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第2話 Go To 縁雅神社

 昼下がりの午後、僕は社務所で憂鬱なため息を付いた。境内には誰も居ない。


 昨日、邪神の感謝パワーで倒れた僕は気がつくと日本側の住居兼本殿の自室の布団の中に居た。目覚めた時はすでに正午を回っていた。キッチンに行くとテーブルに聖子さんからの置き手紙があり、それによると倒れた僕を天女ちゃんと一緒に自室まで運んでくれたらしい。聖子さんは今買い出しに行っているようだ。


 目覚めた時はすでに邪神の感謝パワーすべてを神正氣へと変換できていた。大量の神正氣を得たおかげで体調はすこぶる良い。非常に多くの神正氣を得られ、さすが邪神と言ったところだが邪神からの感謝パワーはもう二度とゴメンだ。これを消化するのはとんでもなく大変だった。ラードを1キロ無理やり食べさせられたような苦しさだった。


 僕が今現在悩んでいるのはやはり邪神の事である。彼女の無邪気さと今まで一人ぼっちの時間が長かったと想像できる生い立ちに同情して、少し絆されたしまった。だが彼女の力は紛れもなく邪神のである。それを昨日、身をもって感じた。“伝説の傭兵”のジャックさんによると、邪神と繋がりを持てばこちらまで不幸になってしまうらしい。


 とはいえすでに繋がりができてしまった。今更どうしようもない。本当ならすぐにでも異世界に行って、アリエさん達に僕の無事を知らせたいのだが邪神の存在がそれを躊躇わせる。彼女達からしたら急に僕が居なくなったわけだから、さぞかし心配している事だろう。


 ジャックさんの言う通り邪神と友だちになるなど早計であったか。超越神社に招いたせいで聖子さんとも繋がりができてしまったし。とはいえ昨日の出来事は悪いことばかりではなかった。上機嫌な邪神に色々とアロン教について聞き出すことが出来たからだ。


 まず邪神があの場に現れたのはアロン教徒の計画ではなく、僕の気配を感じたので会いに“繋がり”を辿って来たみたいだ。基本的に彼女は誰の指図も受けず奔放に動いているようだ。友達を作るのが目的で、今までは自身の姿が見えるカトリーヌさんを追ってプラプラとあてもなく彷徨うのが日課だったそうだ。


 邪神はアロン教の活動にはほとんど興味がなく、実際に運営を行っているのはメアとチムという二人らしい。二人婆織ににんばおりと呼ばれているこの二人の目的は分からず、彼女達は邪神の姿は見えずともその存在を感知することはできるらしい。お供えとしてお菓子をくれるから取り敢えずアロン教の神をやっていると言っていた。


 それからお友達になれる素質がある眷属を集めてくれるからとも言っていた。彼女にとって自身の邪氣を有する眷属はお友達候補であり、ほんの少しではあるが干渉できるらしい。そのお友達候補を僕が普通の人間に浄化してしまったからあんなに怒っていたのだ。でも僕が友達になったからその事は不問、というより全く気にしていないようだった。


 人柱についてはアロン教徒なら誰でもなれるというわけではない。アロン教徒の中でも素質のある者しかなれない中々にレアな人材であるそうだ。そういう訳だから邪神はそう簡単に世界に顕現できないようで僕としては一安心だ。


 でもやっぱり邪神は異世界の活動において最大のネックである。僕はどうしたものかと思い悩み、ボーっと空を眺めていると水晶さんがバイブった。


『良い方法があります』


「良い方法?」


『はい。縁雅えんが家のハクダ様ならカミヒト様の悩みを解決できるかと思います』


「ハクダ様って縁雅家が祀っている蛇の神様だよね? その神様が邪神をどうにかしてくれるの?」


『はい。彼らの言う“繋がり”とはすなわち“縁”でございますから、悪縁を絶つハクダ様の力をお借りすれば邪神との繋がりも薄くなるかと思います』


 そう言えば縁雅神社って縁結びだけでなく縁切り神社としても有名だったんだっけ。おじさんによれば、裏世界《あっち側》ではそっちの方が有名だという。


「力貸してくれるかなあ……」


 妖聖学園の入学式で縁雅家の縁雅千代えんがちよさんと初めてあった時、白蛇様が会いに来るようにと言伝てされたな。なぜか少し怒っているようだとも。怒らせた心当たり無いんだけどそれが心配だなあ。


『安心して下さい。ハクダ様はお優しい方ですから』


「だといいんだけど。水晶さん、蛇の神様と知り合いなの?」


『…………』


 返事がない。ただの水晶のようだ。こうなってしまったら水晶さんはうんともすんとも言わない。言いたくないことは頑なにダンマリを決め込むのだ。


「……行くか」


 他に方法もないし一抹の不安はあるが僕はすぐに縁雅神社に向かう事にした。








 公共交通機関を使い超越神社から40分ほど。威風堂々たる縁雅神社の大鳥居が立っている。先程、霊管れいかんのおじさんに連絡して縁雅家の人に取り次いでもらい、鳥居の脇、邪魔にならない所で待っているように指示を出された。


 勢いで縁雅神社に来たはいいがふとアポ無しで祭神の白蛇様に会わせてくれるだろうかと思い至った。いきなりハクダ様に会わせてくださいと言ってもきっと門前払いを食らってしまうだろう。もしかしたら怪しい不審者として捕らえられてしまうかもしれない。


 僕の縁雅家の知り合いといえば超越神社のお祭で会ったセツさんと天女あまめちゃんと同級生の千代さんだけである。どちらも連絡先は知らない。なのでおじさんにハクダ様に会いたいので仲立ちのお願いをしたというわけだ。


 境内は平日午後だというのに参拝客でそこそこ賑わっていた。流石は関東有数の縁結びの神社といったところか。客層は年配の人が多い。


 春の陽気が心地よく、10分くらいポケーっと立っていると鳥居から小柄なおばあさんが手を振りながらやってきた。セツさんだ。


「久しぶりだねえ」


「ご無沙汰しております。その後の体調はいかがですか?」


「見ての通り元気だよ。まだまだ若者には負けていられないさ。神主の兄ちゃんはどうだい?」


「僕も概ね元気です」


 昨日は邪神の感謝パワーでえらい目にあったけど。


「悪いねえ。ハクダ様がどうしても兄ちゃんに話があるとおっしゃってねえ。急いで来てくれたんだろう?」


「いえ、それもあるんですが、実はハクダ様にお願いしたいことがありまして……」


「ふむ? まあ、詳しくは歩きながら聞こうか。ついておいで」


 セツさんと一緒に鳥居をくぐり縁雅神社の境内を歩いた。今回は変な空間に飛ばされず済んだ。思えば縁雅神社に来るのは光の女神様に会ったとき以来か。あれからさして時間は経っていないけれど大変な出来事が色々あったな。人生で一番濃い時間だったかもしれない。


「それで、お願いって何なんだい?」


「ええ、縁切りってやつをしてもらいたくて……」


「なるほど。神主の兄ちゃんは関わりを断ちたい人間がいるんだね?」


「まあ、そんなところです」


 実際は人間ではなく邪神であるが。しかも異世界産の。


「ハクダ様は僕の願いを叶えてくれるでしょうか? 何か対価って必要なんですか?」


「そうだねえ。タダって訳にはいかないから、何か条件は出されるだろうねえ」


 やはり無料とはいかないようだ。どのような要求を出されるか知らないが強力な力を持つ邪神との縁を切るわけだから、その対価も決して安くはないだろう。もしかしたら白蛇様でも彼女との縁を断つ事は出来ないかもしれない。


「そういえばハクダ様は僕に対して少し怒っていらっしゃるみたいなんですが、理由ってわかりますか? 僕には心当たりがなくって」


「さてね。兄ちゃんに分からないことはワタシにも分からないねえ」


「そうですか……。龍彦さんから聞いたんですけどセツさんもハクダ様を怒らせた事があるんですよね? できれば参考のために詳しく聞きたいのですが」


「ああ、そう言えばそんな事もあったね。ハクダ様は縄張り意識が強くて自分の氏子たちに他の神の加護が付くのを酷く嫌っていてねえ。ワタシはたけ一族の生まれで18のとき縁雅に嫁いできたんだが、その時ハクダ様に嶽の鬼神の加護を捨てるように言われたんだが拒否したのさ。それで大層怒ってねえ」


「……それでどうなったんですか?」


「最終的にはハクダ様の方が折れたよ。その所為か知らないがワタシはハクダ様の加護が弱くてねえ。まあ、それでも別に困ったことはないけどね! カッカッカ!」


 豪快に笑うセツさんはまさに女傑といった風格がある。神様と真っ向から対立するなんて僕にはできないよ。


「ワタシには幼い頃から共に過ごした鬼がいてね。彼女は戦友でもあり姉妹でもあるから、どんな事があろうと切れるわけなんてないね。さ、こっちだよ、兄ちゃん」


 セツさんに案内された道は関係者以外立ち入り禁止であった。本殿の裏側でありその先には本殿以上の立派な社殿があった。


「あの神奥殿しんおうでんにハクダ様はおわしているよ」


 神奥殿と呼ばれる社殿の前にはこれまた立派な鳥居が立っていた。この鳥居には今までどの鳥居でも見たことのない長い蛇が絡みつくような装飾が施されていた。


 僕達は神奥殿に続く階段を登った。神奥殿は観音開きの荘厳な扉であり、扉の前には左右にお坊さんのように頭を剃った三十代前半くらいの神職の人が二人立っている。その二人はセツさんの姿を認めると深く頭を下げ扉を開けた。


 セツさんに案内され神奥殿に入るとまず目に飛び込んできたのが大蛇の銅像だ。広間の中央にとぐろを巻いたばかでかい蛇の銅像だ。


「あの銅像はハクダ様の原寸大だよ」


 めちゃくちゃでかいじゃないかハクダ様。昔、博物館で見た6000万年前に生息していたティタノボアという史上最大のヘビの複製よりも大きいんじゃないか。


 銅像の左右には狩衣かりぎぬと巫女装束を着た神職らしき人達が10人ほどいた。一番位の高そうな年配の男性が前に出ると僕達に恭しく頭を下げた。


「お待ちしておりました」


「ご苦労。兄ちゃんにはこれから体を清めてもらうよ。まずは汚れを落とさないとね。お前たち、案内しておやり」


 セツさんは扉の前に居た坊主頭の男たちに指示を出すと、二人の男は僕の前と後ろに立ち中へと丁重に案内した。しばらく歩くと着いた先はお風呂。体の汚れを落とすんだから当たり前だよな。


 脱衣所で服を脱ぐように言われたので、僕は言われた通り脱ぐのだが、二人の男は脱衣所から出ていかず軍人のように直立不動で立っている。僕はソロソロと浴槽へ向かうのだが二人共衣服を着たまま付いてきた。


「あの、僕一人で入れるんですけど……」


「いえ、我々がお手伝いします」


 僕は彼らに促され洗い場の椅子に座った。柔らかいスポンジのようなもので全身を丹念に洗われる。心地悪さを感じながらも僕はされるがままに洗われていた。男に体を隅々まで撫でられるのは嫌だが、彼らだって男の体を洗うのは嫌だろう。神の御前では些細な粗相も許されないだろうからきっと彼らも自身のお務めを果そうと嫌々ながら忠実に働いているのだ。僕も黙って我慢しようではないか。


 体の洗浄が終わると浴槽に浸かった。浴槽は大きく檜でできており高級な温泉宿に来たような心地がする。誰かに見守られていなければきっとすごく気持ちよかっただろうな。


 しばらくお湯に浸かってから浴槽から出るとタオルで丁寧に拭かれた。


「こちらです」


 脱衣所に入りさあ着替えるぞと思ったところで、別室へと案内された。脱衣所から直に続くその個室は細長いマッサージ台が一台置いてあるだけだった。


「こちらで剃毛をさせていただきます」


 まさか剃毛までされるとは思わず戸惑っていると、あれよあれよと台に寝かされ腰に巻いたタオルを取られて再び全裸になった。彼らによると髪と眉毛以外のすべての体毛を剃らないといけないらしい。


 男たちは僕の体にシェービングクリームのようなものを塗り丁寧に体毛を剃っていく。腕や体に生えた産毛から脇、脛、デリケートゾーンの陰毛まで満遍なく剃られた。今朝、剃ったヒゲももう一度剃られた。


 30分ほどかけて丹念に剃られた体はツルツルピカピカである。体を洗い流すため再び浴槽に行けば鏡に写った自身の姿に遠い昔を思い出した。まだ思春期前の無垢だった少年時代。特に下腹部をみて強く思った。あの頃に戻った心持ちだ。


 浴槽から出ると白い下着と白装束を渡された。着る物まで徹底されている。ハクダ様とはよほど綺麗好きなのだろう。


 白装束に着替えると、これから中庭に向かい儀式をすると説明を受けた。その後晴れてハクダ様と対面できるらしい。神様と会うのはこんなにも面倒なものなのか。光の女神様やおミツさんはこんな面倒な手順を踏まなくても会えたんだけど。それとも、彼女達が特別であって、本来はこういうものなのかもしれない。


 男達に誘導され僕は中庭へと向かった。

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