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第32話 決着

「さあ、早くカミヒトの用事を済ませて、あなたのお家に行きましょう。私、とっても楽しみだわ」


 邪神の力から解放されたアリエさん達は起き上がるとすぐに僕達から離れた。邪神をとても警戒している様子。


「何をするのかしら?」


「えっと……そこのドラゴンを倒します」


 ヴァルバードは未だに地面に張り付いている。この状態ならばみんなで取り囲んで袋叩きにできる。


「このドラゴンを殺せばいいのね?」


「いえ! 僕達がやります!」


 なぜだかこれ以上彼女の力を借りてはいけないと僕の勘が警鐘を鳴らす。確かに邪神の力があればヴァルバードを一捻りにできるだろう。しかし一見一番楽で確実な方法の様に思えるが、何かとてつもない落とし穴があるような気がしてならない。


「そう? じゃあ早くすませて」


「はい。クライス王子、今なら青聖魔法部隊で集中砲火すれば簡単に勝てますよ」


「あ、ああ……」


 ヴァルバードを倒した後、あのドロドロの魔氣を浄化すれば任務完了だ。どこまでできるか分からないが恐らくいけるんじゃないだろうか。その後は邪神を超越神社に招かなくてはならない。何事もなければいいが……。


「あら?」


 邪神が声を上げると彼女から黒い人形ひとがたの何かがヌルっと出てきた。いや、彼女から出たというよりは、何かから彼女が出たと言うべきか。地面にそのまま倒れた何かは黒焦げの炭化した焼死体のようだ。


 …………。


 恐らくはこの黒焦げの人のようなモノは、人柱になったあの老人であろう。人柱というくらいだから命を犠牲にするのは想像できたがこれはちょっと……。


「もう時間切れ?」


 首をかしげる姿はまるで普通の少女のようだった。自身の眷属の命を使い果たした事に微塵も良心の呵責を感じている様子はない。


「なっ!?」


 いきなり出てきた焼死体に皆さんとても驚いている。そして僕の隣にいる邪神は全く見えていないようだった。皆、取り乱したように動揺している。


「邪神はどこへ!?」


「落ち着け。人柱が使えなくなった以上邪神が我らに危害を加える事はできなくなった。だろう、使者殿?」


 クライス王子は騒然とする場を収めようとした。


「はい。彼女の事は僕に任せてください」


 責任をもって我が家で丁重におもてなし致しますとも。怖いけど。


 僕とクライス王子の言葉に徐々に安堵の空気が広がっていくと、突然ヴァルバードが飛び上がり、逃げるように空の彼方まで飛んでいった。あっという間の出来事だった。人柱が限界を迎えたので邪神がヴァルバードに干渉する事ができなくなったのだろう。どうしよう、逃げられてしまったぞ。


「ドラゴンさーん! あっちあっちー!」


 いつの間にか目が覚めたのか、マダコさんがヴァルバードが飛んでいった方向に大声で叫んだ。また何か指示を出したようだ。あっちってどっちだ?


「マダコ! あなたまた……!」


「大丈夫ぅ~、姉さん? ドラゴンさんが向こうに行っちゃったわよ~」


「向こう……? まさか!」


 アリエさんは僕達の後方の立派な城塞を見た。マンマル王国の首都メイゲツだ。彼女につられて皆が同じ方向を見る。


「早く行かないとまずいんじゃな~い? ドラゴンさんに街を焼き尽くされちゃうわよ~」


「あなたはどこまで……!」


 アリエさんさんが腰に挿している剣を抜くとマダコさんに斬りかかろうとした。


「そんな事しちゃっていいの~? 邪神様が黙ってないわよ~?」


 アリエさんの手が止まる。小刻みに体が震え、顔はまるで仁王像のような憤怒の表情だ。


「ほらほら~、早く行きなさいよ~。私はそのスキに邪神様に助けてもらうけどぉ~」


 マダコさんは簀巻きにされているので寝転がったままニヤニヤしながらアリエさんを煽り倒している。アリエさんは顔が真っ赤だ。きっと血圧が急上昇している。心配だ。


「カミヒト。早くあなたのお家に行きたいわ」


 邪神は自身の眷属の事などすっかり忘れて、僕の家に来たくてウズウズしている。マダコさんの事は眼中にない。


「あれを!」


 イーオ様指し示した先はメイゲツの上空。ヴァルバードが急降下しているのが見えた。僕は急いでドラゴニックババアを召喚する。


「アリエさん、とにかくヴァルバードを何とかしないと! さあ、行きますよ! 乗って下さい!」


 アリエさんはキッと妹を睨み、渋々といった様子でドラゴニックババアに搭乗する。ついでにクライス王子も乗った。


「待っていなさい! あなたは必ず私の手で終わらせます!」


「いってら~」


 僕はドラゴニックババアを浮上させメイゲツに向けかっ飛ばした。イーオ様も付いてきて自前の翼でドラゴニックババアと並行して飛んでいる。        


 程なくして城塞を超えるとメイゲツの町並みが見えた。整然とした町並みは美しく、セルクルイスと同じくレンガや石造りの建物が多く、街の規模は首都というだけあってセルクルイスを遥かに上回っていた。


 街の中央辺りにひときわ大きな王宮を思わせる建物があり、その上空にヴァルバードがいた。大きな建物付近は突然現れたドラゴンに騒然としているようだった。距離のあるこちらの方まで悲鳴や怒号が伝わってくる。


 今僕達が飛んでいる城塞に近い場所は人気がなかった。恐らくリュノグラデウスが進行してくるというので、城壁付近の住民たちは中央の方へ避難したのだろう。しかし、それが仇になったようで人が密集している場所でヴァルバードの襲撃を受けてしまったようだ。


「まずいですよ!」


 ヴァルバードの体が炎のようなオーラに包まれる。これは先ほど見せた広範囲殲滅火炎ドラゴンブレスだ。街中にぶっ放すつもりだ。アレはリュノグラデウスの魔障咆哮弾ましょうほうこうだんと違い魔力の“溜め”の時間が短かった。まずいぞ、この距離からでは間に合わない。


「……っく!」


 アリエさんが剣を抜くと青く輝く刀身が伸びた。刀身は長く長く伸び、一体何百メートルか何キロかわからないほど刃渡りが長くなった。その超長刀でここからヴァルバードを斬るつもりだ。だが、ヴァルバードのドラゴンブレスはもう発射寸前である。どうしたって間に合わない。冷や汗が頬を伝う。


 ドラゴンの首が大きく仰け反り、今まさに上空からブレスを吐こうとしている。人々の悲鳴がより大きく響き渡った。


「私がドラゴンブレスから街を守ります!」


 イーオ様はそう言うと両手を突き出し声高に叫んだ。


銀婆盾シルバアガード!」


 イーオ様が唱えるとヴァルバードの真下に街を守るように銀色の幕が張られる。彼女が使った銀婆工芸品シルバアアーティファクトは僕がドラゴニックババア(妹)にもらった物と同じだ。


 ヴァルバードのブレスが放たれ銀婆盾に直撃する。だが銀色の幕はドラゴンブレスをものともせず完璧に防ぎ街の人々を守った。僕は体の力が抜け口から変なため息が出た。彼女も銀婆盾を授けられていた事に驚いたが、そう言えばイーオ様は何かしらのババアに愛されていると言っていたな。


「イーオ様、ありがとうございます」


 イーオ様にお礼を言うとアリエさんは精神を一点集中、彼女の闘気は静かに鋭く大きくなり、青い刀身が輝きを増した。漲る聖なる青は研ぎ澄まされていく。




蒼極一閃そうきょくいっせん!!」




 アリエさんが青い超長刀を横薙ぎに振るうと、ヴァルバードの体が真っ二つに別れた。青く輝く剣の軌跡がメイゲツの街を覆う。断末魔を上げる間もなく絶命したヴァルバードの2つの体は、落下しながらドロドロと溶け黒い魔氣に変わっていった。魔氣は一つに集まり丸まっていく。


 ――チャンスだ


 僕はすぐさま掌に全ての神正氣を込めた。むき出しの魔氣に浄化の波動を打ち込むのだ!


「おきよめ波!!!」


 一直線に伸びた金色の波動はまっすぐヴァルバードの魔氣に向かい突き進む。スライムのようにグニョグニョした魔氣の周りに金属の殻のようなものが現れ、魔氣を包み込もうとした。殻は魔氣を守るための封印だ。見るからに硬そうな殻だが、しかし、おきよめ波は殻ごと魔氣を穿った。


 黄金の輝きがメイゲツ全体を照らす。強く輝くそれはまるで小さな太陽のようだった。輝きは長く続かずパッと花火を咲かせたようにすぐに消えるとそこには何も無かった。浄化が極めて困難な大災害獣の魔氣は綺麗サッパリ清められたようだ。ああ、良かった。


「「おお……!!」」


 アリエさんとイーオ様が同時に感嘆の声を漏らした。だが安堵したのもつかの間、全ての神正氣を使ってしまった僕はドラゴニックババアを維持する事が出来ず空中に放り出され落下した。全身脱力していてロクに体を動かす事ができない。思わず目をつぶる。


 しかしヒヤッとしたのは一瞬で落下の速度が落ちたかと思えば誰かに抱えられる感触がした。アリエさんかイーオ様が助けてくれたのか、ゆっくり目を開ければクライス王子の爽やかなイケメン顔が目に飛び込んできた。


「見事だ」


 ガッシリした体に包み込まれ、いい匂いが漂ってくる。


 おおう……。イケメン王子にお姫様抱っこされている。いや、助かったんだけど、なんかこうね。女性ならすごく喜ぶんだろうけど……。


「……どうも」


「しばし休むといい」


 クライス王子の手が僕のまぶたに優しく触れたかと思えば、急に意識が遠くなり僕は気を失った。








 

 温かい……。


 体を包むフワフワと心地よい感触を感じた。意識が徐々に戻る。どうやら布団の中に入っているようだ。ボーっとした頭で目を開ければ岩肌が目に映る。


「目が覚めたか」


 声のする方に頭を動かせば少し先にクライス王子が腕を組んで立っていた。ここは王宮の中だろうか? 彼が僕をフカフカのベッドに運んでくれたようだ。ただし僕とクライス王子の間には鉄格子がある。


「……ここは?」


「俺たちのアジトだ」


 僕はゆっくり身を起こすと部屋の中を観察した。そこは壁一面が岩でできており洞窟の中のようだった。出口は見当たらず、鉄格子で閉じ込められているのでどうやら僕は檻に監禁されているらしい。


 檻の中は僕が寝ている豪奢なベッドの他に床には高級そうな赤い絨毯が敷かれ、タンスや鏡など生活に必要な家具が一通り揃っていた。洞窟の中というロケーションに立派な調度品は実にアンバランスだ。VIP専用の監禁部屋といったところか。


「あまり驚いていないな」


「あなたが只者ではないと思っていましたから。それで俺達とは?」


竜頸りゅうけい傭兵団」


 クライス王子がぶっきらぼうに言った。


 竜頸傭兵団と言えば今日イーオ様から教わった“伝説の傭兵”率いる傭兵団の事だ。確かカトリーヌさんの同郷で“伝説のおしゃぶり”の第二世代だという話だ。目的も行方も不明だと聞いたのだが、まさか彼らも使者である僕が目的だったとは……。


「クライス王子は竜頸傭兵団のメンバーだったんですね」


 まさか彼が竜頸傭兵団に所属しているとは思わなかった。


「俺はクライスではない」


 そういうとクライス王子は黒い霧に包まれた。少ししてから中から出てきたのはクライス王子とは全く別人の男だった。クライス王子よりも背が高く、眼光の鋭い眼と冷徹な顔つきは歴戦の傭兵を思わせる。やや癖のある黒髪に歳は二十代後半といったところか。


「俺は竜頸傭兵団のジャック。“伝説の傭兵”だ」

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