教室と寝息
ずいぶん間が空きました、、、
稚拙ですがお付き合いください
「梓ちゃんの絵、いいわね。羽奈ちゃんの特徴をよくつかんでるわ」
「だよね!才能発見じゃない?!さっすが梓、大好き!」
「まぁこんなものよ。いいから離れなさい」
俺たち四人の中でマリちゃんから高評価を得たのは梓だった。梓の描いた似顔絵は一本の線からでも羽奈の天真爛漫な性格が読み取れるもので、羽奈は大喜びで梓を抱きしめた。そんな羽奈を照れ臭そうにぐいぐいと押し戻しながらもまんざらでもない顔をする梓。
「可愛い子同士の戯れはいいなぁ」
「やめろ、おっさん臭い」
「俊也も見てんじゃんか」
「うるせぇ、抱き着いたろうか」
心底嫌そうな顔をして俺を見ている佑希を置いて道具の片づけを始める。授業が終わるまであと10分。周囲のクラスメイトにも片づけを始める奴がちらほら現れ始める。
満足したのか、梓を解放した羽奈が次は二人だといわんばかりにこちらに目線を送ってくる。
「ねぇ、そっちはどんな感じの絵になった?見せてよ~」
「嫌。絶対笑うやろ、お前」
「笑わんって!」
そういいつつも羽奈の口元にはきれいな三日月が覗いている。
こいつが笑わんと言って、実際に我慢した試しがない。
「俺はいいぞ~。見てみろこの傑作を!」
「どれどれ~。…おぉ」
高々と掲げられた佑希の右手には、先ほどまで俺の目の前にあった絵がある。
意気揚々と佑希の絵を見に来た羽奈だったが、自信にあふれた佑希の声と眼前に表れた絵のギャップにフリーズしている。
「すごいやろ!我ながら名作やと思ってる」
羽奈の反応を見ていないのか、佑希は指で鼻先を擦りそう言い放つ。一瞬固まっていた羽奈も気を持ち直し、眼前の珍妙な絵に対しての評価を下す。
「う~ん。見ようによっては名画ではあるか」
「どこがよ。落書き一歩手前じゃない」
ただ、まだ動揺しているのかいつもの調子で、茶化さず変に真面目ぶっている。見かねたのか梓がため息交じりに横から辛辣な評価を出す。しかも、頭痛がするのか額に手を当てるおまけ付きだ。
「あんまりテキトー言うなよ。調子に乗る」
「もう手遅れよ、見せびらかしに行ってる」
「「あぁ~」」
周囲に被害がいかないよう釘を差すが、台風は既に旅立っていた。移動先を見ると、次のターゲットを定めたのかマリちゃんの方へ一直線に向かっている。
「あ~、マリちゃん困ってるよ」
笹原は佑希を気づ付けないよう取り繕ってはいるが、やや眉尻が下がっている。ただ口元には笑みが浮かんでおり、佑希の勢いに気圧されつつも、楽しそうな勇気に引っ張られ、なんとも面白い表情だ。
「まったく、馬鹿ね」
「それが佑希の良い所じゃん」
笹原にも褒められたのか、一層賑やかになった佑希を眺め梓がそう零し、羽奈が続く。何に対しても常に前向きで、全力で楽しむ。佑希の良い所だ。皆もそれをわかっているのか、茶々を入れるが本心ではあいつが何をするのかワクワクしている節がある。
そんな事をしている間に一限目終了のチャイムが鳴る。
「佑希、教室戻るぞ~」
「先戻ってて~。片づけたらすぐ追いつく!」
「りょーかい。すぐ来いよ」
「あ~い」
俺たち以外のクラスメイトにも絵を見せようと席から離れていた佑希は、これから片づけらしい。
待っていてもしょうがないので、佑希を置いて三人で美術室を出る。
「行こっ!」
「引っ張らないで、歩きにくい」
羽奈は梓の腕をぐいぐいと引っ張り、梓が腕を解こうとしばらく藻掻いていたが無駄な抵抗と悟ったのかすぐに大人しくなる。慣れたもので、梓も羽奈に歩調を合わせ上手くバランスを取っている。
しばらくそのままで話していたが、角を曲がり教室前の階段を上ったあたりで、背後から声がかかる。
「朝から元気やな、桜井に城田」
「マコっちゃん!おはよー」
「おはようございます、誠先生」
「おはよう。澤木、腹の調子はましになったか?」
「ぼちぼちっすね、えらい目に会いました。」
廊下ではしゃいでいた羽奈達に声をかけてきたのは、福原誠。年中白衣を纏い、寝不足気味の目に眼鏡をかけた担任教師でアラサー独身男だ。
「ちょっと、ウチの心配は無し?」
「そんだけはしゃいでたら元気やろ。それに桜井の遅刻はいつもの事やからな」
「ひどい!」
さすがは担任をしているだけあり、羽奈の調子には柳に風だ。彼女の遅刻に対しても若干境地に至っている。
「まぁ、当然ね」
「梓まで!ウチの心配をしてくれるのは俊也だけやわ」
「いや、別に心配はしてない」
福原の反応が不服だったのか梓と俺に助けを求めるが、誰も手を差し伸べてくれず項垂れる羽奈。壁によりかかる演技付きだ。
「高崎はどこ行った?」
「佑希はまだ美術室で片付け中です」
相手をするだけ無駄と、羽奈をスルーして福原と会話を続ける。
「あぁ、笹原先生にかまってもらおうとしてたんか。懲りへんなあいつも」
「まぁ佑希やし」
「何でもええけど授業には遅れんなよ~」
最後に俺たちにそう言うと、手に携えていた教材を持ち直し福原は3年の教室へ向かい、階段を上がって行く。相変わらず適当な人だ。
「おまたせ~、えらいゆっくり歩いてたんやな。まだ教室に入ってないとは思ってなかったわ。もしかして俺の事待ってた?」
福原の背中を見送り、それじゃあ教室に入ろうとしたタイミングで佑希が追い付いてきた。
「いや、私達もあんたを置いていこうと思ってたけど、誠先生に捕まってたの」
「ひどいなぁ。で、これはどうした?」
梓が中々ひどい事を言うが、言われた佑希はあっけらかんとし、ドアの横でうずくまっている羽奈を指さして聞いてくる。
「いつものあれ」
「はは、マコっちゃんにもあしらわれたか」
「うるさい!これっていうな!」
復活した羽奈が佑希にそう言い、腕を振りながらずかずかと教室へ入っていく。俺たち三人は顔を見合わせると、誰とはなしに笑い出す。
自分を置いて盛り上がる俺達をみて混ざりたそうにしているが、自分から離れた手前戻って来づらいのか、睨みつけてくる。
「何笑ってんの!早くこっち着て!」
こういう時の羽奈は有体に言って、死ぬほどめんどくさい。佑希の方を見ると同じことを思っていたのか、微妙な顔をしている。そっと佑希の肩を叩くと理解したようで、大げさに梓へ声をかけた。
「ほら、指名入ったぞ~」
「え?私?」
こういう時は梓になだめてもらうのが一番早い。尊い犠牲というやつだ。
我関せずを決めようとしていたのに、急に矢面に立たされた梓は驚いた眼で俺と佑希を見る。逃げようとしているのか少しずつ離れようとしている。
梓が言葉を発する前に、すかさず援護射撃を送る。
「ほら、お客様を待たさない」
「お兄さんまだぁ~」
面白そうな匂いを嗅ぎつけたか、羽奈も乗ってくる。俺たちをせかす空気はまるでキャバクラの常連客だ。
「はぁ~、はいはい。今行きますよ!」
あっという間にいつものノリに戻った俺たち3人を見て、逃げられないと悟ったのか深いため息をつく。早く来いと手招きをするスケベ親父と化した羽奈へと向かう梓に、二人で敬礼を送る。
「これで良し」
いい仕事をしたと、額の汗を拭う仕草をする佑希。わざわざ梓の方に見せびらかすようにしていてるところを見ると確信犯だ。梓の方からも見えていたのか佑希に向かって舌を出している。
「一件落着や」
後で何か言われたら誠心誠意謝ろうと心に決めるが、あえて指摘する意味もないので便乗しておく。羽奈にいいようにされていたが、原因である俺たちがふざけているのを見て我慢できなくなったのか、抜け出そうと藻掻いている。
「よくない、馬鹿!俊也も同調するな!」
「「は~い」」
結局抜け出せずに威嚇してくる。茶髪を逆立て精一杯怖い顔をしているが、残念なことに羽奈に頬ずりされ、後から抱き着かれ、膝に乗せられている姿では微塵も迫力がない。
そうこうしている内に満足した羽奈が梓を解放し、恍惚とした顔で俺たちを見渡す。充電ばっちりといった様子だ。
「3人共暴れてどうした、迷惑やぞー」
数秒すると状況を把握したのか、さっきまで自分も一緒にふざけていた事実を棚に上げ、ふざけた事を宣う。
「お前が言うな」
まるで自分は何もしていないといわんばかりの羽奈に梓が拳骨を落とす。頭をさすりながら恨めしそうに睨んでくるが、俺や佑希ではなかっただけ感謝してほしい所だ。
このまま立っていても仕方ないので、席に向かう。俺と梓は出入口側の最後列。羽奈と佑希は窓側の最後列だ。きれいに半々に分かれている。うるさいのが二人固まっている為、福原へのダメージは相当だ。
「疲れた」
席に着くや否やぐったりと机に上体を投げ出し、魂が抜けたような声音で梓がそう呟く。
「大丈夫か~。生き返れ」
完全にダレた梓へと、下敷きを仰ぎ風を送ってやる。少しはましになったのか、顔を少し傾けて少しばかり生気がもどっか瞳を向けてくる。
「いい風。そのままもうちょっとお願い」
そういった切り再び机に突っ伏する。今度は上着を枕にし完全に休息モードへ入る構えだ。季節外れの暑さに加え突っ込みの連続で、ただでさえ少ない体力を一気に奪われただからこうなるのもうなずける。熱いのはこちらもだが我慢できる範囲なので大人しく従う。
「あいあいさー」
5分間ぐらい仰いでいると動ける程度に回復したのか、起き上がり伸びをする。
「ありがとう、だいぶ回復したわ。前が佑希じゃなくて俊也で良かった。」
礼を言うついでに、元凶の一人である佑希に毒づくのも忘れない。完全復活だ。ただずっと腕を動かしていた俺としては選手交代をしてほしい。5分とは言わないまでも、ちょっとというには長い間腕を動かしていたものだから、腕を思わず撫でる程度には疲労している。
「次は俺仰いでくれ、疲れた」
仰いでいた腕を指さし、お願いする。
「はぁ~、仕方ないわね。下敷き貸して」
ため息をつきながらも素直に願いを聞き入れ仰いでくれる。こういう所が梓の美点だ。
「生き返るー」
梓の送ってくる風に加え、少しでも涼むように俺も自分でかをに風を当てる。
「もう大丈夫でしょ、返すわ。授業も始まるしシャキっとしなさい」
もう十分だと判断した梓が下敷きを返してくる。いつの間にか授業が始まる時間になっている。これ以上お願いしても、続けてくれないので大人しく前を向き準備を始める。
鞄の中から教科書とノートを取り出し、前回の板書を見返す。自分の記憶とノートの中身をすり合わせていると、佑希にお礼のジュースを買っていない事を思い出す。
(まぁ昼休みでいいやろ。どうせ購買行くし)
一応佑希に昼飯どうするかメッセージで聞くと、案の定購買に行くと返信が返ってくる。猫をデフォルメしたキャラがサムズアップしているスタンプを送り、スマホを閉じる。佑希の方を見ると、スタンプに負けじと親指を立ててくるが二限目開始を知らせるチャイムが鳴る。どちらともなく前に向き直り、委員長の声に従う。
教壇に立つ古文の教授が唱える念仏に抗う為、昼食をどうするかに思考を集中させつつ、板書だけは書き漏らさないよう意識する。
ふと羽奈へ目をやると腕を枕にして寝ていた。誤魔化すために教科書を立ていたが、自分の腕で倒している。佑希も舟を漕いでいるが何とか起きようと頑張っていた。
「気持ちよさそうね、あの二人」
梓も羽奈と佑希の姿を見たのか、恨めし気に告げてくる。
「ノート絶対見せてやらん」
寝息すら聞こえそうな見事な爆睡を決め込んでいる羽奈にお灸をすえてやろうと誓う。
「そうね、有難みを感じてもらおうかしら」
梓も全く同意見だったらしく、二人して薄ら笑いを浮かべる。
自分たちは必死に抗っているのに気持ちよさそうに寝られると腹が立つのだ。
授業が半分を過ぎた頃にはクラスの半数が撃沈していた。俺と梓は何とか粘ったが、佑希は耐え切れなかったようで舟を漕ぎだしたかと思えばそのまま夢の世界へ旅立っていった。佑希にしては耐えた方だとは思うが、寝た罰が何もないというのも面白くない。その後の授業は佑希の罰ゲームを考える事で何とか耐えきった。
余談だが、授業後半には後ろの席から机に頭がぶつかる音が何度か聞こえてきた。
半年は空かないと思いますが、気長にお待ちください~