご飯を切り崩しても同じじゃない。何より見た目が悪いし」
豪快な性格の佑希と何事にも丁寧な梓はよくこうやってケンカにもならない言い合いを良くする。
屋台のくじ引き屋でどれを引くべきか考え込む梓に対して佑希が早くしろと言ったり、文化祭の飾りつけの指揮を執っていた梓が、佑希の作業の仕方に対して修正を指摘したりと、互いに我慢すればよいと思うのだが、つい口を出してしまうらしい。
「またやってんなぁ、いい加減飽きてこんのかな」
「どーなんやろ、まぁ勝手にさせといたらええんちゃう?」
外野が何を言っても解決しないので、本人たちの気が済むまでやらせるしかないのだ。それに見てる分には面白いので無理に止めようとも思えない。基本平行線なのだが、ごく稀に二人の意見が重なる時があり、人の感性の不思議な所を見れる。
「そーいや今日の日替わりなんやったん?」
食べ方についてあーでもないこーでもないと熱を飛ばす二人を傍に、羽奈の機嫌取りを取るべく向き直る。
「アジフライ定食!」
オムライスのことなどなかったかのように、弾んだ声で食べかけのアジフライを見せつけてくる。プリッとした白身に程よい衣が付いており、非常に食欲をそそられる。
「めっちゃ美味そう」
純粋に思った事を言う。唐揚げも美味しいが、やはり隣の芝は青いのだ。
「俊也」
名前を呼ばれて顔を上げると、羽奈が箸でアジフライをつまみ上げ差し出してきた。
「一口あげる。口開けろ」
あまりに色気のない言い方にがっかりする。期待するだけ無駄だ。
「じゃ、遠慮なく」
そう言い一匹丸ごと齧り取る。予想に違わず、サクサクの衣とプリッとした身の食感が口内を満たす。
「あ、こら!一匹とは言ってへんって!」
焦った様子で羽奈が肩を叩いてくるが悲しい事に全く痛くない。本人は至って真面目なのが妙に面白く、思わず笑ってしまう。アジフライを奪った挙句急に笑い出した俺に、羽奈は眉を上げトレイを持ち上げ振りかぶってくる。
「ちょっ、それはさすがに危ない!。落ち着け!」
流石にトレイて叩かれると多少の怪我は覚悟ものだ。何とかそれを避けるため手を頭の上で組みガードすると、頭は危ないと判断したのか腕を狙い振り下ろしてくる。
「ごめんって。梓ぁ!助けてくれ」
「嫌よ、自業自得だもの」
バシバシと腕をトレイで叩かれながらなんとか助けを求めるべく梓へ手を伸ばすも、冷たくあしらわれる。自業自得ではあるのでぐぅの音も出ない。何とかやめさせようとトレイをつかむと、むきになった羽奈が今度は足を蹴ってくる。
「ごめんって、これあげるから」
羽奈の動きが止まったタイミングで唐揚げを差し出す。
「肉厚も良い感じでめっちゃ美味しいぞ。ほら」
ふくれっ面を続ける羽奈だったが、段々と視線が唐揚げに泳いでいく。そのまま齧り付きそうなものだが、懐柔されまいと必死に耐えている。目の前で箸を揺らしてみると、羽奈の顔も左右に動く。
「ってうちは犬じゃない!!」
はっと我に返った羽奈がそう叫ぶ。威勢よく叫ぶが、生唾を飲み込んでいるあたり本心では欲しいのだろう。
「まぁまぁ、ほれ。一口いってみ」
免罪符を与えてやると渋々といった風で齧り付くが、美味さには勝てなかったのか一噛み味わうたびに口元は緩んでいく。
「…美味しい」
悔しそうに羽奈が言う。ちょっと意地悪し過ぎた感じがしたのでお詫びにもう一個分ける事にする。
「もう一個いるか?」
「うん」
思いの外素直な声が返ってくる。嫌味の一つでも言われると身構えていたので妙に肩透かしを食らった気分だ。我知らずドギマギしていたのか、錆びついたロボットの様な動きで唐揚げを羽奈の口元に運ぶ。
「ふん」
唐揚げを端からかっさらうと、それっきり自分が運んできた昼食を食べ進める。羽奈らしくない態度に緊張してします。
(いや、なんで今更緊張してんねん)
心の中で言い聞かせ、俺も残り少なくなった唐揚げへと箸を伸ばす。いつの間にか話し合いの決着がついたのか、佑希と梓が呆れ顔で溜息を吐いていた。空気を換えようといい話題が無いか考える。が、いい話題が思う浮かばない
「そういえば、こないだ言ってたテレビは見たの?」
黙りこくった俺に代わり梓が話題を振る。いつか、最近推しているモデルがテレビに出ると、待ち遠し気に話していたのを思い出す。どんな人なのか尋ねると、決壊したダムの様に羽奈が勢いよく喋り出すものだから、しばらくの間仏像になって耐えしがざるを得なくなった。
「そーなんよ!め~っちゃくちゃ可愛かった…」
(これは長くなるなぁ)
こうなったらこいつの気が済むまで喋らせるしかない。むしろ途中で口を挿む方が気力が必要だ。軽く意識を飛ばしながら覚悟を決め、既に暴風に晒されている二人へ心中で謝罪することにした。
その後チープな電子音が昼休みの終わりを告げるまで、そのモデルがどれほど可愛いのかという羽奈の説法は続いた。気が済むまで喋れた羽奈はすっかり元気になったが、俺達三人はややげんなりしている。ここから午後の授業を耐えなければならない事も遠因だ。午後一の授業を乗り越えれば後は楽なのが唯一の救いだ。
「チャイムもなったし、教室戻ろっか」
そう言い満足げな顔で席を立ち、トレイを返却口に運ぶ。返却口越しに食堂のおばちゃんに美味しかったと伝えるほどだから、機嫌はすっかり上向きになったようだ。羽奈に倣い俺もご馳走さまでしたと伝える。感謝は大事だ。
「いや~満腹満腹」
お腹をポンポンと叩く羽奈。結局俺の唐揚げを2つも食べた上に梓からも分けてもらっていたのだから当然だろう。そのくせ見た目には表れないのだから不思議なものだ。
「何?」
お腹を見ていたのがばれたのか、不審者を見るかのような目つきでそう聞いてきた。
「いや、別に。何でもない」
「怪しいなぁ。何思ったか言え」
「次の授業の宿題終わったんかと思って」
「あ、やってないかも」
考えていたことが顔に出ていたのかと思ったが、何とか苦し紛れの話題転換に成功し誤魔化す。
「どうしたの?二人とも」
なおも疑いの目を向けてきていたが、羽奈が宿題の内容に思考を伸ばしていた事と、佑希と梓の二人が合流してくるタイミングが重なり何とか追及されずに済んだ。良かったと胸をなでおろしていると佑希が近寄ってくる。
「どーせまたいらん事言ったんやろ」
「なんも言ってない」
すべてわかってると言いたげな顔で耳打ちしてくるが、正直に言った所ですぐに告げ口するつもりだろう。なんにせよ言わない方が丸い。だんまりを決め込む俺だが、なおも聞き出そうと動こうとしない佑希。奇妙な沈黙があたりを包み込む
「ほら、突っ立ってないで早く行くわよ」
梓が俺たちの襟をぎゅっと掴み、そのまま引きずっていく。ただ、急に姿勢を変えられた物だから、俺は思わずたたらを踏み、何とかこけないように踏ん張るも、支えきれず体が傾いてゆく。
「危ない」
そんな声と共に、受け身を取ろうと伸ばした腕が、横から伸びてきた手に支えられる。お礼を言おうと視線を上げると呆れた顔の千尋が視界に入る。そのまま腕を引っ張り上げてもらう。こけそうになった拍子にポケットから落ちたのか、床に寝っ転がっていた財布を拾う。
「ボーっとしてるんはいいけど、しょーもない怪我はするなよ。大会近いんやから」
「あぁ、もうちょっと気ぃ付けるわ」
「そうしてくれ」
梓にも危ないことは控えるようにと注意をし、そそくさと去っていく。千尋の忠告通り怪我がないか確認しておく。突き指もしていないし、捻挫もない。健康体そのものだ。
「ごめん、ちょっと考え無しだったわ。大丈夫?」
梓が眉を下げながら怪我をしていないか確認してくる。手を握る・開くを繰り返し、足首の調子もおかしくないか再確認するが、やはり捻挫も打撲も突き指もない。
「大丈夫。俺頑丈やから」
そう梓に伝えるもしばらく疑っていたが、問題が無いと納得できたようで俺から手を離す。そのまま佑希にも同じように怪我をしていないか手を当てて確認をとりだした。普段真面目なだけに、自分が人に怪我をさせたかもしれないと思うと落ち着かないのだろう。元はと言えばふざけていた俺たちが悪いのだから、自業自得だと思うのだが。
幸い、佑希も怪我はしていなかったようで、梓の肩からふっと力が抜けた。
「怪我が無くて本当に良かったわ」
「大げさなんやって、もしこけてたとしてもそんなえらい事にはならんよ」
「そうかも知れないけど、一応見ておきたいじゃない」
「みんな何してんの?早く行かんと宿題終わらせる時間なくなるって」
俺たち3人が一向に現れない事を不思議に思って、羽奈が駆け戻ってくる。話している最中も足踏みをしている辺り相当焦っている様だ。話題を逸らす為に言ったことが思いの外刺さったらしい。
梓に宿題を写させてほしいと頼んでいるあたり本当にやっていないのだろう。梓も馴れたもので、どこにノートを置いているかを教えている。
「じゃあ先行ってるで!」
俺たちに急ぐ気配が無いことを察したのか、バタバタと賑やかな足音を立てて一人教室に戻る羽奈。
振り返る素振りすらない。
「あれはまだ1ページもやってないって感じやな」
「こないだあんなに次はないぞ~って脅されてたのに流石やわ」
勝負事は準備が肝要だと昔の偉い人も言っていた。どこの誰だったかは覚えていない。優秀な俺たちはしっかり準備をしたのだ。
「あんたたちも昨日私のノート写してたでしょうが。全く、なんでこんなのしかいないんだか」
佑希と二人でうんうんと頷いていると、梓が呆れとも諦めともつかない声音で呟いた。
教室に戻ると羽奈が一人黙々と手を動かしていた。時計の針は授業開始5分前を指している。おそらくラストスパートをかけている真っ最中なのだろう。俺たちが近づいても全く気付かない。スイッチのオンオフがはっきりしているのが良い所だが、普段オフモードばかりなので、黙々と机に向かう姿は別人にしか見えない。
「おぅおぅ、集中してるねぇ。結構ボリュームあったのにほぼほぼ終わってる」
「その集中力を普段から出してほしい所よね」
「それは無理やろうなぁ」
羽奈の邪魔にならないように気を付けながら、もう終わりそうかを確認する佑希。視界の邪魔にならないよう後ろからのぞき込むと9割方終わっていた。丸写しとばれないよう所々変える事も忘れずやっている。
やればできる奴ではあるのだからもっとまじめに授業を受けて欲しい、と口酸っぱく梓が言うのだが、なんだかんだ要領よくこなせる羽奈は本気にせず、最後には梓に抱き着いて誤魔化している。梓も根本的には羽奈に甘い部分があるため上手く流されている。
「終わったぁ~!」
「おつかれ」
羽奈が両手を上げて伸びをする。伸びをした勢いのまま椅子を傾け後ろをのぞき込むが、バランスが悪いのかグラグラしており、見ていてとても危なっかしい。
「おぉ、世界が反転して見える」
俺たちが大丈夫かと心配しているよそで、当の本人は呑気に過ごしている。
「何してるの。危ないからやめなさい」
見ていられなくなったのか、梓が羽奈の膝を抑え、椅子を四本足でしっかりと立たせる。しばらくジタバタと暴れていた羽奈だが、梓が一睨みを効かせて大人しくさせる。まるで親猫と子猫の様だ。
「ちぇ~、大丈夫だって~」
正面の梓と目を合わせないようにそっぽを向き文句を垂れる。
「まぁ頭打ってこれ以上バカになったら困るしなぁ」
「ちょっと、それどういう意味」
「いやいや、そのままの意味」
「自分も人の事言えへんかったくせに!」
,,,確かに昔の俺は羽奈と同じく勉強嫌いだったが、転校先の環境に恵まれたようでその苦手意識も自然と薄れていった。その結果成績は中の上をキープできるようになったのだ。
「こないだのテストもう忘れたんか?人は進化する生き物やぞぉ」
「うぅ~。こないだまで同じぐらいやったのに」
「俺らはまだ発展途上やもんな、これからこれから」
佑希がフォローをするがイマイチ信頼に欠ける発言だ。羽奈と佑希は毎回赤点をギリギリ回避していて、教師陣からも目を付けられている。
「あんたも他人事じゃないでしょうが」
「えぇ~,,,フォローしただけやん。ひどくない?」
「ひどくない。文句言いたいなら成績上げなさい」
(ばっさり切られたな。可哀想に)
崩れ落ちる佑希。笑い転げる羽奈。呆れる梓。まるで兄妹のような組み合わせだ。クラスメイトからも、「あぁ、またあいつらか」で定着している。
「次の中間で点上げてやる!」
「そ、頑張りさなさい」
まるで本気にしていない。ただ、なんだかんだ頑張るやつは見捨てないのが羽奈の良い所であり弱点だ。この間もやる気だけはある羽奈・佑希ペアに毎日勉強を教えてヘロヘロになっていたのが記憶に新しい。本人は人に教えるのが好きな気質故に、苦にはしていなかったがその期間中は授業中にうつらうつらとして、教師も目を丸くして珍しいものを見た、と楽しそうにしていた。
「ま、なんにせよ次の授業は寝ずに聞く事やな」
「「はぁ~」」
「はい、ため息つかない。ノート貸してあげないからね」
二人とも絶望した顔を見せていたが、やるしかないと腹を括ったやつは強い。たかが授業の一コマではあるが、やる気になってくれたのなら、まぁ良しとしよう。
「あんなこと言ってたけど、寝たら見せてあげるんやろ?」
「頑張り次第ね」
心なしか嬉しそうな顔。頑張ってる人を見るのが好きなのが分かる表情だ。
「ほんま、あの二人の事好きやな」
「まぁ、中学からの付き合いだからね」
皆様お元気でしょうか?
江間です。
前回から2カ月弱とお待たせしましたが、第四話となります!
いつの間にか冬が終わり、桜の季節。
入学・入社の方はおめでとうございます!
年次が上がった方は今年も頑張りましょう!!
作中も4月なので同じ時間を生きているようで、不思議な心持です。
(まだ一日もたっていないという驚き、、、なんならまだ午前中)
書きたい事はいろいろあるのですが、中々進めず。
いや~物語を書くってのは難しいですねぇ。
まだまだ先は続くのでお付き合いいただけると嬉しく思います。
それでは次回、第五話でお会いしましょう!