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第31話 お友達

「ねえ、これはあなたがやったの?」


 もう一度同じことを言われたが何の事か全くわからない。っていうか何でこのタイミングで……。


「私の眷属、台無しにしちゃったのはあなたよね?」


 ……眷属とはアロン教徒の事だろうか? もしかして彼らの邪氣を浄化しちゃった事に怒っていらっしゃる?


「ねえ、あなたがやったの? 私の大事な眷属を奪ったのはあなた? もしかしてカミヒトは私の敵なの?」


 雰囲気から激おこである事が伝わってくる。僕は視線を合わせないようにして無視を決め込む。


「なんで無視するの?」


 邪神が一歩踏み込む。僕は必死に見えないふり。


「そう、あなたは私の敵なのね……」


 やばい、敵認定された……。どうしよう。


 こちらの邪神の女の子がどういった存在なのかと言えば、聖女様にもわからないようだ。ある日突然現れて、自身の姿が見えるカトリーヌさんに付き纏っているらしい。カトリーヌさんは全力で逃げていると言っていた。


 邪神は大多数の人には見えず、見えない人には直接何かをする事もされる事もない。極めて強力な何かだが、その存在自体は希薄で世界に干渉できる事が限定されているようだ。そう言った意味では見えない人にとっては安全であると言える。ただ邪神はそこにいるだけで不幸を呼び寄せる不吉な存在であるため、たとえ見えなくっても、できることなら離れたほうがいいという。


 邪神は意味不明理解不能な存在であるのだが、解っている事は彼女が邪氣と魔氣と禍氣の3つの悪氣をその身に宿していることだ。これは異常なことで、カトリーヌさんも何でそのようなモノが居るのか理解できないという。邪氣と魔氣の組み合わせは先程の魔人を想起させるが、僕には彼女が魔人とは全く別の存在であるように思われた。


「ねえ、まだ無視するの? だったらいいわ。直接聞くから」


 そう言うと邪神はスタコラと歩いていった。向かった先はアロン教徒がまとめて捕らえられてる場所。ガシャという老人の前で止まった。邪神の姿は彼らにも見えていない様子。


 ……嫌な予感がする。


 邪神とはほとんどの人に見えず干渉される事もないある種幻想的なモノであるが、ある条件を満たせばこの世に顕現する事ができるみたいだ。その条件とは邪神と波長の合う人間を《《人柱》》にすることである。


「来ますよ! 皆さん準備はいいですか!」


 アリエさんの掛け声にクライス王子とイーオ様が構える。それと同時に邪神が簀巻きにされている老人の中へ入っていった。老人は禍々しい黒い渦に包まれる。


 ヴァルバードが超音速で突っ込んできた。皆の意識がヴァルバードに向かう中、黒い渦から1人の少女が出てきた。その瞬間、場が濃密で重々しい不吉な空気に支配される。みんなが反射的に女の子を見た。誰もが驚きと恐怖の表情を湛えていた。ヴァルバードも我々の前で急停止して全身の鱗を逆立て、女の子を警戒している。


「まさか……こいつは……!?」


 クライス王子は殊更に驚いている。邪神を知っているような雰囲気だ。


「ねえ、あなた私の眷属だったわよね? どうして私の邪氣が消えているの? “伝説の何か”の眷属の所為?」


「え……? あ……?」


 邪神は四本腕だったイキリというアロン教徒に尋ねた。男は恐怖に顔を引きつらせ、混乱している様子だった。


「……もしかして、邪神様でございますか?」


 黒い翼が付いてたアロン教徒の男は恐る恐る尋ねた。


「そう。で、あなた達の邪氣が消えたのはなぜなの?」


「は、はい! そこの男にやられました!」


 さっきまでビビり散らしていたイキリという男が、今度は喜々として僕を指さした。ちょっと、チクらないでよ……。


「やっぱり……。あなた私の敵なのね。残念だわ。あなたとはお友達になれそうだったのに」


 邪神は僕に冷たい眼差しを向けると、赤黒いオーラを全身に纏わせ、ふわりと数十センチほど浮かんだ。


「か、カミヒト殿、これは一体……?」


「これが……邪神……!」


 アリエさんは標的をすでに邪神に変え、全身で警戒感を露わにしていた。先程までの余裕はなく恐怖と緊張で体が強張っている。イーオ様の方も同様だ。


 ヴァルバードが吠えた。牙をむき出しにし全力で威嚇しているが、それは圧倒的強者を前に精一杯強がっているようにも思えた。


「うるさいわ」


 邪神が右手を上げ、それを振り下ろすとヴァルバードは地面に叩き込まれた。ヴァルバードだけでなく僕以外すべての人が、まるで重力が何十倍になったかのように身動き取れずに地面に突っ伏している。イーオ様やパワーアップしたアリエさんもだ。大災害獣や数千という人間が為すすべもなく一方的にやられてしまった。


 これで僕と邪神は一対一となった。まずい、殺される……。


「使者殿、逃げるぞ」


 耳元で声がしたので思わす心臓が跳ね上がる。クライス王子だ。


「あなた、なぜ動けるの?」


 いや、ホントに何で動けるの? 他のみんなはヴァルバード含めて邪神の支配下にあるというのに。一体この人は何者なんだ? 


「邪神が相手では分が悪い。すぐに逃げるぞ」


「しかし、ここで逃げたらここにいる人達はどうするんですか? メイゲツにも沢山人がいるのに、見捨てるんですか?」


「致し方あるまい。民達が犠牲になったとしてもここで貴殿を失うわけにはいかない」


 本気で言っているのか、クライス王子……。


「ねえ、何をコソコソ話しているの?」


 邪神がゆっくりと近づいて来る。クライス王子は何か魔法を使った。僕とクライス王子が立っている地面に魔法陣が浮かび上がる。もしかしたら転移陣というやつか。


「待って下さい、クライス王子! 僕が何とか彼女を説得しますか」


 僕は慌ててクライス王子を止めた。


「説得だと? バカなことを言うな。邪神を説得などできるか。貴殿はアレがどれほど危険か分かっていないのだ」


 いや、十分わかっていますよ。だってめちゃくちゃビビってるし。


「お願いします。僕だけ逃げて彼女たちを放ってはおけないんです」


「ねえ、カミヒト。まだ私を無視するの? いい加減怒っちゃうわよ?」


 邪神の赤黒いオーラが更に禍々しさを増した。彼女が人差し指を立てると、その上にピンポン玉くらいの邪神のオーラと同じ赤黒い玉が出来た。大きさは小さいが僕にはこれがリュノグラデウスの魔性咆哮弾と同じくらいのエネルギーを秘めているように感じた。


 邪神はそんなやばいものを僕に向ける。全身が凍りついたように固まった。少しでも間違えれば消し飛ばされそうだ。僕は覚悟を決め、邪神の目を真っ直ぐ見つめた。思えば彼女と目が合うことを今まで避けていたので、ここで初めて彼女という存在を真正面から受け止め向き合う事になる。


 ドクドクと心臓の鼓動が嫌に鮮明に聞こえる。震える体を何とか抑えて僕は彼女に言葉をかけた。


「お友達になりませんか?」


 邪神は僕の顔をじっと見つめる。真っ直ぐにただ僕の瞳だけを見ていた。何も言わない。彼女に見つめられていると言いようのない不安に襲われる。針のむしろだ。


 しばらくしてから、ようやく彼女は口を開いた。


「何を言っているの? あなた、私から眷属を奪ったじゃない」


「それは……手違いといいますか……。あなたから何かを奪う気は全く無いんです」


「それにお家にも入れてくれなかった」


「あの時は部屋が汚れていたんですよ。お友達を呼ぶにはお部屋をきれいにしないといけませんから。あなたを招くため、今はもうきれいに片付けてありますから、いつでも来て下さい」


 もちろん全くのデタラメだ。邪神など招くつもりは微塵も考えた事はない。


「お菓子もたくさんありますよ」


 これは本当だ。聖女様が日本にいる時、大量に買わされたのでまだ在庫が潤沢にあるのだ。邪神は僕の言葉に目をパチクリしている。


「本当?」


「もちろんです。あなたとお友達になるために準備していたんです」


「……本当に本当? 私とお友達になってくれるの?」


「はい。お友達になりましょう」


 邪神はそれまでの無表情からパッと花が咲いたようににっこりスマイルになった。クライス王子の方は顔が引きつっている。


「ええ! お友達になりましょう! 私、早速あなたのお家に行きたいわ! すぐに行きましょう!」


「すみません……その前にやる事があるので。その後でいいですか?」


「やる事? なんなの?」


「取り敢えず彼女達の拘束を解いてもらえませんか? あ、ドラゴンはそのままでお願いします」


「わかったわ」


 邪神は右手を上げその小さい握りこぶしをパッと開いた。それと同時に彼女の何かしらの力が解け、兵士達は自由の身となった。しかし、邪神の気に当てられて腰が抜けているのか立ち上がれる人は少なかった。


 何とか邪神との戦いは回避することができたな。彼女の眷属の件もうやむやに出来たし。


 なんとか首の皮一枚つながったか……。


ただ、自身がとんでもない事をした直感があったのだが、この時はまだ気が付かないフリをせざるを得なかった。


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