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第33話 アジト、そして……

 クライス王子に化けていた男は自らを“伝説の傭兵”だと名乗った。彼が実際“伝説の傭兵”であるか分からないが、実力は相当なものであると推測される。恐らく大災害獣もこの男1人でどうにかできたのではないだろうか。


「という事はあなたもカトリーヌさんと同じ“伝説のおしゃぶり”の使者なんですか?」


「おしゃぶりの事は言うな」


「…………」


「言うな」


 どうやら彼の母体の“伝説の何か”がおしゃぶりである事がコンプレックスになっているみたいだ。


「……本物のクライス王子はどうしたんですか? 僕を拉致した目的は何ですか?」


「貴様は馬鹿か」


「……どういう意味ですか」


 こちらの質問を遮って、いきりなり馬鹿とはどういった料簡だろう。失礼ではないか。まあ、人を拉致する人間が礼儀を持ち合わせているとは考えにくいけど。


「邪神と友人になるなど馬鹿以外の何者でもない。それがどれほど危険か分かっているのか?」


「それは……何となく分かっていましたが、あの時はそうするしかなかったんです……」


「アレは存在そのものが凶禍だ。アレと繋がりを持てばその累を一身に負うことになる。貴様はもはや邪神の手から逃れられまい。全く本当に馬鹿者だ貴様は。あそこでいくら犠牲が出ようとも逃げるべきだったのだ。面倒なことになった」


 男は大きなため息を付いた。部下の失敗を嫌々フォローする上司のような雰囲気だ。確かに僕の行動は軽率であったかもしれない。しかし、こちとら善良な神になるつもりだから、あそこで見捨てるという選択は取れないのだ。そもそも僕が何しようとこの人には関係ないじゃないか。


「あなたに迷惑をかけるつもりはないのですが……」


「貴様には俺達の仲間になってもらう」


「……」


「仲間になれ」


「……あなた方の目的はなんでしょう?」


「仲間になったら教えてやる」


 ダメだ。全く話が通じない。クライス王子に化けていた時はまともだったのだが、この傍若無人さがこの男本来の性格か。


 ジャックと名乗る男としばし見つめ合っていると、男の背後のドアが開かれた。出てきた人物に思わず言葉を失う。


 なぜならとてつもない美女だったから。意識が抜けてしまうくらいの美女。本気で美女。びっくり仰天だ。女性の容姿だけで言葉を失う程の衝撃を受けたのは天女ちゃん以来だ。


「あら? 目が覚めたのね」


 ツカツカとハイヒールの音を響かせながらこちらに歩いてきた。クラクラするような甘い香りが漂ってくる。


「……ちょっとジャック。使者さんが不信感を持っちゃてるわよ。あなた交渉が下手なんだから私達に任せるようにいつも言っているでしょう?」


「……普通に会話をしていただけだ」


 あれが普通だなんてこの人ちょっとズレているぞ。会話のキャッチボールが出来てないんだもん。もしかしたらコミュ障かもしれない。


「こんにちは使者さん。いきなりこんな所に閉じ込めてごめんなさいね。驚いたでしょう? ジャックが突然連れてくるから私達も驚いたのよ。私はシェヘラザード。あなたの名前は?」


野丸嘉彌仁のまるかみひとです……」


 シェヘラザードと名乗った美女は鉄格子に近づき僕に話しかけた。あまりの美女っぷりにドギマギしてしまう。


 見た目は二十代前半ほどだろうか。まつげが長く切れ長の目は、意志の強さやあだっぽさがありながらも少女のような初々しさも感じさせる。腰まで伸びた烏羽色の髪はしとやかでシルクのような艶艶しさ。抜群なスタイルを強調するのは露出多めの黒いドレス。胸元が広く開いており深めのスリットから覗く長い生足がとてもエロティックだ。しかし下品ないやらしさはなく、しぐさや話し方は洗練されていて一見しただけで教養があり理知的であると分かる。


 外見は天女ちゃんにやや劣るが、あでやかさと艶美な雰囲気は天女ちゃんにはない大人の魅力をこれでもかと強調している。彼女と天女ちゃんはどちらも比類のない美人であるが、大人の女性という括りではシェヘラザードさんに軍配が上がるだろう。


「珍しい名前ね。それでカミヒトさん、申し訳ないんだけどしばらくここに居てくれないかしら?」


「しばらくというのはどれくらいでしょう? それから僕はどれほど寝ていたんですか?」


「眠っていたのは2時間程ね。待ってもらいたいのは私達の仲間が来るまでね。ヤーコプっていうだけど、彼と話をしてもらいたいの。でも彼ちょっと遠くに居ていつ戻ってくるか分からないのよ」


 2時間か……。結構経っているな。早く戻らないと邪神が痺れを切らしているかもしれない。癇癪を起こして、また人柱に憑依してアリエさん達を襲ったら大変なことになる。


「申し訳ありませんが僕は大事な用事があるのでここには居られません。元の場所に返してもらえませんか?」


「まさか本気で邪神と友人になるつもりではないだろうな?」


「何? 邪神と友人って?」


「リュノグラデウスとの戦いでアロン教徒共が乱入した。奴らの所為か分からんがそこに邪神が来た。恐らくこいつはカトリーヌと同じく人柱を用いて顕現していなくても邪神の姿が見える。それ故、粘着され果ては敵対までされた。邪神の敵意を逸らすため、コイツは友達になろうなどと血走った事を言ったのだ」


 美女は目を大きく見開き大層驚いた。でっかい蜘蛛とかムカデを見る目つきだ。


「という事は邪神と繋がりができちゃったのよね? ねえ、本当に仲間にするの?」


 美女はめっちゃ引いている。仲間にしたくない感がひしひしと伝わってくる。


「これを見ろ」


 ジャックという男が上着の内側から何かを取り出した。掌には光沢のあるメタリックな卵のような物がある。鶏の卵くらいの大きさだ。


「これにヴァルバードが封印されている。この男は大災害獣の魔氣を一撃でここまで浄化した」


 美女が口に手を当て先程よりも大きく驚いた。こちらを見る目はさっきみたいなネガティブな色はなく純粋に驚いていた。というか魔氣は完全に浄化できていなかったのか。神正氣が足りなかったか。


「更にアロン教の卑人ひにん共も浄化し元の人間に戻してみせた。どちらも前代未聞だ」


 美女は言葉にならないといった様子で僕の顔をマジマジと見た。


「……じゃあ、セルクルイスの事件も?」


「恐らくすべて事実だろうな」


 ふ~んと言いながら僕を見る美女の目は艶艶しさを増した。と同時に蛇のような粘っこさも感じた。


「ねえ、カミヒトぉ。仲間になってぇ」


 脳がとろけるほどの甘い囁きは耳から全身を駆け巡り、体の隅々まで行き渡った。もう体中がゾクゾクする。なんだか彼女の虜になってしまいそうだ。


「すいません。無理です」


 でも、さすがに色仕掛けに引っかかるほど未熟ではないんだぜ。


「やはりお前のテンプテーションでもダメか」


「……わかっていたけれどね」


 色仕掛けではなく何かされたのか。魅了的な魔法だろうか。


「すみません。急いでいるんで返してもらえませんか」


「まだ言っているのか。貴様は邪神に魅入られている。そこで大人しくしていろ」


「いえ、ここに居ても同じことだと思うのですが」


「その部屋はちょっと特別でね。ありとあらゆる力を遮断するの。その中にいる限り邪神もあなたに干渉できないわ。作るのに苦労したんだから」


「抵抗しても無駄だ。その中では貴様の強力な力も使うことは出来ない。たとえカトリーヌといえども何もできん」


「ごめんなさいね。ヤーコプが戻ってくるまで待っててもらえないかしら。少し窮屈だけど不自由はさせないから」


 参った、完全に手詰まりだ。一応確認の為、神術を行使してみたいがそもそも神正氣はスッカラカンだ。どうにもならない。


「ねえ、せっかくだからお話をしましょうよ。彼のクライス王子はどうだった?」


「……ええ、とても優秀で頼りになる非の打ち所のない王子でした」


「ふふふ」


「もう二度とゴメンだ。他人に化けるなど俺の性には合わん。何よりも面倒だ」


「自分でやるって言ったんじゃない。わざわざクライス王子に化けたのはメイゲツを守るためでしょう? あの時あなたがリュノグラデウスを派手に飛ばしたから進路が変わったわけだから、その罪滅ぼしのつもりだったんでしょう?」


「……意図してやったわけではない」


 呑気におしゃべりなんてしている場合ではない。ダメ元で白い鳥居(ワープゲート)を召喚してみようか。あれは神術ではなく神としての特性で、僕の体と超越神社を繋ぐ役割を果たすものだ。神正氣を必要としないのでワンチャン試してみる価値はあるんじゃなかろうか。だがその前に一つ聞いておきたいことがある。


「本物のクライス王子はどうしたんですか?」


「眠らせた」


 簡潔な答えである。多分無事であろう。


 懸念も晴れたしとにかく試してみようか。僕は白い鳥居を召喚する為に念じた。


 白い鳥居よ、来い来い来い来い来い来い来い来い……


 すると僕の前に鳥居がシュッと現れた。なんだ普通に召喚できるじゃないか。


「「!?」」


 突然現れた謎の物体にお二人は困惑を隠せない様子。この隙にさっさとこの場から退散しよう。ワープゲートが召喚できたのなら長いは無用だ。


「バカな!?」


「それでは僕は帰らせてもらいますね。ジャックさん、色々ありがとうございました」


「待て!」


 僕は彼らを一瞥するとそそくさと鳥居の中に入った。








 まばゆい光に包まれるとそこはよく見知った境内だった。超越神社に帰還である。もうこのままお風呂に入って朝までぐっすり寝たい。しかし僕にはまだ重大な任務があるのだ。邪神をもてなし、何とか穏便にお帰りいただかなくてはならない。


 正直に言えばこのままバックレたい。だがそんな事をすれば邪神は怒り狂い、今度こそ完全に敵対されるだろう。今の僕では彼女には逆立ちしても勝てない。ジャックさんのいう繋がりというやつが気になるが、今はのらりくらりと友達を演じるしかない。

 


 僕は大きく息を吐いた。邪神の場所に繋がるように目の前の白い鳥居に念じると、入り口の光が一際大きくなった。


「ふふ、来ちゃったわ」


 なんと中から邪神が出てきた。


「あなたの気配を感じたから勝手に来ちゃったわ。迷惑だったかしら?」


「……いえ、迎えに行くつもりだったので。ようこそお越しくださいました」


「お招きいただき嬉しいわ。私、お友達のお家で遊ぶのは初めてなの。とても楽しみだわ」


 邪神は全身でウキウキ気分を表している。まるで遠足前日の小学生のようだ。見た目だけならただの子供なのだが……。


「我が家にご案内します」


 僕は彼女を連れて住居兼本殿に向かった。境内全体から警戒するような気配が伝わってくる。超越神社は神聖さの塊であるから不浄なモノや禍々しいモノを嫌うので、本来なら邪神は結界で自動的に弾かれてしまう。しかし邪神を招くため、今はその結界を僕の意志でカットしている。


 邪神なんて入れたくないだろうけど今は我慢しておくれ。ごめんよ、超越神社。


「ここがあなたのお家? 珍しい形ね」


 住居兼本殿に着くと邪神が珍しそうにしげしげと眺めた。僕はドアを開ける。


「ここが我が家です。どうぞお入り下さい」


「お邪魔するわ」


 玄関に入ると邪神はキョロキョロと家の中を見回した。現代日本建築の意匠が珍しいのだろう。


「ここで靴を脱ぎます」


「わかったわ」


 僕は邪神と大広間へ向かった。そこでお菓子を上げて少しばかり雑談をすれば満足して帰ってくれるはずだ。帰ってくれるよね? 帰ってくれなかったらどうしよう……。


 大広間につながる襖の前まで来て、引手に手をかけたところで僕は異変に気づき固まってしまった。中から聖子さんの声がする。日本側の超越神社居るとばかり思っていたが、まさかこっちにるとは思わなかった。


 しかも彼女は誰かと会話している。一体誰だろう? ここは異世界側の超越神社だから当然電波など通じておらず、スマホで通話という線はない。ここに来れる人は聖子さん以外だと天女あまめちゃんしかいない。という事は天女ちゃんか。

 

 まずいな……。彼女たちは邪神の姿が見えないだろうが、極力近づけたくはない。どうしたもんか……。


 引手に手をかけたままどうしようか思案していると邪神がいつの間にか僕の前に居た。


「どうしたの? 開けないの?」


「あ……」


 邪神が襖を開けてしまった。制止する間もなかった。開かれた襖から大広間の光景が目に入ると僕は驚愕した。


「なあ姉ちゃん。パンツ見せてくれへん?」


「はっ倒すわよ、このクソ毛玉」


 おっちゃんだ……。セルクルイスで会った毛玉のおっちゃんが居た。名前はドドさんだ。


 僕の腰くらいの身長しかなく、見た目は小豆洗いや子泣きじじいもしくはたわしの付喪神つくもがみのような妖怪系であるが、イーオ様によると大精霊か神霊ではないかという。うんこ色の霊光石をくれたおっちゃんだ。異世界で二度会った。


 そのおっちゃんが大広間の中央、聖子さんと差し向かいで座っていた。一体何だこれは……。


 入口で戸惑っていると、邪神はそれ以上に困惑している様子だ。初めて見る彼女の驚いた表情に僕は何事かと思った。やや間を置いてから邪神はボソッと呟いた。


「……おじさま?」

ここまでお読み下さり誠にありがとうございます。

第二章はこれで完結です。

ブックマークや評価を下さると大変励みになるのでどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

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